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2020年6月26日

理化学研究所

液晶ソリトンの電場生成

-自在に制御できる「粒子性を持った波」の生成-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センターソフトマター物性研究チームの謝暁晨基礎科学特別研究員(研究当時)と荒岡史人チームリーダーは、液晶テレビなどに用いられているネマチック液晶[1]において、「ソリトン[2]」と呼ばれる粒子性を持ったパルス状の波が安定に発生し、伝搬・停止・伝搬方向などの運動状態を能動的に制御できることを明らかにしました。

本研究成果は、ネマチック液晶が非平衡系[3]として未知の物理ダイナミクスを秘めていることを示しています。物理学におけるソリトンは、スキルミオン[4]など量子現象でも重要な概念であり、その学理探求は基礎だけでなく将来の応用にもつながると期待できます。

今回、研究チームは、誘電異方性[5]導電異方性[6]の異なるネマチック液晶と少量のイオン種を混合した試料に電場を加えると、ソリトンが発生することを確認しました。電場の印加条件をさまざまに変えてゆくと、ソリトンは次々に生成され、反発し合って配列したり、一方向に動いたり、互いに反射し合ったり避け合ったりと、実在の粒子に似たダイナミクスを示しました。さらに高い電圧では、ソリトンが同期分裂してゆき、フラクタルな軌跡を示しました。これは、分子配向場[7]の歪みが局在化した波がパルス状に伝搬するというソリトンの性質を表しています。さらに、この状態がイオンの局在化による「フレデリクス転移[8]」、「電気対流効果[9]」などが競合した複雑な非平衡状態であることを示しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(6月26日付)に掲載されます。

本研究で初めて明らかになった液晶ソリトンの伝搬とフラクタルな分裂の図

本研究で初めて明らかになった液晶ソリトンの伝搬(上)とフラクタルな分裂(下)

背景

近年、「ソリトン」に関わる現象が多くの分野で盛んに研究されています。ソリトンは粒子性を持ったパルス状の波で、「孤立波」とも呼ばれ、慣性運動や反射といった質点粒子に似た振る舞いが頻繁に観察されることが知られています。日常では水路中の水の波として見られるほか(図1左)、台風や銀河といった大きな自然の構造体から、光パルス、原子冷却系などさまざまな物理系にも見られます。特に、磁性体における電子スピンのソリトン構造「スキルミオン」は、トポロジカルな粒子[4]の一種として、基礎科学的な関心だけでなく情報・エネルギー担体としての活用という観点からも注目を集めています。

スキルミオンに似た粒子様のソリトン構造は、液晶テレビなどに普遍的に用いられているネマチック液晶の分子配向場でも生じます(図1右)。最近では、ホプフィオン[10]ベビースキルミオン[4]と呼ばれる液晶のソリトン構造が注目を集めていますが、これらの多くは基本的には時間的に止まった構造であり、構造を保ったまま伝搬するなど動的な性質は持っていません。

水路中のソリトンの実例と液晶のソリトンの伝搬モデルの図

図1 水路中のソリトンの実例と液晶のソリトンの伝搬モデル

  • 左:水路中の水に見られるソリトン。
  • 右:ネマチック液晶(紫)で見られるソリトン(青)の伝搬モデル。白矢印で示すように、ソリトンは印加電圧によってさまざまな方向に伝搬する。

研究手法と成果

研究チームでは、ソリトンの発生媒体としてのネマチック液晶と、その性質である誘電異方性(以後、Δε)と導電異方性(以後、Δσ)に着目しました。ΔεとΔσの異なる複数の液晶化合物を微量のイオン種と混合し、電場を加えることで、液晶表示素子の原理でもある「フレデリクス転移」と、イオン種による「電気対流効果」などが競合した複雑な物理状態を実現できます。こうした秩序と運動に基づく非平衡系は、新たな現象や法則が見いだされている領域でもあります。

まず、混合試料を配向処理[11]された透明電極付きガラス基板に挟み、偏光顕微鏡[12]による観察や各種の電気測定を行いました(図2)。

用いた試料の模式図の画像

図2 用いた試料の模式図

実験に用いた試料の模式図。紫色の物質が混合液晶であり、その化学式と物性を右図に示している。左図のように、混合液晶は配向処理を施したガラス基板の間に挟まれている。ガラス基板内側表面に備えた透明電極に交流電源が接続されており、液晶試料の基板法線方向に電場が加えられる。

混合試料のΔεとΔσの符号の組み合わせを(ΔεΔσ)とすると、液晶の混合比を変えていくことで、(- -)→(- +)→(+ +)と変化していきます。競合を生む中間状態である(- +)のときに、周波数10Hz、振幅20V程度の矩形電場を加えると、数マイクロメートル(μm、1μmは1000分の1mm)の粒子状の組織が発生しました(図3上)。これらの粒子状組織は、偏光顕微鏡で観察しなければほぼ透明であり、実在する粒子ではなく液晶の配向が局所的に歪んでいる状態です。この段階では、これら粒子状組織は同じ場所に留まっていますが、時間とともに数を増やし、互いに反発しながら粒子のように配列を作っていく様子が観察されました。さらに高速度カメラで撮影したところ、この粒子状組織は、正負の波束が時間的に重なったソリトンであることが分かりました(図3下)。

液晶のソリトンの観察と模式図の画像

図3 液晶のソリトンの観察と模式図

  • (上)偏光顕微鏡で観察された液晶ソリトンの様子。四つの点の集まりが一つのソリトンの粒子状組織。
  • (下)液晶ソリトン波束の振動の模式図。各ソリトンは左のように正負の波束が振動しており、時間平均をとると、右のようにそれらが時間的に重なり合っていることが分かった。

また、電圧の周波数を上げてゆくと、多数あるソリトンがある方向とその反対方向の同数2群に分かれて直線的に動き出すことが見いだされました。この状態から電圧を徐々に増加させていくと、ソリトンの運動方向は電場と周波数に依存して角度を変えていきました(図4上)。すなわち、これらソリトンの運動は電場の印加条件を変えることによって自在に制御できることが示されました。このようなソリトンの制御性は、液晶のようなソフトマター系では極めて稀なことです。動くソリトンを詳しく観察したところ、推進方向の反対側に分子配向場の歪みが集中しており、ここに生じるばねのような弾性が、ソリトン運動の駆動力となっていると推定されました。また、ソリトン周辺の流れを調べた結果、混合試料に添加したイオンの局在化がソリトンの安定化に寄与していることも分かりました。

さらに、より高い電場を加えるとソリトンは分裂を始め、多数の子ソリトンを生成し、子ソリトンはさらに一定時間後に孫ソリトンを生成し、これがフラクタル的に繰り返されることが示されました(図4下)。これらは依然、電気対流効果が現れる際の領域に存在することから、非平衡状態にある複雑な電気対流効果がソリトンの振る舞いを支配していると考えられます。このソリトンの分裂は新しい現象であり、詳しい物理機構は明らかでないため、さらなる解明に向けた研究を続けています。

液晶のソリトンの伝搬軌跡の図

図4 液晶のソリトンの伝搬軌跡

赤→黄→緑→青の順で伝搬してゆくソリトン波の軌跡を図にしたもの。上図では、個々のソリトン波の直線運動が、電圧に応じて角度を変えてゆく様子が見て取れる。さらに高い電圧では、下図のようにほぼ垂直方向に伝搬しながら同期分裂してゆき、その軌跡はフラクタルパターンになる。

今後の期待

本研究成果は、そのまま応用につながるものではありませんが、ソフトマターにおける新しい非平衡現象と法則の発見を通じて、より多くの非平衡系の理解や量子系におけるソリトン科学の良いモデル系として理解を進めるものと期待できます。

補足説明

  • 1.ネマチック液晶
    液晶は、結晶と液体のどちらでもない中間的な秩序にある状態とされる。ネマチック液晶は、さまざまな液晶状態のうち、分子の方向秩序があるが位置秩序がないもの。液晶テレビやディスプレイなどで使われている、最も一般的なタイプの液晶である。
  • 2.ソリトン
    粒子性を持ったパルス状の波。理想的なソリトンでは、波の形状を保ったまま単独で伝搬する。日常でよく知られるソリトンは、水路中の水の波である。孤立波、Solitary Waveとも呼ばれる。
  • 3.非平衡系
    平衡系すなわち外部からのエネルギーの出入りがない閉鎖された系は、無限時間後には時間に伴う状態変化が止まった平衡状態に達する。それに対し、外部とエネルギーのやり取りを繰り返し、しばしば巨視的な動的現象を伴う系が非平衡系である。例えば非平衡系の現象として、さまざまな気象現象や生命現象が知られている。
  • 4.スキルミオン、トポロジカルな粒子、ベビースキルミオン
    「スキルミオン」とは渦状の連続構造を持った微視的な擬似粒子のことで、近年では電子スピンの渦構造としてよく知られる。その中心には不連続な点が生じるため、位相幾何学的な特異点を持った、いわゆる「トポロジカルな粒子」となる。一般的なスキルミオンが3次元的な幾何構造によるものであるのに対し、「ベビースキルミオン」は2次元的な幾何構造によるものといわれている。
  • 5.誘電異方性
    誘電性とは、物質に電場を加えても導電せず分極が生じる性質であり、このときに物質が感じる電場の強さを表現する量(誘電率ε)で表現される。ネマチック液晶では、分子の平均配向方向とその垂直な方向とで性質が異なり、これを一般的に異方性と呼ぶ。すなわち、誘電異方性とは各方向の誘電性に違いがある性質で、通常は分子の平均配向方向の誘電率から垂直方向の誘電率を引いた差Δεとして表記する。
  • 6.導電異方性
    液体に近い流動性を持つ液晶では、イオン性の不純物を含んでいるとわずかなイオン導電性を示す。これが本研究でいう液晶の導電性であり、その程度を表す物性量が導電率σである。ネマチック液晶では導電性も異方性を示し、導電異方性は誘電異方性と同様に導電率の各方向の差Δσで表す。
  • 7.分子配向場
    誘電異方性をはじめ、ネマチック液晶の持つ多くの物性の異方性は、分子の平均的な配向方向により決定される。これをベクトル表記し、空間分布を表したものが分子配向場である。
  • 8.フレデリクス転移
    誘電異方性を持つ液晶にある程度大きな電場を加えると、誘電率の大きな方向を電場にそろえるよう、分子の配向変化が起きる。この現象はフレデリクス転移と呼ばれ、液晶テレビをはじめ身の回りの多くの液晶表示素子の原理となっている。
  • 9.電気対流効果
    液晶に電場を加えた際に異方的なイオン伝導が発生すると、ずりやイオン電荷の蓄積、それによる分子配向変化などが競合し定常的な対流状態になり、偏光顕微鏡下でさまざまな特徴的な周期パターンを呈する。これは電気対流効果と呼ばれ、液晶における代表的な非平衡現象として知られる。
  • 10.ホプフィオン(Hopfion)
    ドイツ人数学者ホップ(Hopf)とソリトン(Soliton)を足し合わせた造語。位相幾何学的における位相空間において、連続に繋がった同一位相のベクトルが互いに絡み合った輪のような構造となり、これがトポロジカルな粒子(ホプフィオン)とみなせるもの。
  • 11.配向処理
    液晶をガラス基板に挟むだけでは、分子配向がランダムで欠陥を多く含んだ状態になってしまう。本研究では、ガラス基板の表面にポリマー材料を薄く塗布し布でこするラビング法と呼ばれる処理により、その配向を一様にそろえている。この手法は原始的ではあるが、多くの液晶ディスプレイでも用いられている重要な技術である。
  • 12.偏光顕微鏡
    光学顕微鏡の一種で、試料ステージの前後に偏光子が備えられており、観察対象による透過光の偏光変化を可視化できる。これにより、屈折率の異方性、いわゆる複屈折の微視的分布を観察できる。

原論文情報

  • Satoshi Aya, Fumito Araoka, "Kinetics of motile solitons in nematic liquid crystals", Nature Communications, 10.1038/s41467-020-16864-8

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター ソフトマター物性研究チーム
基礎科学特別研究員(研究当時) 謝 暁晨(あや さとし)
チームリーダー 荒岡 史人(あらおか ふみと)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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