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2017年11月9日

理化学研究所

ペルフルオロアルキル化合物ライブラリーの構築

-ペルフルオロアルキル基を持つ多様な含窒素複素環の合成-

要旨

理化学研究所(理研)袖岡有機合成化学研究室の河村伸太郎研究員(環境資源科学研究センター触媒・融合研究グループ研究員)、袖岡幹子主任研究員(同グループディレクター)らの共同研究チームは、「ペルフルオロアルキル化合物[1]ライブラリー」の構築を目的としたペルフルオロアルキル基[1]を持つ含窒素複素環化合物[2]の実用的な合成反応を開発しました。

近年、ペルフルオロアルキル基を分子内に持つ有機化合物(ペルフルオロアルキル化合物)が、医薬品や農薬として注目されています。生理活性を示す新しいペルフルオロアルキル化合物を探索する際に、多数のペルフルオロアルキル化合物からなる化合物ライブラリーを用いて生理活性評価ができれば、優れた分子を効率的に見いだすことができると考えられます。しかし、ペルフルオロアルキル化合物ライブラリーを構築するには、コストや安全性、反応効率を考慮した実用的なペルフルオロアルキル化合物の合成手法が必要であり、従来法では困難でした。

今回、共同研究チームは、ペルフルオロアルキル源として安価で入手容易なペルフルオロ酸無水物[3]を用いて、アミノ基[4]を持つアルケン[5]の含窒素複素環の形成を伴うペルフルオロアルキル化反応を開発しました。また、銅触媒を用いることで生成物の選択性を制御し、さまざまな含窒素複素環を持つペルフルオロアルキル化合物の合成を可能にしました。さらに、得られた生成物を誘導化することで、より複雑な骨格を持つ分子へ変換することにも成功しました。含窒素複素環を含むアミン[4]類は生理活性分子の主骨格にみられることから、得られた化合物は、ペルフルオロアルキル基との両方の長所を兼ね備えたハイブリッド分子になると考えられます。

実用性に優れた本成果は、質の高い化合物ライブラリーの構築および新しい生理活性分子の探索に貢献することが期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Organic Chemistry』オンライン版(10月31日付け)に掲載されました。

※共同研究チーム

理化学研究所
袖岡有機合成化学研究室
研究員 河村 伸太郎(かわむら しんたろう)(環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ 研究員)
研修生(研究当時)道姓 健人(どうせい けんと)(北里大学 薬学部 修士課程2年)
訪問研究員 エレナ・ヴァルヴェルデ(Elena Valverde)
主任研究員 袖岡 幹子(そでおか みきこ)(環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ グループディレクター)

東原子分子物理研究室
客員研究員 丑田 公規(うしだ きみのり)(北里大学 理学部 教授)

背景

近年、医薬品や農薬の多くにペルフルオロアルキル化合物が使われています。これは、生理活性を示す分子にペルフルオロアルキル基を導入することで、元の分子が持つ脂溶性や代謝安定性が向上し、薬理動態が改善されるからです。また、含フッ素分子は特異な水素結合や弱い相互作用によって、しばしば思いも寄らない性質を発現させることがあり、その網羅的かつ系統的な理解が創薬研究において重要な知見となります。

新薬開発やケミカルバイオロジー研究における生理活性分子の探索は、通常、大量の化合物を収集した「化合物ライブラリー」からハイスループットスクリーニング[6]によって、「リード化合物[7]」を見つけることから始まります(図1a)。次に、得られたリード化合物を主骨格とし、さまざまな官能基を導入あるいは変換することで、活性の変化を検討する「構造最適化」を行います。この手順によって、より優れた生理活性分子を見いだします。

ペルフルオロアルキル化合物の探索は、ペルフルオロアルキル試薬のコストや合成手法の制限から、通常はペルフルオロアルキル基を構造最適化の段階でリード化合物に導入する必要があります。しかし、この方法では①リード化合物が複雑な骨格や多数の官能基を持つことが多く、リード化合物上の官能基が目的の反応を阻害するため、ペルフルオロアルキル基を効率よく導入できない、②フッ素による特異な性質を発現する主骨格を持つ生理活性分子が見つかりにくい、などの問題点があります。

そこで共同研究チームは、「ペルフルオロアルキル化合物からなる化合物ライブラリー」を構築できれば、初期スクリーニングの段階で従来のプロセスでは見つからなかったユニークなリード化合物を探索できると考えました(図1b)。本研究では、ペルフルオロアルキル化合物ライブラリーの構築を可能にするべく、安価で入手容易な原料から多様な化合物を合成できるペルフルオロアルキル化反応の開発を試みました。

研究手法と成果

共同研究チームは現在、ペルフルオロ酸無水物を用いたアルケン類のペルフルオロアルキル化反応の開発研究を行なっています。ペルフルオロ酸無水物は、安価で入手容易、かつ安全に保管できることから、ペルフルオロアルキル化合物ライブラリーの構築を目的とする反応の開発には、最適なペルフルオロアルキル源の一つといえます。本研究では、特に反応の目的生成物として、ペルフルオロアルキル基を持つ含窒素複素環化合物を設定しました。含窒素複素環を含むアミン類は生理活性分子の主骨格にみられることから、ペルフルオロアルキル基との両方の性質を持ったハイブリッド分子は、医薬や農薬として有望な化合物になることが期待されます。

まず、トリフルオロ酢酸無水物と尿素-過酸化水素付加体から系中でフルオロ過酸化物を調製し、N-トシルアリルアミンとの分子内環化を伴うトリフルオロメチル化反応を検討しました。その結果、銅触媒存在下で反応を行なった場合には、トリフルオロメチル基(-CF3)の導入に加え、C-N結合の形成を伴うアミノトリフルオロメチル化が進行し、アジリジン生成物を高収率・高選択的に得ることに成功しました(図2上段)。また、銅触媒を用いないメタルフリー条件においては、C-C結合の形成を伴うカルボトリフルオロメチル化反応によって、ベンゾチアジナンジオキシド生成物が得られることが分かりました(図2下段)。

この結果は、銅触媒によって生成物の作り分けが可能であり、触媒制御によってさまざまな含窒素複素環を構築できることを示しています。この知見をもとに、種々のペルフルオロ酸無水物およびアミノ基を持つアルケンを用いて検討を行いました。その結果、アジリジン、ベンゾチアジナンジオキシドに加え、C-N結合の形成を伴うピロリジンやインドリン骨格、またC-C結合の形成を伴うインドリンやヒドロイソキノリノン骨格を持つペルフルオロアルキル化生成物を得ることができました(図3)。

さらに、含窒素三員環のアジリジンは、三員環のひずみからビルディングブロック[8]として有用なことが知られています。そこで、得られたアジリジン生成物をより複雑な骨格を持つ分子へと官能基変換し、インドールアルカロイド骨格を持つペルフルオロアルキル化合物を含む多様なアミン類(テトラヒドロハルミンおよびスピロインドロン)へと誘導することに成功しました(図3)。

今後の期待

現在、本研究で得られたさまざまなペルフルオロアルキル化合物は理化学研究所内の化合物ライブラリーに寄託され、その生理活性が検討されています。そこから、ユニークなリード化合物が見つかると期待できます。

本手順での生理活性分子の探索は、有機合成化学的手法を起点としていることから、リード化合物として見いだされた分子の骨格を持つさまざまな誘導体を容易に合成することが可能です。そのため、優れた生理活性を示す化合物を効率的に発見できると考えられます。本成果は将来、新しい医薬や農薬、さらには生物学研究に貢献するケミカルプローブ分子[9]を開発するための有力なプロセスになるものと期待できます。

原論文情報

  • Shintaro Kawamura, Kento Dosei, Elena Valverde, Kiminori Ushida, Mikiko Sodeoka, "N-Heterocycle-forming amino/carboperfluoroalkylation of aminoalkenes by using perfluoro acid anhydrides: mechanistic studies and applications directed toward perfluoroalkylated compound libraries", The Journal of Organic Chemistry, doi: 10.1021/acs.joc.7b02307

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 袖岡有機合成化学研究室
研究員 河村 伸太郎(かわむら しんたろう)
(環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ 研究員)
主任研究員 袖岡 幹子(そでおか みきこ)
(環境資源科学研究センター 触媒・融合研究グループ グループディレクター)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.ペルフルオロアルキル化合物、ペルフルオロアルキル基
    CnH2n+1からなるアルキル基の水素(H)が全てフッ素(F)に置き換わったものをペルフルオロアルキル基(-CnF2n+1)、これを分子内に持つ化合物をペルフルオロアルキル化合物と呼ぶ。
  • 2.含窒素複素環化合物
    複数の元素によって構成される環式化合物を複素環化合物といい、複素環化合物に窒素原子(N)が含まれるものを含窒素複素環化合物と呼ぶ。
  • 3.ペルフルオロ酸無水物
    ペルフルオロアルキル基を持つカルボン酸が脱水縮合して形成したもの。特に、研究チームが用いたトリフルオロ酢酸無水物は、工業的に大量生産されており、非常に安価で手に入りやすい。
  • 4.アミノ基、アミン
    アミノ基は、水素(H)または炭化水素基(R)と単結合で結合した窒素(N)からなる官能基の総称。アミンはアミノ基を有する化合物の総称。第一級アミンR-NH2、第二級アミンRR'-NH、第三級アミンRR'R"Nに分類される。
  • 5.アルケン
    炭素・炭素二重結合(-C=C-)を持つ炭化水素化合物の総称。
  • 6.ハイスループットスクリーニング
    高速で大量の化合物をスクリーニング(選別試験)する実験的な手法。短時間で大量の化合物の生理活性を評価することができる。
  • 7.リード化合物
    スクリーニングによって生理活性を示すことが明らかにされた化合物(ヒット化合物)で、かつ構造最適化にあたり基盤となる骨格を持つ化合物。
  • 8.ビルディングブロック
    医薬や農薬の多くは複雑な化学構造をした有機化合物であり、通常はプラモデルや積み木のように複数の部品を組み立てて目的の分子を作る必要がある。このとき部品に相当する小さく化学変換しやすい分子をビルディングブロックと呼ぶ。
  • 9.ケミカルプローブ分子
    ここでは、化学的な方法によって合成され、生命システムにおいて鍵となる仕組みやその機能を発見するための“探索針(プローブ)”として生物学的研究に貢献することが期待される分子と定義する。
生理活性を持つペルフルオロアルキル化合物の探索プロセスの図

図1 生理活性を持つペルフルオロアルキル化合物の探索プロセス

(a) 従来法では、まず大量の化合物を収集した「化合物ライブラリー」からスクリーニングによって、「リード化合物」を見つける。次に得られたリード化合物を主骨格とし、さまざまな官能基を導入、あるいは変換することで、活性の変化を検討する「構造最適化」を行う。ペルフルオロアルキル化合物を得るには、構造最適化の段階でペルフルオロアルキル基を導入する。

(b) 本研究では、 ペルフルオロアルキル化合物ライブラリーを構築し、スクリーニングによって従来法では見つからなかったユニークなリード化合物を見つけ、構造最適化を行うことで、新しいペルフルオロアルキル誘導体が得られる反応の開発を試みた。

N-トシルアリルアミンを用いた反応の図

図2 N-トシルアリルアミンを用いた反応

トリフルオロ酢酸無水物と尿素-過酸化水素付加体(urea・H2O2)から得られたN-トシルアリルアミンに銅触媒を作用させると、C-N結合(青線)を伴うアジリジン生成物が91%という高収率で得られた(上段)。一方、N-トシルアリルアミンに銅触媒を用いないメタルフリー条件下では、C-C結合(赤線)を伴うベンゾチアジナンジオキシド生成物が86%という高収率で得られた(下段)。

多様なペルフルロアルキル基を持つアミン類への誘導化の図

図3 多様なペルフルロアルキル基を持つアミン類への誘導化

3種類のペルフルオロ酸無水物、尿素-過酸化水素付加体(urea・H2O2)およびアミノ基を持つアルケンを用いて反応させた。銅触媒を用いると、C-N結合(青線)の形成を伴うアジリジンのほかにピロリジンやインドリン骨格を持つペルフルオロアルキル化合物が得られた。一方、メタルフリー条件下ではC-C結合(赤線)の形成を伴うインドリンやヒドロイソキノリノン骨格を持つペルフルオロアルキル化生成物が得られた。また、三員環を持つアジリジンは優れたビルディングプロックとして有用なため、得られたアジリジン生成物をより複雑な骨格を持つ分子へと官能基変換し、インドールアルカロイド骨格を持つペルフルオロアルキル化合物を含む多様なアミン類(テトラヒドロハルミンおよびスピロインドロン)へと誘導した。

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