理化学研究所(理研)開拓研究本部田中生体機能合成化学研究室の田中克典主任研究員らの研究チーム※は、独自の有機合成反応を用いて、乳製品の中に含まれる脂質酸化代謝生成物の「アクロレイン[1]付加物」を、迅速かつ簡便に検出することに成功しました。
本研究成果は、乳製品に限らず、あらゆる食品に含まれるアクロレイン付加物を検出し、酸化に対する食品の品質管理において一般的な検査方法としての利用が期待できます。
酸化条件下では、不飽和脂質から「アクロレイン」と呼ばれる有機化合物が過剰に発生し、タンパク質のアミノ基と反応して「ホルミルデヒドロピペリジン(FDP)」が生成されます。田中主任研究員らは以前、血清[2]や尿中で発生するFDPが塩化カルシウム存在下でニトロベンゼン誘導体(4-ニトロフタロニトリル)と選択的に反応して、蛍光を持つアニリン誘導体(4-アミノフタロニトリル)に還元されることを見いだしました。さらにその蛍光量を調べることで、生体サンプル中で生成しているFDPの量を評価することに成功しています。
今回、研究グループは、この有機合成反応を使って、乳製品に含まれているFDPの量を調べたり、乳製品の摂取や料理する過程でFDPの量がどのように増えるかを簡便に解析することに成功しました。
本研究成果は、日本化学会の科学雑誌『Bulletin of The Chemical Society of Japan』のオンライン版(日本時間5月17日)に掲載されます。なお、この論文は同雑誌のSelected Paperに選出されました。
図 乳製品に含まれるアクロレイン付加物(FDP)を検出して品質管理に利用
※研究チーム
理化学研究所
開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
研究パートタイマーⅡ 岸本 有沙(きしもと ありさ)
特別研究員 野村 昌吾(のむら しょうご)
背景
有機物の燃焼や生ものが腐るとき、あるいは油を高温で加熱すると、不飽和アルデヒド[1]の「アクロレイン」が発生することが知られています。アクロレインは不飽和アルデヒドの中でサイズが最も小さく、また反応性が非常に高く、強い毒性を持っています。
ポテトフライや天ぷらなどの揚げ物を料理するときに気分が悪くなることがありますが、これは主に油の高温加熱で発生するアクロレインが原因とされており、アクロレインの発生を抑える油を使うことが推奨されています。また、最近の研究により、酸化ストレス[3]を原因とする脳梗塞やアルツハイマー、がんなどの「酸化ストレス疾患」では、アクロレインが多く発生することが分かってきました。そして、このアクロレインがタンパク質のアミノ基と反応することで、ホルミルデヒドロピペリジン(FDP)も多く生成されていることが明らかになっています(図1)。
これまで、油脂(脂質)の加熱により発生するアクロレインを検出する研究が行われてきましたが、発生したアクロレインがどれだけ食品に付いているかという知見は得られていませんでした。
2016年に田中主任研究員らは、さまざまな生体物質が存在する中で、FDPが塩化カルシウム存在下でニトロベンゼン誘導体(4-ニトロフタロニトリル)を選択的に還元し、蛍光性のアニリン誘導体(4-アミノフタロニトリル)を与えることを見いだしました。さらにこの現象を利用して、ラットやマウスの尿や血清サンプルに、塩化カルシウムと4-ニトロフタロニトリルを加えて加熱した後、4-アミノフタロニトリルが発する蛍光を測定することで、サンプル中のFDPの量を測定することに成功しました(図2)注1)。この手法は、簡便で安価、しかも大量の生体サンプルを一挙に短時間で測定できる方法となりました。
注1)2016年10月26日プレスリリース「尿や血中での有機反応で酸化ストレスを簡便に検出」
研究手法と成果
研究チームは、図2の有機合成反応を用いることで、油脂成分の酸化により食品に含まれるFDPも感度良く調べることができると考えました。
これまでFDPの検出には、抗体を用いるELISA法[4]が使われてきましたが、ELISA法は高価で煩雑な手順が必要でした。また、ELISA法において乳製品は抗体の非特異的吸着を防ぐために用いられており、乳製品からのFDPを選択的に検出することは困難でした。研究チームはまず、乳製品に含まれるさまざまな物質が存在する中で、タンパク質のアミノ基に付加したアクロレインの量、すなわちFDPの量だけを選択的に検出できるか検討しました。あらかじめ調製したFDPサンプルを牛乳と水にそれぞれ加え、図2で示した方法で検出し比較した結果、両者のFDP量が良く一致したことから、FDPの量を感度良く検出できることが分かりました。
そこで、油脂を含む代表的な食品の代表例として、3種類の乳製品に含まれるFDPの量を調べました。まず、一般的な高温殺菌処理(120~130℃の温度で数秒間加熱)を施した7種類の市販の牛乳製品を用いて検討したところ、含まれる脂質量(0.5%~4.0%)にほぼ比例して、FDPが多く含まれていることが分かりました(図3a)。一方で、低温で長時間殺菌(63℃の温度で30分加熱)した牛乳製品Gでは、脂質量が3.5%と高いにもかかわらず、含まれるFDPの量が明らかに低いことが分かりました(図3a)。
これらの結果は、牛乳製品の製造過程において高温殺菌処理した際に、含まれる油脂が著しく酸化されてアクロレインが発生し、乳タンパク質にFDPが付加したためと考えられます。一方、低温殺菌処理したGの場合では、発生するアクロレインが少ないために、乳タンパク質に付加するFDPの量も低減していることが示されました。
一方、これらの牛乳製品を加熱すると、FDPの量が増大することが分かりました(図3b、c)。冬場に牛乳を温めて飲むときや、牛乳を加熱して調理するスープやカルボナーラ料理では、優位にアクロレインが発生し、FDPが食品に付加すると考えられます。
次に、植物性または動物性の油脂を含む、6種類の市販のコーヒーミルクに含まれるFDPの量について調べました。その結果、動物性油脂を含むコーヒーミルクには、植物性油脂を含むコーヒーミルクの約3倍も高いFDPが含まれていることが分かりました(図4a)。さらに、加熱によるFDP量の変化を調べた結果、もともとはFDPの量が少ない植物性油脂を含むコーヒーミルクでも、加熱時間や温度に依存して著しいFDPの生成が見られ、ミルクの種類によっても、加熱によってFDPの生産量がそれぞれで異なることが分かりました(図4b)。
さらに、乳児用粉ミルクに含まれるFDPの量についても調べたところ、牛乳に含まれるFDP量の10倍以上にも上る高い量が含まれていることが分かりました(図5a)。これは、粉ミルクの製造過程では、牛乳の場合よりもさらに高温での殺菌処理が施されることがあるために、アクロレインの発生と乳タンパク質へのFDP付加がより増えていると考えられます。
一方、粉ミルクを固体のまま加熱したところ、100℃に加熱することでFDPの量が増大することが分かりました(図5b)。通常、粉ミルクを固体のまま100℃に加熱する場合はほとんどないと考えられますが、この結果は、夏場など特殊な環境下での保存状況では、粉ミルクからさらにアクロレインが発生し、製品にFDPが付着して品質を低下させる可能性を示しています。
今後の期待
今回、乳製品の中で有機合成反応を実施することによって、乳製品に含まれるタンパク質・アクロレイン付加物であるFDPの量を迅速かつ簡便に検出することが可能となりました。タンパク質に付加したFDPが健康に影響を与えるかどうかについては、まだよく分かっていません。しかし、FDPは疾患や老化などに関係するタンパク質へのカルボニル化反応[5]と似た化学反応を経て生成します。このため、FDPの量を検査することは乳製品の品質管理において重要であると考えられます。
本研究では乳製品に対してFDPの量を評価しましたが、研究チームが開発した方法は、アクロレインを発生する脂質含有食品で一般的に利用できると考えられます。本法は安価であり、大量の食品を一挙に解析できることから、食品の新しい品質管理技術として幅広く使用されることが期待できます。
原論文情報
- Arisa Kishimoto, Shogo Nomura and Katsunori Tanaka, "Chemical Sensing of Acrolein-Amine Conjugates for Food Quality Control: A Case Study of Milk Products", Bulletin of the Chemical Society of Japan, 10.1246/bcsj.20190010
発表者
理化学研究所
主任研究員研究室 田中生体機能合成化学研究室
主任研究員 田中 克典
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.アクロレイン、不飽和アルデヒド
アルデヒド基が二重結合(または三重結合)と炭素-炭素結合を介してつながった構造を持つ化合物を不飽和アルデヒドといい、アルデヒド基につながる二重結合が、全て水素で置換されている分子がアクロレインである。不飽和アルデヒドは、アルデヒド基や二重結合の多数の部位で反応できる反応性の高い分子である。特にアクロレインは、不飽和アルデヒドの中で最も小さく反応性が高いため、生体内のさまざまな分子と反応する。また、毒性が非常に強い。 - 2.血清
血液を常温に放置した後、血液凝固反応で生成した血餅を除いた後に得られる淡黄色の透明な液体。 - 3.酸化ストレス
生体内で酸化還元状態の均衡が崩れたとき、過酸化水素やヒドロキシラジカルを代表とする活性酸素が生産される。これらが生体内のタンパク質、脂質、核酸などと反応し、生体にダメージを与える。がん、動脈硬化、アルツハイマー、慢性疾患など、酸化ストレスを原因とする疾患がよく知られている。 - 4.ELISA法
抗体を用いて、試料中に含まれる抗原の濃度を特異的に検出・定量する生化学的測定法。ELISAは、Enzyme-linked immune sorbent assayの略。 - 5.カルボニル化反応
アルデヒド基やケトン基を持つカルボニル化合物が、タンパク質のアミノ基などの求核性アミノ酸と反応して付加化合物を与える反応。
図1 アクロレインとタンパク質との反応によるFDPの生成
有機物の燃焼時や食材を高温の油で揚げるとき、あるいは生体内の酸化ストレス条件下では、脂質やアミンが酸化されてアクロレインが生成する。アクロレインと近くにあるタンパク質のアミノ基と反応し、ホルミルデヒドロピペリジン(FDP)が生成される。
図2 尿や血清中での有機合成反応によるFDPの蛍光検出
尿や血清サンプルに含まれるFDPを4-ニトロフタロニトリル、および塩化カルシウムと加熱することによって、4-ニトロフタロニトリルが還元されて、蛍光性の4-アミノフタロニトリルが生成する。この蛍光を検出することで、サンプル中のFDPを定量することができる。
図3 牛乳製品に含まれるFDPの検出と加熱による影響
- a: 市販の牛乳製品にもとから含まれるFDPの量。A-Fの製品は高温殺菌(120~130℃の温度で数秒間加熱)、Gは低温殺菌処理(63℃の温度で30分加熱)された製品で、下の方に各製品に含まれる脂質量を示している。A-Fでは含まれる脂質量に比例してFDPの量が多く、GではFDPの量が低いことが分かった。
- b: 7種類の牛乳製品を、それぞれ40、60、80、100℃で60分加熱した後のFDPの量。加熱温度が高いほど、FDPの量が図(a)よりも増大した。
- c: 7種類の牛乳製品を、それぞれ100℃で2、15、30、45、60分加熱した後のFDPの量。加熱時間が長いほど、FDPの量が図(a)よりも増大した。
図4 市販のコーヒーミルクに含まれるFDPの検出と加熱による影響
- a: 左側の25℃は植物性油脂と動物性油脂を含む市販のコーヒーミルクにもとから含まれるFDPの量で、拡大したものを赤四角内に示している。動物性油脂を含むコーヒーミルクのFDP量は、植物性油脂を含むものよりも約3倍多く含まれていた。その隣からは、コーヒーミルクをそれぞれ40、60、80、100℃で60分間加熱した後のFDPの量。
- b: コーヒーミルクをそれぞれ100℃で2、15、30、45、60分間加熱した後のFDPの量。
図5 乳児用粉ミルク製品に含まれるFDPの検出と加熱による影響
- a: 左側の25℃は3種類の粉ミルクにもとから含まれるFDPの量で、拡大したものを赤四角内に示している。図1と比較すると、牛乳の10倍以上に上ることがわかる。その隣からは、粉ミルクを固体のままそれぞれ40、60、80、100度で60分間加熱した後のFDPの量。
- b: 粉ミルクを固体のままそれぞれ100度で2,15,30,45,60分間加熱した後のFDPの量。