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2017年1月19日

理化学研究所

化学的手法でクモの糸を創る

-クモ糸タンパク質の構造を模倣したポリペプチドの合成-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター酵素研究チームの土屋康佑上級研究員と沼田圭司チームリーダーの研究チームは、高強度を示すクモ糸タンパク質のアミノ酸配列に類似した一次構造[1]を持つポリペプチドを化学的に合成する手法を開発しました。また、合成したポリペプチドはクモ糸に類似した二次構造[1]を構築していることを明らかにしました。

クモの糸(牽引糸)は鉄に匹敵する高強度を示す素材であり、自動車用パーツなど構造材料としての応用が期待されます。しかし、一般的にクモは家蚕のように飼育することができないため、天然のクモ糸を大量生産することは困難です。また、一部の高コストな微生物合成法を除くと、人工的にクモ糸タンパク質を大量かつ簡便に合成する手法は確立されていません。

今回、研究チームはこれまでに研究を進めてきた化学酵素重合[2]を取り入れた2段階の化学合成的手法を用いて、アミノ酸エステルを材料にクモ糸タンパク質のアミノ酸配列に類似したマルチブロックポリペプチドを合成することに成功しました。また、X線散乱実験による構造解析により、合成したマルチブロックポリペプチドがクモ糸タンパク質と類似した二次構造を構築していることを明らかにしました。

本研究で確立した合成手法を用いると、微生物合成法よりも低コストで、大量のポリペプチド材料を得ることができます。得られた材料は既存の石油由来の高強度材料の代替品として、持続可能社会の実現に大きく貢献すると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『ACS Macro Letters』オンライン版(1月17日付け)に掲載されました。

本研究は内閣府総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「超高機能構造タンパク質による素材産業革命」(プログラム・マネージャー 鈴木隆領氏)の一環として実施されました。

背景

クモの糸(牽引糸)は優れた機械的性質を示す天然の構造タンパク質材料で、ある種のクモでは鉄や高強度合成繊維に匹敵する強さを示すことが知られています。その強さは、引張強度[3]~1.6ギガパスカル(GPa、GPaは10億パスカル)、ヤング率[4]~10GPaにのぼります。軽量でありながら強靭、かつしなやかな特徴を示すことから、自動車用パーツをはじめとした構造材料への応用展開が期待されます。

しかし、クモは肉食性かつ共食いをする生物であるため、家蚕のように飼育することが極めて難しく、天然のクモ糸を大量に生産することはできません。一方、人工的にクモ糸を合成する試みとして、微生物を利用したバイオプロセスにより合成する方法がありますが、生産効率の低さや高コストであることから大量生産には不向きであると考えられます。

そこで、化学合成的手法によりクモ糸タンパク質に類似した高分子材料を、大量かつ簡便に創ることができれば有用であると考えられます。しかし、クモ糸タンパク質が持つ繰り返しの多いアミノ酸配列(図1)は、従来のポリペプチド合成法では簡単に作ることはできませんでした。

研究手法と成果

研究チームは2段階の化学合成的手法を用いて、クモ糸タンパク質のアミノ酸配列に類似した一次構造を持つ人工ポリペプチドを合成しました(図2)。まず、アミノ酸エステルを材料にし、化学酵素重合によってクモ糸タンパク質によくみられる配列である、2種類の短いポリペプチドブロック(ポリアラニン配列およびグリシンを多く含む配列)を合成しました。次に、これらのポリペプチドブロックを重縮合[5]によりさらにつなげることで、クモ糸タンパク質が持つ繰り返し配列に似た構造を持つマルチブロックポリペプチドを合成しました。

さらに、2種類のポリペプチドブロックの存在比が異なるさまざまなマルチブロックポリペプチドを合成し、その二次構造を広角X線散乱実験[6]により調べました。その結果、ポリアラニン配列由来の逆平行βシート構造[7]が形成されていることが分かり、クモ糸と類似した二次構造を構築していることが明らかになりました。特に、ポリアラニン配列の存在比がクモ糸タンパク質と同じポリペプチドでは、ファイバー状の構造を形成することが原子間力顕微鏡[8]の観察結果から明らかとなりました(図3)。

今後の期待

本研究で確立した合成手法を用いると、微生物合成法よりも低コストで、大量のポリペプチド材料を得ることができます。得られた材料は既存の石油由来の高強度材料の代替品として、持続可能社会の実現に大きく貢献すると期待できます。

また、この合成手法ではポリペプチド材料に任意の一次構造を作ることができるため、材料物性をコントロールすることができます。今後、力学特性の評価を行い一次構造と物性の相関を明らかとすることで、クモ糸を模倣した人工高強度材料として、さまざまな分野への応用につながると期待できます。

原論文情報

  • Kousuke Tsuchiya, Keiji Numata, "Chemical synthesis of multiblock copolypeptides inspired by spider dragline silk proteins", ACS Macro Letters, doi: 10.1021/acsmacrolett.7b00006

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門 酵素研究チーム
上級研究員 土屋 康佑(つちや こうすけ)
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  • 1.一次構造、二次構造
    一次構造は、タンパク質を構成するアミノ酸配列のこと。二次構造はタンパク質を構成する約10~20個程度のアミノ酸配列が形成する局所的な立体構造のこと。
  • 2.化学酵素重合
    天然由来のタンパク質分解酵素を(パパインなど)触媒として用い、アミノ酸誘導体を出発原料としてポリペプチドを合成する方法。
  • 3.引張強度
    材料を一定方向へ引っ張ったときに、材料が破断するまでに現れる単位面積当たりにかかる応力の最大値のこと。
  • 4.ヤング率
    材料の引っ張りや圧縮に対する剛性の特性を示すもので、物の堅さの単位。圧縮弾性率とも呼ばれ、この値が大きいほど硬い物質になる。
  • 5.重縮合
    複数の化合物を用いて、水やアルコールなどの小分子成分を脱離しながら結合を形成させて高分子を得る手法。
  • 6.広角X線散乱
    高強度のX線を試料に照射し、試料中の微細な周期的構造に起因する干渉縞を検出し、試料の結晶構造を解析する手法。
  • 7.逆平行βシート構造
    タンパク質が構築する二次構造の一つ。ペプチド鎖が互い違いに隣り合ったいくつかのポリペプチド鎖が、水素結合により平面状の構造のこと。クモ糸の発現する高強度の由来となる硬い結晶構造を形成する。
  • 8.原子間力顕微鏡
    プローブと呼ばれる探針を試料に近づけ、試料と探針の間に働く原子間力を検出して試料表面の構造を画像として得る手法。
クモの牽引糸のアミノ酸配列の図

図1 クモの牽引糸のアミノ酸配列

クモの巣の縦糸に使われる牽引糸はポリアラニン配列(図の赤い配列)とグリシンを多く含む配列(黒い配列)が繰り返し現れる構造を持ち、この特殊な配列が構築する高次構造が高強度を発現する。

2段階の化学合成手法によるクモ糸タンパク質に類似したポリペプチドの合成図

図2 2段階の化学合成手法によるクモ糸タンパク質に類似したポリペプチドの合成

化学酵素重合により、それぞれ硬い構造および柔らかい構造を形成するポリアラニン配列およびグリシンを多く含む配列の2種類のポリペプチドブロックを合成した。引き続き、重縮合によりこれらの配列をつなげることで、クモ糸タンパク質の持つ繰り返し配列に類似したマルチブロックポリペプチドを合成した。二次構造を調べた結果、ポリアラニン配列由来の逆平行βシート構造が形成されていることが分かり、クモ糸と類似した二次構造を構築していた。

マルチブロックポリペプチドの原子間力顕微鏡画像の図

図3 マルチブロックポリペプチドの原子間力顕微鏡画像

クモ糸タンパク質と同程度のポリアラニン配列の存在比を持つマルチブロックポリペプチドは、ファイバー状の構造を形成することが分かった。1nmは10億分の1m。

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