2013年9月9日
株式会社神戸製鋼所
JFEスチール株式会社
新日鐵住金株式会社
大同特殊鋼株式会社
一般社団法人日本鉄鋼協会
独立行政法人理化学研究所
小型中性子源システムで鋼材内部腐食を非破壊で可視化することに成功
-老朽化するインフラ構造物の安全性の確認、維持管理コスト低減が可能に-
ポイント
- 普通鋼と合金鋼の鋼材塗膜下腐食状態を非破壊で可視化
- 普通鋼に比べて合金鋼は塗装の耐食性に優れる
- 塗膜下の腐食を抑制する新塗装や新鋼材の開発などへ貢献
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、日本鉄鋼協会(宮坂明博会長)研究会Ⅰ[1]の活動の一環として、理研が開発した小型中性子源システム「RANS(ランズ)[2]」を用いた中性子イメージング法により、橋梁などに用いられる鋼材の内部腐食を非破壊で可視化することに成功しました。これは、理研光量子工学研究領域(緑川克美領域長)中性子ビーム技術開発チームの大竹淑恵チームリーダー、竹谷篤 副チームリーダー、須長秀行研究員、山田雅子特別研究員らと研究会メンバーで本テーマを提案した神戸製鋼所材料研究所の中山武典研究首席ら共同研究グループの成果です。
橋梁などのインフラ構造物に利用される鋼材の最大の弱点はさびやすい、すなわち腐食することです。それを防ぐ手段として塗装が最も広く用いられていますが、塗装した構造物は時間経過に伴い塗膜の欠陥部などから水が塗膜下に浸入し腐食が進行します。このため、定期的な塗り替えが必要で維持管理コストが増大する要因になっています。腐食進行を遅らせる塗装法や合金鋼などの開発が行われていますが、さらに開発を進めるには内部腐食メカニズムの解明が不可欠です。内部腐食の解析に関してはこれまでX線を利用したものがありましたが、透過力等が不足していることから十分に解析することができませんでした。
近年、X線に比べて透過力が格段に高く、腐食に関係する水の検出能力が優れている中性子イメージング法が注目されています。
共同研究グループは、理研が現在整備・高度化を進めているRANSを用いて、一般的な鋼材である炭素鋼(普通鋼)と塗装用鋼として橋梁に実使用されている合金鋼を対象に、塗膜下の腐食の観察を行いました。その結果、普通鋼と合金鋼の塗膜下のさび層の広がりや浸入した水の挙動について詳細な可視化に成功しました。さらに、それぞれにおける腐食の進行の違いが明らかとなり、普通鋼に比べて合金鋼は、塗膜下腐食が進行しにくく、塗装による耐食性に優れることが分かりました
本成果は、鋼材塗膜下の腐食のメカニズム究明や塗装を長持ちさせることで、インフラ構造物の長寿命化に結びつくものとして期待されます。また、「手元で使える、役に立つ」ツールであることを証明したことで、本システムが普及することの有用性を示しています。
本研究成果は、9月17日(火)~19日(木)日本鉄鋼協会「第166回秋季講演大会(於:金沢大学角間キャンパス、発表日時は9/17 午後2時)」で発表します。
背景
現存する橋梁などのインフラ構造物の多くは老朽化し、増大する維持管理コストを低減することが重要課題となっています。
インフラ構造物に利用される鋼材はさびが生じやすく、それを防ぐ手段として塗装が最も広く用いられており、わが国の腐食対策費の約6割を占めています(表1)。しかし、塗装した鋼材は時間経過に伴って、塗膜の欠陥部などから塗膜下の腐食が進行し、塗膜劣化が生じてしまうため、定期的な塗り替えが必要です。塗膜下の腐食を遅らせる塗装や合金鋼などの開発が行われていますが、さらに開発を進めるためには、塗膜下の腐食メカニズムの解明が不可欠です。実際の鉄鋼構造物の塗膜下腐食は、降雨や結露によって塗膜下に水が浸入することで進行します。このため、塗膜下の腐食メカニズムの解明には塗膜下における水の出入りの挙動を観察する必要があります。しかし、従来のX線による検査では水に対する感度が低く、また、鋼材に対しての透過能が不足しているため、塗膜下における水の出入りの挙動を可視化した例はありませんでした
一方、中性子を利用した中性子イメージング法は、X線に比べて透過力が格段に高く、腐食反応に関係する水の検出能に極めて優れています。ただ、中性子イメージングを行うための中性子源は、大強度陽子加速器施設J-PARCなどに大型装置はあるものの、数が少ないことからリソース不足であるといった難点がありました。そこで、理研の研究グループは、産業界や大学などより多くのユーザーが導入、使用できるように簡易・小型化した中性子源システム「RANS」を開発しました(図1)。現在、理研の中性子ビーム技術開発チームは、小型の中性子源でありながらもインフラ構造物を非破壊検査で健全性診断が行えるシステムの実現化を目指し、RANSの整備・高度化を行っています。今回、共同研究グループは、日本鉄鋼協会の研究会Ⅰの活動の一環として、RANSを用いた塗膜下の腐食の観察に挑みました。
研究手法と成果
共同研究グループは、一般的な鋼材である炭素鋼(普通鋼)と塗装用鋼として橋梁に実際に使用されている合金鋼それぞれに対して、RANSによる中性子イメージングを行いました。所定の促進腐食試験[3]により塗膜に人工的に欠陥を作り、そこを起点にできたふくれを成長させてイメージングを行った結果、普通鋼、合金鋼ともに、塗膜下の可視化に成功しました。まず、自然乾燥状態において、塗膜下で生成したさび成分(水酸化鉄)のほか、さび層の欠陥あるいは塗膜や鋼材界面の残存水に由来するコントラスト(中性子線透過率の減衰)が観察されました(図2)。このコントラストは、普通鋼、合金鋼ともに水に浸たすと強まり、逆に、乾燥させると弱まることが分かりました。これらのコントラストの変化は、塗膜下の水分量の変化を反映したものと考えられます。
さらに、普通鋼と合金鋼の腐食過程に違いがあることも分かりました。普通鋼に比べて合金鋼は、さび分布が細かく、水の出入りが人工的に作った塗膜の欠陥付近だけに局在化し、その他の塗膜下には水が供給されていませんでした(図3)。このことは、普通鋼に比べて合金鋼は塗膜下の腐食が進行しづらく、塗装による耐食性が優れることを示唆しています。
今後の期待
今回、RANSによる中性子イメージングで、水の出入りと関連した普通鋼と合金鋼の塗膜下腐食の可視化に、世界で初めて成功しました。この成果は、従来手法では困難であった塗膜下の腐食状態を非破壊で検査可能になることを示しています。
中性子イメージングによる鋼材の塗膜下腐食の可視化研究の進展によって塗膜下の腐食メカニズムが解明されるだけでなく、塗膜下腐食を抑制する新しい塗装法や新しい鋼材の開発が進み、塗装構造物の長寿命化につながると期待できます。また、橋梁を始め、老朽化が急速に進んでいるインフラ構造物の安全の確保や維持管理コストの低減などもはかれます。
小型中性子源システム「RANS」が、鉄鋼研究全般を側面から支える分析ツールとして普及し、手軽に、中性子ならではの特徴を生かした研究アプローチが可能になれば、日本の鉄鋼研究、さらには関連する建築・工業分野などのポテンシャルの向上に結びつくと期待できます。
発表者
理化学研究所
光量子工学研究領域 光量子技術基盤開発グループ 中性子ビーム技術開発チーム
チームリーダー 大竹 淑恵 (おおたけ よしえ)
お問い合わせ先
光量子工学研究推進室 望月 達矢
Tel: 048-467-9258 / Fax: 048-465-8048
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
鉄鋼協会問い合わせ先
一般社団法人日本鉄鋼協会
技術企画グループ
Tel: 03-3669-5932
補足説明
- 1.研究会Ⅰ
日本鉄鋼協会では大学等における鉄鋼研究活性化のため、鉄鋼および鉄鋼に関連する学術・技術研究に助成を行っている。助成事業には目的に応じて、鉄鋼研究振興助成、研究会Ⅰ、研究会Ⅱ、産発プロジェクト展開鉄鋼研究の4つがある。本研究は、「コンパクト中性子源を利用した新組織解析法Feasibility Study」の題目で研究会Ⅰとして2013年3月から活動を開始した。研究会主査は大竹淑恵(理研)。理研、神戸製鋼所以外に、新日鐵住金、JFEスチール、大同特殊鋼、北海道大学、京都大学原子炉実験所、東北大学、茨城大学、東京都市大学、総合科学機構(CROSS)が参画している。 - 2.RANS
RANSは、RIKEN Accelerator-driven Neutron Source の略称。普及型の小型中性子源システムで、中性子ビームが2013年1月に取り出された。これまでの中性子利用は、日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が共同管理する大強度陽子加速器施設「J-PARC」などに代表される大型施設だけで行われ、かつ利用申請、課題審査等を経て半年~1年後の利用となるため、利用者が限られる。RANSは、中性子線利用に最も適した金属材料や軽元素を扱うものづくり現場への普及を目指している。また、現在、理研の研究グループは小型で可搬な高速中性子発生源と大面積全天候型高速中性子イメージング検出器の開発も進めている。非破壊観察による構造物の内部計測から構造物の強度を予測するシミュレーションが重要な役割を果たし、可搬型量子線源、大面積検出器、強度予測シミュレーション全体を有機的に組み合わせた、橋梁などの大型構造物非破壊検査健全性診断システムを確立することを最終目標としている。
RANSについて紹介した動画 : YouTube RIKEN Channel「科学のフロンティア17 中性子が拓く日本のものづくり~小型中性子源の研究開発ドキュメント~」 - 3.促進腐食試験
JIS-K-5600-7-9:2006(塗料一般試験方法)附属書1(規定)サイクルDに準拠した複合サイクル試験(塩水噴霧5%NaCl,30℃,0.5h ⇒湿潤95%RH,30℃,1.5h ⇒熱風乾燥20%RH,50℃,2.0h ⇒温風乾燥20%RH,30℃,2.0hの繰り返し)を,720サイクル(6カ月)行った。この条件は、沖縄の海岸地区で4年、または北陸の海岸地区で5~6年、または東京の郊外地区で11年、自然にさらして腐食した状況に相当する。
表1 わが国の腐食対策費の推計額(1997年)
社団法人腐食防食協会(現在、公益社団法人腐食防食学会)の調査によると、1997年の日本国内の腐食対策費は総額3.9兆円と推計され、その中で塗装が2.3兆円(58.4%)を占めている。表中の腐食コストは、直接経費(塗装費用など)だけの推計で、実際に腐食不具合があると、生産休止に伴う損失額などのコストも生じる。このことを考慮すると、実際の腐食に関するコスト総額は直接経費のおよそ3倍と見積もられ、1997年の腐食損出額は10兆円規模と推定される。
日本全国に約16万ある道路橋のうち寿命目安の50年を超えるものは、2013年現在ではおよそ9%だが、10年後には26%、20年後には50%を超えるとされる。水門など川の施設や港の岸壁も20年後には半数以上が寿命を迎えることになる。ここで、一般環境において100年寿命とした鉄鋼橋梁の場合、一般的な塗装では100年間に9回塗り替えが必要とされ、100年間の塗装費用総計(ライフサイクルコスト、LCC)は50,200円/m2と見積もられる。もし、塗装が長持し、塗り替え回数が3回になるとLCCは23,200円/m2、1回になるとLCCは13,700円/m2と、大幅にコスト低減できると見積もられる。
図1 理研小型中性子源「RANS」の装置全景
右側の陽子線線形加速器より7メガ電子ボルトに加速された陽子線が、中央の青い立方体内でベリリウムに衝突する。核反応(Be(p,n)B)により中性子(n)が発生する。ターゲットより5m飛行した中性子がサンプルに当たり、透過像が検出器に映し出される。
RANSの大きさは、約長さ15m 幅2m
図2 中性子透過像の一例
RANSによる水分含浸状態の合金鋼(左)と普通鋼(右)の中性子イメージング。画像中心部に見られる“しみ”のようなものが水の浸入した部分
図3 普通鋼(S18)と合金鋼(E16)の水分含浸直後と乾燥後の中性子強度比
塗膜下腐食のある普通鋼、合金鋼を水に浸した直後、ならびに乾燥後の2通りの状態での中性子透過強度の比(乾燥/含水)を表したグラフ。横軸0は、人工的な塗膜の欠損部分。縦軸は、乾燥後の中性子強度分布/含水直後の中性子強度分の比で、水の出入りの度合いを示し、出入りがあると比は1より大きくなるが、水の出入りがないと1近辺の値となる。これより、普通鋼に比べて、合金鋼では水の出入り領域が狭く、腐食が進行しにくいことが示されている。