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2019年7月18日

理化学研究所

分子性物質の超伝導発現機構を理論的に解明

-幾何学的フラストレーションによる新奇な超伝導-

理化学研究所(理研)開拓研究本部柚木計算物性物理研究室の渡部洋協力研究員、柚木清司主任研究員、古崎物性理論研究室の妹尾仁嗣専任研究員の研究チームは、有機超伝導体[1]の一つであるカッパー(κ)型分子性物質の超伝導発現機構を理論的に明らかにしました。

本研究成果は、長年未解明だった超伝導発現機構の解明に加え、超伝導転移温度の向上や新たな有機超伝導体の理論的予言を可能にし、有機エレクトロニクスのさらなる発展に貢献すると期待できます。

近年、有機超伝導体においてこれまでは困難だった1分子あたりの電子数の制御が実験的に可能になってきました。しかし、理論的な超伝導発現機構の詳細はほとんど明らかになっていません。

今回、研究チームは、三角格子が変形した複雑な結晶構造を持つ分子性物質κ-(BEDT-TTF)2X[2]の電子状態について、変分モンテカルロ法[3]を用いた数値シミュレーションを行いました。その結果、元の物質から電子数を減らした場合には、従来の銅酸化物高温超伝導体[4]と同じタイプの超伝導が現れ、電子数を増やした場合には、幾何学的フラストレーション[5]の効果により、三角格子に特有な新奇な超伝導が現れることを見いだしました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(7月18日付け:日本時間7月18日)に掲載されます。

電子数制御による超伝導タイプの変化とクーパー対形成の概念図の画像

図 電子数制御による超伝導タイプの変化とクーパー対形成の概念図

※研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部
柚木計算物性物理研究室
協力研究員 渡部 洋(わたなべ ひろし)
(早稲田大学高等研究所講師(研究当時))
主任研究員 柚木 清司(ゆのき せいじ)
(創発物性科学研究センター 計算量子物性研究チーム チームリーダー、計算科学研究センター 量子系物質科学研究チーム チームリーダー)
古崎物性理論研究室
専任研究員 妹尾 仁嗣(せお ひとし)
(創発物性科学研究センター 量子物性理論研究チーム 専任研究員)

※研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究B「バンド間相互作用がもたらすエキシトン凝縮と新たな超伝導の理論(研究代表者:渡部洋)」、同基盤研究C「電荷秩序およびスピン転移を示す強相関物質における光誘起量子ダイナミクスの理論(研究代表者:妹尾仁嗣)」、同基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs-d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開(研究代表者:東正樹)」、同基盤研究B「対称性が自発的に破れた二次元反強磁性体のマグノン励起とスピノン励起の数値解析(研究代表者:柚木清司)」、早稲田大学特定課題研究B「電荷・分子自由度がもたらす分子性固体の新規物性の理論」による支援を受けて行われました。

背景

超伝導は、極低温下で電気抵抗がゼロになる特異な現象で、1911年に水銀で発見されて以来、物性物理学の主要なテーマとして基礎・応用の両面から精力的に研究されてきました。超伝導はさまざまな物質系で見られますが、元々は電気を通さない絶縁体に少し手を加えることで現れることも多く、その発現機構は物質によって大きく異なる場合があると考えられています。

炭素を含む有機物質も多くは電気を通さない絶縁体ですが、1980年代にTMTSF(tetra-methyl-tetra-selena-fulvalence)やBEDT-TTF(bis(ethylene-dithio)-tetra-thia-fulvalene)と呼ばれる有機分子の化合物が超伝導を示すことが分かり、「有機超伝導体」として広く研究されるようになりました。その後も数多くの有機超伝導体が合成され、アルカリ金属を添加(ドープ)したC60フラーレン[6]では、40K(-233℃)という高い超伝導転移温度が観測されています。また、ごく最近では、これまで難しかった1分子あたりの電子数の制御も可能になり、さらなる進展が期待されています。

一方で、その発現機構の詳細はほとんど明らかになっておらず、現在も活発に研究されています。本研究の対象であるカッパー(κ)型分子性物質のκ-(BEDT-TTF)2Xは、銅酸化物高温超伝導体と同様の発現機構を持つと長く信じられてきましたが、近年ではそれと整合しない実験・理論も数多く報告され、解決すべき問題となっています。

超伝導の発現機構が明らかになれば、さらなる転移温度の向上や新たな超伝導体の予言にもつながり、当該分野の進展に大きく貢献できます。しかし、κ-(BEDT-TTF)2Xは三角格子が変形したような複雑な結晶構造を持ち、「幾何学的フラストレーション(三すくみのような状態)の効果」が存在するため、これまで理論的な超伝導発現機構の解析が困難でした。

研究手法と成果

研究チームは、κ-(BEDT-TTF)2Xを記述する理論モデルを構築し、電子数制御や幾何学的フラストレーションのある系に対して適用可能な変分モンテカルロ法と呼ばれる計算手法を用いた数値シミュレーションを行いました。その結果、図1のように、1分子あたりの電子数(横軸)や圧力(縦軸)を制御することで、超伝導、反強磁性[7]誘電性電荷秩序[8]3倍周期電荷秩序[9]といったさまざまな状態が現われることが示されました。これらの状態は互いに拮抗しており、境界付近ではわずかなパラメータ(電子数や圧力)の変化によって、物質の状態が大きく変化します。

一方、実験では、超伝導、反強磁性に加えて誘電性を持つ状態の存在が指摘されており、この結果はこれらの特徴を的確に捉えているといえます。また、このような統一的な状態図を示したのは、世界でも初めてです。

また、超伝導の発現機構の理解に関しても大きな進展がありました。κ-(BEDT-TTF)2Xでは2種類の超伝導状態が拮抗しており、元の物質から電子数を減らした場合(図2の左半分)は「dxy[10]」、増やした場合(図2の右半分)は「拡張s+dx2-y2波[10]」と呼ばれるタイプの超伝導が現われることが分かりました。

dxy波は、反強磁性揺らぎ[7]が強くなることで発現し、従来考えられていた銅酸化物高温超伝導体と同じタイプに属します。なお、図1の状態図では、電子数を減らした場合、反強磁性が強すぎるために超伝導が見えなくなっていますが、実際には拮抗する準安定状態[11]として超伝導が存在しています。一方、電子数を増やすと反強磁性は抑えられ、三角格子に特有な幾何学的フラストレーションの効果が著しくなった結果、新奇な超伝導である拡張s+dx2-y2波が現われます。

超伝導は、二つの電子が「クーパー対」と呼ばれるペアを作ることで実現します。ペアの作り方にはさまざまなパターンがあり、これが超伝導の発現機構と深く関わっています。図3に示すように、dxy波では斜め方向でのみペアが形成されるのに対し、拡張s+dx2-y2波では同時に縦・横方向でもペアが形成されます。三角格子では圧倒的に有利になるペアが存在せず状況に応じてペアの組み換えが起こると考えられており、今回の結果では、反強磁性揺らぎが強い場合にはdxy波のパターンが、弱い場合には拡張s+dx2-y2波のパターンが生じました。最近行われた実験では、電子数制御によって異なるタイプの超伝導が現われることが示されており注1)、現実の物質において実際にペアの組み換えが起きていることを示唆しています。

幾何学的フラストレーションにより異なる磁気パターンあるいは電荷パターンの競合が起こることは以前から知られていました。本研究結果は、幾何学的フラストレーションにより異なる超伝導パターンの競合が起こることを示した例となります。さらに、幾何学的フラストレーションが電子数制御によってどのように影響を受け、どのような状態をもたらすかといった議論はこれまでほとんどありませんでした。本研究では、幾何学的フラストレーションにより競合している二つの超伝導パターンのうち片方が電子数を制御することで優位に立つことを示しました。このような点で本研究結果は幾何学的フラストレーションの物理に新たな一面を与えたといえます。

注1) 2019年5月11日プレスリリース「有機トランジスタで超伝導の条件を探る

今後の期待

本研究では、変分モンテカルロ法を駆使し、物質の詳しい構造と電子間に働くクーロン相互作用を適切に取り扱うことで、超伝導発現機構を明らかにしました。

有機物質は軽く、曲げ伸ばしや塗布ができるという特性から、ウェアラブルデバイスなどの電子機器に広く応用されています。本研究成果は、転移温度の向上や新たな超伝導体の予言を可能にし、有機エレクトロニクスのさらなる発展に貢献すると期待できます。

また、有機超伝導体のみにとどまらず、幾何学的フラストレーションのある系に広く適用できる理論を確立したことは、学術的な面でも大きな成果です。いまだに解明されていない点が多い超伝導発現機構に対し、本研究はその解明の一助になると期待できます。

原論文情報

  • Hiroshi Watanabe, Hitoshi Seo, and Seiji Yunoki, "Mechanism of superconductivity and electron-hole doping asymmetry in κ-type molecular conductors" Nature Communications, 10.1038/s41467-019-11022-1

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 柚木計算物性物理研究室
協力研究員 渡部 洋(わたなべ ひろし)
主任研究員 柚木 清司(ゆのき せいじ)

主任研究員研究室 古崎物性理論研究室
専任研究員 妹尾 仁嗣(せお ひとし)

渡部 洋協力研究員の写真 渡部 洋

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.有機超伝導体
    炭素を含む有機分子を主な構成要素とする超伝導体のこと。TMTSF(tetra-methyl-tetra-selena-fulvalence)分子やBEDT-TTF(bis(ethylene-dithio)-tetra-thia-fulvalene)分子化合物がその代表例であり、数~十数Kの転移温度を示す。また、アルカリ金属をドープしたC60フラーレンでは30~40K(-243~-233℃)と高い転移温度を示す。
  • 2.κ-(BEDT-TTF)2X
    BEDT-TTF分子を構成要素とする有機超伝導体の物質群の一つ。Xにはさまざまな物質が入り、X=Cu[N(CN)2]Brでは超伝導と反強磁性、X=Cu2(CN)3では超伝導とスピン液体が観測されている。κは分子配列を示し、α、β、λ、θと呼ばれる異なるパターンも存在する。同じ組成でも分子配列によって性質が大きく異なるのが特徴である。
  • 3.変分モンテカルロ法
    量子力学に基づき相互作用する粒子系(電子・原子)の基底状態の波動関数を求める計算手法。変分原理とモンテカルロ法を用いて、試行波動関数に含まれる変分パラメータを最適化するため、このように呼ばれる。電子数制御や幾何学的フラストレーションのある系に対しても適用可能な汎用性の高い計算手法である。
  • 4.銅酸化物高温超伝導体
    ペロブスカイト構造を有し、液体窒素温度(-196℃、77K)を超える高い転移温度を持つ超伝導体。1980年代後半に合成され、超伝導ブームの火付け役となった。超伝導とは無関係と考えられていた絶縁体を元に合成されたことからも大きな議論を呼び、その後の物性物理学の劇的な進展につながった。
  • 5.幾何学的フラストレーション
    格子形状の特殊性によって複数のパターンがエネルギー的に拮抗し、不安定に揺らいだ状態にあること。三角格子上で反強磁性相互作用を持つ電子スピンが代表例で、イメージとしては「三すくみ」、「あちらを立てればこちらが立たず」の状態。
  • 6.C60フラーレン
    多数の炭素原子のみで構成される集合体をフラーレンと呼び、炭素原子60個で構成されるサッカーボール状のものがC60フラーレンである。フラーレンは導電体であり、ナノサイズの材料としてその有用性が注目されている。
  • 7.反強磁性、反強磁性揺らぎ
    隣り合う電子スピンが互いに反対向きにそろう状態を反強磁性と呼ぶ。反強磁性揺らぎとは、その周辺で電子スピンがそろうかそろわないかで揺らいでいる状態を指す。この揺らぎは一般に正方格子では強く、三角格子では弱くなるが、本研究でも明らかになったように、同じ格子構造においても電子数制御に依存して変化する。
  • 8.誘電性電荷秩序
    電荷(電子またはホール)が結晶中で規則正しく整列した状態を電荷秩序と呼び、さらに空間反転対称性を破って電気分極を起こすものを誘電性電荷秩序と呼ぶ。本研究の対象であるκ型分子性導体で実現している可能性があり、新たなタイプの強誘電体として期待されている。
  • 9.3倍周期電荷秩序
    電荷の偏りが「多い-少ない-少ない」のような3倍の周期を持つ電荷秩序のこと。三角格子型の結晶を持つθ型分子性物質などで実現している可能性が指摘されている。多くの電荷秩序は「多い-少ない」のような2倍の周期を持つ。
  • 10.dxy波、拡張 s+ dx2-y2波
    超伝導を特徴づけるギャップ関数の対称性を表す。 s, p, d, f, …は軌道角運動量に対応する。単体金属など従来の超伝導体は s波、銅酸化物高温超伝導体は dx2-y2波と考えられている。本研究で得られた dxy波は銅酸化物高温超伝導体の dx2-y2波と同じ対称性を持つが、拡張 s+ dx2-y2波は他に例の無い新奇な対称性である。
  • 11.準安定状態
    水を0℃以下まで均一に冷やしても氷にならない場合があるように、真の安定状態ではないものの、あたかも安定であるかのように長い時間存在し続けられる状態のこと。
数値シミュレーションによる電子数・圧力を制御した際の状態図の画像

図1 数値シミュレーションによる電子数・圧力を制御した際の状態図

横軸は電子数、縦軸は圧力変化に対応するクーロン相互作用の強さを表す。元の物質の電子数は1分子あたり1.5個であるが、電子数を増減することでさまざまな状態が現われる。実験では、電気二重層トランジスタの技術を用いることで電子数制御が可能である。図中の赤・緑・青・黒の縦線は絶縁体を表し、それ以外の領域では導電性を示す。

数値シミュレーションによる電子数・圧力を制御した際の超伝導タイプの変化の図

図2 数値シミュレーションによる電子数・圧力を制御した際の超伝導タイプの変化

横軸・縦軸は図1と同じ。元の物質から電子数を減らすとdxy波、増やすと拡張s+dx2-y2波と呼ばれる超伝導が現われることが分かった。

クーパー対形成の概念図の画像

図3 クーパー対形成の概念図

白丸の位置にBEDT-TTF分子の対が存在し、三角格子状の結晶を構成している。(a) dxy波では斜め方向でのみクーパー対を形成するが、(b) 拡張s+dx2-y2波ではさらに縦・横方向でもクーパー対を形成する。縦・横・斜め方向でのペアの組みやすさが拮抗しているため、電子数制御によってクーパー対の組み換えが起こり、超伝導の性質も変わる。

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