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2017年2月15日

理化学研究所
名古屋大学

複数のプローブを同時追跡できる「MI-PET」を開発

-複数疾患の同時診断や診断精度の向上、検査負担軽減の実現へ-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター次世代イメージング研究チームの福地知則研究員、渡辺恭良チームリーダー、名古屋大学大学院医学系研究科の山本誠一教授らの共同研究グループは、これまで単一のプローブ[1]しか追跡できなかったPET(陽電子放射断層撮影法)[2]装置に、各種陽電子放出核種[3]固有の「脱励起ガンマ線[4]」を捉える検出器を組み込むことで、複数のプローブを同時に追跡できる新装置「MI-PET(multi-isotope PET)」を開発しました。

PETは核医学イメージング[5]の中心的手法であり、生体内のプローブ分布を外部から非侵襲的に(体を傷つけずに)画像化できる技術です。プローブ量に対する感度が高く、解像度・定量性にも優れていることから、ライフサイエンス分野の基礎研究から、医療施設での臨床診断まで、広く利用されています。特に、がんに集積するプローブを用いるPET診断は初期のがんの発見に有効です。PET装置は全国の医療施設へ普及しています。

PETでは、プローブの標識に陽電子[3]を放出する陽電子放出核種を用います。PETで使用可能な陽電子放出核種は複数種存在しますが、現在のPET装置では異なる陽電子放出核種で標識したPETプローブ[2]を区別して画像化することは原理的に不可能です。複数のPETプローブを同時に解析できる核医学イメージングが実現すれば、非侵襲的な検査で体内の様子をさらに詳しく把握することが可能となり、多様な疾患の診断に応用できると期待できます。

共同研究グループは、ある種の陽電子放出核種が、陽電子とともに固有の脱励起ガンマ線を放出する性質に着目しました。脱励起ガンマ線は従来のPET装置では捉えることが困難でしたが、PET装置に脱励起ガンマ線専用の大型検出器を多数追加し、リング状に配置することで、異なるPETプローブの識別を可能にするMI-PET装置を開発しました。マウスを使った実証実験により、一度の撮像で2種類のPETプローブを識別する同時イメージングに成功しました。

今回開発したMI-PETは、複数の疾患を一度の検査で調べたり、複数の薬剤の相互作用を解析するなど、基礎研究から臨床まで広い領域での活用が期待できます。将来的には医療機器メーカーと協力し、日本発の新しい核医学イメージング装置として実用機を世界に供給することで、医療技術の高度化に資するとともに医療産業の発展にも貢献できると考えられます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Medical Physics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(2月7日付け)に掲載されました。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究B「脱励起ガンマ線計測による複数プローブ同時イメージング陽電子断層撮影法の開発」および挑戦的萌芽研究「陽電子消滅の物理計測による新規陽電子断層撮影法の研究」の支援を受けて行われました。

※共同研究グループ

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ
次世代イメージング研究チーム
研究員 福地 知則(ふくち とものり)
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
チームリーダー(研究当時)榎本 秀一(えのもと しゅういち)

分子動態イメージング研究ユニット
リサーチアソシエイト 岡内 隆(おかうち たかし)
テクニカルスタッフⅠ 重田 美香(しげた みか)

名古屋大学大学院医学系研究科 医療技術学専攻
教授 山本 誠一(やまもと せいいち)

背景

PETは核医学イメージングの中心的手法であり、生体内に投与したPETプローブ分布を外部から非侵襲的に(体を傷つけずに)画像化できる技術です。他の手法と比較して、プローブ量に対する感度が高く、解像度・定量性にも優れていることから、ライフサイエンス分野の基礎研究から、医療施設での臨床診断まで、広く利用されています。特に、がんに集積するPETプローブ(代表的なものは18F-FDG[6])と組み合わせて使うことにより、初期のがんを発見することができるため、全国の医療施設でがん検診に使われています。現在、ヒト用PET装置を備えた国内施設数は379と推定されています(2016年8月22日時点。診療・検診を行わない研究施設を含む)注)

微量のプローブを画像化する強力なツールであるPETですが、原理的にPETは一度に単一種類のプローブしか画像化できないという課題がありました。これは、PETプローブの検出に用いられる放射線の物理学的性質に起因します。PETが画像化に利用する放射線は、放射性同位体(陽電子放出核種)から放出された陽電子が周辺の電子と結び付き対消滅[7]を起こす際に発生する、対消滅ガンマ線と呼ばれる2本のガンマ線[8]です。2本の対消滅ガンマ線は、運動量保存則により、陽電子と電子の静止質量[9]であるエネルギー(511keV[10])となってそれぞれ180度反対方向に放出されます。この反対方向に放出される対消滅ガンマ線を利用して、PETプローブの分布を調べるのがPETの基本原理です(図1)。しかし、対消滅ガンマ線は陽電子放出核種の種類が異なっていても必ず511keVとなるため、異なる種類のPETプローブをエネルギーの違いで区別することはできません。従って、PETによる画像化では一度に単一プローブしか使用できず、波長の異なる蛍光色素を用いて多色同時染色が可能な蛍光プローブのように、複数プローブを追跡できない点が大きな課題となっています。複雑で多岐にわたる生命現象を高い精度で捉えるためには、複数のプローブの挙動を同時に追跡する必要があり、解像度・定量性の高いPETによる複数プローブの同時イメージングは、臨床応用の面からも強く望まれています。

注)日本核医学会PET核医学分科会HP「PET&PET」PET施設一覧

研究手法と成果

PETプローブに用いられる陽電子放出核種の中には、陽電子の放出に続いて「脱励起ガンマ線」と呼ばれるガンマ線を放出するものがあります。共同研究グループは、この脱励起ガンマ線が陽電子放出核種の種類に固有のエネルギーを持つことに着目しました。すなわち、通常のPETで計測する対消滅ガンマ線のみではなく、脱励起ガンマ線まで計測すれば、放射性同位体の種類を識別できると考えました(図2)。

そこで、対消滅ガンマ線を検出するGSOシンチレーション検出器[11]で構成された小動物用PET装置に、脱励起ガンマ線用のBGOシンチレーション検出器を8台追加し、PET検出器との同時計測[12]が可能な装置「MI-PET(multi-isotope PET)」を開発しました(図3)。脱励起ガンマ線用検出器として大型シンチレーション検出器を使い、PET装置の両側にリング状に配置することで、脱励起ガンマ線に対する高い感度を実現しています。

開発したMI-PETの基本性能を検証するため、フッ素-18(18F)とナトリウム-22(22Na)の2種類のPETプローブをロッド状容器に入れ、これを撮像するイメージング実験を行いました。18Fと22NaはいずれもPETプローブですが、18Fは陽電子のみを放出するのに対して、22Naは陽電子に続けて脱励起ガンマ線を放出する陽電子放出核種です。一度の測定で得られたイベントデータ群を脱励起ガンマ線検出ありのグループとなしのグループに分け、それぞれを画像再構成して作った二つの画像から、PET本来の解像度や定量性を保ったまま、二つのプローブの識別が可能であることが分かりました(図4)。

次に、マウスの尾静脈に18F-FDGを注射投与し、続けて22NaClを含む塩化ナトリウム溶液を経口投与した後、マウスの全身メージング実験を行いました。脱励起ガンマ線検出ありの画像と検出なしの画像から、18F-FDGは、脳、心臓、腎臓、膀胱に、22NaClは、食道と胃に分布していることが分かりました(図5)。これらの分布は、生理学的に予想される分布と一致しており、MI-PETによる複数PETプローブの同時イメージングが可能であることが実証されました。

今後の期待

MI-PETは、ライフサイエンスの基礎研究分野において、複数プローブの挙動を追跡することにより多様で複雑な生命現象の解明に貢献すると考えられます。特に、薬の候補化合物の挙動を周辺環境と合わせて複数のプローブで複合的に画像化することは、証拠に基づく化合物設計を実現し、創薬研究を加速させることが期待できます。

また、MI-PETは臨床応用にも目を向けて研究開発を進めています。臨床用装置による複数プローブの同時イメージングが実現すれば、複数の疾患の同時診断が可能となり、被験者の負担軽減や、診断精度の向上が見込まれます。

将来的には医療機器メーカーと協力し、日本発の新規の核医学イメージング装置としてMI-PETの実用機を世界に送り出して行くことで、医療技術の高度化に資するとともに、医療産業の発展にも貢献できると考えられます。

原論文情報

  • Tomonori Fukuchi, Takashi Okauchi, Mika Shigeta, Seiichi Yamamoto, Yasuyoshi Watanabe, Shuichi Enomoto, "Positron Emission Tomography with Additional γ-ray Detectors for Multiple-Tracer Imaging", Medical Physics, doi: 10.1002/mp.12149

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング基盤・応用グループ 次世代イメージング研究チーム
研究員 福地 知則(ふくち とものり)
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)

名古屋大学大学院医学系研究科 医療技術学専攻
教授 山本 誠一(やまもと せいいち)

福地知則 研究員の写真 福地知則 研究員
渡辺恭良 チームリーダーの写真 渡辺恭良 チームリーダー

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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kouho [at] adm.nagoya-u.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  • 1.プローブ
    代謝経路や細胞状態の変化、分子の分布や移動などを調べるために用いられる物質の総称。蛍光物質を利用した蛍光プローブや、放射性同位体を利用した放射性プローブなどがある。
  • 2.PET、PETプローブ
    PETは、陽電子を放出する陽電子放出核種(放射性同位体の一種)をプローブとして、生体内のプローブ分布を画像化する手法。PETで利用できる陽電子放出核種またはその陽電子放出核種で標識した化合物は、PETプローブと呼ばれる。微量のPETプローブを体内に注入し、その集積を非侵襲的に3次元画像化し定量することができる。薬剤などをPETプローブ化することで薬剤の臓器への分布などを調べたり、疾患部位に集積するPETプローブを用いて画像診断を行うことができる。PETはPositron Emission Tomographyの略。
  • 3.陽電子放出核種、陽電子
    陽電子は電子の反粒子で、電子と同じ質量を持つが、電子がマイナスの電荷を持つのに対してプラスの電荷を持つ。ベータプラス崩壊による核壊変の際に放出される。陽電子を放出して崩壊する放射性同位体を、陽電子放出核種と呼ぶ。
  • 4.脱励起ガンマ線
    励起状態にある原子核が基底状態に戻る際に余分なエネルギーとして放出されるガンマ線。核種(陽子と中性子の数で決まる原子核の種類)による原子核の構造を反映したエネルギーとなるため、それぞれの核種から放出される脱励起ガンマ線は固有のエネルギーを持つ。
  • 5.核医学イメージング
    放射線を利用した医学分野を総称して核医学と呼び、その中でも生体の機能や形態を画像化する技術を指す。PETは核医学イメージングの中心的手法の一つである。
  • 6.18F-FDG
    フルオロデオキシグルコース。生命維持活動に必要なエネルギー源であるグルコースの水酸基の一つを、PETプローブである18Fで置換したもの。がん細胞は、通常の細胞より多くグルコースを取り込み集積するため、PETによるイメージングと組み合わせてがん検診に用いられる。
  • 7.対消滅
    粒子と反粒子が衝突して消滅し、エネルギーが他の粒子に変換される物理現象である。陽電子は反粒子である電子と衝突すると消滅し、主に2本のほぼ180度反対方向に飛行するガンマ線となる。
  • 8.ガンマ線
    放射線の一種。高エネルギーの(振動数の高い)電磁波、原子核の励起状態が基底状態に戻る際や、陽電子-電子の対消滅などにより放出される。放射線の中でも荷電粒子(陽子、電子)などと比較して物質の透過率が高い。
  • 9.静止質量
    速度0のときの質量。アインシュタインの相対性理論において、質量は速度の増加に伴って大きくなるが、速度が0のときの質量を静止質量と呼ぶ。同じく相対性理論により質量とエネルギーは等価であり、粒子が消滅する際、静止質量に相当するエネルギーの別粒子もしくは放射線となる。
  • 10.keV
    放射線のエネルギー単位。電子(e)を1ボルト(V)で加速したときのエネルギーが1eV(エレクトロンボルト)と定義される。1keVは1,000eVのこと。
  • 11.シンチレーション検出器
    ある種の結晶に放射線が入射すると発光する現象を利用した放射線検出器。用途に合わせてGSO(ケイ酸ガドリニウム)やBGO(ゲルマニウム酸ビスマス)などさまざまな素材がある。
  • 12.同時計測
    一つの原子核崩壊現象で複数の放射線が発生する際、特に寿命の長い過程が間に入らない限り、ほぼ同時にそれらの放射線は放出される。複数の放射線検出器によりこれらを捉え、検出時刻が同じ場合、一つの崩壊現象に起因する放射線であるとする計測方法。
PET(陽電子放射断層撮影法)の原理図

図1 PET(陽電子放射断層撮影法)の原理

PETプローブは、放射性同位体(陽電子放出核種)で標識される。陽電子と電子の対消滅により180度反対方向に放出された2本の対消滅ガンマ線を検出することで、体内のPETプローブの位置を特定できる。検出されたデータは演算処理をすることで、3次元画像に再構成する。

陽電子放出核種に由来する2種類のガンマ線の図

図2 陽電子放出核種に由来する 2種類のガンマ線

PETプローブに用いられる陽電子放出核種は、ベータプラス(β+)崩壊によって陽電子を放出し、不安定な同位体(親核:原子番号Z)から原子番号の一つ少ない同位体(娘核:原子番号Z-1)に変化する放射性同位体である。β+崩壊の後に娘核の基底状態に遷移する場合は、放出された陽電子に由来する2本の対消滅ガンマ線のみが計測される(A)。一方、β+崩壊の後に娘核の励起状態に遷移し脱励起ガンマ線を放出する場合は、2本の対消滅ガンマ線と、核種に固有のエネルギーを持つ脱励起ガンマ線がほぼ同時に計測される。

開発した複数プローブ同時イメージング用PET装置(MI-PET)の図

図3 開発した複数プローブ同時イメージング用PET装置(MI-PET)

実機の外観写真(左)と装置の構成図(右)。対消滅ガンマ線を検出するPET検出器は既存のものを用いている。このPET検出器を取り囲むように、8台の脱励起ガンマ線用検出器をリング状に配置し、脱励起ガンマ線に対する高い感度を実現した。開発した複数プローブ同時イメージング用PET装置は、MI-PET(multi-isotope PET)と名付けた。

MI-PET装置の性能評価の図

図4 MI-PET装置の性能評価

左:評価用のPETプローブを入れたロッド状容器。フッ素-18とナトリウム-22の単独、あるいは混合物が入っている。それぞれのロッドにおいて、フッ素-18は636キロベクレル(kBq)、ナトリウム-22は585kBqの放射能を持つ。またロッド同士の間隔は20mmである。

中:対消滅ガンマ線のみを検出したイベントデータを、長軸方向から見た画像に再構成したもの。3本のロッドが観察され、特にフッ素-18とナトリウム-22の混合ロッドのシグナルが強いことが分かる。

右:対消滅ガンマ線と脱励起ガンマ線を同時に検出したイベントデータを、長軸方向から見た画像に再構成したもの。ナトリウム-22を含むロッドのみが観察された。

複数プローブ同時イメージング用PETによる生体マウスの撮像図

図5 複数プローブ同時イメージング用PETによる生体マウスの撮像

左:実験に用いたマウス。撮像は麻酔下で行った。

中:対消滅ガンマ線のみを検出したイベントデータを画像に再構成したもの。18F-FDGと22NaClの集積に対応し、脳、心臓、食道、胃、腎臓、膀胱に顕著な集積が観察された。

右:対消滅ガンマ線と脱励起ガンマ線を同時検出したイベントデータを画像に再構成したもの。22NaClの集積に対応し、食道と胃に顕著な集積が観察された。

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