要旨
理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター 実験装置運転・維持管理室の鈴木宏協力研究員、櫻井RI物理研究室の西村俊二先任研究員、櫻井博儀主任研究員らを中心とする国際共同研究グループ※は、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」[1]を用いて、陽子過剰な新同位元素であるルビジウム-72(72Rb)とジルコニウム-77(77Zr)を発見し、核図表において72Rbが天橋立のような構造を作っていることを明らかにしました。
原子核の性質は陽子数と中性子数の組み合わせで決まり、対相関[2]という機構により、陽子数または中性子数が偶数のときに安定性が増します。これを反映し、原子核を陽子と中性子の数で分類した核図表において、陽子をこれ以上付け加えられない境界である陽子ドリップライン[3]は、陽子数が偶数の核では出っ張り奇数の核では引っ込むような、ギザギザした形をしています。陽子数が37のRb同位体では、38のストロンチウム(Sr)同位体と36のクリプトン(Kr)同位体が作る“岬”に挟まれた“入江”になっています
今回、国際共同研究グループは、仁科加速器研究センターの超伝導リングサイクロトロン(SRC)[4]を中心とした多段階加速システムにより、キセノン-124(124Xe)ビームを光速の70%まで加速し、厚さ4mmのベリリウム(Be)標的に衝突させ、入射核破砕反応[5]によって新同位元素を含む放射性同位元素(RI)[6]ビームを生成しました。超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)[7]およびゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree)[8]においてRIビームを分離・識別し、72Rbと77Zrを発見しました。特に72Rbは核図表においてRb同位体の“入江”の入口に位置することから、これまで発見されたことがない天橋立のような構造を作っていることが分かりました。今回観測されなかった短寿命非束縛核[9]の73Rbは“入江”の奥にある“ラグーン(潟)”と言えます。72Rbは陽子数も中性子数も奇数のため“天橋立”の現れる機構は対相関では説明できず、現在知られていない新しい核構造効果が寄与している可能性が考えられます。
また、本研究は、宇宙における元素合成の一つであるrp過程(高速陽子捕獲過程)[10]を解明する上でも重要です。rp過程の研究では、途中の72Krが元素合成の進みにくくなる滞留点[11]であるかどうかが争点でした。今回73Rbが観測されなかったことから、72Krが強い滞留点であると分かりました。
本成果は今後、宇宙における元素合成機構の解明につながると期待できます。
本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(11月6日付け)に掲載される予定です。
※国際共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器研究センター
実験装置運転・維持管理室
協力研究員 鈴木 宏(すずき ひろし)
仁科センター研究員 福田 直樹(ふくだ なおき)
仁科センター研究員 竹田 浩之(たけだ ひろゆき)
協力研究員 清水 陽平(しみず ようへい)
特別研究員 安 得順(アン デュクスン)
先任技師 稲辺 尚人(いなべ なおひと)
客員研究員 久保 敏幸(くぼ としゆき)(ミシガン州立大学 希少同位体ビーム施設(FRIB)教授)
櫻井RI物理研究室
国際特別研究員(研究当時) ジュゼッペ・ロルッソ(Giuseppe Lorusso)(英国国立物理学研究所 上級科学研究員)
客員研究員 パーアンダッシュ・ソウダーシュトローム(Pär-Anders Söderström)(ダルムシュタット工科大学 博士研究員)
先任研究員 西村 俊二(にしむら しゅんじ)
主任研究員 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
背景
地球上では、天然に存在する安定な原子核が約300種類存在することが分かっています。しかし、理論的には7,000種類以上の原子核が存在するといわれており、そのほとんどが放射性同位元素(RI)と呼ばれる不安定な原子核です。原子核は陽子と中性子から成り、その性質はそれらの数で決まっています。RIは、安定核より中性子の数が多い中性子過剰核と、中性子の数が少ない陽子過剰核に分かれ、原子核を陽子数(縦軸)と中性子数(横軸)で分類した原子核地図である核図表で表すと、それぞれ安定核の右側と左側に位置します。
原子核は陽子または中性子を無制限に付け加えることはできず、ある限界があります。この限界のことを陽子ドリップライン、中性子ドリップラインといいます。ドリップラインは核図表上、滑らかな線ではなくギザギザした形をしています。これは対相関と呼ばれる機構によって、陽子数や中性子数が偶数のときに安定性が増す性質を持つためです。
図1は、本研究で対象とした原子核付近の陽子ドリップラインを核図表上に表したもので、ドリップラインより内側の原子核(束縛核)を緑色の陸地で、外側の原子核(非束縛核)を青色の海で表現しています。陽子数が偶数の核はより陽子過剰核側(図中左側)に、奇数の核はより安定核側(同右側)にドリップラインがあるため、陽子数が偶数のところは“岬”が伸び、あいだの奇数の所には“入江”が食い込むような形になっています。なお、陽子ドリップラインを超える非束縛な原子核でも実験で観測ができる場合があります。これはクーロン障壁[12]により陽子が放出されて原子核が壊れるまでに、わずかではありますが時間がかかるためです。
RIが実際に何種類存在するかはまだ分かっていません。現時点で人類がその存在を確認したのはまだ3,000種類程度に過ぎず、大半は不明です。理研仁科加速器研究センターでは、これら未発見のRIを探索しその性質を解明するため、2007年3月からRIビームファクトリー(RIBF)を稼働しています。RIBFでは、ウラン-238(238U)やキセノン-124(124Xe)をはじめとしたさまざまな重イオンビームを、光速の70%まで加速できる超伝導リングサイクロトロン(SRC)を中心とした加速器施設と、重イオンビームを破砕して作られるRIビームを高効率で分離・収集する超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)を用いて、安定核近傍から遠く離れた領域に含まれる新同位元素を生成することができます。2007年5月に行われた実験で、中性子過剰核パラジウム-125(125Pd)と126Pdを発見した注1)のを皮切りに、数多くの新同位元素を発見し続けています。本研究では、陽子過剰核側において新同位元素探索を行いました。
注1)2007年6月6日プレスリリース「RIビームファクトリーで新同位元素の発見に成功」
研究手法と成果
国際共同研究グループは、SRC(図2)を中心とした複数の加速器による多段階加速システムにより、124Xeビームを光速の70%まで加速(核子当たり3.45億電子ボルトに相当)して、厚さ4mmのBe標的に衝突させ、入射核破砕反応によって新同位元素を含むRIビームを生成しました。
生成したRIビームは、まずBigRIPS(図2)の第1ステージにて陽子過剰なRIのみを分離し、さらに第2ステージおよびゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree)に通過させRIを同定するための粒子識別を行いました。粒子識別は、RIの飛行時間、検出器通過時のエネルギー損失量、そして磁気剛性[13]を測定して行いました。希少な新同位元素の存在を明確に示すため、BigRIPSのイオン光学[14]を詳細に調べて、分解能を向上させました。また、複数の検出器が示すシグナル相関から不要なバックグラウンドの除去を重点的に行いました。
図3は測定で得られた粒子識別図で、2種類の新同位元素ジルコニウム-77(77Zr)とルビジウム-72(72Rb)が初めて観測されました。73Rbは、周辺の核は多数観測されているにもかかわらず全く観測されず、穴になっているという結果になりました。77Zrは、陽子ドリップラインより内側の原子核だと考えられています。一方、72Rbは陽子ドリップラインの外側の原子核で、73Rbから始まると考えられているRb同位体の“入江”の中で発見されたことになります。半減期が100ナノ秒(ns、1 nsは10億分の1秒)程度と比較的長かったため、今回の実験において観測される結果となりました。
陽子ドリップラインを模式的に示した図1では、72Rbが非束縛ではあっても短い寿命を持ち観測されたことから、核図表でクリプトン(Kr)同位体とストロンチウム(Sr)同位体の“岬”をつなぎ73Rbの“ラグーン(潟)”を作る構造として、“天橋立”と表現しました。この“天橋立”構造はこれまで発見されたことがなく、新しい現象だといえます。72Rbは陽子数も中性子数も奇数のため、この“天橋立”の現れる機構は対相関では理解できず、現在知られていない新たな核構造が寄与している可能性が考えられます。
さらに本研究は、宇宙における元素合成の一つrp過程(高速陽子捕獲過程)の解明にも寄与しました。rp過程は、通常の星と中性子星とからなる連星系において、中性子星に通常の星からガスが降り注ぐことによって起こると考えられ、RIが高温(10億度)の水素(陽子)を連続的に捕獲し、より重いRIが合成されていきます。rp過程の途中では、滞留点と呼ばれる反応が非常に進みにくくなるRIがいくつか存在すると予想されています。この滞留点の有無や強弱が最終的に合成される元素の存在比に影響するため、大きな関心を集めています。
滞留点の一つと考えられているRIに72Krがあります。その72Krが強い滞留点かどうかということを、73Rbを通るバイパス経路がどの程度元素合成に寄与するか調べることで明らかにしました。実験より73Rbが1イベントも観測されなかったという結果から、半減期と陽子放出エネルギーを見積もり、理論計算と比較したところ、このバイパスはほぼ元素合成に寄与せず、72Krが強い滞留点として働くことが分かりました。
今後の期待
新同位元素72Rbを発見したことで、核図表に初めて“天橋立”構造が見つかりました。このような原子核は、現在のところ他に類似例がありません。どのようなメカニズムでこのような現象が起こるのか、他にもこのような原子核が存在するか、また、今後、RIBFでさらに同様の現象が見つかるかは非常に興味深い点です。
また、72Krが元素合成rp過程における強い滞留核であることが分かりました。これはrp過程において、元素がどのようにして合成されているかを知るための重要な情報の一つです。これは、宇宙における元素合成機構の解明にもつながる成果といえます。
原論文情報
- H. Suzuki, L. Sinclair, P.-A. Söderström, G. Lorusso, P. Davies, L.S. Ferreria, E. Maglione, R. Wadsworth, J. Wu, Z.Y. Xu, S. Nishimura, P. Doornenbal, D.S. Ahn, F. Browne, N. Fukuda, N. Inabe, T. Kubo, D. Lubos, Z. Patel, S. Rice, Y. Shimizu, H. Takeda, H. Baba, A. Estrade, Y. Fang, J. Henderson, T. Isobe, D. Jenkins, S. Kubono, Z. Li, I. Nishizuka, H. Sakurai, P. Schury, T. Sumikama, H. Watanabe, and V. Werner, "Discovery of72Rb: A nuclear sandbank beyond the proton drip-line", Physical Review Letters
発表者
理化学研究所
仁科加速器研究センター 実験装置運転・維持管理室
協力研究員 鈴木 宏(すずき ひろし)
仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室
先任研究員 西村 俊二(にしむら しゅんじ)
主任研究員 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.RIビームファクトリー(RIBF)
理研が所有する重イオン加速器施設。水素からウランに至る全ての元素の放射性同位元素(RI)をビームとして供給する。RIビーム発生施設と独創的な基幹実験設備群で構成される。RIビーム発生施設は2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)からなる。これまで生成不可能だったRIも生成することができ、世界最多となる約4,000個のRIを生成する。 - 2.対相関
同一の準位にある2個の陽子または2個の中性子には、ペアを組んで角運動量0の状態に組ませるような特別な相互作用が働く。この作用のことを対相関という。この機構のため、陽子数または中性子数が偶数のときに原子核の安定性が増す。 - 3.陽子ドリップライン
陽子の数に対して中性子が少なくなると陽子の束縛エネルギーが小さくなり、やがて0となる。核図表上で、この0となった核種を結んだ線のこと。その外側では核力によって陽子を束縛することができないため、原子核はすぐに陽子を放出する。 - 4.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
サイクロトロンの心臓部にあたる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ磁気漏洩磁気遮断の機能を持っている。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを光速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるため、大幅な省エネも実現している。 - 5.入射核破砕反応
加速された原子核が標的の原子核に当たったときに、複数の破砕片に崩壊する反応をいう。破砕片には、陽子過剰核や中性子過剰核などのRIが多く含まれる。 - 6.放射性同位元素(RI)
物質を構成する原子核には、時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープ(RI)とも呼ばれる。 - 7.超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)
ウランやキセノンなどの1次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超伝導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。 - 8.ゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree)
BigRIPSの下流にある多機能ビームライン型分析装置。質量数200程度までの反応生成物の粒子識別、運動量の精密測定などを行うことができる。 - 9.非束縛核
ドリップラインより外側の原子核は、陽子もしくは中性子を原子核内に束縛できない。すぐにそれらを放出して崩壊してしまうので、共鳴状態として短時間しか存在できない。 - 10.rp過程(高速陽子捕獲過程)
通常の星と中性子星とから成る連星系で通常の星から中性子星にガスが降着している場合、水素やヘリウムに富む非常に高温(10億度以上)な環境になっている。そのような場所で起こると考えられている元素合成過程のモデルのこと。高速(rapid)に連続して水素の原子核である陽子(p)を捕獲しながら崩壊(β+崩壊)するため「rp過程」と呼ばれる。この過程はα崩壊によって制限され、現状で最も軽いα崩壊核種である陽子数52のテルル-105(105Te)が上限と考えられている。 - 11.滞留点
rp過程の道筋で元素合成反応が停滞する核のこと。滞留点の一つと考えられている72Krの場合、72Krに陽子が捕獲されてできる原子核73Rbは、すぐに陽子を再放出して72Krに戻ってしまうため、合成過程が先に進むためには一度、臭素-72(72Br)にβ+崩壊してからまた陽子捕獲が進む必要がある。しかし72Krのβ+崩壊の半減期は17秒ほどと長いため、ここで反応が滞留することになる。 - 12.クーロン障壁
原子核に働くクーロン力と核力が作るポテンシャルによる障壁のこと。原子核内部の陽子が非束縛であっても、障壁を量子トンネル効果で通り抜けるまでの時間がかかるため、陽子ドリップラインを超える原子核でも短い時間存在するという現象がある。 - 13.磁気剛性
荷電粒子は磁場中でその軌道を曲げられるが、その曲げられにくさのことを磁気剛性という。粒子の運動量に比例し、電荷に反比例する。 - 14.イオン光学
荷電粒子への電磁場からの作用を、幾何的な光学になぞらえて表現する手法のこと。BigRIPSを始めとしたビームラインでは、RIビームを光に、双極磁石をプリズムに、四重極磁石をレンズに置き換えることができる。
図1 本研究の対象核付近の核図表
本研究の対象核付近を核図表で示した。核図表とは、縦軸に陽子数、横軸に中性子数を取った原子核地図のこと。これまでに発見されているRIを黒い四角で示し、本研究で新たに発見した77Zrと72Rbを赤い四角で示した。陽子ドリップラインより内側を緑色の陸地で、外側を青色の海で表現した。海岸線が陽子ドリップラインに当たる。陽子ドリップラインは対相関機構を反映し、陽子数が偶数の核であるセレン(陽子数34)、クリプトン(同36)、ストロンチウム(同38)、ジルコニウム(同40)ではより陽子過剰核側(左側)に存在し、奇数の核である臭素(同35)、ルビジウム(同37)、イットリウム(同39)ではより安定核側(右側)に位置するため、あたかも“岬”と“入江”が交互に繰り返すようなギザギザとした形状になっている。72Rbは陽子ドリップラインを越えてはいるものの、比較的長い半減期を持つため本実験で観測された。クリプトンとストロンチウムの“岬”をつなぐような場所に位置するため、核図表の“天橋立”と言える原子核である。なおドリップラインの場所は、陽子数が奇数の核では実験的にほぼ確定しておりその場所に描いたが、偶数の核ではまだ不確定なため理論計算KTUY05の予想する場所に描いた。
図2 実験装置群の配置図
超伝導リングサイクロトロン(SRC)で加速した124XeビームをBe標的に照射し、入射核破砕反応により新同位元素を含む陽子過剰なRIビームを生成した。RIビームは、RIビーム生成分離装置(BigRIPS)およびゼロ度スペクトロメータ(ZeroDegree)内にて、その飛行時間、エネルギー損失、磁気剛性を測定することで識別した。
図3 新同位元素を含む粒子識別図
横軸にRIの質量数と陽子数の比、縦軸に陽子数を取った粒子識別図。77Zrと72Rbが観測された(実線の赤丸)。73Rbは周りの原子核が多数観測されているにもかかわらず、全く観測されなかった(点線の青丸)。