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2016年2月19日

理化学研究所

放射性廃棄物の処理問題解決への第一歩

-世界初の破砕反応データ取得に成功-

要旨

理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター櫻井RI物理研究室のワン・へ国際特別研究員、櫻井博儀主任研究員と多種粒子測定装置開発チームの大津秀暁チームリーダーらの研究チームは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[1]」を用いて、放射性廃棄物の主要な成分であるセシウム-137(137Cs、原子番号55、質量数137)とストロンチウム-90(90Sr、原子番号38、質量数90)を不安定核ビームとして取り出し、破砕反応[2]のデータ取得に世界で初めて成功しました。

原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理問題は日本だけでなく、世界的な問題です。この問題を解決するためには、長寿命の放射性核種[3]を、安定核種もしくは短寿命核種に効率良く核変換し、放射能を弱める方法を開発することが必要です。そのためには、開発の基盤となる核反応データを取得することが重要です。

研究チームが着目した137Cs(半減期30.1年)と90Sr(半減期28.8年)は、熱中性子捕獲反応[4]では、核変換しにくいことが知られています。そこで核変換の反応として、陽子と重陽子[5]を照射することにより、これらの放射性核種を壊す反応(破砕反応)を考えました。しかし、137Csと90Srの破砕反応の確率やどうような核種にどれだけ変わるのか、その基礎データはありませんでした。そこで研究チームは、RIBFを用いて137Csと90Srをビームにし、陽子と重陽子を標的にして照射する「逆反応法[6]」を利用してデータを取得しました。

実験の結果、陽子や重陽子に137Csと90Srのビームを照射することで起こる破砕反応の確率は、熱中性子捕獲反応に比べて、137Csで約4倍、90Srで約100倍大きいことが分かりました。また、重陽子は陽子に比べて、破砕反応が起こる確率が約2割大きく、ビーム核種を軽い核にする能力も高いことが明らかになりました。これは、陽子だけでなく重陽子ビームを利用した方法も破砕反応法には有効だということを示しています。さらに、反応後の原子核の半減期の分布から、137Csは89%、90Srは96%の確率で安定核もしくは半減期1年以下の短寿命核に核変換されることが分かりました。今後、RIBFで多種多様な核変換データを取得し、効率の良い核変換法を模索していきます。

本研究は、文部科学省・原子力システム研究開発事業の委託費(平成25~26年度)で推進されました。成果は、欧州の科学雑誌『Physics Letters B』のオンライン版で1月11日より公開され、3月10日号に掲載されます。

背景

原子力発電所などで生じる放射性廃棄物の処理問題は日本のみならず世界的な問題です。この問題を解決するためには、放射性廃棄物に含まれる長寿命放射性核種を安定核種や短寿命核種に核変換し、廃棄物の放射能を効率良く弱める方法を開発する必要があります。

長寿命放射性核種は、ウラン燃料の中性子捕獲によって生成されるマイナーアクチノイド[7]と、ウランの核分裂よって生成される核分裂生成物に大別できます。マイナーアクチノイドについては、高速増殖炉や加速器駆動型原子炉などで得られる高速中性子を利用した核変換が長年にわたって研究されており、基礎的・系統的な反応データの蓄積があります。一方、核分裂生成物については核変換に関連する反応データはほとんど取得されておらず、放射能を効率良く弱めるための基盤開発・技術開発が進んでいません。

研究チームは、核分裂生成物の中でも大きな比重を占めるセシウム-137(137Cs、原子番号55、質量数137)とストロンチウム-90(90Sr、原子番号38、質量数90)に着目しました。これらの核種は、熱中性子の捕獲確率が小さいため、原子炉内で核変換されず放射性廃棄物として残ります。すなわち、熱中性子捕獲反応(熱中性子を利用した核変換)では効率が上がりません。そこで研究チームは137Csと90Srを核変換するための反応として、陽子や重陽子ビームをこれら核種に照射し壊す反応(破砕反応)を考えました。破砕反応は、高エネルギー陽子や重陽子ビームを壊したい核種(標的核)に衝突させ、標的核を壊し、他の軽い核種に変える反応です。137Csと90Srの場合、破砕反応の確率はほぼ原子核の大きさで決まるため、熱中性子捕獲反応による核変換の確率よりも大きいことが予想されました。しかし、これら核種の破砕反応の確率やどうような核種にどれだけ変わるのか、その基礎データはありませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、137Csと90Srを理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」を用いてビームにし、陽子と重陽子を標的にして照射する「逆反応法」を使って137Csと90Srがどのような核種にどれだけ壊れるかを調べました。

まず、RIBFの超伝導リングサイクロトロン(SRC)[8]で光速の約70%(エネルギーで核子当たり345MeV)まで加速したウラン-238(238U、原子番号92、質量数238)ビームをベリリウム標的に照射しました。その後、照射により核分裂反応で生成した137Csと90Srを超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[9]を用いてビームとして取り出しました。取り出したビームの速さは光速の約60%(エネルギーで核子当たり186~187MeV)で、この高速の不安定核ビームを陽子と重陽子の標的(二次標的)に照射し、反応生成物を下流のゼロ度スペクトロメータ[10]で捕らえました(図1)。

逆反応法の利点は3つあります。1つ目は、137Csと90Srの厚い標的を用意する必要がない点です。これらの核種で厚い標的を作ると放射能が高くなる問題が生じます。2つ目は、ビーム種と反応生成物を一つひとつ粒子として識別することができる点です。これにより、137Csと90Srがどのような核種にどれだけ壊れるのかを正確に調べることができます。3つ目は、陽子標的と重陽子標的の違いを調べる際に、ビームのエネルギーを揃えてデータを取得することが容易な点です。ビームのエネルギーはBigRIPSの設定で決まり、いったん設定を固定した後は、標的を変えるだけで系統的なデータを取得できます。

実験の結果、陽子や重陽子に137Csと90Srのビームを照射することで起こる破砕反応の確率は、熱中性子捕獲反応に比べて、137Csで約4倍、90Srで約100倍大きいことが分かりました(図2)。また、標的の陽子と重陽子を比較すると、破砕反応の確率は重陽子の方が約2割高く、ビーム核種を軽い核にする能力が高いことが分かりました。これは、陽子と中性子で構成される重陽子が、137Csや90Srと反応する際に陽子と中性子がバラバラに反応に関与せず同時に反応するからだと考えられます。

過去に137Csや90Srを核変換する反応として、高エネルギー陽子を利用した破砕法が考慮されたことがありましたが今回の結果で、陽子だけでなく重陽子ビームを利用した方法も有効であることが示されました。

137Csと90Srのビームを重陽子に照射した後に生成された原子核の半減期の分布を図3にまとめました。陽子に照射した後に生成された原子核の半減期の分布も、ほぼ同じようになりました。137Csでは生成された原子核の89%、90Srでは96%が安定核もしくは半減期1年以下の短寿命核です。生成された原子核の中には長寿命のセシウム-135(135Cs、質量数137、半減期200万年)とセレン-79(79Se、原子番号34、質量数79、半減期30万年)も含まれました。137Csから135Csが、90Srから79Seが生成する確率は、研究チームのデータからそれぞれ約6%、約0.1%と小さいものでした。これらの核種の半減期は、137Cs(半減期30.1年)や90Srの半減期(半減期28.8年)に比べて非常に長いため、崩壊の頻度が低く、137Csと90Srと比べると放射能にはほとんど寄与しないことが分かりました。

今後の期待

今回の実験により逆反応法を利用することでこれまで測定できなかった、長寿命放射性核種の核反応データが取得可能なことを世界に先駆けて示すことができました。この実験手法の開発が契機となり、仁科加速器研究センターは、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」事業に参画することになりました。今後、RIBFで多種多様な長寿命核種の核変換データを取得し、効率の良い核変換法を模索していきます。

原論文情報

  • H. Wang, H. Otsu, H. Sakurai, et al., "Spallation reaction study for fission products in nuclear waste: Cross section measurements for137Cs and90Sr on proton and deuteron", Physics Letters B, doi: 10.1016/j.physletb.2015.12.078

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室
主任研究員 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
国際特別研究員 ワン・へ(王 赫)

仁科加速器研究センター 実験装置運転・維持管理室 多種粒子測定装置開発チーム
チームリーダー 大津 秀暁(おおつ ひであき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.RIビームファクトリー(RIBF)
    RI(Radioactive Isotope)とは放射性同位元素のことで、放射線を出して他の種類の原子核に変化する。RIBFは、理研が所有するRIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される重イオン加速器施設。RIビーム発生施設は、2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成される。これまで生成不可能だったRIも生成でき、世界最多となる約4,000個のRIを生成できる。
  • 2.破砕反応
    核子(陽子と中性子)当たり50MeV程度以上の高エネルギー原子核を標的核に照射した際に起こる反応で、衝突時に陽子、中性子がはぎ取られる。照射核として陽子、中性子、重陽子などの軽い核を利用する場合は、スポレーション(Spallation)反応といい、炭素やウランなどの重い核を照射する場合は、フラグメンテーション(Fragmentation)反応という。
  • 3.放射性核種
    アルファ線(α線)やベータ線(β線)などの放射線を放出して崩壊する原子核。天然に存在する放射性核種として、カリウム-40(40K、原子番号19、質量数40、半減期12億年)やウラン-238(238U、原子番号92、質量数238、半減期45億年)などが知られている。天然放射性核種は、半減期が地球年齢(約50億年)程度あるので崩壊せずに残っている。放射性廃棄物中に含まれる放射性核種は、原子炉内で人工的に作られたもので、天然に存在する放射性核種に比べて半減期が短く、放射能が高い。
  • 4.熱中性子捕獲反応
    原子核が熱中性子1個を捕獲して、中性子数が1個多い同位体になる核反応。熱中性子とは、原子の熱運動と平衡状態にある中性子で、中性子のエネルギー分布は室温で決まる。平均エネルギーは約0.025eV、平均の速さは約2.2km/s。
  • 5.陽子、重陽子
    陽子は原子核の構成要素の1つ。原子核のもう1つの構成要素は中性子で、陽子と違い崩壊するため、寿命は有限である。重陽子は、陽子1個と中性子1個で構成されている。陽子と中性子の間に束縛エネルギーがあるため、重陽子は安定で崩壊しない。
  • 6.逆反応法
    研究対象の原子核が安定な核の場合、これを標的にし、陽子や重陽子などのビームを照射して研究を行うが、研究対象の原子核が不安定で寿命が有限の場合、逆反応を利用する。この場合、陽子、重陽子などを標的にし、調べたい原子核をビームとする。この方法を利用すると、研究対象核の壊れ方を正確に調べることができる。RIBFでは、この方法を利用した基礎研究が推進されている。
  • 7.マイナーアクチノイド
    アクチノイドとは、アクチニウム(原子番号89)からローレンシウム(原子番号103)までの元素の総称。マイナーアクチノイドとは、アクチノイドに属するウラン(原子番号92)よりも原子番号の大きい元素のうちプルトニウム(原子番号94)を除いたものを指す。
  • 8.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
    サイクロトロン(加速器)の心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩(ろうえい)を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を持つ。総重量は8,300トン。SRCを使うと非常に重い元素であるウランを光速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式により、従来の方法に比べて100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。
  • 9.超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
    ウランなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、実験グループにRIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。
  • 10.ゼロ度スペクトロメータ
    RIBFの基幹実験装置の1つで、逆反応法で生成された生成核種の粒子識別や運動量分析などが行える磁気分析装置。この装置は、逆反応法で生成された核が照射したビームと同じ方向に放出されることを考慮して設計されている。反応生成物の収集効率を上げるため、BigRIPSと同じ超伝導四重極電磁石が採用されている。分析装置内での飛行時間が長いため、質量数200程度の核種まで粒子を識別できる。
破砕反応実験の概要図

図1 破砕反応実験の概要

超伝導リングサイクロトロンで加速した238Uビームをベリリウム生成標的に照射し、超伝導RIビーム生成分離装置で識別・分離し、137Csや90Srをビームとして取り出す(①)。続いて二次標的(陽子と重陽子)に照射し(②)、二次標的での反応生成物をゼロ度スペクトロメータで分析する(③)。

137Csと90Srの破砕反応と熱中性子捕獲反応が起こる確率の比較図

図2 137Csと90Srの破砕反応と熱中性子捕獲反応が起こる確率の比較

137Csと90Srの重陽子や陽子による破砕反応が起こる確率(反応断面積)は、熱中性子捕獲反応に比べて大きいことが分かる。137Csで約4倍、90Srで約100倍である。

137Csと90Srのビームを重陽子に照射した際に生成される同位体の半減期の分布図

図3 137Csと90Srのビームを重陽子に照射した際に生成される同位体の半減期の分布

実験で調べられた原子核の範囲(原子番号55の137Csの場合は、原子番号51~56の原子核、原子番号38の90Srの場合は、原子番号34~39の原子核)でのデータを基に作成。破砕反応で生成された同位体のうち、安定核もしくは半減期が1年以下のものは、137Csで89%、90Srで96%である。

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