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2021年1月28日

理化学研究所
科学技術振興機構

実材料に近い形態の多結晶で価電子を可視化

-化学結合に基づく構造材料の寿命予測へ期待-

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター物理・化学系ビームライン基盤グループ放射光イメージング利用システム開発チームの加藤健一専任研究員(科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者)、物理・化学系ビームライン基盤グループのボー・イーヴァスン客員研究員らの国際共同研究グループは、実材料に近い形態である多結晶[1]から価電子[2]の分布を可視化することに成功しました。

本研究成果は、構造材料などの化学結合[3]に基づく合理的な寿命予測に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、「扇(OHGI)」という高分解能放射光計測システムを活用し、多結晶から価電子分布を解析しました。通常は価電子分布を可視化するために、実材料とは形態が異なる単結晶[4]を作製してからX線構造解析[5]を行っていましたが、「扇」で得られたデータに「レリーフ(ReLiEf)」というX線検出器の感度ムラ[6]補正法を適用することで、実材料に近い形態の多結晶から価電子分布を可視化することに成功しました。

本研究は、科学雑誌『Acta Crystallographica Section A』(3月号)の掲載に先立ち、オンライン版(1月28日付:日本時間1月28日)に掲載されます。同時に、本研究に関するコメント記事「良いデータに勝るものなし(Nothing trumps good data)」も同号に掲載されます。

背景

材料の機能を決める重要な因子の一つとして、原子と原子を結びつける(化学結合)強さがあります。化学結合の強さを知るには、結合に寄与する原子間の電子(価電子)の分布を明らかにすることが必要ですが、これまでは単結晶を作製してからX線回折[7]実験を行っていました。

単結晶の試料作製に労力がかかり、構造物や医薬品などに使われている材料のほとんどは多結晶であるため、多結晶の状態で価電子分布を可視化することは材料開発において有益です。しかし、単結晶に比べて多結晶で観測される回折線の強度は弱い上に、回折線同士が激しく重なり合うため、放射光[8]を利用しても価電子分布を可視化することは容易ではなく、適用範囲は限られていました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、実際の材料の形態に近い多結晶から価電子分布を明らかにするために、SPring-8[9]の理研物質科学Ⅰ・BL44B2に設置されている重なり合った回折線を高い分解能で識別できる放射光計測システム「扇(OHGI)」を利用しました(図1)。

SPring-8のBL44B2に設置されている高分解能放射光計測システム「扇」の図

図1 SPring-8のBL44B2に設置されている高分解能放射光計測システム「扇」

デクトリス(DECTRIS)社製ミューテン(MYTHEN)というX線検出器が15個、回折角度に対して隙間なく並べられている。約150度の範囲を0.01度の間隔で同時に測定できる。

さらに、扇で得られた回折データに、2019年に独自に開発したX線検出器の感度ムラを補正する方法「レリーフ(ReLiEf)」を適用し注1)、強弱さまざまな回折線を同時に観測できるようにしました(図2)。その結果、構造物に使われるような無機材料(今回はダイヤモンド)だけでなく、医薬品に使われるような複雑な構造を持つ有機材料(今回は尿素とキシリトール)でも、単結晶から得られる価電子分布に匹敵する精度が多結晶からも得られることが分かりました(図3)。これは、ハードウェア「扇」とソフトウェア「レリーフ」の開発が一体となって初めて実現したものであり、放射光と検出器が持つ本来の性能を最大限活用した結果といえます。

「レリーフ」で補正する前(黒)と後(赤)の多結晶シリコンの放射光回折データの図

図2 「レリーフ」で補正する前(黒)と後(赤)の多結晶シリコンの放射光回折データ

高分解能放射光計測システム「扇」で得られた回折データを「レリーフ」で補正することで、最も強い111回折線(上)に対して強度が約1,000分の1の222回折線(左下)や約1万分の1の回折線(右下)が観測可能になった。これはシリコンの結果だが、図3のダイヤモンドと同じタイプの構造を持つため回折線の出方も同様である。

多結晶から得られた価電子密度分布(左:ダイヤモンド、中:尿素、右:キシリトール)の図

図3 多結晶から得られた価電子密度分布(左:ダイヤモンド、中:尿素、右:キシリトール)

青い実線と赤い破線が正と負の価電子密度の等高線図(間隔はダイヤモンドが0.05e/Å3、尿素が0.2e/Å3、キシリトールが0.1e/Å3)に相当する。Cは炭素、Nは窒素、Oは酸素、Hは水素原子を表す。ダイヤモンドではC間の共有結合が、尿素ではC-N間の単結合やC-O間の二重結合に加えてN-H間の水素結合が、キシリトールではC間の共有結合が見て取れる。

今後の期待

今回用いた実験手法では、元の材料の形態を維持したまま温度や湿度、圧力といった試料まわりの環境を容易に変えられるため、例えば、構造材料で見られる破壊現象を化学結合の観点から明らかにし、材料の寿命を予測したり強靱な材料を設計したりできるようになると期待できます。

補足説明

  • 1.多結晶
    数ミクロン(1ミクロンは1000分の1mm)以下の大きさの単結晶が多数、ランダムな方向を向いて集合した状態。単結晶と対比した呼び方。
  • 2.価電子
    原子内の最も外側の殻にある電子。最外殻でなくても化学結合に寄与すれば含めることもある。
  • 3.化学結合
    原子やイオン間の結合。結合の機構によって共有結合、イオン結合、金属結合などに分類されるが、実際の結合ではこれらの結合様式が混在している場合が多い。
  • 4.単結晶
    構成原子が規則正しく周期的に配列している状態。通常、X線構造解析には数十ミクロンから数百ミクロンの大きさの単結晶が必要とされる。
  • 5.X線構造解析
    一般にX線回折法を用いた結晶性物質の構造解析のことを指す。試料に単結晶もしくは多結晶を用いる。X線は電子と相互作用するため、価電子を含む全電子の分布が得られるが、今回は価電子分布のみを可視化する解析法を用いた。
  • 6.X線検出器の感度ムラ
    検出器のX線に対する感度が画素ごとに異なること。系統誤差の一種であるが画素間では偶然誤差として映るため、データの信号対ノイズ比を低下させる主な要因となっている。
  • 7.X線回折
    結晶によるX線の回折。ブラッグ角とよばれる特定の方向で波の干渉が起こり、回折線が観測される。
  • 8.放射光
    電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する細く強力な電磁波。X線は電磁波の一種で紫外線より波長が短い。
  • 9.SPring-8
    兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設。名前はSuper Photon ring-8 GeV(80億電子ボルト)に由来している。

国際共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門
物理・化学系ビームライン基盤グループ
放射光イメージング利用システム開発チーム
専任研究員 加藤 健一(かとう けんいち)
(科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者)
物理・化学系ビームライン基盤グループ
客員研究員 ボー・イーヴァスン(Bo Iversen)
(オーフス大学化学部教授)

オーフス大学化学部
博士課程学生 ビャーゲ・スヴェーネ(Bjarke Svane)
博士研究員 カスパ・トルボー(Kasper Tolborg)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)・個人型研究(さきがけ)複合領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用(研究総括:雨宮慶幸、副研究総括:北川源四郎)」のさきがけ研究課題「データ駆動型全散乱計測に基づく不均質現象可視化システムの開発と応用(研究者:加藤健一)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Bjarke Svane, Kasper Tolborg, Kenichi Kato*, Bo Brummerstedt Iversen*, "Multipole electron densities and structural parameters from synchrotron powder X-ray diffraction data obtained with a MYTHEN detector system (OHGI)", Acta Crystallographica Section A: Foundations and Advances, 10.1107/S2053273320016605(本研究)/10.1107/S2053273321000759(本研究に関するコメント記事)
    (*責任著者)

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ 放射光イメージング利用システム開発チーム
専任研究員 加藤 健一(かとう けんいち)
(科学技術振興機構(JST) さきがけ研究者)
物理・化学系ビームライン基盤グループ
客員研究員 ボー・イーヴァスン(Bo Iversen)

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