ポイント
- COPⅡ小胞とゴルジ体、積荷タンパク質を生きた酵母細胞で3D観察
- 高速・高解像度・マルチカラーでの撮影が可能な共焦点顕微鏡システムを使用
- 選択的な輸送によって正確・安全なタンパク質輸送が行われていることを解明
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、出芽酵母を使い、細胞内でタンパク質の修飾や仕分けなどを行うゴルジ体[1]のシス槽が、小胞体上に集積するcoat protein complexⅡ(以下、COPⅡ)小胞[2]に接近、接触して積荷タンパク質[3]を受け取る様子を可視化し、小胞体からゴルジ体へのタンパク質輸送機構の新モデルを示しました。これは、理研光量子工学研究領域(緑川克美領域長)ライブセル分子イメージング研究チームの中野明彦チームリーダー、黒川量雄専任研究員らの研究チームの成果です。
ヒトや酵母を含む真核生物の細胞内には、細胞小器官[4]と呼ばれるさまざまな膜構造体があり、その1つである小胞体では多種多様なタンパク質が作られています。これらのタンパク質はゴルジ体へと運ばれて種々の修飾を受けた後に、それぞれが働くべき目的地へと輸送されて細胞の生命活動に必要な機能を果たしています。この輸送機構の基本的な仕組みは全ての真核生物に共通ですが、従来はCOPⅡ小胞と呼ばれる輸送小胞が小胞体で積荷となるタンパク質を乗せ、そこから遊離して細胞内を漂い、ゴルジ体のシス槽に運ばれると考えられていました。しかし、この仕組みは立証されていませんでした。
そこで、研究チームは、独自に開発した高速高感度共焦点顕微鏡システム (SCLIM)[5]を使用した出芽酵母細胞のライブイメージングにより、積荷となるタンパク質、COPⅡ小胞、ゴルジ体のシス槽、トランス槽をそれぞれ蛍光タンパク質で標識し、その挙動を調べました。その結果、シス槽が小胞体上に集積するCOPⅡ小胞に接触し、それに伴いCOPⅡ小胞の被覆タンパク質の蛍光シグナルが減少すること、トランス槽はそのような挙動を取らないことが分かりました。さらに小胞体へのシス槽の接触により、積荷タンパク質が小胞体からシス槽へと輸送されることも明らかになりました。これらの結果から、研究チームは、COPⅡ小胞が細胞内を漂って標的となるゴルジ体のシス槽へと運ばれるのではなく、シス槽が小胞体に接触して積荷タンパク質を受け取ることで積荷の輸送が行われるという膜輸送の新たなモデルを提案しました。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Communications』のオンライン版(4月14日付け:日本時間4月15日)に掲載されます。
背景
生物の基本単位である細胞が生命活動を維持するためには、多種多様なタンパク質がそれぞれ働くべき場所に運ばれ、機能することが必要です。ヒトや植物、酵母などの真核生物の細胞内には核、小胞体、ゴルジ体、ミトコンドリア、リソソームなどの多様な細胞小器官があり、それぞれ固有のタンパク質が存在し機能しています。
細胞内で作られるタンパク質の約3分の1は、膜交通と呼ばれる細胞内の膜構造を介した輸送機構によって運ばれていきます。この輸送されるタンパク質を積荷タンパク質と呼びます。出芽酵母の場合、積荷タンパク質は約2,000種類あり、細胞小器官や細胞膜に運ばれるものや細胞外へと分泌されるものがあります。全ての積荷タンパク質は、小胞体で作られゴルジ体へと運ばれていきます。その後、ゴルジ体で糖鎖付加などの修飾を受けた後に仕分けされ、それぞれ働くべき場所に輸送されます。この膜交通の仕組みが破たんして、積荷タンパク質が必要な場所に運ばれなかったり、誤った場所に運ばれたりすると細胞の生命活動が阻害され、ヒトであれば疾病の発症にもつながります。
積荷タンパク質を小胞体からゴルジ体へ輸送する基本的な仕組みは全ての真核生物に共通しています。小胞体で新たに作られた積荷タンパク質は、COPⅡ小胞と呼ばれる輸送小胞に積み込まれます。従来考えられていた輸送モデルは、積荷タンパク質を乗せたCOPⅡ小胞が小胞体から遊離して細胞内を漂い、近くに存在するゴルジ体へとたどり着いてシス槽に繋留(けいりゅう)され、被覆タンパク質を解離した後に膜同士が融合することによって、積荷タンパク質がゴルジ体へと運ばれるというものでした(哺乳動物細胞では小胞体からERGIC;ERGolgi intermediate compartment[6]へと運ばれた後、ゴルジ体へ輸送される)(図1)。しかし、積荷タンパク質が小胞体からどのようにゴルジ体へと運ばれるのか、解明されていませんでした。一方、これまで研究チームは、出芽酵母を用いて膜交通によるタンパク質輸送機構の解明に取り組んできました。ヒトを含む多くの真核生物のゴルジ体は扁平な袋(槽)が積み重なった層板(スタック)構造をしており、積荷タンパク質を受ける側をシス槽、積荷タンパク質が仕分けされ出ていく側をトランス槽、その間の槽をメディアル槽と呼んでいます。しかし、出芽酵母のゴルジ体は他の真核生物と異なり、各槽が細胞質中で散らばって存在しています。2006年に研究チームは、この出芽酵母独特の性質を利用して、蛍光タンパク質で標識したゴルジ体各槽のライブイメージングを行い、ゴルジ体のシス槽がメディアル槽、トランス槽へと徐々にその性質を変えていく様子を捉えることに成功し、ゴルジ体内の積荷タンパク質の輸送は槽が時間とともにその性質を変えていく「槽成熟」によって行われていることを示しました注1)。また2012年には、細胞質内を動き回りながら分散して存在している出芽酵母のゴルジ体の各槽のなかで、シス槽だけがCOPⅡ小胞の集積する小胞体の領域「ERES(ER exit sites)[7]」の近くに分布していることを明らかにしました注2)。
そこで研究チームは出芽酵母のシス槽、COPⅡ小胞、積荷タンパク質の挙動を独自に開発した高速高感度共焦点顕微鏡システム(SCLIM)で生きたまま高解像度で観察し、積荷タンパク質の小胞体からゴルジ体へ輸送機構の解明に取り組みました。
- 注1) 2006年5月15日プレスリリース「細胞小器官ゴルジ体のタンパク質輸送の大論争に決着」
- 注2) Michiyo Okamoto, Kazuo Kurokawa, Kumi Mastuua-Tokita, Chieko Saito, Ryogo Hirata and Akihiko Nakano. “High-curvature domains of the ER are important for the organization of ER exit sites in Saccharomyces cerevisiae” Journal of Cell Science, 2012.doi: 10.1242
研究手法と成果
研究チームは、COPⅡ小胞の被覆タンパク質とゴルジ体のシス槽、トランス槽に局在するタンパク質を異なる蛍光タンパク質で標識し、ERESに集積しているCOPⅡ小胞に対するシス槽とトランス槽の挙動をライブイメージングで詳細に調べました。その結果、シス槽がCOPⅡ小胞に接近し接触すること、シス槽の接触に伴って蛍光標識したCOPⅡ小胞の被覆タンパク質の蛍光シグナルが減少すること、トランス槽はそのような挙動をとらないことが分かりました(図2)。この結果から、シス槽の接触により、COPⅡ小胞の被覆タンパク質が外れることが示されました。
次に、小胞体からゴルジ体への積荷タンパク質の輸送を阻害した細胞で同様の観察を行った結果、シス槽だけがERESに集積するCOPⅡ小胞に接触する数が増えることが分かりました。そこでシス槽の挙動を調べたところ、COPⅡ小胞に長く接触すること、さらに、この接触ではCOPⅡ小胞の被覆タンパク質が外れないことが分かりました。これらの結果から、研究チームはシス槽がCOPⅡ小胞と接触している間に、シス槽とCOPⅡ小胞の繋留と膜融合「ハグアンドキスアクション(hug-and-kiss action)[8]」が起き、積荷タンパク質がシス槽へ運ばれる、という仮説を立てました。
そこで、積荷タンパク質とCOPⅡ小胞の被覆タンパク質を異なる蛍光タンパク質で標識して、積荷タンパク質がCOPⅡ小胞に積み込まれる様子を調べました。その結果、積荷タンパク質が一過的にCOPⅡ小胞の中に入った後、COPⅡ小胞の被覆タンパク質の蛍光シグナルが減少することが分かりました。次に積荷タンパク質とシス槽を異なる蛍光タンパク質で標識し、それらの挙動をライブイメージングで詳細に解析しました。その結果、シス槽が小胞体に接触するのに合わせて積荷タンパク質が小胞体からシス槽に入り、その後、シス槽は積荷タンパク質を含んだまま小胞体から離れることが分かりました(図3)。
これらの結果から、研究チームは、従来考えられていたCOPⅡ小胞が小胞体から遊離して細胞質を漂い、シス槽にたどり着くモデルではなく、シス槽が小胞体のERESに集積しているCOPⅡに接触して、ハグアンドキスアクション(繋留と膜融合)が起き、積荷タンパク質がシス槽へ運ばれるという新しいモデルを提案しました(図4)。
今後の期待
今回提案したタンパク質輸送機構のモデルは、従来考えられていたモデルに比べ選択的な輸送が可能になるため、より正確かつ安全に積荷タンパク質が小胞体からゴルジ体へ輸送されます。また、巨大な積荷タンパク質の輸送も可能にするモデルです。今後、高等動植物細胞における小胞体からゴルジ体への積荷タンパク質の輸送も同様のモデルで行われているのかなどを解明していくことで複雑なタンパク質輸送機構の全容解明につながると期待できます。本研究で用いた高感度共焦点顕微鏡システム(SCLIM)は高速、高感度、高解像度、マルチカラーでの撮影が可能で、ライブイメージングに適したシステムです。このシステムを駆使することは、未解明の事象の解明につながります。
原論文情報
- Kazuo Kurokawa, Michiyo Okamoto and Akihiko Nakano., "Contact of cis-Golgi with ER exit sites executes cargo capture and delivery from the ER", Nature Communications, 2014,doi: 10.1038/ncomms4653
発表者
理化学研究所
光量子工学研究領域 エクストリームフォトニクス研究グループ ライブセル分子イメージング研究チーム
専任研究員 黒川 量雄 (くろかわ かずお)
チームリーダー 中野 明彦 (なかの あきひこ)
お問い合わせ先
光量子工学研究領域研究推進室
Tel: 048-467-9528 / Fax: 048-467-8048
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.ゴルジ体
扁平な袋(槽)からなる細胞小器官の1つでタンパク質の翻訳後修飾や仕分け、脂質の合成を行う。多くの生物種では積み重なった層板(スタック)構造をしている。積荷タンパク質を受ける側をシス槽、積荷タンパク質が仕分けされ出ていく側をトランス槽、その間の槽をメディアル槽と呼ぶ。 - 2.COPⅡ小胞
小胞体で新しく作られた積荷タンパク質を積み込む輸送小胞。COPⅡと呼ばれる被覆タンパク質により覆われている。 - 3.積荷タンパク質
膜交通(小胞輸送)で運ばれるタンパク質の総称。小胞体で作られる。 - 4.細胞小器官
真核細胞の内部に存在する一定の機能、形態をもつ膜構造の総称。 - 5.高感度共焦点顕微鏡システム (SCLIM)
SCLIMは、 Super-resolution Confocal Live Imaging Microscopyの略。ニポウディスク方式共焦点スキャナー、高性能のダイクロイックミラー、フィルターシステムによる分光器、冷却イメージインテンシファイアー(電子増倍管)と複数の高感度CCDカメラシステムで構成した独自開発の蛍光顕微鏡システム。複数蛍光の同時取得と高S/N比の蛍光画像取得が可能。 - 6.ERGIC(ER Golgi intermediate compartment)
哺乳動物細胞内にある細胞小器官の1つで、管状または網目状の不定形な膜構造物。小胞体で新たに作られたタンパク質はCOPⅡ小胞によってまずERGICに運ばれ、そこからゴルジ体へと輸送される。 - 7.ERES(ER exit sites)
COPⅡ小胞が集積する小胞体の特別な領域。 - 8.hug-and-kiss action(ハグアンドキスアクション)
本研究で観察されたシス槽がERESのCOPⅡ小胞に接近し、接触して積荷タンパク質を受け取る動き。研究チームが名付けた。
図1 従来の小胞体からゴルジ体への積荷タンパク質の輸送モデル
積荷タンパク質を取り込んだCOPⅡ小胞は、①小胞体から遊離して細胞内を漂い、②ゴルジ体のシス槽にたどり着き繋留され、被覆を解離したのちに膜が融合して、③積荷タンパク質をゴルジ体へ輸送する。
図2 シス槽の接近、接触によるCOPⅡ被覆タンパク質の蛍光シグナルの減少
COPⅡ小胞(Sec13-GFP:緑)にシス槽(mRFP-Sed5:赤)が接近、接触した。接触に伴いCOPⅡ小胞の被覆タンパク質の蛍光シグナルの減少が観察された(2秒ごとのタイムラプス画像)。
図3 小胞体への接触による積荷タンパク質のシス槽への輸送
小胞体に蓄積している積荷タンパク質(Axl2-GFP:緑)にシス槽(Mnn9-mCherry:赤)が接触した。接触に伴い積荷タンパク質がシス槽に輸送された(3.5秒ごとのタイムラプス画像)。
図4 新しい小胞体からゴルジ体への積荷タンパク質の輸送モデル
ゴルジ体のシス槽は①ERESのCOPⅡ小胞に接触し、②それによりCOPⅡ小胞のシス槽への繋留、被覆タンパク質の解離、小胞とゴルジ体の膜融合がおきる(Hug-and-kiss action)。その結果、③積荷タンパク質は小胞体からゴルジ体へ輸送される。