ポイント
- 分光スペクトル表示をブラウザ上で利用者が実時間で操作可能
- 世界中の研究者が誰でも容易にデータを登録し、自身でデータ管理と公開が可能
- 世界のテラヘルツ分光スペクトルの標準化に貢献
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、情報通信研究機構(情通研、坂内正夫理事長)と共同開発し、インターネット上で公開してきたテラヘルツ分光データベースを刷新し、2013年12月26日から新しいテラヘルツ分光データベースを公開します。これは、理研光量子工学研究領域(緑川克美領域長)テラヘルツ光源研究チームの野竹孝志特別研究員、南出泰亜チームリーダーらの研究チームによる成果です。
テラヘルツ光は最先端の光科学研究領域の1つであり、その周波数帯には、さまざまな物質の特徴的な吸収ピークを含む指紋スペクトル[1]と呼ばれる識別標識が数多く存在します。その特性を活用した非破壊検査やセキュリティーへの応用などが急速に進んでいます。理研と情通研はこれまで1,500種類を超える物質についてさまざまな条件下で分光スペクトル(波長ごとの強度分布)データを取得・解析し、日本発の統合テラヘルツ分光データベースとして2008年度よりインターネット上で世界へ公開し、テラヘルツ光利用の推進を図ってきました。
今回、最先端Web技術の一つであるHTML5を用いてデータベースを一新し、より利便性が高く、操作性の良い、発展性のあるデータベースの構築を行いました。閲覧画面には柔軟な検索機能を設け、表示された分光スペクトルの各軸の形式をパネルのボタン1つで変更可能であるなど、ユーザフレンドリーな操作環境の実現を目指しました。また、利用登録を行えば、誰でも所有するデータを本データベースへ登録して管理できるようにしました。世界のテラヘルツ波研究・開発に従事する研究者などに情報を発信し、分光スペクトルの比較検討を行うことも可能です。また、世界中で多様なテラヘルツ分光装置が開発・販売されている中、個々の装置で取得した分光スペクトル形状の対比は重要な検証となります。また、数多くの分光スペクトルデータは計測標準としても貴重な情報です。今後これらを活用して、標準化されたテラヘルツ分光データベースの確立も目指します。
本データベースの開発により、世界に分散している貴重なデータがより多く集まり、テラヘルツ研究や応用の進展に多くの利用者が貢献できるようになります。
本研究成果は、米国の科学雑誌『IEEE Transactions on Terahertz Science and Technology』オンライン版(11月4日付け)に掲載されました。
背景
テラヘルツ光(図1)の周波数帯には、さまざまな物質の特徴的な吸収ピークを含む指紋スペクトルと呼ばれる識別標識が数多く存在しており、この特性を利用した新たな分析技術やセンシング・イメージング技術が開発されています。理化学研究所と情報通信研究機構は共同でテラヘルツ分光スペクトルデータベースの開発を進め、2008年度からインターネット上で公開してきました。本データベースの掲載データ数は現時点で1,500種類を超え、過去3年間で世界78カ国から約12万回アクセスされています。
テラヘルツ光に関する研究や産業応用の進展に伴い、さまざまなテラヘルツ分光装置が開発され、販売されています。しかし、テラヘルツ周波数や分光スペクトル形状の標準化はまだ不完全で、各装置を使用して取得した分光スペクトルの正当性などは保証されていません。そのため、指紋スペクトルを利用して厳密に物質の同定を行う際には、標準化された分光スペクトルデータや、他の装置で取得された分光スペクトルデータとの比較が必要です。
一般に、データベース内の分光スペクトルを閲覧する際には、表示スケール(対数あるいは線形)や表示物理量(波数、波長、周波数)で分光スペクトル形状を閲覧したり、興味のある周波数領域だけを拡大して閲覧したりすることが、分光スペクトルデータに対する理解を深めるうえで有益です。こうした機能をデータベースに付加するには、従来はFlashやJava Runtime Environment(JRE)など、特定IT企業の特許化された規格やプラグインを使用しなければならず、汎用性に問題がありました。例えば、iPhoneやアンドロイドなどのスマートフォン端末利用者が増加していますが、2010年ころから米国Apple社は、iPhoneやiPadなどの自社製品に対してFlash技術の搭載を中止しました。これによりFlashを開発している米国Adobe社も、今後のスマートフォン端末に対応するFlashの開発中止を決定しました。従って将来、インターネット上に公開されているWebコンテンツで、Flashなどなどの技術を用いているものは、スマートフォンなどからは次第に閲覧できなくなると予想されています。
研究手法と成果
研究チームは今回、外部からのデータ登録システムをデータベースに追加し、世界中のユーザーが誰でも自身のデータを本データベースへ登録できるようにしました。インターネットへ接続する環境さえあれば、研究者が実験室などで取得したデータを、そのまま本データベースへ登録し、データの整理や管理をすることが可能です。また、そのデータを世界に公開するかどうかも自身で設定可能であり、著作権はデータ取得者に保持されます。また、他人の登録したデータは編集できないなど、システムの安全性も確保されています。
この結果、今まで世界中の研究者が独自に所有し、世界に分散していたさまざまな異なる装置、条件下で取得された貴重なデータを、本データベースに集約することが可能となりました。
また、現在のWeb環境を取り巻く世界的潮流として、FlashやJREなどの特定企業の特許化された規格を使用するのではなく、HTML5[2]のようなフリーでオープンなプラットフォーム(情報基盤)を積極的に利用し、Web実行環境を構築する方向が主流になってきています。HTML5は、現在もまだ仕様の標準化が策定されている最先端のマークアップ言語です。HTML5を利用してWebデータベースを構築すれば、FlashやJREなどの特殊プラグインを利用せずに、Internet ExplorerやGoogle Chromeなどの汎用フリーブラウザを使用するだけで、リアルタイムで分光スペクトル表示のスケールや物理量、表示領域などを自由に操作できるデータベースを構築できます(図2)。また、HTML5は今後、インターネット上のWebコンテンツを構築する主流になるのは間違いないと考えられており、HTML5で構築したデータベースであれば、変化の激しいインターネット環境上においても、長期にわたって安定した運用が可能になります。研究チームは、データベースを改訂するにあたり、学術的な分光スペクトルデータベースとしては世界に先駆けてHTML5技術を採用し、システムを開発しました。開発したデータベースは、2013年12月26日からインターネット上に公開します(Terahertz Database(英語))。
今後の期待
本データベースは、インターフェースが全て英語表記で、データ登録システムも備えています(図3)。このため、世界中のテラヘルツ光研究者や利用者がデータを登録し、分光スペクトルデータにアクセス・活用し合い、本データベースとテラヘルツ光研究、あるいは産業応用が相乗的に発展して行くものと考えています。また、最先端のHTML5を用いてシステムを構築しているため、汎用のWebブラウザを使用すれば閲覧環境に依存せずに、誰でも自由に双方向でのデータベースの利用が可能です。また、研究チームは、大幅な改訂を行うことなくインターネット上で長期に渡って安定した運用が可能と想定しています。今後、テラヘルツ分野における世界標準のデータベースとして、テラヘルツ研究の発展や産業応用、新規産業の創生に貢献できると期待できます。
原論文情報
- Takashi Notake, Rihei Endo, Kaori Fukunaga,Iwao Hosako, Chiko Otani, and Hiroaki Minamide. "State-of-the-art Database of Terahertz Spectroscopy based on Modern Web Technology".IEEE Transactions on Terahertz Science and Technology, doi:10.1109/TTHZ.2013.2284862
発表者
理化学研究所
光量子工学研究領域 テラヘルツ光研究グループ テラヘルツ光源研究チーム
特別研究員 野竹 孝志(のたけ たかし)
お問い合わせ先
光量子工学研究推進室 広報担当
Tel: 048-467-9258 / Fax: 048-465-8048
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.指紋スペクトル
物質中においては、テラヘルツ周波数に共鳴する格子振動や分子間振動などが数多く存在する。これらは物質固有の特徴的な吸収スペクトルを示すので、未知の物質であっても吸収スペクトルから逆にその物質を特定することが可能になる。このような物質固有の吸収スペクトルは指紋スペクトルと呼ばれる。 - 2.HTML5
HTMLはウェブ上の文章などを記述するマークアップ言語であり、ウェブの基幹的役割を担っている。HTML5はその5回目の大幅な改訂版であり、HTML4では不可能であった機能を実現するためにさまざまなAPIなどが追加されている。
図1 テラヘルツ波
周波数が0.1から100THzにある電磁波。光と電波の中間の周波数であり、双方の特性を併せ持つ。
図2 HTML5による分光スペクトル表示とデータベースのトップページ(右上)
2013年12月26日から公開。Terahertz Database(英語)
図3 データ登録ページ
世界中のテラヘルツ光研究者や利用者がデータを登録し、分光スペクトルデータにアクセス活用し合うことができる。データを公開するかどうかを自身で設定可能であり、著作権はデータ取得者に保持される。また、他人の登録したデータを編集できないなど、システムの安全性も確保されている。