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2016年12月26日

理化学研究所

代謝シミュレーションを簡便に行うツールを開発

-PASMetで生命科学系研究者の数理解析を助ける-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター代謝システム研究チームの平井優美チームリーダー、シユタサ・カンスポーン研究員らの共同研究チームは、細胞内で起きている化学反応である代謝の振る舞いをコンピュータで再現するためのウェブツール「PASMet(Prediction, Analysis and Simulation of Metabolic Reaction Networks)」を開発しました。

生命現象は、細胞内での化学反応である代謝によって支えられています。代謝はヒトの健康や微生物による発酵など、私たちの社会に深く関わっているため、代謝を理解するための研究が盛んに行われています。細胞内には数千種類にも及ぶ化合物(代謝産物)が存在し、多数の化学反応が複雑な「代謝反応ネットワーク」を構築しています。そのため、代謝の動態やシステムとしての特徴を理解するためにコンピュータによる解析も行われていますが、これには数学やプログラミングなどの専門的な知識が要求されるため、これまで情報科学者など一部の研究者しか行うことができませんでした。

そこで共同研究チームは、代謝の数理解析を始めるための入門編としてウェブツールPASMetを開発しました。生物学的実験で得られた代謝産物量の経時変化データをPASMetにアップロードすることで、未知の代謝ネットワークを予測したり、数理モデルを構築したりすることができます。例えば、遺伝子を改変した場合の代謝産物量の変化をシミュレーションすることも可能です。

このツールを利用することで、代謝ネットワークの基礎的な理解のほか、代謝を人為的にデザインするなどの応用研究も容易になると期待できます。また、ヒトの病気に関わる代謝の変化を理解することで、創薬の標的となる代謝経路の同定にも寄与する可能性があります。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nucleic Acids Research』のオンライン版(7月8日)に掲載されました。

※共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター
代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
研究員 シユタサ・カンスポーン(Sriyudthsak Kansuporn)

メタボローム情報研究チーム
チームリーダー 有田 正規(ありた まさのり)
特別研究員 メヒヤ・ラモン・フランシスコ(Mejia Ramon Francisco)

背景

代謝は、さまざまな化合物(代謝産物)を合成または分解する生体内の化学反応であり、生物はこの代謝反応を介して有用な代謝産物やエネルギーを作り出しています。生体内の化学反応は、酵素タンパク質が触媒として作用しています。酵素タンパク質の活性はさまざまな代謝産物によって制御されており、生体内では複雑な「代謝反応ネットワーク」が構築されています。このネットワークを包括的に理解することができれば、ヒトの病気の病態を解明したり、微生物や植物で生合成されている有用物質を大量生産させるように代謝を改変したりできると考えられます。

近年、メタボローム[1]解析という技術が発展し、細胞内の何百種類もの代謝産物が一斉に測定できるようになりました。代謝産物量の経時変化は代謝反応ネットワークの構造によって決定されると考えられるため、メタボローム解析で得られる時系列データは代謝の理解に重要です。コンピュータを利用した時系列メタボロームデータの数理解析により、①未知の代謝経路の予測、②代謝反応ネットワークの数理モデル化、③代謝産物量の経時的変動のシミュレーション、④代謝反応ネットワークの特徴付けなどを行うことが可能です。

しかし、数理解析には数式を取り扱う専門的知識やコンピュータプログラミング技術が要求されるため、生物学者や生化学者にはハードルが高く、これまで数理解析は十分に活用されてきませんでした。そこで、共同研究チームは研究者の数理解析を補助するため、ウェブツールの開発を試みました。

研究手法と成果

共同研究チームは、数理解析の初心者でも簡単に使用できるようにデザインされた代謝反応ネットワーク解析用のウェブツールPASMet(Prediction, Analysis and Simulation of Metabolic Reaction Networks)を開発しました。PASMetには、次の四つの解析ツールが用意されています(図1)。

①未知の代謝経路の予測(Prediction)

細胞内には未発見の代謝経路が数多く存在すると考えられます。そこでPASMetでは未知の代謝経路を予測するツールを準備しました。代謝産物量の時系列データをアップロードすると、量的変化の因果関係を計算によって求めて、「原因となる代謝産物量の変化 → 結果の代謝産物量の変化」のような有向グラフ[2]を自動的に描画します。これによって例えば、代謝産物A→代謝産物B→代謝産物Cと変化する代謝経路が推定できます。

②代謝反応の数理モデル構築(Construction)

まず、酵素反応の速度論的パラメーター[3]などの未知パラメーターを文字で置いて代謝モデルの数式を作成します。この数式と代謝産物量の時系列データとをアップロードすると、数式中の未知パラメーターの値を計算して数理モデルを構築します。すると、数理モデルを用いた代謝産物量のフィッティング結果を自動的に描画します。さらに構築された数理モデルを使って、③の機能による代謝シミュレーションや、④の機能による代謝反応ネットワーク解析を行うこともできます。

③代謝産物量の経時的変動のシミュレーション(Simulation)

代謝モデルの数式を入力すると、代謝産物量の変化をシミュレーションして自動的に描画します。これにより例えば、ある代謝産物を細胞外から与えて量を変化させたときに、他の代謝産物量がどう変化するかをシミュレーションすることができます。

④代謝反応ネットワークの動的解析(Analysis)

代謝モデルの数式を入力すると、感度解析[4]などを行って結果を自動的に描画します。例えば、酵素活性をわずかに変化させたときの代謝産物量の変化や、代謝経路の律速段階[5]などが予測できます。

それぞれの解析ツールのページにはサンプルとして利用可能なデータファイルが準備されており、これを用いて各ツールを試すことができます。これらのファイルは、利用者が独自のファイルを作成する際のテンプレートとして利用することも可能です。

今後の期待

微生物や植物を用いた有用な代謝産物の生産は、これまで遺伝子工学や代謝工学[6]に基づいて実用化されてきました。代謝産物の一斉分析技術の開発により、今後、大規模なデータセットを利用した数理解析はますます重要になります。

今回開発したPASMetは、生物学者や生化学者の研究を支えながら、微生物や植物を用いた代謝工学の発展に大きく貢献すると期待できます。また、ヒトの病気に関わる代謝の変化を理解することで、創薬の標的となる代謝経路の同定にも寄与する可能性があります。

原論文情報

  • Kansuporn Sriyudthsak, Ramon Francisco Mejia, Masanori Arita and Masami Yokota Hirai, "PASMet: a web-based platform for prediction, modelling and analyses of metabolic systems", Nucleic Acids Research, doi: 10.1093/nar/gkw415

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム
チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)
研究員 シユタサ・カンスポーン(Sriyudthsak Kansuporn)

シユタサ・カンスポーン研究員と平井優美チームリーダーの写真 左からシユタサ・カンスポーン研究員、平井優美チームリーダー

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.メタボローム
    「代謝産物」を表す英語のmetaboliteと、「~の総体」という意味のラテン語である-omeからできた語で、細胞内の全ての代謝産物をまとめて指す呼称である。
  • 2.有向グラフ
    複数の点(頂点)を矢印(向きを持つ辺)によって結んだ、ネットワークを表す図のこと。
  • 3.速度論的パラメーター
    細胞内の酵素反応を反応速度の点から解析する反応速度論におけるパラメーター。例えばミカエリス・メンテン式のミカエリス・メンテン定数など。
  • 4.感度解析
    数理モデル中の特定のパラメーターを変化させたときに、代謝産物量がどの程度変化するのかを推定する解析手法。
  • 5.律速段階
    ある化合物の合成に関わる反応プロセスの中で、特別に遅い反応段階があると、他の反応がいくら速くても、その遅い段階の反応速度が全体としての速度を決定してしまう。これを律速段階という。
  • 6.代謝工学
    生物の代謝を利用して有用物質生産を行う際に、目的とする代謝産物の生産量を最大化するために酵素遺伝子を改変するなどして代謝を最適化することを目指した研究分野。
代謝の数理解析用ウェブツール「PASMet」の図

図1 代謝の数理解析用ウェブツール「PASMet」

①代謝産物量の時系列データをアップロードすると、量的変化の因果関係を計算によって求め可能な代謝経路を予測する。
②代謝産物量の時系列データと代謝モデルの数式をアップロードすると、数理モデルが構築される。
③数理モデルから代謝産物量の経時的変動のシミュレーションができる。
④代謝モデルの数式を入力すると、代謝経路の律速段階などの動的解析ができる。

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