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2019年11月20日

理化学研究所

雄性生殖に必要な脂質環境をつくる仕組みを解明

-精子の正常発達に必要なDHA/DPA-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センターメタボローム研究チームの宍倉匡祐大学院生リサーチ・アソシエイト、有田誠チームリーダーらの共同研究グループは、雄性生殖[1]機能が特定の脂肪酸バランスによって維持される仕組みを解明しました。

本研究成果は、精巣などにおける脂肪酸バランスの破綻により引き起こされる病態の解明に寄与し、脂肪酸代謝バランスの調節が新治療法の開発につながると期待できます。

精巣など特定の臓器において、ドコサヘキサエン酸(DHA)[2]ドコサペンタエン酸(DPA)[3]などを含有する脂質が他の臓器に比べて多いことが知られています。しかし、その詳しい分子メカニズムや生理的意義はよく分かっていませんでした。

今回、共同研究グループは、細胞内の脂肪酸をアシルCoA[4]に変換する「長鎖アシルCoA合成酵素6(Acsl6)[5]」の欠損マウスを作製し、その表現型解析を行いました。その結果、Acsl6が精巣においてDHAやDPAなどを含む膜リン脂質組成を調節する機能を持っており、その機能が欠損すると精細胞の形成異常から雄性不妊となることが明らかになりました。

本研究は、米国の科学雑誌『The FASEB Journal』(10月24日付)に掲載されました。

精子形成において重要な脂肪酸代謝経路の同定の図

図 精子形成において重要な脂肪酸代謝経路の同定

背景

神経組織、網膜、精巣など特定の臓器には、ドコサヘキサエン酸(DHA)やドコサペンタエン酸(DPA)などの長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)[6]を含有する脂質が他の臓器に比べて多く存在しています。近年、このような特定の脂肪酸の臓器選択的な分布を制御する機構が次第に明らかになりつつあります。これらの臓器では、特に膜リン脂質に含まれるLC-PUFAの割合が高く、脳の認知機能や光受容、精子形成など特殊な機能を最適化するための生体膜環境の構築に、LC-PUFA含有リン脂質が重要な役割を果たしていると考えられています。

一般的に、脂肪酸は細胞内に入った後、アシルCoAに変換されて膜リン脂質に取り込まれます。リゾホスファチジン酸アシル転移酵素(Lpaat3)[7]はDHA含有リン脂質の生合成に関わる酵素であり、このLPAAT3遺伝子を欠損させたマウス(LPAAT3欠損マウス)の網膜と精巣では、DHA含有リン脂質が著しく減少します。一方で、「長鎖アシルCoA合成酵素6(Acsl6)」は、精巣、脳、網膜などLC-PUFA含有リン脂質の多い臓器に特徴的に発現しており、臓器特異的な長鎖アシルCoAの形成に寄与している可能性が示唆されていました。

そこで、共同研究グループはACSL6欠損マウスを作製し、その表現型解析を行いました。

研究手法と成果

共同研究グループはゲノム編集技術[8]によりACSL6欠損マウスを作製し、繁殖のための交配を行ったところ、ACSL6欠損マウスが雄性不妊であることを見いだしました。そこで、ACSL6欠損マウスの精巣の脂質組成についてリピドミクス解析[9]を行った結果、DHA含有リン脂質およびDPA含有リン脂質が大幅に低下していることが分かりました。さらに通常、精細胞では分化に伴ってDHAおよびDPA含有リン脂質が増加したことから、その制御をAcsl6が担っていることが明らかになりました(図1)。このとき、ACSL6欠損マウスの精細胞では、DHAおよびDPA含有リン脂質が通常よりも大幅に減少するのに対し、アラキドン酸[10]含有リン脂質は通常よりも増加しました(図1)。したがって、このような膜リン脂質環境では、精子の正常な発達や機能が保てないことが分かりました。

また、ACSL6欠損マウスの精巣では、DHAやDPAなどLC-PUFAを基質としたアシルCoA合成活性が選択的に低下していたことから、Acsl6は精細胞において長鎖アシルCoAの形成を担う主要な酵素であることが分かりました。

精細胞の分化に伴うアラキドン酸/DHA/DPA含有リン脂質の量の変化の図

図1 精細胞の分化に伴うアラキドン酸/DHA/DPA含有リン脂質の量の変化

  • (a)精細胞は精巣でspermatogonia(SG)、spermatocyte(SC)、round spermatid(RS)、elongated spermatid(ES)の順に分化していく。
  • (b)単離した精細胞のリピドミクス解析から、通常であれば分化に伴って増加するDHA/DPA含有リン脂質の割合が、ACSL6欠損マウスでは有意に減少することが明らかになった。一方で、通常は分化に伴って減少するアラキドン酸含有リン脂質の割合は、欠損マウスで有意に増加していた。※コントロールと比較して有意差あり。

個体レベルでの受精能は、精子の数と機能によって規定されます。精巣上体に存在する精子の数を評価したところ、ACSL6欠損マウスで大幅に低下していました(図2)。また、体外受精[11]の実験系を用いて精子の機能を評価すると、ACSL6欠損マウス由来の精子では受精能が明らかに低下していました。すなわち、ACSL6欠損マウスは精子の数と機能の異常によって雄性不妊をきたしていると考えられます。

さらに、異常精子が産生される原因を探るために精巣を解析したところ、精子の分化には異常が認められなかったものの、精子の放出の遅延と精子のアポトーシス[12]が検出されました。よって、これらが原因で精子数と機能の低下が引き起こされている可能性が示されました。

元素周期表の図

図2 典型的なマウスとACSL6欠損マウスの精子数の比較

精巣上体の組織切片。ACSL6欠損マウスは精巣上体に蓄えられている精子の数が、明らかに低下していることが分かる。

今後の期待

本研究から、精細胞においてAcsl6が長鎖多価不飽和脂肪酸CoAの形成を担う主要な酵素であり、精子形成を最適化するための生体膜環境の構築に寄与していることが示されました。

ACSL6LPAAT3は共に精細胞に高発現しており、おそらく協調して作用することで選択的かつ効率的にDHAやDPAを膜リン脂質に取り込む機構が存在すると考えられます(図3)。今後、これら酵素の機能調節、あるいはLC-PUFAを適切に補うことによる組織の脂肪酸バランスの調節が、雄性不妊の病態解明や治療につながる可能性が期待できます。

元素周期表の図

図3 精細胞におけるLC-PUFA代謝経路

精細胞において、細胞内に取り込まれたLC-PUFAはAcsl6によってLC-PUFA-CoAに変換され、その後Lpaat3などの酵素の作用によって膜リン脂質に取り込まれる。このように、精細胞では複数の酵素によってLC-PUFAの効率的な蓄積が行われていることが示唆された。

ACSL6は精巣以外にも脳、網膜などにも高発現しており、これらの組織においてもDHAなどLC-PUFAを選択的かつ効率的に取り込む機構に関わっている可能性が考えられます。今後、ACSL6欠損マウスの表現型を詳細に解析することにより、これら組織の恒常性維持や機能制御におけるLC-PUFA含有脂質の重要性が、分子レベルで明らかになるものと期待できます。

補足説明

  • 1.雄性生殖
    生殖は、雄と雌の生殖能力が正常なとき初めて成立する。正常な精子を産生し、それを卵子まで運ぶことができる雄側の生殖能力を雄性生殖と呼ぶ。
  • 2.ドコサヘキサエン酸(DHA)
    長鎖多価不飽和脂肪酸の一つで、メチル末端から数えて3番目の炭素に二重結合を持つ炭素数22個の脂肪酸。特に脳、目、精巣に多く蓄えられている。
  • 3.ドコサペンタエン酸(DPA)
    長鎖多価不飽和脂肪酸の一つで、メチル末端から数えて6番目の炭素に二重結合を持つ炭素数22個の脂肪酸。特に精巣に多く蓄えられている。
  • 4.アシルCoA
    脂肪酸は細胞内でコエンザイムA(CoA)とATPを消費して、アシルCoAへと代謝される。アシルCoAになることで初めてリン脂質の合成に使用される。
  • 5.長鎖アシルCoA合成酵素6(Acsl6)
    細胞内の脂肪酸をアシルCoAに変換する酵素。特に長鎖多価不飽和脂肪酸を基質にする。
  • 6.長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)
    二重結合を多く含む脂肪酸で、生体内でシグナル分子や細胞膜の柔軟さを調節することで、多岐にわたる生理作用を示す。LC-PUFA はlong chain polyunsaturated fatty acidの略。
  • 7.リゾホスファチジン酸アシル転移酵素(Lpaat3)
    二重結合を多く含む脂肪酸で、生体内でシグナル分子や細胞膜の柔軟さを調節することで、多岐にわたる生理作用を示す。
  • 8.ゲノム編集技術
    ゲノム配列を改変する技術。近年では、CRISPR-Cas9などの部位特異的ヌクレアーゼを用いて改変したい標的配列に二本鎖切断を人工的に導入することで、効率良く標的の遺伝子の配列を改変できる。
  • 9.リピドミクス解析
    液体クロマトグラフィーと質量分析装置を組み合わせて、組織中の脂質組成を測定する技術。
  • 10.アラキドン酸
    長鎖多価不飽和脂肪酸の一つで、メチル末端から数えて6番目の炭素に二重結合を持つ炭素数20個の脂肪酸。さまざまな臓器に多く蓄えられている。
  • 11.体外受精
    マウスから卵子と精子をそれぞれ採取し、試験管内で受精させる実験系。卵子の受精率を評価することで、精子の機能を評価できる。
  • 12.アポトーシス
    必要時に細胞自身が引き起こすプログラムされた細胞死。典型例として、個体の発生段階などで、不要となった細胞を除去する目的で起きる。

共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター
メタボローム研究チーム
チームリーダー 有田 誠(ありた まこと)
(横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 大学院客員 教授)
大学院生リサーチ・アソシエイト 宍倉 匡祐(ししくら きょうすけ)
(横浜市立大学大学院 生命医科学研究科 博士後期課程、生命医科学研究センターメタボローム研究チーム 研修生)
研修生 黒羽 小羊子(くろは さよこ)
研修生(研究当時) 松枝 進之介(まつえだ しんのすけ)
代謝エピジェネティクスYCIラボ
上級研究員 井上 梓(いのうえ あずさ)
皮膚恒常性研究チーム
副チームリーダー 松井 毅(まつい たけし)
パートタイマー 井関 八郎(いせき はちろう)

研究支援

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)「脂質クオリティが解き明かす生命現象(領域代表者:有田 誠)」による支援を受けて行われました。
Lipoquality

原論文情報

  • Kyosuke Shishikura, Sayoko Kuroha, Shinnosuke Matsueda, Hachiro Iseki, Takeshi Matsui, Azusa Inoue, Makoto Arita, "Acyl-CoA synthetase 6 regulates long-chain polyunsaturated fatty acid composition of membrane phospholipids in spermatids and supports normal spermatogenic processes in mice", The FASEB Journal, 10.1096/fj.201901074R

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター メタボローム研究チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト 宍倉 匡祐(ししくら きょうすけ)
チームリーダー 有田 誠(ありた まこと)

有田 誠の写真 有田 誠
宍倉 匡祐の写真 宍倉 匡祐

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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