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2017年7月21日

理化学研究所

新元素探索へ向けて気体充填型反跳分離器GARIS-Ⅱが本格始動

-112番元素コペルニシウム合成の検証に成功-

要旨

理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター超重元素分析装置開発チームの加治大哉仁科センター研究員、森本幸司チームリーダー、超重元素研究グループの森田浩介グループディレクターらの共同研究グループ[1]は、新しく開発した超重元素実験装置の気体充填型反跳分離器「GARIS(ガリス)-Ⅱ」[2]を用いて原子番号112のコペルニシウム同位体283Cnを合成し、その崩壊エネルギーと崩壊時間の検証に成功しました。

原子番号104以降の非常に重い元素は「超重元素」と呼ばれ、重イオン加速器を利用した融合反応で人工的に合成します。これまで、理研を中心とする研究グループは、「冷たい融合反応(原子番号82の鉛や83のビスマスを標的とした重イオン融合反応)」により、原子番号108のハッシウムから、日本発・アジア初の新元素である原子番号113のニホニウムに至る超重元素の原子核(超重核)の合成に成功してきました。さらに、超重元素を対象とした化学研究やニホニウムを超える新元素探索に向けて、「熱い融合反応(アクチノイド[3]を標的とした重イオン融合反応)」に関する基礎研究も進めてきました。その結果、原子番号104のラザホージウムから107のボーリウムに至る超重核の合成、原子番号116のリバモリウムの合成にも成功しています。これらの研究成果は全て、1980年代に理研で開発された気体充填型反跳分離器「GARIS」[4]を用いて得られました。

本研究では、理研重イオン線形加速器「RILAC(ライラック)」[5]から供給された大強度48Caビームと238U標的との熱い融合反応により合成した原子番号112のコペルニシウム同位体283CnをGARIS-Ⅱで確認することに成功しました。GARIS-Ⅱは、今後の新元素探索で必須となる熱い融合反応を用いる研究に特化した気体充填型反跳分離器です。ロシア・米国、ドイツによる二つの先行研究で確認されている283Cnの生成を検証することで、GARIS-Ⅱの性能評価を行いました。その結果、GARIS-Ⅱの高い分離・収集能力が実証され、熱い融合反応研究において先行するロシア・米国の共同研究グループに対して、共同研究グループが十分な競争力を持つこと示しました。

本研究成果は、日本物理学会の英文誌『Journal of the Physical Society of Japan(JPSJ)』に7月21日オンライン掲載されます。

本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 特別推進研究「新元素の探索と超重元素の化学」および基盤研究C「GARIS-Ⅱ用アクチノイド標的照射システムとその高度利用技術の開発」の支援を受けて行われました。

背景

原子番号104以降の非常に重い元素は「超重元素」と呼ばれ、重イオン加速器を利用した融合反応で人工的に合成します(図1)。新しい超重元素の発見は、原子核が一体どこまで存在するかという“原子核の存在限界”に答える大きな研究テーマです。人類が到達しうる最も大きな原子番号を持つ原子核を人工的に合成し同定する試みである“新元素探索”は、超重元素研究における最大の挑戦です。2016年、原子番号118のオガネソン(Og)に至る全ての元素名が確定し、新元素探索の最前線は元素周期表の第8周期へと突入しています。

ニホニウムを超える新元素の合成では、ロシア・米国の共同研究グループが先駆的に進めている「熱い融合反応(アクチノイドを標的とした重イオン融合反応)」を適用します。理研では、これまで、カルシウム(48Ca)ビームをキュリウム(248Cm)標的に照射する熱い融合反応により、原子番号116のリバモリウム(292,293Lv)の合成に成功しました(図2注1)。ロシア・米国の共同研究グループによる先行研究と同様、中性子過剰な超重核の安定性に由来する高い生成率も確認され、熱い融合反応方式による新元素探索の有用性が検証されました。

理研を中心とする超重元素研究グループは、原子番号119以降の新元素探索へ向けて、熱い融合反応研究に最適化した新しい気体充填型反跳分離器「GARIS-Ⅱ」の開発も併せて進めてきました。本研究は、GARIS-Ⅱの本格始動と位置づけ、熱い融合反応による原子番号112のコペルニシウムの合成に取り組みました。

注1)2017年3月1日プレスリリース「116番元素リバモリウム合成の検証に成功

研究手法と成果

実験の概念図を図3に示します。共同研究グループは、理研仁科加速器研究センターの重イオン線形加速器「RILAC(ライラック)」でカルシウム(48Ca)ビームを光速の11%に加速し、平均毎秒5.8×1012個のCaをウラン標的(238U)に照射して融合反応を引き起こさせ、コペルニシウム同位体(283Cn)を合成しました。この照射では、カルシウムと標的との衝突で発生する熱が、厚さ3マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)のチタン薄膜(標的を支える膜)を溶かしてしまうのを避けるため、直径30cmの円板に標的を取り付けて毎分2,000回転で回転させ、除熱効率を向上させました。

融合反応で合成された283Cnはビームと同じ方向に放出されるため、ビームと目的核をいかに効率よく分離するかが実験の成否を決めます。新しく開発されたGARIS-Ⅱは、ビーム(48Ca)、ビームによって弾き出される標的核(238U)、目的としない副応生成物などをできる限り除去し、目的とするコペルニシウム同位体をGARIS-Ⅱ下流に設置した焦点面検出器へと導くことができます。検出器側へのビーム成分の漏れ込みを抑制するビームダンプ[6]構造により、従来装置であるGARISより低いバックグラウンド環境を実現しました。また、GARIS-Ⅱのイオン輸送系[7]により、GARIS比で約1.7倍高い収集効率を実現しました。

GARIS-Ⅱの焦点面検出器は、飛行時間検出器とシリコン半導体検出器(Si-box)から構成され、検出器内で生じるCn同位体起源のアルファ崩壊(α崩壊)[8]自発核分裂[9]事象を観測することで核種の同定を行いました。

ビーム照射時間として実質4.5日間の研究で2事象のコペルニシウム同位体283Cnを同定することに成功しました。観測された崩壊連鎖は、図4に示すような崩壊エネルギーと崩壊時間を示しました。283Cnの検出は、半減期が約4秒と超重元素としては比較的長くバックグラウンド環境の影響を受けやすいため観測が難しく、これまで欧米諸国による2件の観測報告しかありません。GARIS-Ⅱの高い分離能力と収集能力により、今回3件目の観測に成功し、二つの前例の崩壊特性の検証ができました。同時に、GARIS-Ⅱが設計仕様どおりの高い性能を持つことも実証できました。

今後の期待

本研究は、原子番号119以降の新元素探索に向けて行った熱い融合反応研究の第一歩です。GARIS-Ⅱの高い分離・収集能力が実証され、熱い融合反応研究において先行するロシア・米国の共同研究グループに対して、共同研究グループが十分な競争力をもつ持つこと示しました。

今後は、本格始動したGARIS-Ⅱの高い分離・収集能力を最大限に活用し、熱い融合反応を用いた包括的な研究や前人未踏の第8周期初となる新元素探索に取り組んでいきます。

原論文情報

  • D. Kaji, K. Morimoto, K. Morita et al., "Decay Measurement of283Cn Produced in the238U(48Ca,3n) Reaction Using GARIS-Ⅱ", Journal of the Physical Society of Japan, doi: 10.7566/JPSJ.86.085001

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 超重元素研究グループ 超重元素分析装置開発チーム
仁科センター研究員 加治 大哉(かじ だいや)
チームリーダー 森本 幸司(もりもと こうじ)

仁科加速器研究センター 超重元素研究グループ
グループディレクター 森田 浩介 (もりた こうすけ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.共同研究グループ
    理化学研究所、山形大学、埼玉大学、新潟大学、九州大学が参加。
  • 2.気体充填型反跳分離器「GARIS(ガリス)-Ⅱ」
    GARISと同様な動作原理の気体充填型反跳分離器。熱い融合反応研究に特化して開発された。
  • 3.アクチノイド
    原子番号89から103まで、すなわちアクチニウム(Ac)からローレンシウム(Lr)までの15の元素を指す。周期表の第7周期、第3族に入る。本研究では原子番号92のウラン(U)を使用した。
  • 4.気体充填型反跳分離器「GARIS」
    重イオン融合反応で合成した目的の原子核を、入射ビームや副反応生成物から、高効率・高分離能で分離、収集する装置。ヘリウムガスの充填により、目的とする原子核が標的からどのようなイオン価数で飛び出してきても、効率よく収集することができる。GARISは GAs-filled Recoil Ion Separatorの略。
  • 5.重イオン線形加速器「RILAC(ライラック)」
    高周波電場を用いて、荷電粒子(イオンや電子)を直線的に加速する加速器のこと。イオンを加速する線形加速器では、多数のチューブ型電極が空洞の中に直線上に並べられている。電極の長さと高周波の周波数は、電極間の電場の向きがイオンの到達時間に同期して変わるように設計され、電極間を通過するたびにイオンは加速されていく。RILACは重イオンを加速するために、低い周波数(18~45MHz)で運転できるようになっており、また多種のイオンに対応するため周波数を変えることができる(可変周波数構造)。通常のイオン線形加速器はパルス運転であるが、RILACは連続運転ができるため、平均ビーム強度が非常に高い。RILACはRIKEN Linear Acceleratorの略。
  • 6.ビームダンプ
    ビームを停止させる場所。ビーム散乱防止板を設置することで、検出器に到達する計測妨害粒子(バックグラウンド)の数を抑制する工夫が施されている。
  • 7.GARIS-Ⅱのイオン輸送系
    GARIS-Ⅱは、二台の双極子電磁石(D)と三台の四重極電磁石(Q)から構成される。電磁石配置は、従来装置であるGARISのD1-Q1-Q2-D2と異なりQ1-D1-Q2-Q3-D2をとる。初段の四重極電磁石(Q1)が導く収束作用に加え、標的から検出器までの飛行距離を約70cm短縮する事で、GARIS比で約1.7倍高い収集効率を実現する。
  • 8.アルファ崩壊(α崩壊)
    アルファ粒子(ヘリウム4の原子核で原子番号2、質量数4)を放出して、より安定な核に崩壊すること。これによって原子番号が2小さく質量数が4小さい核に変化する。
  • 9.自発核分裂
    不安定な原子核の崩壊様式の一つ。特に原子番号の大きな核にみられ、外部からの作用なしに核分裂を起こして崩壊すること。
元素周期表の図

図1 元素周期表

超重元素と呼ばれる原子番号104以降の超アクチノイド元素は、人工的に合成することで発見された。本研究では原子番号112のコペルニシウム(Cn)の合成に成功した。2016年、元素周期表の第7周期までの全ての元素が認定されたことで、新元素研究の最前線は第8周期に突入している。

核図表の末端(超重元素領域)の図

図2 核図表の末端(超重元素領域)

原子核を構成する中性子と陽子数を横軸と縦軸に表した原子核の地図(核図表)。崩壊様式による分類を色分けで示している。黄色:アルファ崩壊(α)、緑:自発核分裂(SF)、ピンク:電子捕獲(EC)。理研を中心とする研究グループはこれまでに、「冷たい融合反応」により原子番号108のハッシウム(263,264,265Hs)、110のダームスタチウム(271Ds)、111のレントゲニウム(272Rg)、112のコペルニシウム(277Cn)、113のニホニウム(278Nh)の合成に成功している。また、「熱い融合反応」により原子番号104のラザホージウム(260,261,262Rf)、105のドブニウム(262Db)、106のシーボーギウム(265Sg)、107のボーリウム(266,267Bh)、116のリバモリウム(292,293Lv)の合成に成功している。本研究では、原子番号112のコペルニシウム同位体(283Cn)の合成に成功した。

コペルニシウム合成実験の概要図

図3 コペルニシウム合成実験の概要

イオン源から引き出したカルシウム(48Ca)ビームを可変周波数RFQと重イオン線形加速器「RILAC」によって光速の11%の速度まで加速し、ウラン(238U)標的に照射すると融合反応が起こる。気体充填型反跳分離器「GARIS-Ⅱ」で入射粒子や計測上妨害となるバックグラウンドをできるだけ除去し、反応生成核であるCn同位体を効率よく焦点面検出器へと導く。1台の飛行時間検出器とシリコン半導体検出器「Si-box」で構成される焦点面検出器でCn同位体起源のアルファ崩壊(α崩壊)と自発核分裂事象を観測することで核種を同定する。また、シリコン検出器内で生じるα崩壊と自発核分裂の時系列を解析することで崩壊連鎖が得られる。

観測された283Cnの崩壊連鎖の図

図4 観測された283Cnの崩壊連鎖

崩壊様式による分類を色分けで示している。黄色:アルファ崩壊(α)、緑:自発核分裂(SF)。今回行ったコペルニシウム合成実験では、コペルニシウム同位体(283Cn)に起因する崩壊連鎖を観測した。観測された各核種からの崩壊エネルギー、崩壊時間を示している。

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