ポイント
要旨
理化学研究所(理研)光量子工学研究領域生細胞超解像イメージング研究チームの伊藤容子特別研究員、植村知博客員研究員、中野明彦チームリーダーの研究チームは、小胞体[1]からゴルジ体[2]が形成されるときには足場となる構造「GECCO」があること、また、この構造がこれまでに知られていない輸送システムによって作られることを明らかにしました。
動物、植物、菌類などの真核生物の細胞の中には、膜で包まれたさまざまな構造があり、それらは細胞小器官[3]と呼ばれます。その一つであるゴルジ体は、扁平な袋状の膜(槽)が重なってできた、非常に特徴的な形(層板構造)をしています。しかし、この構造がどのようにして形成されるのかは、ゴルジ体の発見から約120年たった現在でも、ほとんど明らかになっていません。
研究チームは2012年に、植物細胞で薬剤処理によってゴルジ体を消失させたとき、いくつかのタンパク質がそれまで報告されたことのないドット状の構造体に局在することや、薬剤を洗い流した後のゴルジ体の再形成の際、この構造をもとにして層板構造が作られていくように見えることを発見しました注1)。そこで今回、多色・超解像・高速で蛍光イメージングが可能な「高感度共焦点顕微鏡システムSCLIM[4]」をはじめとした最先端のイメージング技術によって、このドット状の構造体を詳しく調べました。その結果、ドット状の構造体は、ゴルジ体再形成の際に他のゴルジ体タンパク質を受け取るゴルジ体の入口としての機能を果たすことが分かりました。このことから、このドット状の構造体を「Golgi Entry Core Compartment(GECCO)」と名付けました。さらに、GECCOがこれまでに知られている小胞体からゴルジ体への輸送システムからは独立して形成されることも明らかになりました。
ゴルジ体の層板構造は、ほぼ全ての真核生物に共通しているにもかかわらず、この形をとることにどのような意味があるのかは全く不明です。今後GECCOの機能についてさらに詳しく調べることで、ゴルジ体形成の分子メカニズムや層板構造をとることの意義など、細胞生物学上の長年の謎を解決できる可能性があります。
本研究は、英国の科学雑誌『Journal of Cell Science』への掲載に先立ち、オンライン版(8月23日付)に掲載されました。
注1)Ito, Y., Uemura, T., Shoda, K., Fujimoto, M., Ueda, T. and Nakano, A. cis-Golgi proteins accumulate near the ER exit sites and act as the scaffold for Golgi regeneration after brefeldin A treatment in tobacco BY-2 cells. Molecular Biology of the Cell 23, 3203-14. (2012).
背景
ヒト、植物、酵母などの真核生物は、その最小単位である細胞の中に膜で包まれたさまざまな細胞小器官を持っており、それぞれが異なる役割を果たすことで、細胞全体の活動を維持しています。この細胞小器官の一つであるゴルジ体は、小胞体で新たに作られた積荷タンパク質[5]を受け取り、それぞれの働くべき場所へと仕分けして送り出す“配送センター”であると同時に、積荷の機能に必要な修飾を施したり、細胞壁の成分を合成したりする“工場”でもあるという、重要な機能を担っています。
ゴルジ体は、複数の「槽」と呼ばれる扁平な袋状の膜からなり、ほとんどの真核生物では、この槽がパンケーキのように積み重なった、非常に特徴的な「層板構造」をとります。この構造には方向性(極性)があり、小胞体から積荷タンパク質を受け取る側をシス槽、仕分けしたタンパク質を送り出す側をトランス槽と呼びます。積荷タンパク質を小胞体からゴルジ体へ、さらにゴルジ体内でシス槽からトランス槽へ運ぶ過程で働く輸送の基本的な仕組みは、全ての真核生物に共通しています。ゴルジ体は、これらの輸送の微妙なバランスによって維持されており、例えば小胞体からゴルジ体への輸送が止まると、ゴルジ体は消えてしまい、ゴルジ体にあるべき酵素などのタンパク質は小胞体にたまります。
ゴルジ体が細胞内でどのようにして作られ、層板構造が保たれているのかは、いまだにほとんど明らかになっていません。この謎の解明のためには、生きたゴルジ体のダイナミックな変化を細かく観察することが必要です。研究チームは、生きたままゴルジ体層板構造の観察がしやすい植物細胞に着目し、タバコの細胞で小胞体とゴルジ体の間の輸送を止める薬剤を使って、ゴルジ体を消失させたり再形成させたりする実験を行いました。その結果、いくつかのゴルジ体タンパク質だけが、ゴルジ体が消えてしまっても小胞体ではなく未知のドット状の構造体に局在し、その状態からゴルジ体を再形成させると、このドット状構造を基にして層板構造が作られるように見えることを、2012年に発見しました。
そこで今回は、このドット状構造がゴルジ体の“種”のようなもので、ゴルジ体形成プロセスの鍵を握っているのではないかと考え、さらに詳しい解析を行うことにしました。
研究手法と成果
まず、薬剤処理によってゴルジ体を消失させたとき、なぜ一部のゴルジ体タンパク質だけがドット状構造に局在するのかを、それぞれのタンパク質の本来のゴルジ体内局在位置に注目して、多色ライブイメージングによって調べました。その結果、ドット状構造に局在するタンパク質は、ゴルジ体層板構造の中でも、最もシス側の槽に由来するものであることが分かりました(図1)。このことは、小胞体から運ばれてきた積荷の入口となる最もシス側の槽が、他の槽とは違う性質を持っていることを示しています。
次に、ゴルジ体層板構造の再形成において、ドット状構造がどのような役割を果たしているのかを調べるため、高感度・高速・多波長での蛍光観察が可能な「高感度共焦点顕微鏡システムSCLIM」を用いて、シス槽(ドット状構造)・トランス槽・小胞体の三つの挙動を同時に3次元で経時的に撮影しました(図2)。このデータを解析することで、小胞体にたまっていたトランス槽のタンパク質が、ドット状構造を通って運ばれることで、最終的にトランス槽として独立した区画に局在することが分かりました。
これらの結果により、このドット状の構造体が、他のゴルジ体成分を小胞体から受け取る最初の入口であり、層板構造再形成の足場であると考えられます。そこで、これを「Golgi Entry Core Compartment (GECCO)」と名付けることにしました。
では、GECCOそのものはどのようにして形成されるのでしょうか。小胞体からゴルジ体への輸送は、COPIⅡ小胞[6]によって行われており、COPⅡ小胞の形成はSAR1というGTPase(GTP加水分解酵素)[7]が制御していることが知られています。そこで、GTPの加水分解ができないSAR1の変異タンパク質NtSAR1H74Lを用いてCOPⅡ小胞の形成を阻害し、COPⅡ小胞がGECCOの形成に関わっているのかを調べました。あらかじめNtSAR1H74Lを誘導発現させてCOPⅡ小胞の形成を止めた上で、後からゴルジ体のシス槽・トランス槽のタンパク質を誘導発現させると、トランス槽のタンパク質は小胞体に留まったのに対し、シス槽のタンパク質はGECCOに局在しました(図3)。このことから、GECCOはCOPⅡ小胞に依存しない未知の輸送システムによって形成されることが示されました。
今後の期待
本研究により、GECCOが小胞体からのゴルジ体層板構造の再形成に重要な役割を担っていること、またゴルジ体再形成の最初のステップであると考えられるGECCOの形成が、これまで知られていない輸送経路によって行われることが明らかになりました。
今後GECCOそのものやその形成過程でどのようなタンパク質が機能しているのか調べれば、ゴルジ体層板構造形成の分子メカニズムの解明につながることが期待できます。さらに、ゴルジ体が層板構造をとることにどのような意義があるのかという、細胞生物学上の長年の謎を解決できる可能性があります。
原論文情報
- Yoko Ito, Tomohiro Uemura, Akihiko Nakano, "Golgi entry core compartment functions as the COPII-independent scaffold for ER-Golgi transport in plant cells", Journal of Cell Science, doi: 10.1242/jcs.203893
発表者
理化学研究所
光量子工学研究領域 エクストリームフォトニクス研究グループ 生細胞超解像イメージング研究チーム
特別研究員 伊藤 容子(いとう ようこ)
客員研究員 植村 知博(うえむら ともひろ)
チームリーダー 中野 明彦(なかの あきひこ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.小胞体
シート状またはチューブ状の膜からなる細胞小器官の一つ。リボソームが付着している粗面小胞体では、ゴルジ体に運ばれる積荷タンパク質の合成が行われる。 - 2.ゴルジ体
扁平な袋(槽)からなる細胞小器官の一つで、タンパク質の翻訳後修飾や仕分け、脂質や多糖類の合成を行う。ほとんどの生物種では積み重なった層板構造をしている。積荷タンパク質を受ける側をシス槽、積荷タンパク質が仕分けされ出ていく側をトランス槽と呼ぶ。 - 3.細胞小器官
真核細胞の内部に存在する、一定の機能・形態をもつ膜構造の総称。 - 4.高感度共焦点顕微鏡システムSCLIM
研究チームが独自開発した蛍光顕微鏡システム。スピニングディスク方式共焦点スキャナー、拡大レンズ、高性能のダイクロイックミラー、フィルターシステムによる分光器、冷却イメージインテンシファイアー(電子増倍管)と複数のEMCCDカメラシステムから構成される。複数蛍光の同時取得と高S/N比の蛍光画像取得が可能。SCLIMは、Super-resolution Confocal Live Imaging Microscopyの略。 - 5.積荷タンパク質
膜交通(小胞輸送)で運ばれるタンパク質の総称。小胞体で作られる。 - 6.COPⅡ小胞
小胞体で新しく作られた積荷タンパク質を積み込み、ゴルジ体へ運ぶ輸送小胞。COPⅡと呼ばれる被覆タンパク質により覆われている。 - 7.GTPase(GTP加水分解酵素)
GTPはグアノシン三リン酸のことで、生物体内に存在するヌクレオチドの一種。GTPaseは、GTPの高エネルギーリン酸エステルを加水分解し、GDP(グアノシン二リン酸)と無機リン酸を生成する酵素で、細胞内信号伝達に関わるGタンパク質などを含む大きな分子ファミリーを形成している。
図1 ゴルジ体タンパク質の層板構造内局在
左:GFP-SYP31(緑:ドット状構造に局在するシス槽マーカータンパク質)、ERD2-YFP(青:ドット状構造に局在しないシス槽マーカータンパク質)、ST-mRFP(赤:トランス槽マーカータンパク質)を共焦点顕微鏡で観察した画像。三つのマーカーが少しずつずれて局在していることが分かる。スケールバーは1マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。
右:左の画像の矢印に沿った各マーカーの蛍光強度プロファイル。横軸の距離は、左画像の矢印の左下から右上への距離を示す。SYP31が、ゴルジ体の中でも最もシス側に局在していることが分かる。
図2 高感度共焦点顕微鏡システムSCLIMで撮影したゴルジ体の再形成
GFP-SYP31(緑;シス槽マーカータンパク質)、ST-mRFP(赤;トランス槽マーカータンパク質)、SP-iRFP-HDEL(青;小胞体マーカータンパク質)を、SCLIMで3次元タイムラプス観察した画像。上の数字は薬剤除去後の時間(時:分)を表す。小胞体から出たトランス槽マーカーが、ドット状構造を通って運ばれ、ゴルジ体層板構造が再形成される。スケールバーは10μm。
図3 COPⅡ小胞形成の阻害下におけるGECCOの形成
GFP-SYP31(緑:シス槽タンパク質)とST-mRFP(マゼンタ:トランス槽タンパク質)の共焦点顕微鏡画像。スケールバーはどちらも20μm。
左:NtSAR1H74Lを誘導発現させず、2つのゴルジ体タンパク質だけを誘導発現させた細胞。シス槽・トランス槽が重なったゴルジ体層板構造が散在している。
右:NtSAR1H74Lを誘導発現させ、COPⅡ小胞の形成を阻害した状態で、ゴルジ体タンパク質を誘導発現させた細胞。ST-mRFPは小胞体にたまってしまっているが、GFP-SYP31はドット状のGECCOに局在している。