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  3. 研究成果(プレスリリース)2021

2021年7月2日

理化学研究所
ニューヨーク州立大学バッファロー校
順天堂大学

実験用マウスはメラトニンを合成できないので合成できるようにした

-時差ぼけ、成長、繁殖効率、消費エネルギーを調節-

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センターキャリア形成推進プログラムの笠原和起上級研究員、バイオリソース研究センターマウス表現型解析開発チームの古瀬民生開発研究員、三浦郁生開発技師、ニューヨーク州立大学バッファロー校医学・生物医科学部のマーガリータ・ドゥボコビッチ教授、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学/医学部精神医学講座の加藤忠史主任教授らの国際共同研究グループは、メラトニンを合成できる実験用マウスを開発し、哺乳類においてメラトニンが時差ぼけの解消や日内休眠[1]に関わることを明らかにしました。

本研究成果は、メラトニンの機能の解明につながるとともに、今回開発した本来の姿により近い実験用マウスを用いた研究が今後広まると期待できます。

メラトニンは夜間に脳内で分泌されるホルモンで、体内時計[2]光周性[3]などの調節に関わると考えられています。しかし、実験用マウスは長い間飼育環境に置かれ続けたためにメラトニンを合成できなくなっていることから、メラトニンの機能はよく分かっていませんでした。

今回、国際共同研究グループは、メラトニンを合成できる実験用マウス系統を開発し、メラトニンの生理学的機能を精査しました。その結果、これまでに推定されていた睡眠覚醒リズムや繁殖効率への効果を確認した一方、寿命延長効果は認められませんでした。また、メラトニンが飢餓状況における消費エネルギーの節約に関わっていることを発見しました。

本研究は、科学雑誌『Journal of Pineal Research』(オンライン版6月4日付)に掲載されました。

メラトニンを合成できるコンジェニックマウス(左)と合成できないコンジェニックマウスの図

メラトニンを合成できるコンジェニックマウス(左)と合成できないコンジェニックマウス

背景

メラトニンは脳内の松果体から夜間に分泌されるホルモンで、夜であることを全身に伝える役割を果たし、体内時計や光周性などの調節に関わっている可能性があると考えられています。しかし、実際に動物の体におけるメラトニンのホルモンとしての機能はよく分かっていません。というのは、それを調べるために用いられる代表的な実験動物であるマウスが、120年以上にわたって飼育されている間にメラトニンを合成できなくなってしまったからです。笠原和起上級研究員らは2010年に、実験用マウスの多くの系統ではメラトニン合成に関わる遺伝子に変異が生じていることを発見し、メラトニンを合成できなくなるとマウスが早熟になることを報告しました注1)

一方で、メラトニンをヒトやマウスに投与したときの効果については、数多くの研究報告があります。メラトニン剤は日本では2020年に承認され、「小児期の神経発達症に伴う入眠困難」への保険適用になっています。また、アメリカなどでは数多くのメラトニン入りのサプリメントがドラッグストアなどで販売されています。

2010年の成果を手掛かりに、今回、国際共同研究グループはメラトニンを合成できる実験用マウスを開発し、メラトニンを合成できない実験用マウスと比較することでメラトニンの機能を調べました。

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、メラトニンを合成できるMSM/Msマウス[4]に注目しました。MSM/Msマウスは40年ほど前に作られたマウス系統で、現在も野生マウスが持つさまざまな特性を保持しています。このMSM/Msマウスを、メラトニンを合成できない一般的な実験用マウス系統のC57BL/6Jマウスと交配させ、生まれたマウスを再びC57BL/6Jマウスと交配させました。これを10回以上繰り返し、最終的にメラトニンを合成できるコンジェニックマウス[5]系統と合成できないコンジェニックマウス系統を樹立しました。

松果体内や血液中のメラトニン量を測定したところ、メラトニンを合成できるコンジェニックマウスでは、夜間に多くのメラトニンが合成・分泌されていることを確認しました。また、メラトニンはメラトニン受容体に作用して機能を発揮することから、脳内におけるメラトニン受容体の発現量や分布を調べたところ、メラトニンを合成できるコンジェニックマウスとできないコンジェニックマウスで違いは見られませんでした。

次に、両方のコンジェニックマウスについて、さまざまな光条件下における活動のリズム(概日リズム[6]など)、寿命、体重、生殖腺の重さや繁殖効率、情動や社会性に関する行動を調べました。その結果、予想に反して、概日リズムに対するメラトニンの効果は顕著ではありませんでした。一方で、6時間の時差ぼけ[7]を人工的に与えると、メラトニンを合成できるコンジェニックマウスの方がより早く時差ぼけを解消することが分かりました(図1)。

明暗周期の時間帯を6時間ずらした時差ぼけの実験の結果の図

図1 明暗周期の時間帯を6時間ずらした時差ぼけの実験の結果

  • (a)行動リズムの代表例。暗期を灰色の背景で示した。
  • (b)時間帯を6時間ずらした後の行動リズムの位相変化。*印は統計学的に有意な違いがあった日。10日間全体の解析においても有意な違いがあった。
  • (c)時差ぼけが解消するまでの日数を示したグラフ。メラトニンを合成できるコンジェニックマウスの方が早く時差ぼけを解消できた。

これまでメラトニンによる寿命延長効果がしばしば語られてきましたが、本研究で用いたコンジェニックマウスでは寿命延長は確認されませんでした。また、メラトニンを合成できないコンジェニックマウスは合成できるコンジェニックマウスよりも早く成長し、繁殖効率も優れることが判明しました(図2)。一方で、情動や社会性に関する行動については大きな違いはありませんでした。

体重や繁殖効率に与えるメラトニンの効果の図

図2 体重や繁殖効率に与えるメラトニンの効果

  • (a)オス、メスともにメラトニンを合成できないコンジェニックマウスの体重は早く増え、早く成長することが分かった。
  • (b)コンジェニックマウスの繁殖率。メラトニンを合成できないコンジェニックマウスの方が高効率で妊娠し、仔の数も統計学的に有意に多かった。

これらの結果から、メラトニンを合成できなくなることは飼育舎内のマウスにとっては有利だったと考えられます。しかし、野生のマウスはメラトニンを合成できます。では、野生マウスにとってのメラトニンの重要性とは何でしょうか。

マウスには光周性はありませんが、繁殖には季節性があることや、メラトニン剤を投与した際には体温低下効果が見られることなどから、コンジェニックマウスを野外で経験すると考えられる食料不足の状態に置いてみました。すると、メラトニンを合成できるコンジェニックマウスは、冬眠に似た深くて長い低体温を示す日内休眠の状態になりましたが、メラトニンを合成できないコンジェニックマウスは浅くて短い休眠状態しか見られず、その結果、1週間の制限給餌後に体重が大きく減少してしまうことが分かりました(図3)。

餌が豊富にある人工飼育環境では、成長が早く繁殖効率が良いなどの理由からメラトニンを合成できない方が有利ですが、十分な食物がない環境では、深くて長い日内休眠によりエネルギー消費を節約できることからメラトニンを合成できる方が有利であると推測されます。

制限給餌による日内休眠の図

図3 制限給餌による日内休眠

  • (a)制限給餌中および前後における深部体温の変化の代表例。暗期(各12時間)を灰色の背景で示した。 メラトニンを合成できるコンジェニックマウスは日内休眠状態が見られた(下)、合成できないコンジェニックマウスでは浅くて短い休眠状態しか見られなかった(上)。
  • (b)1週間の制限給餌の前後の体重変化。メラトニンを合成できるコンジェニックマウスの方が、体重減少が有意に少なかった。

今後の期待

本研究成果には三つの意義があります。一つ目は、メラトニンを合成できる実験用マウス系統を開発し、哺乳類におけるメラトニンの生理学的機能を精査したことです。その結果、過去に推定されていた機能について確認や否定をしただけでなく、日内休眠の制御というこれまで知られていなかった機能を明らかにしました。メラトニン剤には免疫系や骨の形成にも影響を与えることが知られており、今後はこれらについての解明も進むと考えられます。

二つ目に、人類がマウスを家畜化(愛玩化)してきた歴史とマウスの進化(変化)に、メラトニンが大きく関わってきたことを明らかにしました。異なる環境がメラトニン合成能に与える正と負の自然選択[8]圧は、生物の進化の興味深い一例です。

三つ目は、バイオリソースの提供としての意義です。体内時計や睡眠の研究などにおいても、これまではメラトニンを合成できないマウスが実験に用いられてきましたが、本研究において開発したメラトニンを合成できるコンジェニックマウスが今後広く使用されるようになると期待できます。このコンジェニックマウスは、理研バイオリソース研究センターから提供しており注2)、すでにいくつかの大学の研究室において研究に用いられています。

補足説明

  • 1.日内休眠
    哺乳類は恒温動物であるが、低温や飢餓などの状況において体温を下げて代謝を抑制する状態になることがある。24時間以内であれば日内休眠といい、冬季に1日以上続く状態を冬眠と呼ぶ。マウスは冬眠しないが、日内休眠の状態になることが知られている。
  • 2.体内時計
    哺乳類では脳の機能の一つで、約1日周期の自律的な時計機能を持っている。約1日という意味で、概日時計あるいはサーカディアン時計と呼ばれる。24時間周期で変化する環境に適応するために生物が獲得した機能である。概日時計が夜を示している時間帯で、かつ外部の環境が暗いときに、メラトニンは合成される。「明るい夜」や「暗い昼」にはメラトニンは合成されない。
  • 3.光周性
    日照時間(日長)の変化に伴って生じる生理反応のこと。動物では、生殖腺の季節性の発達・退縮や冬眠、渡りなどが光周性に起因することが知られている。メラトニンは夜間にだけ合成・分泌されるため、夜であることを伝えると同時に、夜の長さを伝えることにもなる。秋冬は血中のメラトニン濃度が高い時間帯が長く、春夏は短くなる。なお、マウスは光周性を持っていないが、野生のマウスは低気温や餌不足のために秋冬には繁殖能力が低下する。
  • 4.MSM/Msマウス
    故森脇和郎博士(元 理化学研究所特別顧問)らが約40年前に日本の野生マウスから作製した系統で、野生マウスが持つさまざまな特性を現在も保持しており、メラトニンも合成・分泌できる。
  • 5.コンジェニックマウス
    ゲノム領域の一部だけが異なっているマウスの系統。人工的に遺伝子を組換えたり導入させたりして作製した場合はノックアウトマウスやトランスジェニックマウスと呼ばれるが、他のマウス系統と交配して作った場合はコンジェニックマウスと呼ぶ。本研究で作製したコンジェニックマウスは、メラトニン合成に関わる遺伝子(AanatおよびAsmt/Hiomt)の領域を除き、マウスゲノムの全てが実験用マウス系統C57BL/6Jと同じ配列になっている。
  • 6.概日リズム
    光や温度の変化や時計や毎朝のテレビ番組などの情報から隔離した実験室で生活しても、約1日周期の活動や体温のリズムが継続する。脳内の概日時計が支配しているこのような生物リズムを概日リズムという。本実験では、24時間ずっと暗い条件下にマウスを置くことで、外部環境からの時刻情報を遮断した状況を作り出し、輪回し行動の概日リズムを測定した。
  • 7.6時間の時差ぼけ
    明期12時間、暗期12時間の明暗周期下でマウスを飼育し、ある日突然、その明暗周期のタイミングをずらし、6時間の時間のずれを生じさせることで人工的な時差ぼけ状態にした。
  • 8.正と負の自然選択
    チャールズ・ダーウィンは、『種の起源』の第一章において動植物の家畜化・品種改良について議論し、都合の良い変異の選択を積み重ねた結果であると述べた。そのため、生存力や繁殖力が増す変異が集団に広がる現象をダーウィン選択(または正の自然選択)と呼ぶ。一方、野生ではダーウィン選択が観察されることはまれで、変異が生じたために生存力や繁殖力が減少する場合がほとんどである。このように不利な突然変異を集団から排除する現象を負の自然選択という。

国際共同研究グループ

理化学研究所
脳神経科学研究センター キャリア形成推進プログラム
上級研究員 笠原 和起(かさはら たかおき)
(兼 脳神経科学研究センター 神経変性疾患連携研究チーム 上級研究員)
バイオリソース研究センター マウス表現型解析開発チーム
開発研究員 古瀬 民生(ふるせ たみお)
開発技師 三浦 郁生(みうら いくお)

ニューヨーク州立大学バッファロー校 医学・生物医科学部
大学院生(研究当時) チョンヤン・ジャン(Chongyang Zhang)
大学院生(研究当時) シャノン・クラフ( Shannon J. Clough)
大学院生(研究当時) エクィ・アダマ-バイアシ( Ekue B. Adamah-Biassi)
技術補佐員(研究当時) ミシェル・スベンション( Michele H. Sveinsson)
博士研究員(研究当時) アンソニー・ハッチンソン( Anthony J. Hutchinson)
教授 ランドール・ハドソン(Randall L. Hudson)
教授 マーガリータ・ドゥボコビッチ(Margarita L. Dubocovich)

神戸医療産業都市推進機構 先端医療研究センター 老化機構研究部
上席研究員 若菜 茂晴(わかな しげはる)

東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻生命環境科学系
大学院生(研究当時) 松本 結(まつもと ゆい)
(現 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 日本学術振興会特別研究員)
教授 岡ノ谷 一夫(おかのや かずお)

順天堂大学 大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座
主任教授 加藤 忠史(かとう ただふみ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究(A)「哺乳類におけるメラトニンおよびその前駆体の生理学的意義の解明(研究代表者:笠原和起)」、同挑戦的萌芽研究「松果体ホルモン・メラトニンの挙動を制御する分子機序(研究代表者:笠原和起)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「気分障害発症における思春期早発の影響(研究代表者:笠原和起)」などによる支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Chongyang Zhang, Shannon J. Clough, Ekue B. Adamah-Biassi, Michele H. Sveinsson, Anthony J. Hutchinson, Ikuo Miura, Tamio Furuse, Shigeharu Wakana, Yui K. Matsumoto, Kazuo Okanoya, Randall L. Hudson, Tadafumi Kato, Margarita L. Dubocovich, Takaoki Kasahara, "Impact of endogenous melatonin on rhythmic behaviors, reproduction, and survival revealed in melatonin-proficient C57BL/6J congenic mice", Journal of Pineal Research, 10.1111/jpi.12748

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター キャリア形成推進プログラム
上級研究員 笠原 和起(かさはら たかおき)
バイオリソース研究センター マウス表現型解析開発チーム
開発研究員 古瀬 民生(ふるせ たみお)
開発技師 三浦 郁生(みうら いくお)

笠原 和起上級研究員の写真 笠原 和起

ニューヨーク州立大学バッファロー校 医学・生物医科学部
教授 マーガリータ・ドゥボコビッチ(Margarita L. Dubocovich)

順天堂大学 大学院医学研究科 精神・行動科学/医学部精神医学講座
主任教授 加藤 忠史(かとう ただふみ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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