2016年7月19日
理化学研究所
東京大学
環境の変化を感知し、半永久的に駆動するアクチュエーター
-わずかな湿度の揺らぎを動力源とする新技術-
ポイント
要旨
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発ソフトマター機能研究グループの相田卓三グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、宮島大吾基礎科学特別研究員と東京大学大学院工学系研究科の荒添弘樹大学院生らの研究グループ※は、環境に存在する湿度の揺らぎをエネルギー源として半永久的に駆動する薄膜アクチュエーター[1]を開発しました。
現代社会は主に化石燃料のエネルギーによって支えられていますが、その埋蔵量には限りがあります。そのため、持続可能な社会を実現するためには、太陽光、風力、地熱などの自然エネルギーを利用可能なエネルギーに変換・貯蔵する技術の開発が不可欠です。また、モバイル機器やウェアラブルデバイス[2]の発展が著しい昨今、コンセントなどに接続する必要のない、軽くて小さい動力源の開発も重要です。この動力源を実現するには、身の回りにある未利用のエネルギーを集め“その場で”エネルギーに変換する「エナジーハーベスティング技術」[3]の開発が必要です。
研究グループは、わずかな湿度変化に応答し半永久的に動き続ける薄膜アクチュエーターを開発しました。この薄膜は水分の吸着量に応じて屈伸するため、湿度変化に応じて屈伸運動を示します。今回開発した薄膜は、従来のものより少ない水分量で大きくかつ高速に屈伸運動を行います。また、局所的な湿度変化を運動エネルギーに高効率で変換できるため、汎用の湿度計では感知できないほど小さな湿度変化にも応答します。さらに、薄膜への水分の吸着は熱や光にも影響を受けるため、さまざまな“環境の揺らぎ”を薄膜の運動エネルギーに変換することが可能です。
本成果は、今後、エナジーハーベスティング技術、エネルギー変換材料の設計に大きな影響を与えると考えられます。また、薄膜の運動エネルギーを効率よく電気エネルギーに変換する技術を実現することで、実際のデバイスでの利用が期待できます。
本研究は、科学研究費助成事業 特別推進研究「物理的摂動を用いる巨視スケールにおよぶ構造異方性の制御と特異物性発現」、総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の支援を得て行われました。
本成果は、国際科学雑誌『Nature Materials』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(7月18日付け:日本時間7月19日)に掲載されます。
背景
現代社会は主に化石燃料のエネルギーによって支えられていますが、その埋蔵量には限りがあります。そのため、持続可能な社会を実現するためには、太陽光、風力、地熱などの自然エネルギーを私たちが利用できるエネルギーに変換・貯蔵する技術の開発が不可欠です。一方で、私たちの身の回りに存在しているエネルギー源は、太陽光、風力、地熱に限りません。例えば、温度差時計はその名の通り室内の温度変化をエネルギー源とし、1日に温度が数度変化すれば半永久的に駆動し続けることができます。
このような“環境の揺らぎ”から取り出せるエネルギー量は限られていますが、“その場で”発電・利用できるというメリットがあります。特に、モバイル機器やウェアラブルデバイスの発展が著しい昨今、コンセントなどに接続する必要のない、軽くて小さい動力源の開発は重要です。この動力源を実現するには、身の回りにある未使用のエネルギーを集めてその場でエネルギーに変換する「エナジーハーベスティング技術」の開発が必要です。しかし、環境の揺らぎからエネルギーを取り出す技術は限られており、新しい技術の開発が求められていました。
研究手法と成果
研究グループは、環境に存在するわずかな湿度変化に応答し、半永久的に動き続ける薄膜アクチュエーターの開発に成功しました。この薄膜は、水分の吸着量の大きさに応じて屈伸するため、湿度の変化に応じて屈伸運動を示します(図1)。このように湿度に応答し屈伸する材料は過去にも報告されていましたが、その応答は遅く注1)、また非常に高い湿度条件を必要とする注2)ため、通常の環境からエネルギーを取り出すことはできませんでした。
今回開発した薄膜は、従来のものよりも少ない水分量で、大きくかつ高速に屈伸運動を行います。従来、湿度に応答する薄膜は水を吸収しやすい高分子材料が用いられてきました。研究グループは逆の発想で、水をほとんど吸収しない高分子材料を薄膜に用いました。ただし、この高分子材料は、構造の一部に水を吸着する箇所を持っています。薄膜を形成する際に、この高分子の向きを適切に揃えることで、極少量の水分子の吸収で非常に大きな屈伸運動を行う薄膜を実現しました。
その結果、汎用の湿度計では感知できないほど小さな湿度変化にも応答・屈伸することが可能になりました。これは、開発した薄膜が身の回りに存在する、非常に小さな湿度の揺らぎから、運動エネルギーを取り出せることを意味しています。
さらに、研究グループは、薄膜の一部に金を蒸着することで、水滴の周りに起こる湿度の揺らぎを駆動力にし、一方向に歩き続けるアクチュエーターの開発にも成功しました(図2)。
薄膜の水分の吸着量は熱や光にも影響を受けるため、環境におけるさまざまな揺らぎを薄膜の運動エネルギーに変換することが可能です。また、この薄膜は環境の変化に高速で応答することが可能なため(図3)、薄膜に強い光を照射すると薄膜が高速で屈伸し、ジャンプすることも可能です(図4)。
この薄膜は、グラフィティック・カーボンナイトライド[4]と呼ばれる2次元状高分子を用いることで実現しました。研究グループが独自に開発した手法により、原料として安価なグアニジン炭酸塩を用い、加熱するだけという非常にシンプルな手法で作製することが可能です(図5)。
注1)Ma, Y. & Sun, J. Humido- and thermo-responsive free-standing films mimicking the petals of the morning glory flower. Chem. Mater. 21, 898–902 (2009).
注2)Ma, M., Guo, L., Anderson, D. G. & Langer, R. S. Bio-inspired polymer composite actuator and generator driven by Water Gradients. Science 339, 186–189 (2013).
今後の期待
研究グループは、これまでエネルギーとして利用することが困難であった“環境の揺らぎ”を、運動エネルギーとして利用できることを実証しました。これは、今後のエナジーハーベスティング技術、エネルギー変換材料の設計に大きく貢献する成果です。
今後、実際のデバイスなどで利用するためには、薄膜の運動エネルギーを効率よく電気エネルギーに変換する技術を実現しなければなりません。また、この研究成果は、高速・高効率でエネルギーを変換するという基盤技術であるため、人工筋肉などの分野の発展にもつながる可能性があります。
持続可能な社会の実現に欠かせないグリーンエネルギー[5]の開発は、21世紀を生きる人類が次世代にすべき必須の課題だと考えます。
原論文情報
- Hiroki Arazoe, Daigo Miyajima, Kouki Akaike, Fumito Araoka, Emiko Sato, Takaaki Hikima, Masuki Kawamoto, Takuzo Aida, "An autonomous actuator driven by fluctuations in ambient humidity", Nature Materials, doi: 10.1038/NMAT4693
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三(あいだ たくぞう)
(東京大学大学院工学系研究科教授)
基礎科学特別研究員 宮島 大吾(みやじま だいご)
東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻
博士課程 荒添 弘樹(あらぞえ ひろき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
東京大学大学院工学研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)
補足説明
- 1.アクチュエーター
外界から得たエネルギー(電力・磁力・圧力・温度など)を、伸縮・屈曲・回転などの運動に変換する装置や物質のこと。本研究で発明したアクチュエーターは、外界の湿度の変化を屈伸運動に変換する。 - 2.ウェアラブルデバイス
体に装着したまま利用されるデバイスで、時計型やメガネ型のものがある。 - 3.エナジーハーベスティング技術
腕を振ったとき振動(運動エネルギー)や人間の体温(熱エネルギー)など、身の回りの微小なエネルギーを集め、電気エネルギーへ変換する技術。 - 4.グラフィティック・カーボンナイトライド
水素、炭素、窒素などの原子からなる高分子(Graphitic Carbon Nitride、g-C3N4)で、光触媒などとしての特性を持つことから、近年注目を浴びている材料。シートの配向が制御された薄膜の報告がなかったが、2014年に理研の研究チームが薄膜化に成功した。
詳細は知的財産情報「 g-C3N4 薄膜化技術 -高機能メタルフリー光触媒の開発-」のページ - 5.グリーンエネルギー
発電の際に二酸化炭素などの物質を排出しない、または極めて排出が少なく環境への負担が小さいエネルギーの総称。太陽光、風力、水力、地熱エネルギーなどを指す。
図1 開発した薄膜の湿度変化に応答した屈伸運動
水分子が吸着した場合、つまり湿度が高くなると、高分子薄膜は裏側へと向かって伸びていき(図の右から左へ)、湿度が低くなっていくと薄膜は表側へ向かって丸まっていく(図の左から右へ)。
図2 水滴の周りに起こる湿度の揺らぎによって自律的に歩き続ける薄膜アクチュエーター
高分子薄膜の一部に金を蒸着することによって、水の吸脱着を起こさない場所を作製する。すると湿度の揺らぎに対して同じ屈伸運動を繰り返す、一方向に自律的に歩き続ける。
(i)湿度が高くなると、金蒸着部を除いた薄膜部が膨張する。それに伴い、薄膜の右先端が右向きに移動する。
(ii)次に湿度が低くなると、金蒸着部は変化しないが、それを除いた薄膜部が収縮する。それに伴い、薄膜の左端が右向きに移動する。
(iii)再び湿度が高くなると、(i)の運動が起こる。
図3 光照射に応答した薄膜アクチュエーターの高速屈伸運動
光照射によって薄膜が高速で屈伸する様子のスナップショット。伸びていた薄膜が、光照射後50ミリ秒(ms、1msは1,000分の1秒)で丸まった。その直後に光照射を止めると、再び薄膜は伸びた。最初の状態から元に戻るのに3,000ms(3秒間)しかかからなかった。
図4 光照射に応答した薄膜アクチュエーターのジャンプ
薄膜が屈伸した際に下の基板を押すように配置し、薄膜が光照射によってジャンプする様子のスナップショット。
図5 薄膜アクチュエーターの合成手法
試験管にガラスでできたターゲット基板、原料であるグアニジン炭酸塩を入れて加熱するだけで、ターゲット基板上に薄膜を形成することができる。ターゲット基板上の薄膜はお湯に浸けることによって剥離し、自立薄膜が得られる。