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2017年11月8日

理化学研究所
福岡大学医学部
九州大学

大腿骨頭壊死症の遺伝子を発見

-病因の解明・治療のブレークスルーに-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター骨関節疾患研究チームの坂本悠磨客員研究員(研究当時:九州大学大学院医学系学府博士課程大学院生(整形外科学分野))、池川志郎チームリーダーらと、福岡大学医学部整形外科学の山本卓明教授らを中心とする特発性大腿骨頭壊死症(ION:Idiopathic OsteoNecrosis)調査研究班[1]による共同研究グループは、IONの発生に関連する遺伝子「LINC01370」を発見しました。

IONは、大腿骨の骨頭部の骨が虚血によって壊死を起こす原因不明の難病です。昭和50年に難治性特定疾患に指定され、日本では毎年3,000人程度の新規患者が発生し注1)、社会的に大きな問題となっていることから、予防法・治療法開発のために原因の解明が待ち望まれています。疫学研究などから、IONの発生には遺伝的要因が関与すると考えられています。池川チームリーダーらは、これまでにゲノムワイド相関解析(GWAS)[2]により、さまざまな骨関節疾患の遺伝的要因を解明してきました注2,3,4)。今回、IONの発生に関連する遺伝子の発見に挑みました。

共同研究グループは、日本人のION患者1,602人について、ヒトのゲノム全体を網羅する約600万個の一塩基多型(SNP)[3]を調べ、IONの発生と強い相関を示すゲノム領域を12番染色体(12q24.11-12)と20番染色体(20q12)の2カ所に発見しました。20q12の領域には、linc RNA[4]の一つをコードしているLINC01370が存在しましたが、その機能はこれまで分かっていませんでした。遺伝子の発現解析や、さまざまなインフォマティクス解析[5]を行ったところ、LINC01370は脂質代謝系、ステロイド代謝系など、以前より特発性大腿骨頭壊死との関係を示唆されていた代謝系を制御する可能性があることが分かりました。今後、LINC01370の機能をさらに詳しく調べることで、分子レベルでのIONの病態の解明、ION進行の予防法や治療薬の開発が期待できます。

本成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(11月8日付)に掲載されます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「特発性大腿骨頭壊死症の治療法確立と革新的予防法開発にむけた全国学際研究(研究代表:岩本幸英、山本卓明)」の支援のもとに行われました。

注1)厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等克服研究事業(難治性疾患克服研究事業)特発性大腿骨頭壊死症の診断・治療・予防法の開発を目的とした全国学際的研究 平成24-25年度総合研究報告書(平成26年3月)
注2)2016年7月1日プレスリリース「後縦靭帯骨化症の発症に関わる遺伝子RSPO2を発見
注3)2015年7月24日プレスリリース「思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺伝子「BNC2」を発見
注4)2013年10月9日プレスリリース「腰椎椎間板変性症(LDD)発症に関する遺伝子「CHST3」を発見

※共同研究グループ

理化学研究所
統合生命医科学研究センター
骨関節疾患研究チーム
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)
客員研究員 坂本 悠磨(さかもと ゆうま)

統計解析研究チーム
チームリーダー 鎌谷 洋一郎(かまたに よういちろう)
リサーチアソシエイト 秋山 雅人(あきやま まさと)
副センター長 久保 充明(くぼ みちあき)

福岡大学 医学部 整形外科学
教授 山本 卓明(やまもと たくあき)

九州大学 大学院医学研究院 整形外科学分野
教授(研究当時) 岩本 幸英(いわもと ゆきひで)
教授 中島 康晴(なかしま やすはる)

九州大学病院 整形外科
講師 本村 悟朗(もとむら ごろう)

背景

特発性大腿骨頭壊死症(ION:Idiopathic OsteoNecrosis)は、大腿骨の股関節側の骨頭と呼ばれる部位の骨が、虚血によって壊死を起こす原因不明の難病です(図1)。

骨頭の骨壊死は、圧潰、変形性関節症へと進展し、股関節の痛みや機能障害を引き起こします。昭和50年には難治性特定疾患に指定されました。日本では毎年3,000人程度の新規患者が発生し、20~40歳台の若年成人に好発することから、社会的にも医療経済的にも大きな問題となっており、ION進行の予防法や治療法の開発のためにその原因の解明が待ち望まれています。

日本では、昭和50年の難治性特定疾患への指定に伴って厚生労働省によりIONの調査研究班が組織され、診断・治療・予防法の開発を目的とした全国学際研究が行われてきました。これまでの研究から、病理学的には、IONは虚血性の骨壊死であることが明らかになっています。膠原病や移植のためにステロイドの大量投与を受けている患者や、大量飲酒者に好発するなど、いくつかの病因につながる事実が見つかっています。しかし、虚血の原因、骨壊死のメカニズムなど、IONの病態のほとんどは解明されていません。過去の疫学研究などから、IONは遺伝的因子と環境的因子の相互作用により発生する多因子遺伝病であり、その発生には遺伝的要因が深く関与することが明らかになっています。

理研統合生命医科学研究センターは、世界に先駆けてゲノムワイド相関解析(GWAS)を成功させるなど、世界の疾患のゲノム解析研究をリードしてきました。池川チームリーダーらの骨関節疾患研究チームはGWASを中心としたゲノム解析により、2005年の変形性関節症注5)をはじめとして、さまざまな骨関節の難病の発生しやすさ(疾患感受性)や進行の早さを規定する遺伝子を発見してきました。最近では、後縦靭帯骨化症や思春期特発性側彎症の遺伝子の発見に成功しています。しかし、IONの発生や進行に関連する遺伝子はこれまで発見されていませんでした。

今回、共同研究グループは、日本全国の22の医療機関の整形外科および内科専門医からなる大腿骨頭壊死の研究グループ、特発性大腿骨頭壊死症調査研究班と協力して、IONの発生に関連する遺伝子の発見に挑みました。

注5)2005年1月10日プレスリリース「変形性関節症の原因遺伝子を世界で初めて発見

研究手法と成果

共同研究グループはまず、1,602人のION患者検体を関連臨床情報、疾患情報とともに収集し、遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を行いました。このうち、サンプル、一塩基多型(SNP)のジェノタイピングの精度が基準を満たしている1,547検体からなるケース群を、バイオバンクジャパン[6]より得られた59,103検体からなるコントロール群と比較しました。ケース群、コントロール群の525,308個のSNPのジェノタイピングデータ[7]を基に、遺伝統計学的方法のひとつであるimputation法[8]によって、ゲノム全体にまたがる6,007,297個のSNPの相関を予測し、ケース群とコントロール群のSNPの頻度の違いを調べました。

その結果、ゲノムレベルでの有意水準(P=5.0×10-8)を満たす二つの疾患感受性遺伝子座位を同定しました(図2)。どちらも、今回初めて発見された新しいION遺伝子座位です。一つは、12番染色体の12q24.11-12にあり、領域内の最も相関の高いSNPはrs3858704(P=2.97×10−12)、もう一つは20番染色体の20q12にあり、領域内の最も相関の高いSNPはrs6028718(P=7.05×10−14)でした。

次に、ゲノムのインフォマティクス解析により、各遺伝子座位内の疾患感受性遺伝子の候補を探索しました。その結果、20q12の遺伝子座位内の疾患感受性遺伝子、LINC01370(long intergenic non-coding RNA 1370)を同定しました。LINC01370はlinc RNA(long intergenic non-coding RNA)の一つです。linc RNAは、幹細胞の多能性の維持や組織・臓器の分化に関わることが知られていますが、LINC01370の機能はよく分かっていません。これまでに、IONとの関係を指摘されたこともありませんでした。

そこでLINC01370の遺伝子発現を調べると、肝臓に特異的に発現していることが分かりました。GWASで強い相関を示したSNPの遺伝子型とLINC01370の遺伝子発現量が相関することも分かりました。GO解析[9]パスウェイ解析[10]などのビッグデータを用いたインフォマティクス解析により、LINC01370は、脂質代謝系とステロイド代謝系の代謝経路に関連する遺伝子群を制御していることが推測されました。これらの代謝パスウェイ、シグナルは、過去の研究でIONとの関係が示唆されていました。今回の結果は、GWASによりlinc RNAと骨関節疾患の関係を示した最初の例です。

今後の期待

本研究は、これまで十分に明らかでなかったIONの原因を解明するために、ゲノム解析が極めて有効な方法であることを示しました。今後、検体数を増やし、相関解析の解析力を向上させることで、さらなる遺伝子の発見が期待できます。また、今回発見したLINC01370の研究を突破口として、遺伝子、分子レベルでのIONの病態の解明が進むものと期待できます。

原論文情報

  • Yuma Sakamoto, Takuaki Yamamoto, Nobuhiko Sugano, Daisuke Takahashi, Toshiyuki Watanabe, Takashi Atsumi, Junichi Nakamura, Yukiharu Hasegawa, Koichi Akashi, Ichiei Narita, Takeshi Miyamoto, Tsutomu Takeuchi, Katsunori Ikari, Koichi Amano, Atsuhiro Fujie, Toshikazu Kubo, Yoshifumi Tada, Ayumi Kaneuji, Hiroaki Nakamura, Tomoya Miyamura, Tamon Kabata, Ken Yamaji, Takahiro Okawa, Akihiro Sudo, Kenji Ohzono, Yoshiya Tanaka, Yuji Yasunaga, Shuichi Matsuda, Yuuki Imai, Japanese Research Committee on Idiopathic Osteonecrosis of the Femoral Head, Masato Akiyama, Michiaki Kubo, Yoichiro Kamatani, Yukihide Iwamoto, Shiro Ikegawa, "Genome-wide association study of idiopathic osteonecrosis of the femoral head", Scientific Reports, doi: 10.1038/s41598-017-14778-y

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
客員研究員 坂本 悠磨(さかもと ゆうま)
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)

福岡大学医学部整形外科学
教授 山本 卓明(やまもと たくあき)

報道担当

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産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  • 1.特発性大腿骨頭壊死症調査研究班
    福岡大学医学部整形外科学教室の山本卓明教授らを中心とする大腿骨頭壊死症の専門医で構成された特発性大腿骨頭壊死症の研究グループ(Japanese Research Committee on Idiopathic Osteonecrosis of the Femoral Head)。主なメンバーは以下の通り。
    九州大学整形外科(岩本幸英、中島康晴、本村悟朗、池村聡、山口亮介、烏山和之、坂本悠磨、園田和彦、末次弘征)、九州大学第1内科(赤司浩一、塚本浩、新納宏昭、有信洋二郎、赤星光輝、三苫弘喜、綾野雅宏)、昭和大学藤が丘病院整形外科(渥美敬、玉置聡、中西亮介、田邊智絵)、千葉大学整形外科(岸田俊二、中村順一、萩原茂生)、名古屋大学整形外科(長谷川幸治、関泰輔)、大阪大学整形外科(菅野伸彦、西井孝、坂井孝司、高尾正樹)、慶應義塾大学整形外科(戸山芳昭、宮本健史、船山敦、藤江厚廣)、慶應義塾大学リウマチ内科(竹内勤、花岡洋成、山岡邦宏)、新潟大学腎・膠原病内科(成田一衛、黒田毅)、東京女子医科大学付属膠原病リウマチ痛風センター(桃原茂樹、山中寿、川口鎮司、猪狩勝則、細澤徹自)、埼玉医科大学総合医療センターリウマチ・膠原病内科(天野宏一、千野健太郎)、京都府立医科大学整形外科(久保俊一、藤岡幹浩、上島圭一郎、石田雅史、齊藤正純、林成樹、池上徹)、佐賀大学医学部膠原病・リウマチ内科(多田芳史)、金沢医科大学整形外科(兼氏歩、市堰徹)、大阪市立大学整形外科(中村博亮、溝川滋一、大田陽一)、九州医療センター膠原病内科(宮村知也)、金沢大学整形外科(加畑多文、楫野良知)、順天堂大学膠原病・リウマチ内科(山路健、関谷文男)、久留米大学医療センター整形外科・関節外科センター(樋口富士男、大川孝浩)、三重大学整形外科(湏藤啓広、長谷川正裕、宮本憲、宮崎晋一、山口敏郎)、関西労災病院整形外科(大園健二、安藤渉)、産業医科大学第1内科(田中良哉、齋藤和義、中野和久)、広島大学整形外科(安永裕司、山崎琢磨)、京都大学整形外科(松田秀一、黒田隆)、愛媛大学プロテオサイエンスセンター病態生理解析部門(今井祐記)、北海道大学整形外科(岩崎倫政、髙橋大介、入江徹、浅野毅)、北海道大学第2内科(渥美達也、渡邊俊之)
  • 2.ゲノムワイド相関解析(GWAS)
    疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する方法。検定の結果得られた P値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。GWASは、Genome-Wide Association Studyの略。
  • 3.一塩基多型(SNP)
    ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるが、個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列の違いがある。これを遺伝子多型という。遺伝子多型のうち一つの塩基が、ほかの塩基に変わるものを一塩基多型(SNP)と呼ぶ。SNPは、Single Nucleotide Polymorphismの略。
  • 4.linc RNA
    タンパク質に翻訳されないRNAをncRNA (Non coding RNA、ノンコーディングRNA)という。200 塩基以上のNon coding RNAを lncRNA(long non coding RNA、長鎖ノンコーディングRNA)という。lncRNAのうち、タンパク質に翻訳される遺伝子の間(intergenic)の領域に存在するものをlinc RNA(long intergenic non-coding RNA)という。
  • 5.インフォマティクス解析
    情報科学を用いたコンピュータ上での解析。ゲノム研究では、データベース上の情報を統計的手報で、検索するものが多い。
  • 6.バイオバンクジャパン
    オーダーメイド医療実現化プロジェクトの基盤となるDNAサンプルや血清サンプルを47疾患(延べ約20万人)から収集し、臨床情報とともに保管している世界でも有数の資源バンク。
  • 7.ジェノタイピングデータ
    哺乳類は母親と父親から同じ遺伝子セットを持つ染色体を1組ずつ受け継ぐ。この両親から受け継いだ1対の遺伝子セットを対立遺伝子座と呼ぶ。ジェノピングデータは、実験的に決定された遺伝子多型の対立遺伝子座の配列データのこと。
  • 8.imputation法
    実験的に決定された遺伝子多型の頻度データをもとに、遺伝子多型間の連鎖不平衡を利用して、未知の遺伝子多型の頻度を推定する遺伝統計学的手法。
  • 9.GO解析
    ある遺伝子に付けられた統一された語彙を用いた記述を基に、統計学的にその遺伝子の機能や細胞内局在などを推定する手法。
  • 10.パスウェイ解析
    遺伝子間の連続的な機能的連関(パスウェイ)を調べ、遺伝子の機能、遺伝子の関係性などを調べる手法。
特発性大腿骨頭壊死症(ION)の病像の図

図1 特発性大腿骨頭壊死症(ION)の病像

A:X線像。向かって右が壊死を起こした大腿骨頭。
B:手術により摘出された大腿骨頭の外観(上)と断面像(下)。左:正常、右:壊死を起こした大腿骨頭。赤矢印は壊死により圧潰した部分。黒矢印は壊死部と健常部の境界。これより上の白い部分が壊死部。黒矢頭は軟骨下の圧潰した部分。

全ゲノム相関解析の結果の図

図2 全ゲノム相関解析の結果

全ゲノム相関解析の結果。横軸はSNPの染色体ごとの位置。SNPを染色体ごとに色分けして示している。縦軸はP値の対数値で示した相関の強さ。有意水準を表す赤線(P=5.0×10-8)を超える強い相関を示すゲノム領域が、12番染色体の12q24.11-12(P=2.97×10−12)と20番染色体の20q12(P=7.05×10−14)の2カ所同定された。

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