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2017年3月2日

理化学研究所
東京工業大学

光波長変換によりテラヘルツ波を高感度に検出

-室温で動作するテラヘルツ波領域の小型非破壊検査装置の実現へ-

要旨

理化学研究所(理研)光量子工学研究領域テラヘルツ光源研究チームの瀧田佑馬基礎科学特別研究員、縄田耕二基礎科学特別研究員、南出泰亜チームリーダーと東京工業大学(東工大)科学技術創成研究院の浅田雅洋教授、同大学工学院の鈴木左文准教授らの共同研究チームは、理研が開発した光波長変換技術による小型・室温動作・高感度テラヘルツ波検出装置を用いて、東工大が開発した共鳴トンネルダイオードからのテラヘルツ波放射を高感度に検出することに成功しました。

電波と光波の中間の周波数帯であるテラヘルツ波[1]領域には、指紋スペクトル[2]と呼ばれる物質固有の吸収ピークが数多く存在しています。この特性を利用したセンシングやイメージング技術は、次世代の非破壊検査技術の有力な候補として注目されていますが、光源や計測装置の冷却が必要でした。そのため、室温で動作する高性能なテラヘルツ波光源およびテラヘルツ波計測技術の開発が急務となっています。

今回、共同研究チームは、将来の標準的な小型・室温動作・連続発振テラヘルツ波光源として期待されている共鳴トンネルダイオード(RTD)[3]から発生したテラヘルツ波を、光波長変換[4]によって検出する実験を行いました。その結果、RTDから放射されたテラヘルツ波を近赤外光[5]に光波長変換して検出することに成功し、周波数1.14テラヘルツ(THz、1THzは1兆ヘルツ)のとき最小検出可能パワーとして、約5ナノワット(nW、1nWは10億分の1ワット)の高感度検出を実現しました。これは、従来の光波長変換による検出と比較して100倍以上高い感度です。また、光波長変換技術を用いることで、RTDの発振周波数および出力を測定できることを示しました。

今回用いた実験装置はすべて室温で動作するため、私たちの生活環境で使用可能な、テラヘルツ波領域の小型非破壊検査装置の実用化につながると期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Optics Express』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(日本時間3月1日)に掲載されました。また、3月14日から17日に横浜で開催される第64回応用物理学会春季学術講演会で発表(3月14日)する予定です。

本研究は、JST産学共創基礎基盤研究プログラム「テラヘルツ波新時代を切り拓く革新的基盤技術の創出」による研究成果を活用したTHzテクノロジープラットフォーム(TTP)の支援を受けて行われました。

背景

近年、電波と光波の中間の周波数帯であるテラヘルツ波領域(図1)の研究開発が進み、基礎科学だけでなく産業利用への応用開発が進んでいます。テラヘルツ波領域には指紋スペクトルと呼ばれる物質固有の吸収ピークが数多く存在しているため、この特性を利用した非破壊センシング・イメージング技術は、安心・安全な社会を実現するための基盤技術の一つとして注目されています。しかし、これまでは必要な性能を得るため光源や計測装置の冷却が必要でした。私たちの生活環境で使用可能な非破壊センシング・イメージング技術を実現するためには、室温で動作する高性能なテラヘルツ波光源およびテラヘルツ波計測技術の開発が急務となっています。

これまで理研の研究チームは、室温において高感度なテラヘルツ波検出を実現するために、光波長変換技術を用いてテラヘルツ波を近赤外光に変換し、その変換した光信号を近赤外光検出器で高感度に計測する方法を開発してきました注1)。一方、東工大の研究チームは、将来の標準的な小型・室温動作・連続発振テラヘルツ波光源として期待されている共鳴トンネルダイオード(RTD)を開発してきました。

近年、1テラヘルツ(THz、1THzは1兆ヘルツ)を超える周波数で室温発振を達成したRTDは、冷却や日常的な調整を必要とせず、光波領域のLEDのように電源供給のみで動作するため、実用的な装置開発の観点から非常に有用です。そのため、RTDのような小型光源から発生するテラヘルツ波を光波長変換によって高感度に検出することができれば、センシングやイメージングなどのテラヘルツ波応用がより身近な環境で実現可能となり、新たな応用研究につながることが期待されます。

注1)2014年3月24日プレスリリース「室温で2次元のテラヘルツ波像を高感度に可視化

研究手法と成果

共同研究チームは、RTDから発生したテラヘルツ波を光波長変換によって検出する実験を行いました(図2)。RTDから発生したテラヘルツ波は、テラヘルツ波用レンズを用いて非線形光学結晶[6]であるニオブ酸リチウムに集光させました。そして、波長1,064.3ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のパルスレーザー光を励起光に用いて、テラヘルツ波を近赤外光に波長変換しました。発生した近赤外光は空間フィルターを用いて励起光と分離し、RTDからのテラヘルツ波に由来する近赤外光のみを、近赤外光検出器を用いて計測しました。

実験の結果、発振周波数0.58THzのRTDを用いた場合は波長1,066.6nmの、0.78THzの場合は1,067.3nmの,1.14THzの場合は1068.6nmのテラヘルツ波から波長変換された近赤外光をそれぞれ観測することに成功しました(図3)。このときの励起光とテラヘルツ波に由来する近赤外光の周波数の差が、テラヘルツ波周波数に相当しています。また、入力するテラヘルツ波のパワーを減衰させたところ、周波数1.14THzのとき最低検出可能パワーとして約5ナノワット(nW、1nWは10億分の1ワット)の高感度検出を実現しました。これは、従来の光波長変換による検出と比較して100倍以上高い感度です。また、光波長変換技術を用いることで、観測される近赤外光の波長および出力からRTDの発振周波数および出力を測定できることを示しました。

今後の期待

今回用いた実験装置はすべて室温で動作するため、さまざまな応用分野で本成果の利用が期待できます。今後は、RTDが小型電子デバイスである利点を生かして、単素子だけでなく複数の素子を集積化したRTDからの多周波数のテラヘルツ波を近赤外光に同時に波長変換することで、多周波数のテラヘルツ波のリアルタイム計測が可能になります。このような計測手法は、情報通信研究機構(NICT)と理研が公開しているテラヘルツ分光データベース注2)と組み合わせることで、実現できる可能性があります。こうした研究は、テラヘルツ波領域の小型非破壊検査システムの実用化につながると期待できます。

注2)2013年12月25日プレスリリース「テラヘルツ分光データベースを新規開発し、公開へ

原論文情報

  • Yuma Takida, Kouji Nawata, Safumi Suzuki, Masahiro Asada, and Hiroaki Minamide, "Nonlinear optical detection of terahertz‒wave radiation from resonant tunneling diodes", Optics Express, doi: 10.1364/OE.25.005389

発表者

理化学研究所
光量子工学研究領域 テラヘルツ光研究グループ テラヘルツ光源研究チーム
基礎科学特別研究員 瀧田 佑馬(たきだ ゆうま)
基礎科学特別研究員 縄田 耕二(なわた こうじ)
チームリーダー 南出 泰亜(みなみで ひろあき)

東京工業大学
科学技術創成研究院
教授 浅田 雅洋(あさだ まさひろ)
工学院
准教授 鈴木 左文(すずき さふみ)

瀧田佑馬 基礎科学特別研究員の写真 瀧田 佑馬
縄田耕二 基礎科学特別研究員の写真 縄田 耕二
南出泰亜チームリーダーの写真 南出 泰亜
浅田雅洋 教授の写真 浅田 雅洋
鈴木左文 准教授の写真 鈴木 左文

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.テラヘルツ波
    周波数が1012Hz(1兆ヘルツ)付近(0.1~100THz)にある電磁波。光波と電波の中間の周波数帯であり、双方の特性を併せ持つ。
  • 2.指紋スペクトル
    物質中においては、テラヘルツ波周波数に共鳴する格子振動や分子間振動などが数多く存在する。これらは物質固有の特徴的な吸収スペクトルを示すので、未知の物質であっても吸収スペクトルから逆にその物質を特定することが可能になる。このような物質固有の吸収スペクトルを指紋スペクトルと呼ぶ。
  • 3.共鳴トンネルダイオード(RTD)
    半導体のナノ構造で生じる共鳴トンネル現象を利用したダイオードであり、室温においてテラヘルツ波を直接発生させることができるコンパクトな電子デバイス。共鳴トンネル現象とは、電子が障壁を通り抜けるトンネル現象の一種であり、二重障壁構造において入射する電子のエネルギーが二つの障壁に閉じ込められた電子のとるエネルギーと一致したとき、電子が共鳴的に障壁を通り抜ける現象のこと。RTDは Resonant Tunneling Diodeの略。
  • 4.光波長変換
    レーザー光などの強力な光により誘起される非線形光学現象を用いて、電磁波の波長をある波長から他の波長へ変換すること。本研究では、波長の長い(周波数の低い)テラヘルツ波から波長の短い(周波数の高い)近赤外光に変換した。
  • 5.近赤外光
    テラヘルツ波に対して100倍程度高い周波数を持つ電磁波。波長範囲は780~3,000nm。テラヘルツ波と比較して研究の歴史が古く、発生、検出、応用技術ともに開発が進んでいる。
  • 6.非線形光学結晶
    光波長変換で用いる結晶であり、入射する光に対して非線形な応答を示す。レーザー光などの強力な光が物質と相互作用する場合、その応答(分極)は単純に光の電磁場に比例せず非線形なものとなり、その結果として生じるさまざまな現象を非線形光学現象と呼ぶ。光波長変換は、非線形光学現象の代表例である。
テラヘルツ波の図

図1 テラヘルツ波

周波数が0.1~100THzにある電磁波。電波と光波の中間の周波数であり、双方の特性を併せ持つ。

共鳴トンネルダイオードモジュールと光波長変換によるテラヘルツ波検出実験の概要図

図2 共鳴トンネルダイオードモジュールと光波長変換によるテラヘルツ波検出実験の概要

(a)共鳴トンネルダイオード(RTD)モジュールの写真。

(b)RTDから発生したテラヘルツ波(青色)は、テラヘルツ波用レンズを用いて非線形光学結晶であるニオブ酸リチウムに集光させた。波長1,064.3nmのパルスレーザー光を励起光(赤色)に用いて、テラヘルツ波を近赤外光に波長変換した(緑色)。発生する近赤外光は、空間フィルターを用いて励起光と分離したのち、近赤外光検出器を用いて計測した。

周波数1.14 THzのときの近赤外光の波長スペクトルの図

図3 周波数1.14THzのときの近赤外光の波長スペクトル

波長1,064.3nmのパルスレーザー光を励起光(赤色)に用いて、周波数1.14THzのテラヘルツ波を波長1,068.6nmの近赤外光に波長変換できた(緑色)。励起光とテラヘルツ波に由来する近赤外光の周波数の差が、テラヘルツ波周波数(青色)に相当している。

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