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2022年3月18日

理化学研究所

植物の細胞分裂期の代謝物質を解明

-1細胞解析で高精度に捉えられた細胞の中身-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター合成ゲノミクス研究グループの大窪(栗原)恵美子研究員、松井南グループディレクター、生命システム研究センター一細胞質量分析研究チーム(研究当時)のアフメド・アリ研修生(研究当時、現生命機能科学研究センター無細胞タンパク質合成研究チーム客員研究員)、川井隆之研究員(研究当時、現生命機能科学研究センター無細胞タンパク質合成研究チーム客員研究員)らの研究チームは、植物細胞の有糸分裂[1]期のサブフェーズ(前期・中期・後期・終期)における細胞内代謝物質の変動を1細胞レベルで明らかにしました。

本研究成果は、「細胞板[2]」の挿入を伴う植物細胞の有糸分裂メカニズムの解明に貢献するだけでなく、植物バイオマス[3]に有用な技術の創出に寄与すると期待できます。

有糸分裂における細胞を構成する代謝物質の情報が分かれば、分裂期の進行や細胞板の挿入メカニズムに重要な因子が明らかになると期待されていますが、有糸分裂期の各サブフェーズに対応する細胞内代謝物質の組成は不明でした。

今回、研究チームは、染色体を可視化したタバコ培養細胞を用いて、有糸分裂期の植物1細胞メタボローム解析[4]の手法を確立し、有糸分裂期における細胞内代謝物の変動を明らかにすることに成功しました。

本研究は、科学雑誌『Plant Physiology』オンライン版(3月18日付:日本時間3月18日)に掲載されました。

植物細胞の有糸分裂期のイメージと細胞内代謝物質によるサブフェーズの分離の図

植物細胞の有糸分裂期のイメージと細胞内代謝物質によるサブフェーズの分離

背景

真核生物の有糸分裂は、細胞周期[5]のG1、S、G2、M期のうちのM期に行われます。有糸分裂期は2組の姉妹染色分体[6]を二つの娘細胞に正確に均等分配する重要な過程です。有糸分裂期は、前期・中期・後期・終期のサブフェーズに分かれ、前期で染色体が凝縮し、中期で染色体が赤道面に並びます。そして、後期には染色体が分離し、終期には姉妹染色体分体の凝縮が解かれます。

植物細胞の有糸分裂では、終期に両極に分かれた娘核の間に「細胞板」(新たな細胞壁)が挿入され始め、続く細胞質分裂で細胞の分裂が完了します。細胞の周囲が強固な細胞壁に囲まれている植物にとって、細胞板による正常な分裂面の挿入が染色体や細胞質成分を正確に均等分配することを可能にしています。これまでのイメージング解析により、染色体、細胞骨格[7]小胞[7]などの細胞内構造物が分裂期を通して、協調的にかつダイナミックな動態をとりながら、細胞板の挿入(細胞質分裂)までを完了させる様子が明らかになっています。

従って、細胞を構成している物質の情報も厳密に制御されているはずであり、それが分かれば分裂期の進行や細胞板の挿入メカニズムに重要な因子が明らかになると期待されます。しかし、有糸分裂期の前期・中期・後期・終期に対応する細胞内代謝物質の組成は不明でした。それは、分裂期を完全に同調させられないため、多数の細胞を回収する方法では他のサブフェーズの細胞の情報を巻き込んでしまうからです。そこで、研究チームは、前期、中期、後期、終期の各1細胞を取得し、解析する手法の確立を目指しました。

研究手法と成果

研究チームはまず、分裂期の前期・中期・後期・終期をそれぞれ細かく観察するために、核(染色体)を可視化したタバコBY-HR細胞[8]を樹立しました(下図A)。目的の1細胞だけを取得するために、BY-HR細胞から細胞壁のないプロトプラスト[9]を作製し、染色体の状態をもとに、前期、中期、後期、終期のそれぞれに対応する1細胞だけをマニュピレーターを用いてガラスキャピラリーに手動で取得しました。ガラスキャピラリーを質量分析計[10]に直接セットすることで、細胞内代謝物質の推定および定量を行いました。

その結果、各前期・中期・後期・終期の代謝産物は時期特異的な蓄積パターンを示し、厳密に制御されていることが分かりました(下図B)。また、細胞板が観察される前、つまり後期で多数の高分子代謝物質が検出され、終期で減少することが明らかになりました(下図C)。さらに、後期、終期で増加する高分子脂質を明らかにすることができました。

細胞内代謝物質によるサブフェーズの分離と特徴の図

図 細胞内代謝物質によるサブフェーズの分離と特徴

  • A:有糸分裂時の染色体および細胞骨格の経時画像を共焦点レーザー顕微鏡で取得した。細胞板は後期~終期にフラグモプラスト微小管と呼ばれる構造体の内側に形成され、遠心的に発達する。
  • B:サブフェーズでそれぞれ代謝物質の蓄積パターンが異なった。
  • C:各時期に含まれる高分子代謝物質の量は、後期に増加し、終期に減少した。

今後の期待

本研究では、各有糸分裂サブフェーズの細胞内代謝物を高精度で捉えることに成功し、植物細胞の有糸分裂におけるその役割を理解するための一歩を踏み出すものとなりました。今後、本研究を展開し、有糸分裂の進行、正常な細胞分裂の鍵となっている代謝物質を同定する予定です。

植物細胞の分裂時に挿入される細胞板は、新しくできた細胞壁です。植物細胞の細胞壁の主成分はセルロースであり、バイオエタノール[3]などの原料となる資源です。本研究成果は、細胞の数の制御、物質の生産という両面において、植物バイオマス研究に貢献し、ひいてはクリーンエネルギーに関する研究として2016年に国際連合が発表した「持続可能な開発目標(SDGs)[11]」のうち、「7.エネルギーをみんなに そしてクリーンに」に貢献すると期待できます

また、植物細胞に限らず、さまざまな生物種で1細胞メタボローム解析を進めていけば、共通した有糸分裂の制御機構の一端が解明されると考えられます。

補足説明

  • 1.有糸分裂
    真核生物の細胞分裂の一つの様式で、細胞周期G1、S、G2、M期のうちM期を指す。有糸分裂(M期)の過程は染色体の状態をもとに、前期、中期、後期、終期の四つのサブフェーズに分けられる。前期では染色体の凝縮が起こり、中期では染色体が赤道面に並ぶ、後期には染色体が分離し、終期には染色体分体が脱凝縮する。
  • 2.細胞板
    植物細胞の有糸分裂の後に起こる細胞質分裂において、分かれた娘細胞の間に形成する新しい細胞壁の構造体。細胞分裂後期には、細胞板に物資を運んだり、細胞板の発達を支えるフラグモプラスト(隔膜形成体)が形成されたりする。その中央部分から細胞板は出現し(有糸分裂終期)、フラグモプラストと協調しながら広がるように発達し、細胞質分裂時にフラグモプラストの消失とともに、元からある細胞壁と融合し細胞を2分する。
  • 3.植物バイオマス、バイオエタノール
    植物バイオマスとは植物資源の量を表す概念で、再生可能な植物由来の資源のうち化石資源を除いたもののこと。バイオエタノール(バイオマスエタノール)は、主に植物資源に含まれるグルコースなどを発酵させて作られる。植物の細胞壁の構成成分であるセルロースも糖化・発酵させることでバイオエタノールの材料となる。
  • 4.メタボローム解析
    メタボロームは、生体内に含まれる代謝物質の総称。メタボローム解析とは、網羅的に含まれる代謝物質の種類や濃度を明らかにすること。サンプルを質量分析計で測定することでデータを取得する。ゲノム情報、遺伝子発現情報と表現型情報をつなぐためにも、重要な役割を果たす。
  • 5.細胞周期
    真核生物において、分裂した後の細胞一つがまた二つの娘細胞へと分裂して増える一連の現象。顕微鏡による観察から間期(G1期、S期、G2期)と有糸分裂期であるM期に分けられる。細胞周期はG1、S、G2、M期と回ることで1週する。増殖を停止する場合は静止期(G0)に入る。
  • 6.姉妹染色分体
    複製された1対の染色体のそれぞれを姉妹染色分体と呼ぶ。分裂期の中期に染色体は赤道面に並び、後期に染色体は二つに分離し両極に向けて移動していくが、それぞれを姉妹染色分体と呼ぶ。
  • 7.細胞骨格、小胞
    細胞骨格は主に、アクチン繊維、中間径フィラメント、微小管のことを指し、細胞の形態や細胞内での液胞膜や小胞体など、膜オルガネラの変形や移動に関わる細胞内構造物である。細胞分裂や細胞板の挿入にも密接に関与している。小胞は細胞膜に囲まれた構造体であり、植物では液胞や小胞体などさまざまなオルガネラが含まれる。
  • 8.タバコBY-HR細胞
    植物の細胞周期の研究では、増殖効率が良いこと、細胞の観察が容易なこと、同調培養ができることなどから、タバコの培養細胞がよく用いられる。本研究では染色体を蛍光タンパク質で標識したタバコの培養細胞として、BY-HR細胞(tobacco BY-2 cells expressing Histone H2B-RFP)を作出した。
  • 9.プロトプラスト
    植物細胞の細胞壁を酵素処理により溶解した植物細胞。本研究では、数個単位でつながっているタバコ培養細胞を一つ一つに分離するために用いた。
  • 10.質量分析計
    物質を構成する原子や分子をイオン化し、真空容器内で生成したイオンを質量電荷比(m/z)で分け、その質量数と量を検出・測定する装置。マススペクトロメーターともいう。
  • 11.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

研究チーム

理化学研究所
環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
研究員 大窪(栗原) 恵美子(おおくぼ-くりはら えみこ)
研修生(研究当時) 平元 美佳(ひらもと みか)
上級研究員 栗原 志夫(くりはら ゆきお)
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
生命システム研究センター(研究当時) 一細胞質量分析研究チーム(研究当時)
研修生(研究当時) アフメド・アリ(Ahmed Ali)
(現ライデン大学助教、理研生命機能科学研究センター 無細胞タンパク質合成研究チーム 客員研究員)
研究員(研究当時) 川井 隆之(かわい たかゆき)
(現 九州大学理学部准教授、理研生命機能科学研究センター 無細胞タンパク質合成研究チーム 客員研究員)
チームリーダー(研究当時) 升島 努(ますじま つとむ)

研究支援

本研究は、理研内ファンド「1細胞プロジェクト(研究分担者:栗原恵美子)」、RIKEN Pioneering Projects「Biology of intracellular environments(研究分担者:栗原志夫、松井南)」および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金挑戦的研究(萌芽)「植物の細胞分裂期における1細胞オミックス解析(研究代表者:栗原恵美子)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Okubo-Kurihara, E*., Ali, A*., Hiramoto, M., Kurihara, Y., Abouleila, Y., Abdelazem, E., Kawai, T., Makita, Y., Kawashima, M., Esaki, T., Shimada, H., Mori, T., Hirai, M., Higaki, T., Hasezawa, S., Shimizu, Y., Masujima, T., Matsui, M, "Tracking metabolites at single cell-resolution reveals metabolic dynamics during plant mitosis", Plant Physiology, 10.1093/plphys/kiac093 *These authors are equal contributions.

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
研究員 大窪(栗原) 恵美子(おおくぼ-くりはら えみこ)
グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
生命システム研究センター(研究当時) 一細胞質量分析研究チーム(研究当時)
研修生(研究当時) アフメド・アリ(Ahmed Ali)
(現 生命機能科学研究センター 無細胞タンパク質合成研究チーム 客員研究員)
研究員(研究当時) 川井 隆之(かわい たかゆき)
(現 生命機能科学研究センター 無細胞タンパク質合成研究チーム 客員研究員)

大窪(栗原) 恵美子研究員の写真 大窪(栗原) 恵美子
アフメド・アリ研修生(研究当時)の写真 アフメド・アリ

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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