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2020年11月5日

理化学研究所
京都大学
科学技術振興機構
慶應義塾大学先端生命科学研究所

クモ糸の階層構造を初めて再現

-シルクタンパク質の液液相分離による階層構造形成-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チームのアンドレス・アリ・マライ研究員、沼田圭司チームリーダー(京都大学大学院工学系研究科教授)、慶應義塾大学先端生命科学研究所の荒川和晴准教授らの共同研究グループは、クモの牽引糸[1]階層構造[2]を人工的に再現することに初めて成功しました。

本研究成果は、天然のクモ糸と同様の構造と物性を示す糸を人工的に合成する技術開発の糸口になると期待できます。

クモの牽引糸は、その軽量かつ強靭な物性から、高強度構造材料など幅広い分野への応用が期待されていますが、その紡糸機構はまだ明らかになっていません。

今回、共同研究グループは、クモの牽引糸を構成するシルクタンパク質[3]の分子機構を明らかにし、シルクタンパク質が「液液相分離[4]」という挙動を経由し、網目状の微小な繊維(マイクロフィブリル)を形成することを示しました。さらに、マイクロフィブリルにせん断応力[5]を加えることで、マイクロフィブリルが束状に集まった牽引糸と同様の階層構造を再現することに成功しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Science Advances』(11月4日付:日本時間11月5日)に掲載されます。

背景

クモの糸、特に「牽引糸」と呼ばれる糸は、その軽量かつ強靭な物性から、高強度構造材料など幅広い分野への応用が期待されています。次世代型の材料として期待が膨らむ一方で、その紡糸機構はまだ明らかになっておらず、そのことがクモの糸を人工的に紡ぐ技術を効率的に開発できない要因の一つに挙げられています。

牽引糸を構成する主成分であるシルクタンパク質が糸を形成する過程を解明することは、人工的なクモ糸の開発や、有機溶剤を使わない環境低負荷型の加工プロセスの実現に向けて、非常に重要な課題です。沼田圭司チームリーダーらは、高機能素材として知られているジョロウグモ[6]のシルクタンパク質に着目し、その構造と機能の解析を進めてきました。シルクタンパク質は、その鎖状分子の両末端であるN末端[7]構造(NTD)とC末端[7]構造(CTD)が分子間の相互作用に寄与することで、糸の形成が進行すると考えられています。

本研究では、NTDとCTDがクモ糸の構造形成にどのように寄与するか明らかにするために、ジョロウグモの牽引糸と同様の化学構造(アミノ酸配列)を持つシルクタンパク質を遺伝子組換え大腸菌[8]により調製し、シルクタンパク質の自己組織化[9]に関する研究を行いました。

研究手法と成果

ジョロウグモの牽引糸に含まれる主要なシルクタンパク質の一種であるMaSp2は水に溶けやすいため、共同研究グループはまず、MaSp2の配列を模倣した水に溶けやすいシルクタンパク質(rMaSp2)を遺伝子組換え大腸菌により調製しました。rMaSp2に加えて、NTDまたはCTDを欠損させた、さらには両方を欠損させたシルクタンパク質を調製し、NTDとCTDの機能を解析しました。

中性のpH条件において、rMaSp2にリン酸カリウムを一定濃度以上添加したところ、白濁する様子が確認されました。これらの曇ったサンプルは、顕微鏡レベルでは、動的融合を行っている0.1~10マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)サイズの不均一な無数の球状液滴が存在する「液液相分離(LLPS)」の状態であることが明らかになりました(図1)。種々の測定結果から、中性から弱酸性条件においてCTDとの相互作用により、rMaSp2のLLPSが誘起されることが示されました。

シルクタンパク質が形成する液液相分離の蛍光顕微鏡像の図

図1 シルクタンパク質が形成する液液相分離の蛍光顕微鏡像

中性のpH条件下、rMaSp2にリン酸カリウムを添加後、蛍光顕微鏡で観察したときの様子。0.1~10μmの不均一な無数の球状液滴が存在する液液相分離の状態である。スケールバーは10μm。

また、pHの低下に応じて(酸性条件で)NTDが二量体化[10]することで、微小な繊維(マイクロフィブリル)が網目状に形成されることも確認されました(図2)。 

網目状のマイクロフィブリルの蛍光顕微鏡像の図

図2 網目状のマイクロフィブリルの蛍光顕微鏡像

シルクタンパク質rMaSp2を酸性にすると、網目状の微小繊維が形成された。スケールバーは10μm。

さらに、LLPSを経て形成された網目状のマイクロフィブリルにせん断応力(糸に沿って引っ張られる力)を加え繊維を調製したところ、マイクロフィブリルが束状に集まった美しい階層構造が確認されました。この階層構造は、天然のクモ糸が形成するマイクロフィブリルの束状構造と同一だと考えられます。一方で、LLPSを経由しない紡糸プロセスでは、網目状のマイクロフィブリルが形成されず、クモ糸特有の階層構造は確認されませんでした。

以上のように、水溶性とpH応答性に優れたrMaSp2を利用した生化学実験により、天然のクモ糸に非常に類似した紡糸機構を再現することに成功しました。最も重要な要素は、pHとある一定のイオン種に応答して自己集合するシルクタンパク質が、LLPSを形成する点です。すなわち、上述のようにCTDの相互作用を中心に相分離が誘起され、NTDがpHの低下に応答して二量体化し、さらには、繰り返し配列がせん断応力と脱水に呼応してβシート構造[11]を形成する機構が明らかになりました。

今後の期待

さまざまな技術の進展により、クモの糸を構成するタンパク質が生産されるようになってきています。しかし、天然のクモ糸が示す物性を、人為的に再現することは、未だ多くの困難がつきまといます。したがって、自然界の現象を、分子レベルで科学的に理解することは、学術的な価値が高いだけでなく、人類がクモの糸を再現し有効利用することに貢献すると考えられます。また、自然界の材料を用い、非石油のプロセスを利用した素材生産は、持続可能な社会形成にも役立つと期待できます。

クモの糸に限らず、タンパク質からなる素材は、非常に魅力的な物性を示す例が多くあります。本研究のように、自然界で起こっている分子機構を明らかにし、材料設計に活かすという戦略が、今後、幅広く採用されていくことを期待しています。

今回の研究成果は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[12]」のうち「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献するものです。

補足説明

  • 1.クモの牽引糸
    クモが張る糸の中でも強靭であることが知られ、クモのライフラインとして利用される。
  • 2.階層構造
    物質や材料などを構成する要素において、小さな構造が集合し、次第に大きな特定の構造を形成することで作り出す集合構造を示す。ここでは、シルクタンパク質が集まることで形成するマイクロフィブリル構造、そしてマイクロフィブリルが束状に集まることで形成する繊維構造を意味する。
  • 3.シルクタンパク質
    クモ糸を形成する主要なタンパク質。多くの繰り返し配列を有し、繊維化しやすい。後述のβシート結晶を形成する場合が多い。
  • 4.液液相分離
    液体の中で、二つの相に分離する現象。ここでは、高濃度のタンパク質が一つの液相を形成し、分離した挙動を示している。
  • 5.せん断応力
    ある面と平行方向に、その面に滑らせるように作用する応力を意味する。ここでは、糸に沿って引っ張られる力とほぼ同義である。
  • 6.ジョロウグモ
    学名はTrichonephila clavata(以前はNephila clavata)であり、夏から秋にかけて大型の円網を張る。
  • 7.N末端、C末端
    タンパク質はアミノ酸がつながったポリマーであり、隣接するアミノ酸は、それぞれのアミノ基とカルボキシル基がペプチド結合をしている。このポリマーの末端のフリーのアミノ基側をN末端、カルボキシル基側をC末端と呼ぶ。
  • 8.大腸菌
    遺伝子組換え技術を利用して、種々のタンパク質を合成するために用いられる微生物の代表例。タンパク質を構成するアミノ酸配列を決定している遺伝子を、大腸菌に導入し、タンパク質を発現させることが可能である。
  • 9.自己組織化
    分子が周囲の環境などに応答し、分子間の相互作用などを動力として、自ら特定の秩序構造を形成すること。
  • 10.二量体化
    同一の分子が、二つ集まり特定の構造を形成すること。ここでは、N末端構造が二つ集まり、特定の構造を形成することを意味している。
  • 11.βシート構造
    タンパク質やペプチドが形成する二次構造の一つであり、分子間の水素結合により分子が平面的に集まった構造。
  • 12.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。(外務省ホームページから一部改変して転載)

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター
バイオ高分子研究チーム
研究員 アンドレス・アリ・マライ(Andres Ali Malay)
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)
(京都大学大学院 工学系研究科 教授)
生命分子解析ユニット
研究員 鈴木 健裕(すずき たけひろ)

慶應義塾大学先端生命科学研究所
准教授 荒川 和晴(あらかわ かずはる)
特任講師 河野 暢明(こうの のぶあき)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO「沼田オルガネラ反応クラスタープロジェクト(研究総括:沼田圭司)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Ali D. Malay, Takehiro Suzuki, Takuya Katashima, Nobuaki Kono, Kazuharu Arakawa, Keiji Numata, "Spider silk self-assembly via modular liquid-liquid phase separation and nanofibrillation", Science Advances, 10.1126/sciadv.abb6030

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム
研究員 アンドレス・アリ・マライ(Andres Ali Malay)
チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)
(京都大学大学院 工学系研究科 教授)

慶應義塾大学先端生命科学研究所
准教授 荒川 和晴(あらかわ かずはる)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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