要旨
理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センターサイトカイン制御チームの久保允人チームリーダー(東京理科大学生命科学研究所分子病態学研究部門教授)と、リスボン大学分子医学研究所のエンリケ・フェルナンデス教授、パスツール研究所自然免疫ユニットのジェームス・デサント教授らによる共同研究グループ※は、時計遺伝子[1]「E4BP4[2]」が、自然リンパ球(ILC)[3]の発生に必須な分子の発現を調節していることを明らかにしました。
自然リンパ球は、自然免疫に関わる細胞で、2010年にTリンパ球やBリンパ球[4]とは異なる新たなリンパ球として発見されました。自然リンパ球は、さまざまなタイプの炎症に関わるサイトカイン[5]と呼ばれる液性因子を産生する能力を持ちます。自然リンパ球はサイトカインの産生能によりILC1、ILC2、ILC3の3つのグループに分類されます。中でもILC3は、腸管の粘膜固有層に多く存在し、上皮からの抗菌ペプチド[6]産生を誘導することで腸内細菌と腸管免疫との平衡状態の確立に重要な役割を果たすと考えられており、クローン病のような慢性炎症疾患と関係があるといわれています。しかし、自然リンパ球がどこでどのように作られるのか、発生段階のどの過程で3つのグループに分岐していくのか、詳細なメカニズムは分かっていませんでした。
久保チームリーダーらは2011年に、時計遺伝子の制御装置として知られるE4BP4[2]という転写因子が、過剰な免疫反応を沈静化する分子として働くことを発見しました。E4BP4を欠損させたマウスを詳細に解析し、自然リンパ球が作られる過程で鍵となる分子であることを明らかにしています。
共同研究グループは今回、E4BP4が「Id2[7]」と呼ばれる自然リンパ球の発生初期段階に必要な分子の発現を調節する重要な働きを持ち、3つのグループすべての自然リンパ球の発生に関わっていることを明らかにしました。
今回の成果により、自然リンパ球が関与する疾患に対してその原因や症状に対応する治療法が考案できる可能性があります。
本研究は、英国の科学雑誌『Cell report』のオンライン版(3月19日付け:日本時間3月20日)に掲載されました。
※共同研究グループ
理化学研究所 理研統合生命医科学研究センター サイトカイン制御チーム
チームリーダー 久保 允人(くぼ まさと)
(東京理科大学 生命科学研究所 分子病態学研究部門 教授)
リスボン大学 分子医学研究所
教授 Henrique Veiga-Fernandes(エンリケ・フェルナンデス)
パスツール研究所 自然免疫ユニット
教授 James P. Di Santo(ジェームス・デサント)
背景
免疫系は自然免疫と獲得免疫に大きく2つに分類されます。自然免疫は樹状細胞やマクロファージなどの自然免疫細胞が浸入してきた抗原を取り込む非特異的な免疫応答であるのに対し、獲得免疫はTリンパ球、Bリンパ球などの獲得免疫細胞が抗原を認識する特異的な応答が特徴です。自然リンパ球(ILC)は、自然免疫に関わる細胞です。2010年にTリンパ球やBリンパ球とは異なる性質を持つ、新たなリンパ球として発見されました。自然リンパ球は抗原を認識する受容体を持つことなく、インターフェロン(IFN)やインターロイキン(IL)など、さまざまなサイトカインを産生します。
自然リンパ球はサイトカインの産生能により3つのグループに分類され、グループ1(ILC1)はIFN-γを、グループ2(ILC2)はIL-5やIL-13を、グループ3(ILC3)はIL-17AやIL-22を産生します。中でもILC3は、腸管粘膜固有層に豊富に存在し、上皮からの抗菌ペプチド産生を誘導することで腸内細菌と腸管免疫との平衡状態確立に重要な役割を果たすと考えられており、クローン病のような慢性炎症疾患と関係があるといわれています。
自然リンパ球には、自然免疫細胞として認知されてきたナチュラルキラー(NK)細胞や胎生期のリンパ組織形成に関与するリンパ組織誘導細胞(LTi細胞)[8]が含まれることや、自然リンパ球は3グループともに共通の前駆細胞から作られることが分かってきました。しかし、自然リンパ球がどのように作られるのか、発生段階のどの過程で3つのグループに分岐していくのかなど、詳細なメカニズムは分かっていません。
久保チームリーダーらは2011年に、時計遺伝子の制御装置として知られるE4BP4/NFIL-3という転写因子が、過剰な免疫反応を沈静化する分子として働くことを発見しました。E4BP4/NFIL-3は、Tリンパ球において免疫反応を沈静化するサイトカインIL-10の産生を制御する一方、自然リンパ球(NK細胞や特化した能力を持つ樹状細胞)の発生や分化にも重要な働きを持つことを解明しました。今回、共同研究グループは、自然リンパ球の発生過程におけるE4BP4/NFIL-3の詳細な働きの解明に取り組みました。
研究手法と成果
共同研究グループは、まずE4BP4を発現すると緑色蛍光色素(GFP)が発光するマウスを作成し、マウスの生体内に存在するリンパ球におけるE4BP4/NFIL-3の発現を解析しました。その結果、Tリンパ球やBリンパ球ではE4BP4/NFIL-3の発現があまり見られなかったのに対し、NK細胞や前駆細胞を含めたほとんどすべての自然リンパ球(ILC1、ILC2、ILC3)で高い発現が認められました。
次に、これら自然リンパ球の発生段階におけるE4BP4の必要性を検討するため、E4BP4を作る遺伝子を欠損させたマウス(E4BP4欠損マウス)を作成し解析しました。その結果、すべての自然リンパ球の分化になんらかの障害が起きました。その障害は、骨髄に分布するILC2や腸管内に分布するILC3、リンパ組織誘導細胞で顕著に起こっていました。
自然リンパ球の発生は、全てのリンパ球の前駆細胞(CLP)が自然リンパ球の前駆細胞(CHILP)に分化し、さらにILCPと呼ばれる前駆細胞に分化するという段階を経て進みます。そこで、自然リンパ球の発生段階のどの過程で、E4BP4が働くのかを詳細に解析しました。その結果、E4BP4の発現を欠損させたマウスでも、CLPには顕著な障害はみられず、CHILP[9]へと分化した以降で顕著な障害が認められました(図)。また、欠損マウスではILCPも少なくなっていました。このことから、E4BP4が作用するタイミングは、CHILP以降であることが分かりました。
続いて、どのような因子がE4BP4の発現をコントロールしているのかについて検討しました。CHILPはリンパ球の増殖に関わるサイトカイン(IL-7)に反応する受容体を発現していることから、その効果を検討したところ、IL-7にはCHILPにおけるE4BP4/NFIL-3の発現を亢進させる働きがあることが分かりました。また、この受容体を欠くCHILPはE4BP4を発現できないことから、IL-7がE4BP4の発現をコントロールしていることが分かりました。
さらに、E4BP4が結合する遺伝子を特定し、CHILPのどの遺伝子に働きかけているのかを解析しました。その結果、CHILPの核内において、いくつかの遺伝子に結合していることが分かりました。これら遺伝子について、E4BP4遺伝子を欠損させたマウスで発現が減少する遺伝子を探索したところ、Id2遺伝子の発現が顕著に減少することが分かりました。Id2遺伝子から作られるId2は、E4BP4同様に転写因子であり、細胞の分化を抑制する機能があります。Id2を欠損したマウスは、CLPに障害が出ることが知られています。このことから、E4BP4は、自然リンパ球の発生に必須なId2の発現を誘導することで、CHILPから自然リンパ球への分化をコントロールしていることが明らかになりました(図)。
今後の期待
自然リンパ球が私たちの身体の中で構成されるメカニズムの一端が明らかになったたことで、自然リンパ球の発生制御によって病気をコントロールできる可能性が示唆されました。自然リンパ球のILC2はIL-5やIL-13を産生することで寄生虫に対する感染防御やアレルギー疾患の病態形成に寄与する一方、ILC3は腸管粘膜固有層に豊富に存在し、抗菌ペプチド産生を誘導することで腸内細菌の腸管での恒常性を維持する働きを持つと考えられており、クローン病のような腸管内で起こる慢性炎症疾患との関係が想定されています。
今後、自然リンパ球を標的とした新しい視点からの治療法の開発が期待できると同時に、これらの細胞が関与する疾患に対して、原因や症状に対応する治療法が考案できる可能性があります。
原論文情報
- Wei Xu, Rita G. Domingues, Diogo Fonseca-Pereira, Manuela Ferreira, He’lder Ribeiro, Silvia Lopez-Lastra, Yasutaka Motomura, Lara Moreira-Santos, Franck Bihl, Ve’ronique Braud, Barbara Kee, Hugh Brady, Mark C. Coles, Christian Vosshenrich, Masato Kubo, James P. Di Santo, and Henrique Veiga-Fernandes, "NFIL3 Orchestrates the Emergence of Common Helper Innate Lymphoid Cell Precursors", Cell Report, doi: 10.1016/j.celrep.2015.02.057
発表者
理化学研究所
統合生命医科学研究センター サイトカイン制御研究チーム
チームリーダー 久保 允人(くぼ まさと)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.時計遺伝子
体内時計をつかさどる遺伝子。時計遺伝子に障害が起こると概日リズムが保てないため、生活活動からリズムを失った行動とるようになる。 - 2.E4BP4、E4BP4
E4BP4はE4BP4を作る遺伝子。E4BP4は、生体リズムをコントロールする概日時計の発振を調節する転写因子として同定された分子である。この転写因子の発現は細胞の増殖などに関わるサイトカインによって誘導されることが知られており、Tリンパ球においては免疫反応を沈静化するサイトカインIL-10の産生を制御する一方、NK細胞や特化した能力を持つ樹状細胞(CD103陽性)の発生/分化にも重要な働きをもつことが示されている。増殖因子として知られるサイトカイン、IL-3の産生を制御する核内因子として、NFIL-3とも呼ばれる。 - 3.自然リンパ球(ILC)
ILC はinnate lymphoid cellの略。Tリンパ球やBリンパ球と同じリンパ球の性質を保有しているが、外来異物を認識するメカニズムを持たない。先天的に備わった免疫反応であり、感染初期に発動する「自然免疫」を制御する。ヒトの身体の中にはほんのわずかの数しか存在しないため、最近まで見つかってなかったが、近年さまざまなタイプの自然リンパ球が見つかり、その機能に注目が集まっている。 - 4.Tリンパ球、Bリンパ球
Tリンパ球はサイトカインを産生することによって機能を反映し、免疫反応を制御する司令塔的役割を持つ。Bリンパ球は外界から侵入した異物を攻撃するための防御機構の1つである抗体を産生する。 - 5.サイトカイン
細胞同士の情報伝達に関わるさまざまな生理活性を持つ液性因子の総称。 - 6.抗菌ペプチド
自然免疫反応として機能するペプチドの総称。 - 7.Id2
筋肉細胞、造血系、リンパ系、神経細胞や骨細胞の分化・増殖をコントロールする分子であり、細胞の運命決定を決める。分化抑制因子(Id1~Id4)の1つで、決まったDNA配列を認識することで結合した遺伝子の転写をコントロールする。 - 8.リンパ組織誘導細胞(LTi細胞)
Ltiはlymphoid tissue inducer cellの略。免疫細胞が集まるリンパ節などのリンパ組織の分化・発生をコントロールする細胞の1つで、その機能には間葉系由来のオーガナイザー細胞が必要とされる。 - 9.自然リンパ球の前駆細胞(CHILP)
CHILPはcommon helper-like ILC progenitorsの略。前駆細胞は幹細胞から発達して、体を構成する最終分化細胞へと分化することのできる細胞の総称であり、CHILPは、自然リンパ球に最終分化する前駆細胞を指す。
図 自然リンパ球の分化過程におけるE4BP4/NFIL-3の役割
自然リンパ球は、自然リンパ球の前駆細胞(CHILP)分化したILCPから作られる。また、サイトカインの産生能によりILC1~3に分類される。3パターンのうちどの自然リンパ球になるかは転写因子T-bet、Gata3、RORgtのうちどの転写因子を発現するかで決まる。E4BP4はCHILPの核内で決められた配列をDNAに結合する。その決められた配列を持つ遺伝子の1つが分化抑制因子として機能するId2になる。E4BP4はId2の発現を誘導することで、CHILPから自然リンパ球への分化をコントロールする。