理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター集積バイオデバイス研究ユニットの田中陽ユニットリーダー、太田亘俊研究員、ヤリクン・ヤシャイラ客員研究員らの共同研究グループ※は、音波を効率よく届けることで、ガラス製マイクロ流体チップ[1]内の流路を流れる直径数マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)以下の微粒子が流路中央に直線状に集まることを実証しました。
本研究成果は、さまざまな微粒子の検査における精度の向上や、微粒子を含む工業製品や医薬品などの品質管理の高効率化に貢献すると期待できます。
マイクロ流路に音波をかけると、流路内に流れる微粒子が音波のエネルギーを受け、流路中央に直線状に整列する現象が見られます。この現象を利用した「音響絞り込み[2]」により、これまでに動物細胞など約10μm以上の微粒子を操作する方法が実用化されていますが、数μm以下の微粒子についての操作は困難でした。
今回、共同研究グループは、厚さ2.8mm以下の数種類のガラス製マイクロ流体チップを作製し、流路内に流れる微粒子に音波をかけ、その動きを観察しました。その結果、厚さ0.4mmのマイクロ流体チップを用いると、音響絞り込み効果の大幅な改善が見られ、直径0.5~10μmの微粒子に対して絞り込み可能なことが分かりました。
本研究は、国際科学雑誌『Royal Society Open Science』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(2月20日付け:日本時間2月20日)に掲載されます。
図 厚さの異なるガラス製マイクロ流体チップ
※共同研究グループ
理化学研究所 生命機能科学研究センター 集積バイオデバイス研究ユニット
ユニットリーダー 田中 陽(たなか よう)
研究員 太田 亘俊(おおた のぶとし)
客員研究員 ヤリクン・ヤシャイラ(Yalikun Yaxiaer)
(奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域 准教授)
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学領域
教授 細川 陽一郎(ほそかわ よういちろう)
大学院生 鈴木 智之(すずき ともゆき)
東京大学大学院 理学系研究科
教授 合田 圭介(ごうだ けいすけ)
特任助教 李 相旭(Lee SangWook)
※研究支援
本研究は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「セレンディピティの計画的創出による新価値創造(合田圭介プログラム・マネージャー)」による支援を受けて行われました。
背景
印刷用トナー、マイクロカプセル[3]、小麦粉や抹茶など、「微粒子」は日常生活に幅広く取り入れられています。また、微生物や花粉など自然由来の微粒子も存在します。
微粒子を産業で利用するためには、大きさや組成などが異なる微粒子の中から特定の微粒子を選別し、過剰な水分などを取り除いて濃縮する必要があります。このような微粒子の操作には、例えば、水中に分散している砂に磁石を近づけると砂鉄を選別できるように、微粒子の電磁気的な性質を利用した方法がこれまで用いられてきました。
一方で、水中に分散した微粒子をマイクロ流路に流し、それに音波をかけると、微粒子が音波のエネルギーを受け、流路中央に直線状に整列する現象が見られます。この現象を利用した「音響絞り込み」は、これまでに動物細胞など約10μm以上の微粒子を操作する方法としてフローサイトメーター[4]などに応用されています。
しかし、小さい微粒子は音波のエネルギーを受け取りにくいため、音響絞り込みを適用するには高出力音源を使用する必要があります。その場合、装置の大型化や、高出力音波による試料や装置への悪影響といった問題がありました。
これまで、音響絞り込みに影響する因子として、流路の形状などについて検討されていましたが、マイクロ流体チップそのものの形状については検討されていませんでした。
そこで、共同研究グループは、薄板ガラス製のマイクロ流体チップを用いることで、より小さな微粒子に音響絞り込みが適応できるか研究を進めました。
研究手法と成果
共同研究グループはまず、ガラス基板に対してフッ化水素を用いたエッチング[5]を行い、表面に幅120μm、深さ35μmの直線流路を形成し、その上にガラスを貼り合わせて、厚さ2.8mm以下の数種類のマイクロ流体チップを作製しました(図1)。
このガラスチップに音波発生用の圧電素子[6]を貼り付けると、その電圧を調整することで音波の強度を変化させることができます。水中に分散させた直径2μmのポリスチレン粒子を流路に流し入れ、ガラスチップの厚みと音波の強度が音響絞り込みに与える影響を調べました。
その結果、同じ強度の音波の場合、ガラスチップの厚さが薄いほど微粒子に対する音響絞り込みの効果が高くなることが分かりました(図2)。しかし、厚さが0.4mm以下になると、音響絞り込み効果の改善はさほど大きくなく、0.1mm以下のガラスチップは音波の衝撃で破損しやすくなることが確認されました。この結果から、音波のエネルギーは微粒子だけでなく、ガラスチップの振動や変形にも使われるため、音響絞り込みに適した厚さが存在することが分かりました。
次に、粒子の大きさが音響絞り込みに与える影響を調べるために、厚さ0.4mmのガラスチップに直径0.5μmから10μmまでの5種類のポリスチレン粒子を流し入れ、その効果を比較しました(図3)。その結果、この範囲における全ての大きさの粒子が十分に絞り込み可能であることが分かりました。一方、2.1mm厚のガラスチップでは、粒子径が小さくなるにつれ音響絞り込みの効果は弱くなり、特に1μm以下の粒子では音響絞り込みが確認されませんでした。
さらに、大きさが1μm程度の不規則な形をした微生物を厚さ0.4mmのガラスチップに流し入れたところ、音響絞り込みによって流路の中央に集めることができました(図4)。また、音響絞り込みにより、水中に分散させた2~10μmのポリスチレン粒子を流路の中央に集めた後、余分な水分を排出することで、濃縮することもできました(図5)。
今後の期待
本研究では、マイクロ流体チップの厚さを変えることで音響絞り込みの効果を高め、従来のマイクロ流体チップでは難しい数μm以下の粒子を流路の中央に集めることに成功しました。これによって粒子を漏らさず焦点で捉えることができるので、高解像度のカメラを応用した検出器と組み合わせれば、微粒子の検査における精度の向上や、微粒子を含む工業製品や医薬品の品質管理の高効率化が期待できます。また、小さい粒子ほど絞り込みに強い音波が必要であることから、大きい粒子と小さい粒子の混合物を選別することも可能です。
さらに、微生物の収束や粒子濃縮に応用が可能なため、動物細胞より小さい微生物や細胞小器官などの微小構造体の濃縮や解析への応用が期待できます。
原論文情報
- Nobutoshi Ota, Yaxiaer Yalikun, Tomoyuki Suzuki, Sang Wook Lee, Yoichiroh Hosokawa, Keisuke Goda and Yo Tanaka, "Enhancement in acoustic focusing of micro and nanoparticles by thinning a microfluidic device", Royal Society Open Science 6, 181776, 10.1098/rsos.181776
発表者
理化学研究所
生命機能科学研究センター 集積バイオデバイス研究チーム
ユニットリーダー 田中 陽(たなか よう)
研究員 太田 亘俊(おおた のぶとし)
客員研究員 ヤリクン・ヤシャイラ(Yalikun Yaxiaer)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.マイクロ流体チップ
半導体製造技術を用いて、微細な流路を樹脂やガラス等の基盤に成型することで、液体もしくは液体中を流れる微粒子等の分離、濃縮、反応、解析といった操作をマイクロスケールで行うための小型集積装置。 - 2.音響絞り込み
液体中に分散する微粒子に音波をかけることで、液体と微粒子の密度差により、微粒子を集める方法。アコースティックフォーカシングとも呼ばれる。 - 3.マイクロカプセル
粒子状の微小な容器。通常、粒径は数μmから数百μm。内部に含んだ薬剤が目的地(患部など)に届く前に分解されることを防ぎ、薬剤の効果を高める働きをする。 - 4.フローサイトメーター
液体中に分散した細胞などの微粒子を流体ごと流し、個々の粒子を光学的に分析するための測定装置。免疫細胞などの検査や分別に利用されている。 - 5.エッチング
フッ化水素を使用することで、ガラスを溶かして微細な溝などをガラスに彫る技術。 - 6.圧電素子
力を加えると電界が発生する、または電界を加えると物質が変形する現象を圧電効果という。圧電素子はこの圧電効果を利用した素子で、イヤホンや振動センサーとしても利用される。
図1 本研究で作製した厚さの異なるガラス製マイクロ流体チップ
- (上) ガラス製マイクロ流体チップの俯瞰写真。
- (中下) ガラス製マイクロ流体チップのそれぞれの厚みを比較した写真と図。それぞれのチップの厚さのほぼ真ん中(下側ガラス基板の表面)に流路を形成している。
図2 微粒子音響絞り込みに対するガラス製マイクロ流体チップと厚さの影響
0.4mm、1.4mm、2.8mmの厚さのガラス製マイクロ流体チップに、水中に分散させた直径2μmのポリスチレン粒子を流し、圧電素子に電圧をかけて音波を発生させた。その結果、粒子が音響絞り込みにより流路の中央に集まる様子の違いを比較した。矢印は粒子の流路中の広がりを表し、右下のスケールバーは20μmである。同じ電圧、つまり同じ音波強度では、薄いマイクロチップほど微粒子に対する音響絞り込みの効果が高くなることが分かった。
図3 粒子の大きさが音響絞り込みに与える影響
粒子直径(0.5μm、0.1μm、2μm、6μm、10μm)ごとの音響絞り込みの結果。縦軸の粒子拡散は、粒子の流路内の広がりの幅を示す。厚さ0.4mmのガラスチップでは全ての粒子径において、安定した音響絞り込みの効果が見られた。
図4 大腸菌に対して音響絞り込みを行ったときの写真
- (上) 音波をかけずに、大きさが1μm程度の大腸菌を厚さ0.4mmのマイクロ流体チップに流し入れたときの様子。両矢印は大腸菌の流路中の広がり(103μm)を表す。
- (下) 上図の状態から音響絞り込みをかけ、大腸菌を流路の中央に集めたときの様子。両矢印は大腸菌の流路中の広がり(53μm)を表す。
図5 微粒子濃縮の様子
2μmの大きさの微粒子(蛍光ビーズ)を、右側の幅120μmの流路で音響絞り込みにより流路の中央に集め、それを左側の幅70μmの流路に誘導するが、その前に過剰な液体を除去(排出)することで微粒子が濃縮される。