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2019年8月9日

理化学研究所

「核のゴミ」問題解決に必要な加速器の概念を提案

-既存の300倍の高出力重陽子ビームの加速が可能に-

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター大強度加速技術室大強度標的開発チームの奥野広樹チームリーダー、核変換データ研究開発室の櫻井博儀室長らの共同研究チームは、100メガワット(MW、Mは100万)級の重陽子ビームを出力できる線形加速器[1]の新概念を提案しました。

本研究成果は、世界的な社会問題である核廃棄物問題の解決に大きく貢献すると期待できます。

現在、原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物(HLRW)[2]の処理のために、HLRWから分離された長寿命核分裂生成物(LLFP)[3]に、重陽子ビームにより生成した高速中性子を照射することで、LLFPを安定核種や半減期の短い核種に核変換する方法が検討されています。しかし、この方法で核燃料再処理工場[4]と同等の処理能力を得るには、1アンペア(A)、400メガ電子ボルト(MeV)の重陽子ビームが必要となります。この出力は400MWで、既存の加速器の300倍に相当します。

今回、共同研究チームは、低速部に大口径の単胞加速空洞[5]収束用磁石[6]を組み合わせて並べた「単胞線形加速器[7]」を提案しました。この加速器のポイントは、単胞加速空洞の高周波電場の位相および電圧を独立に制御できることです。これにより、イオン源[8]から引き出される1Aに及ぶ大口径の重陽子ビームを、強い空間電荷力[9]に抗して、高周波加速に適した時間構造に成形(バンチ化[10])し、加速できることをシミュレーションで示しました。

本研究は、日本学士院の紀要『Proceedings of the Japan Academy, Ser. B, Physical and Biological Sciences』(8月9日付け)に掲載されます。

本研究で提案した単胞線形加速器の概要の図

図 本研究で提案した単胞線形加速器の概要

※共同研究チーム

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
核変換データ研究開発室
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
大強度加速技術開発室
大強度標的開発チーム
チームリーダー 奥野 広樹(おくの ひろき)
RI物理研究室
客員研究員 森 義治(もり よしはる)
(京都大学 複合原子力科学研究所 特任教授)

科学技術振興機構 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
プログラム・マネージャー(研究当時) 藤田 玲子(ふじた れいこ)
プログラム・マネージャー補佐(研究当時) 川島 正俊(かわしま まさとし)

※研究支援

本研究は、総合科学技術・イノベーション会議により制度設計された革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化(プログラム・マネージャー:藤田玲子)」の支援を受けて行われました。

背景

原子力発電所で使用された核燃料を再処理すると、高レベル放射性廃棄物(HLRW)が生じます。このHLRWを処理するには、今のところ、地下深部に埋設する地層処分が唯一の方法とされています。しかし、HLRWには半減期が100万年を超える核種も含まれることから、長期保管に対する不安が払拭されていません。そのため、地層処分を実施する場所はなかなか決まらず、この「核のゴミ」は世界的に大きな社会問題となっています。

そこで現在、加速器から得られる重陽子ビームを用いた核変換により、長寿命核分裂生成物(LLFP)を大幅に低減する方法が検討されています。具体的には、LLFPに高速中性子を照射することで、LLFPを効率よく半減期の短い核種に変換させます。このとき、高速中性子は加速器で加速された重陽子ビームをリチウム標的に照射して得られます。LLFPの処理能力は、重陽子ビームの電流値(強度)やエネルギーによって決まります。青森県六ヶ所村にある再処理工場の処理能力と見合う加速器の性能として、強度が1アンペア(A)、エネルギーが400メガ電子ボルト(MeV、Mは100万)の重陽子ビームが必要となります。この400メガワット(MW)の出力は既存の加速器の300倍に相当するため、全く新しいタイプの加速器の開発が必須です。

従来の大強度の陽子(重陽子)加速器の低速部には、高周波四重極線形加速器(RFQ加速器)[11]が用いられています。このRFQ加速器では、①イオン源から引き出される直流ビームを高周波加速に適した時間構造に成形(バンチ化)すること、②ビームを四重極電場により収束させること、③ビームを加速することができます。ただし、既存のRFQ加速器が加速できるビームの直径は数cm程度で、これ以上ビームの直径を広げようとすると、加速器内の電場をより高くすることが必要で放電限界[12]に達してしまいます。

ビーム強度が1Aの場合には、荷電粒子の間に働く電気的な反発力が大きくなるため、ビームが外へ広がろうとします。これを空間電荷効果といいます。空間電荷効果をなるべく小さくするには、ビームの直径を大きくして、電荷密度を下げる必要があります。実際に、イオン源から1Aの強度を引き出して加速するには、重陽子のビームの直径を10cm程度まで広げる必要があります。しかし、このような大きなサイズのビームは、従来型のRFQ加速器では加速することができません。

研究手法と成果

共同研究チームは、10cm程度のビーム直径を持つ1Aの重陽子ビームを加速するために、低速部にRFQ加速器を使わず、大口径の単胞加速空洞と収束用磁石(ソレノイド)を組み合わせて配置した「単胞線形加速器」の概念を提案しました(図1)。

電場によるビーム進行方向に対して垂直な方向のビームの収束(ビーム収束)を行う既存のRFQ加速器では、大きなビームに対応させて大口径化を行うと、より高い電圧が必要となり、放電する可能性があります。しかし、この単胞線形加速器では、電場ではなく磁場によるビーム収束を行っているため、ビーム直径を10㎝程度まで大きくしたとしても、放電の問題は生じません。

また、各空洞の高周波電場の位相と電圧をセルごとに制御できるため、ビームのバンチ化と加速ができます。さらに、位相と電圧を調整することで、空間電荷力によって生じるビーム進行方向の発散力をセルごとに打ち消すこともでき、ビームロスの少ない加速が実現します。

実際に、空間電荷効果を含んだ3次元の軌道解析により、バンチ化が可能なことを確認しました(図2)。

今後の期待

現在、この加速器の概念をもとに、軌道計算の詳細化、各機器の物理設計・工学設計を行っています。この加速器では、従来よりも運転周波数の低い高周波加速器の部品を開発する必要があり、一部の加速空洞については、既に機器開発を行っています注1)。また、その他の加速空洞や高周波アンプ系、制御方法、低エネルギービームラインなどについても設計を行っています。

この加速器が実現すると、核変換だけでなく、元素合成研究、中性子科学、RI製造といった基礎科学研究や産業応用などに大きな波及効果をもたらします。国際的な先導性を確保するために、近々これらの機器類を実際に製作し、新概念の実証試験を行うことが望まれています。

注1)2016年9月30日プレスリリース「イオン用超伝導加速空洞の高加速電圧試験に成功

原論文情報

  • H. Okuno, H. Sakurai, Y. Mori, R. Fujita, M. Kawashima, "Proposal of a 1-ampere-class deuteron single-cell linac for nuclear transmutation", Proceedings of the Japan Academy, Series B, Physical and Biological Sciences, 10.2183/pjab.95.030

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 大強度加速技術開発室 大強度標的開発チーム
チームリーダー 奥野 広樹(おくの ひろき)

仁科加速器科学研究センター 核変換データ研究開発室
室長 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.線形加速器
    粒子を一直線上で加速する加速器。直線状の真空容器中に、多数の円筒を互いに距離を置いて1列に並べ、これらに高周波電圧を加え、円筒内を走る荷電粒子が隣り合う円筒の間隙に来るときに常に加速電圧を受けるよう、各円筒の長さと周波数が調節されている。
  • 2.高レベル放射性廃棄物(HLRW)
    原子力発電により生じる使用済み核燃料の再処理廃液およびそのガラス固化体。HLRWはHigh-Level Radioactive Wasteの略。
  • 3.長寿命核分裂生成物(LLFP)
    使用済み核燃料に含まれる核分裂生成物のうち、特に半減期の長い核種のこと。ImPACTプログラムでは、特にセレン(79Se、半減期30万年)、ジルコニウム(93Zr、半減期153万年)、パラジウム(107Pd、半減期650万年)、セシウム(135Cs、半減期230万年)に焦点をあて、研究を行ってきた。LLFPは、Long Lived Fission Productsの略。
  • 4.核燃料再処理工場
    原子炉から出た使用済み核燃料の中から使用可能なウラン、プルトニウムを取り出す施設。
  • 5.単胞加速空洞
    加速空洞とは、導体の壁に囲まれた空洞共振器を励振したときに生じる高周波電場が、陽子や重陽子などの荷電粒子にかかり加速されるように工夫されているものをいう。単胞とは、荷電粒子が通過して高周波電場がかかるギャップが空洞当たり一つまたは二つ程度であること。
  • 6.収束用磁石
    ビームを輸送するために、レンズのようにビームを収束または発散させる機能を持つ磁石。ソレノイド磁石や四重極磁石などが利用されている。
  • 7.単胞線形加速器
    単胞加速空洞に収束用磁石を組み合わせて構成した線形加速器。
  • 8.イオン源
    粒子を加速させるためには、粒子を中性の状態から電荷を帯びた状態にする必要がある。電子を中性の原子から取り除くと正イオンとなり、電子を付加すると負イオンとなる。イオン源は、このイオン化を可能とする装置。
  • 9.空間電荷力
    イオンビーム内でイオン同士が電気的に反発する力。
  • 10.バンチ化
    直流のビームを高周波電場による加速が可能な時間構造に成形すること。成形後のビームは、高周波電場の周期に合わせてイオン粒子の塊が規則正しく並んでいる時間構造を持ち、高周波電場が加速するタイミングで、イオン粒子の塊が加速ギャップを通過するようになっている。
  • 11.高周波四重極線形加速器(RFQ加速器)
    四つの電極に対して、向き合う電極に同電位、隣り合う電極に逆電位がかかるように高周波電圧をかけ、電極の形状に変調をかけることにより、ビームのバンチ化、収束と加速を同時に行うことができる加速器。RFQはRadio Frequency Quadrupoleの略。
  • 12.放電限界
    高周波電場の強さを上げようとしても、確実に放電に至ってしまう状態での電場の強さのこと。
本研究で提案した単胞線形加速器の概念図の画像

図1 本研究で提案した単胞線形加速器の概念図

低速部、中速部、高速部により構成され、それぞれ単胞加速空洞(赤線で囲まれた部分)と磁気収束要素(黄緑)を交互に並べた構造をしている。重陽子イオンを発生させるイオン源(ピンク)は、200kV程度の高電圧ターミナルに設置されており、イオン源から取り出されたビームは0.2MeVまで加速され、その後低速部に導入され高周波加速が始まる。

低速部で直流ビームがバンチ化される様子の図

図2 低速部で直流ビームがバンチ化される様子

  • 上段: a)~d)は、低速部の3セルから12セル目でのビーム縦方向の位相プロット(横軸にビームを構成する各イオンの時間的なばらつきを、縦軸に同じくエネルギーのばらつきをプロットしたもの)で、縦方向の空間電荷力がない場合における直流ビームのバンチ化の様子を示している。
  • 中段: 中段: e)~h)は、縦方向の空間電荷力がある場合でも、直流ビームがしっかりとバンチ化されることを示している。
  • 下段: 青い線(X)と赤い線(Y)は、低速部の横方向のビーム広がりを示す。黒い太線は、加速器内のビームが通る部分の境界線である。ビームの広がりがこの境界内にほぼ収まりきっていることから、ほぼ全ての粒子が低速部出口まで発散することなく輸送されていることが分かる。

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