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2020年6月26日

理化学研究所

150回繰り返し使える水素化触媒

-高活性・再利用性に優れた固定化触媒による有機変換反応-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターグリーンナノ触媒研究チームの山田陽一チームリーダーらの共同研究チームは、これまで開発してきたパラジウムの固定化触媒[1]が少量で150回繰り返し水素化反応[2]を実現できることを見いだしました。

本研究成果は、医薬品合成、有機半導体[3]などの有用物質合成の開発に貢献すると期待できます。

石油化学品製造にはさまざまな種類の触媒が使われています。なかでも水素化触媒は、基礎原料や中間体、各種石油化学製品の製造と幅広く、かつ最も多く使用されています。水素化触媒には一般的にパラジウムが使われますが、パラジウムは地金価格が1kg当たり数百万円以上する高価なレアメタルであることから、日本の石油化学製品の製造分野では、高活性かつ再利用性に優れた触媒の開発が研究課題の一つになっています。

今回、共同研究チームは、2014年に開発したシリコンナノ構造体担持パラジウム触媒(SiNA-Pd)を用いて、常圧水素ガス条件下でアルケンの水素化反応を行いました。その結果、SiNA-Pdを150回繰り返し使用しても失活せず、対応する生成物が100%に近い収率で得られることを見いだしました。分析の結果、SiNA-Pdのパラジウムとシリコンが金属結合を形成して、パラジウムがシリコンに強固に固定化されていることが分かりました。それによりパラジウムがシリコンから漏れ出すことがなくなり、既存の触媒より再利用性が大きく高まったと考えられます。

本研究は、オンライン科学雑誌『Communications Chemistry』(6月26日付:日本時間6月26日)に掲載されます。

背景

日本の工業用触媒の総出荷額は1413億円で、そのうち石油化学品製造向けが52%の約729億円を占めています注1)。石油化学品製造に用いられる触媒の種類は、酸化触媒、炭素?炭素結合形成反応触媒などと数百にも上り、なかでも水素化触媒は、石油化学製品の基礎原料、中間体、各種石油化学製品の製造で使われ、使用量、使用範囲が広いため重要です。しかし、現在実用化されている水素化触媒には、1kg当たり数百万円以上もするレアメタルのパラジウムが大量に使われているため、高活性かつ再利用性に優れた触媒が求められています。

研究手法と成果

グリーンナノ触媒研究チームでは、シリコン基板を用いて、太さがナノメートルサイズ(1ナノメートルは10億分の1メートル)の細長いワイヤーからなるシリコンナノ構造体を作製し、それにパラジウムナノ粒子を担持したシリコンナノ構造体担持パラジウム触媒(SiNA-Pd)を調製し(図1)、2014年に報告しました注2)

シリコンナノ構造体担持パラジウムナノ粒子触媒(SiNA-Pd)の走査型電子顕微鏡写真の図

図1 シリコンナノ構造体担持パラジウムナノ粒子触媒(SiNA-Pd)の走査型電子顕微鏡写真

左は俯瞰写真、右は断面写真である。スケールバーは1マイクロメートル(1,000分の1mm)。

  • 注2)Y. M. A. Yamada,* Y. Yuyama, T. Sato, S. Fujikawa, Y. Uozumi.: "Hybrid of Palladium Nanoparticles and Silicon Nanowire Ar-ray: A Platform for Catalytic Heterogeneous Reactions" Angew. Chem. Int. Ed. 53, 127-131 (2014)

今回、共同研究チームは、原料に対して約1/1000モルのSiNA-Pdを用いて、水素化反応の実験を行いました。芳香族アルケンのスチルベンを基質(原料)に、1気圧の水素雰囲気下で、70℃、24時間反応を行った結果、対応するジフェニルエタンを99%以上という高収率で得ることに成功しました(図2)。

また、SiNA-Pdは150回繰り返し使用しても収率は99%以上を維持し、触媒活性の低下は見られず(図2)、さらに回数を重ねて使用できると考えられます。同様の反応を、工業用水素化触媒として多く使われているPd/C(パラジウム炭素)で行ったところ、繰り返し使用することで触媒活性の低下が見られ、得られた生成物は20回の使用で59%、30回では21%にとどまりました。

芳香族アルケンのスチルベンを基質(原料)とし水素化反応の図

図2 芳香族アルケンのスチルベンを基質(原料)とし水素化反応

SiNA-Pd触媒を原料に対して約1/1000モル用いて、スチルベンの水素化反応を行った。その結果、150回の使用でも生成物(ジフェニルエタン)を99%以上の収率で得ることができた。一方、工業的に多用されるPd/C(パラジウム炭素)では、繰り返し使用することで触媒が失活し、収率の大幅な低下が見られた。

次に、なぜSiNA-Pdがこのように繰り返し使用できるのかを調べるために、X線光電子分光法(XPS)[4]X線吸収端近傍構造(XANES)[5]の測定を行いました。その結果、パラジウムとシリコンが金属結合を形成して、パラジウムがシリコンに強固に固定化されていることが分かりました。それによりパラジウムがシリコンから漏れ出すことがなくなり、再利用性が大きく高まったと考えられます。

今後の期待

本研究により、150回以上繰り返し使用できる固定化水素化触媒が提示されました。今後研究を継続し、安定性・再利用性を高めた、社会実装を志向した固定化触媒の開発を行うことで、年間数トン以上の合成を可能とする大規模処理装置、化学プラントの実現が期待できます。

補足説明

  • 1.固定化触媒
    触媒反応部位が不溶性の担体に固定化された触媒のこと。ここではパラジウムナノ粒子がシリコンナノ構造体に固定されている。
  • 2.水素化触媒
    水素ガスを還元剤として、化合物に対して水素原子を付加する還元反応を水素化といい、その反応を起こすために用いる触媒を水素化触媒と呼ぶ。
  • 3.有機半導体
    通常使われる半導体材料はシリコン(Si)などの無機化合物であり、優れた半導体特性を示す一方で、重くて硬く、製造に高価な真空プロセスが必要である。Siの同族元素である炭素(C)を基本とする半導体を有機半導体という。
  • 4.X線光電子分光法(XPS)
    試料表面にX線を照射し、試料表面から放出光電子の運動エネルギーを計測し、元素の組成、化学結合状態を分析する分光法。XPSはX-ray Photoelectron Spectroscopyの略。
  • 5.X線吸収端近傍構造(XANES)
    X線を試料に照射することで、着目元素の価数や配位構造などに依存したスペクトル。XANESはX-ray Absorption Near Edge Structureの略。「X線吸収端微細構造(XAFS)」は、吸収スペクトル上でX線の吸収端付近に見られる固有の構造。微細構造の解析からX線吸収原子の電子状態やその周辺構造(隣接原子までの距離や個数)などの情報を得られる。

共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームリーダー 山田 陽一(やまだ よういち)
研究員 ヒヨル・ベク(Heeyoel Baek)
研究員 佐藤 太久真(さとう たくま)

理化学研究所
元専任研究員 中尾 愛子 (なかお あいこ)

自然科学研究機構 分子科学研究所
教授 魚住 泰広(うおずみ やすひろ)

原論文情報

  • Yoichi M. A. Yamada, Heeyoel Baek, Takuma Sato, Aiko Nakao, Yasuhiro Uozumi, "Metallically Gradated Silicon Nanowire and Palladium Nanoparticle Composites as Robust Hydrogenation Catalysts", Communications Chemistry, 10.1038/s42004-020-0332-z

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター グリーンナノ触媒研究チーム
チームリーダー 山田 陽一(やまだ よういち)

山田 陽一チームリーダーの写真 山田 陽一

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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