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2014年4月16日

理化学研究所

最後の時計遺伝子見つかる

-精神機能などの高次機能と概日リズムとの関係解明のカギに-

ポイント

  • 哺乳類の新しい時計遺伝子「Chrono(クロノ)」を同定
  • クロノが時計抑制因子として働いていることを解明
  • クロノがストレスによる代謝変動に関与することを発見

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、哺乳類の概日リズム[1]をコントロールする新たな時計遺伝子「Chrono(クロノ)」を、ゲノムワイドかつ網羅的な解析によって発見しました。昼夜の転写活性の振幅が大きいという時計遺伝子の特性を強くもつ遺伝子であり、他の時計遺伝子の発現様式がすでに明らかになっていることから、最後の時計遺伝子と目されます。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)精神生物学チームの内匠透シニアチームリーダー、畠中史幸研究員、郷力昭宏研修生と、広島大学、米国ミシガン大学らとの共同研究グループの成果です。

地球上のほぼすべての生物には、24時間周期で繰り返される概日リズムが存在し、この体内時計によって睡眠や覚醒、ホルモンの分泌、血圧・体温調節などの生理活動が制御されていることが知られています。概日リズムの異常は、時差ボケや睡眠障害などのリズム障害を引き起こすだけでなく、がんや生活習慣病、精神疾患などにも関わるとされています。概日リズムの分子機構は時計遺伝子(概日リズムに関わる遺伝子群)の転写翻訳フィードバックループ(TTFL)[2]に基づいていることが知られていますが、その全容は明らかになっていませんでした。

共同研究グループは、クロマチン免疫沈降法と次世代シーケンサーを組み合わせた解析法などを使った網羅的解析を行い、哺乳類にのみ存在する新たな時計遺伝子を発見しました。共同研究グループはこれを「Chrono(クロノ)」と名付けました。また、クロノは時計抑制因子として概日リズム発振を担うこと、ストレス刺激などによる代謝変動に関わることを明らかにしました。

本研究によって、哺乳類の最後と目される時計遺伝子が同定されました。精神機能などの高次機能と概日リズムとの関係など、哺乳類の概日リズムの仕組みのさらなる解明が期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『PLoS Biology』(4月15日号)に掲載されます。

背景

地球上のほぼすべての生物には、24時間周期で繰り返される概日リズムが存在し、この体内時計によって睡眠や覚醒、ホルモンの分泌、血圧・体温調節などの生理活動が制御されていることが知られています。概日リズムの異常は、時差ボケや睡眠障害だけでなく、がんや生活習慣病、精神疾患などにも関わります。

概日リズムの分子機構には複数の時計遺伝子が関わっていますが、その中でも重要なコアとなる遺伝子があります。これまでの研究により、体内時計の刻みを促進する因子(時計転写因子)としてBmalClockの2つの遺伝子群が、また抑制する因子(時計抑制因子)としてCryPeriodの2つの遺伝子群が知られていました。概日リズムの分子機構は、これら時計遺伝子による転写翻訳フィードバックループ(TTFL)に基づいていることが知られていますが、その全容はまだ明らかではありませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、クロマチン免疫沈降法(ChIP)と次世代シーケンサーを組み合わせた解析方法「ChIP-seq法[3]」などを用いて、コアの時計転写因子「BMAL1」の標的遺伝子を網羅的に同定しました。その中で、Periodなどの時計遺伝子と同様に、昼夜の振幅の変動が大きな概日リズムを示す新規遺伝子としてGm129を同定し、これをChrono(クロノ)と名付けました。すべての遺伝子の発現様式がほぼ明らかになっている現在、クロノは最後に発見された時計遺伝子と目されます。この遺伝子から作られるクロノタンパク質は機能的ドメインを持たず、哺乳類だけに存在します。

共同研究グループは、遺伝子工学的な手法であるレポーターアッセイ[4]を使い、クロノの発現の活性を測定しました。これにより、クロノはTTFLにおけるネガティブフィードバックループ[5]の転写抑制因子として機能していることが分かりました。次に、クロノ欠損マウスと、概日リズムの中枢である脳視交叉上核[6]Avpニューロンを特異的に欠損させたマウスを作製し、行動の様子とコアの時計遺伝子の発現を調べました。その結果、概日リズムの周期が延長し、コアの時計遺伝子の発現に変動がみられました。これらの結果は、クロノがコアの時計抑制因子として働いていることを意味しています()。

一方、シミュレーション解析の結果、Cry1/Cry2二重欠損にみられる昼夜の振幅の変動が小さな概日リズムが、Cry1/Cry2/Chrono(クロノ)三重欠損することにより、完全に消失しました。これは、クロノがコアな時計抑制因子の1つであることを示しています。さらに、共同研究グループは、クロノの抑制効果が、DNA配列に依存しないエピジェネティックな制御[7]を介して発現していることを示しました。

また、拘束などのストレス刺激にクロノは直接反応し、ストレスによる代謝変動にも関わることも明らかにしました。

今後の期待

最後と目される時計遺伝子が発見されたことで、今後は、時計遺伝子群のエピジェネティック制御を含む詳細な抑制機構の解明などのウエットな解析と、シミュレーションなどのドライな解析の両面での解析が可能になります。また、シミュレーションで予想された三重欠損の状態を実験で確認することが期待できます。

クロノがヒトを含む哺乳類にしか保存されていないことから、概日リズムの分子機構の複雑な制御に関与することが予想されます。ストレス刺激に対する対応など、より高次な機能、さらには精神機能との関連についての解明も進むと期待できます。

本研究は、科学研究費補助金基盤研究(A):気分障害と概日リズムの分子相関理解のための統合的研究/科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST):精神の表出系としての行動異常の統合的研究/科学技術振興機構国際科学技術協力推進事業(SICP):生物時計中枢としての視交叉上核:定量化、シミュレーション、機能解析/Human Frontier Science Program Research Award:Networks, genetics, clocks and psychosis: a multi-disciplinary and multi-scale approachの一環として行われました。

原論文情報

  • Goriki A, Hatanaka F, Myung J, Kim JK, Yoritaka T, Tanoue S, Abe T, Kiyonari H, Fujimoto K, Kato Y, Todo T, Matsubara A, Forger D and Takumi T. "A novel protein, CHRONO, functions as a core component of the mammalian circadian clock".PLoS Biology, 2014, doi: 10.1371/journal.pbio.1001839

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 精神生物学研究チーム
チームリーダー 内匠 透 (たくみ とおる)

お問い合わせ先

脳科学総合研究センター 脳科学研究推進室
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-462-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.概日リズム
    概ね24時間を周期とする生物リズム。同じ24時間周期で自転する地球上のほぼすべての生物が有する基本的生命現象で、体内時計でその振動が発振、制御される。
  • 2.転写翻訳フィードバックループ(TTFL)
    TTFLはtranscription-translation feedback loopの略。時計遺伝子による概日リズムの分子機構を表す。時計遺伝子発現の概日振動が時計遺伝子の転写および翻訳を介したフィードバックによって自らの転写が制御されている。
  • 3.ChIP-seq法
    クロマチン免疫沈降法(ChIP;chromatin immunoprecipitation)と次世代シーケンサーを組み合わせた網羅的解析方法。免疫沈降で回収したDNA断片を、次世代シーケンサーを用いてゲノムワイドかつ網羅的に解析する。
  • 4.レポーターアッセイ
    測定対象の遺伝子を蛍光を発する遺伝子に置き換えることで、蛍光測定により遺伝子発現の状態を調べる手法。
  • 5.ネガティブフィードバック
    ある系の出力(結果)を入力(原因)側に戻すことをフィードバックというが、抑制的に働く場合をネガティブフィードバックと呼ぶ。
  • 6.視交叉上核
    脳の視床下部前部にある神経核で、哺乳類の概日リズムの中枢。視交叉上核内にはAvp神経がみられる。
  • 7.エピジェネティックな制御
    DNA配列に依存しない遺伝子の調節機構のこと。DNAの塩基配列だけでは説明できない遺伝子発現調節の仕組みとして、近年急速に研究が進んでいる。DNAのチル化やヒストンの化学修飾、さらには非翻訳RNAなどがこれにあたる。
クロノを含む哺乳類概日リズムの分子機構図

図 クロノを含む哺乳類概日リズムの分子機構

遺伝子発現の日内変動がE-boxというDNA 上の特定の塩基配列(CACGTG)で制御されている抑制系の遺伝子として、今回新たにChronoを発見した。Chronoから作られるタンパク質CHRONOは、CLOCKとBMALと複合体を形成し、体内時計の刻みを抑制する。

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