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2022年5月23日

理化学研究所

酸素による表面反応経路の制御

-C–CカップリングからC–H活性化へ-

理化学研究所(理研)開拓研究本部Kim表面界面科学研究室のチー・ジャン基礎科学特別研究員(研究当時)、數間惠弥子研究員(研究当時)、金有洙主任研究員の研究チームは、酸素による末端アルキン(末端に炭素-炭素の三重結合を持つ有機分子)の表面反応経路の制御に成功し、炭素-水素(C-H)結合の活性化過程に関与する酸素種の触媒性能と反応機構を解明しました。

本研究成果は、部分酸化やエポキシ化[1]など、多くの重要な界面化学プロセスの単一分子レベルでの理解に貢献すると期待できます。

今回、研究チームは、銀基板表面上に末端アルキン分子を蒸着し加熱すると、新しい炭素-炭素(C-C)結合を形成する「C-Cカップリング[2]反応」が起こる一方、分子系に酸素を導入することで末端アルキンのC-Cカップリングの代わりにC-H結合の開裂を伴う「C-H活性化[3]反応」が起こることを見いだし、酸素により表面反応経路を効率的に制御することに成功しました。走査型トンネル顕微鏡(STM)[4]イメージング/操作技術と密度汎関数理論(DFT)計算[5]を組み合わせることで、分子状酸素および原子状酸素がそれぞれ会合性および解離性のメカニズムにより水素の脱離を引き起こし、室温以下でもC-H活性化の反応経路を高い選択性で誘導できることを明らかにしました。また、酸素を導入する触媒戦略を適用したC-H結合活性化プロセスでは、有機金属構造も形成することを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(5月19日付)に掲載されました。

末端アルキニル基(-C≡CH)のC-CカップリングとC-H活性化の反応経路の選択の図

末端アルキニル基(-C≡CH)のC-CカップリングとC-H活性化の反応経路の選択

背景

化学の分野では、目的とする化学反応を選択的に制御することが極めて重要です。そして、望みの化学製品を製造するには生成物の選択性を向上させ、反応速度を加速させる戦略が不可欠です。表面反応では、分子前駆体の緻密な修飾、金属基板のテンプレート効果[6]の利用、動力学的・熱力学的制御などさまざまな戦略によって、反応経路や生成物が制御されてきました。また、外部から気体分子を導入し、吸着種や表面と衝突させることで、標的反応を誘導することも可能です。

金属基板表面やあらかじめ分子を吸着させた金属基板表面に気体分子を吸着させ、その結合力や反応性を調べることを出発点として、広く研究が行われてきました。近年、気体分子は分子集合体の制御、さらにいえば表面上での化学反応に高い利用価値があることが示されています。例えば、酸素分子は酸化反応の重要な試薬として、構造変化を誘発し、有機物付着層を酸化し、自己金属化、金属置換プロセス、表面合成を促進する触媒効果を持つことが報告されています。しかし、これらの分子-表面界面化学プロセスにおいて、反応の選択と制御における基礎的な理解を得る上で最も重要となる酸素分子のユニークな触媒性能と反応機構は、まだ解明されていません。

また、有機合成の基礎となる新しい炭素-炭素(C-C)結合を形成する「C-Cカップリング反応」や炭素-水素(C-H)結合の開裂を伴う「C-H活性化反応」は、酸素が関与する触媒戦略によって促進することができます。そのため、酸素の役割とその機構を分子レベルで理解することが求められています。そこで研究チームは、表面合成の戦略に基づいて、表面上の末端アルキンの分子系に酸素を導入し、実空間でC-H活性化またはC-Cカップリングにおける触媒的役割を探索することを試み、酸素種の触媒性能と反応機構をサブ分子レベルで明らかにすることを目指しました。

研究手法と成果

研究チームは、末端アルキン(末端にC≡C結合を持つ有機分子)の反応経路を制御する酸素の触媒としての役割を探るために、全ての実験において5K(約-268℃)に維持した極低温超高真空走査型トンネル顕微鏡(STM)を使用しました。銀基板(Ag(111)単結晶基板)を清浄化した後、室温で末端アルキンの4,4'-ジエチニル-1,1'-ビフェニル(DEBP)分子を基板表面に蒸着したところ、秩序だった自己組織化ネットワークが形成されました(図1a)。370K(約97℃)で熱処理すると、末端アルキニル基(-C≡CH)のC-Cカップリング反応により、C-C結合のエンイン(-CH=CHC≡C-)が優勢で、クムレン(-C=C=C-)が少ない1次元共有結合鎖に変化しました(図1b)。

反応生成物に対する酸素の影響を調べるために、DEBPをあらかじめ吸着させたAg(111)サンプルを約300K(約27℃)で酸素ガスにさらすと、秩序ある大きな島が形成されました(図1c)。STMの拡大像では、分子成分とAgアドアトム(表面の吸着原子)[7]が交互につながり、C-H活性化を介した1次元の有機金属鎖を形成し、それらが密に配置されていることが確認されました(図1c右上)。図1dは典型的な有機金属二量体のSTM像です。

酸素に対する反応の選択性と汎用性を理解するために、C-C結合したエンイン・クムレンオリゴマー(主に二量体)とDEBP分子を含むサンプルを酸素ガスにさらしたところ、さまざまな分子成分からなる有機金属鎖に変化しました(図1e)。この結果から、十分な酸素で処理すると、C-Cカップリング反応ではなく、C-H活性化経路に極めて高い選択性を示すことが明らかになりました。

末端アルキンのC-CカップリングとC-H活性化の選択の図

図1 末端アルキンのC-CカップリングとC-H活性化の選択

  • a)上は、末端アルキンの4,4'-ジエチニル-1,1'-ビフェニル(DEBP)分子モデル。灰色の球は炭素原子、白い球は水素原子を示す。下は、銀基板に蒸着した際の自己組織化構造が観察されるSTM像(下)。右上の拡大写真の一つの楕円体が1分子のDEBPである。
  • b)a)を370Kで熱処理すると、C-Cカップリング反応によるエンインが支配的な一次元鎖が形成された。
  • c)a)を300Kで酸素ガス(O2)にさらすと、C-H活性化を介した一次元有機金属鎖が形成された。分子モデルの青い球は銀原子を示す。
  • d)有機金属二量体のSTM像。真ん中はDFT計算によるSTM像のシミュレーション。右は銀基板上の有機金属二量体の分子モデル。
  • e)酸素ガス導入によるC-C結合型オリゴマーの一次元有機金属鎖のSTM像。

次に、C-Hの活性化に関与する活性酸素種の実験的同定を試みました。DEBP分子をAg(111)基板上に低い被覆率で蒸着させると、鎖状の構造が形成されました(図2a)。その後、最終温度を100K(約-173℃)以下に保ちながら、サンプルを酸素ガスにさらしました。すると興味深いことに、元の構造は消え、明るい分子楕円(両側で脱水素が起こり、表面安定化したdeH2-DEBPラジカル[3])と混ざった暗い酸素分子の島が現れました(図2b)。このように、C-Hの活性化は、低温で分子状酸素により、会合メカニズムを通じて促進されます。さらに300Kで熱処理すると、ラジカルの拡散とAgアドアトムの利用により、有機金属オリゴマーが観察されました(図2c)。

酸素原子の活性を調べるために、丸い凹み(原子状酸素からなるAgの局所酸化物)で装飾されたサンプルを用いました(図2d)。このサンプルにDEBP分子を300Kで蒸着したところ、驚くべきことに、丸い凹みの消失とともに有機金属の島が出現しました(図2e)。従って、分子状酸素と原子状酸素の両方が、Ag(111)上の末端アルキンのC-H活性化経路を、それぞれ会合性または解離性のメカニズムで効果的に誘起することが実証されました。

さらに密度汎関数理論(DFT)計算を行ったところ、酸素種(原子および分子の両方)が関与することで、末端のアルキニル基と相互作用してC-H活性化の反応障壁を劇的に下げ(1.71eVから分子状酸素では0.16eV、および原子状酸素では0.19eV、図2f)、反応経路を選択的に制御できることが示されました(図2g)。

Ag(111)上のさまざまな酸素条件下におけるC-H活性化過程の図

図2 Ag(111)上のさまざまな酸素条件下におけるC-H活性化過程

  • a-c)DEBP鎖構造から、分子状酸素(O2)の導入による表面安定化ラジカルへの進化、さらに有機金属オリゴマーへの転化。b)の暗い部分は酸素分子の島。
  • d-e)DEBP分子の析出による原子状酸素(O)からなる局所酸化物から有機金属構造への変換。
  • f)酸素種を含まない、または含むC-H活性化過程のDFT計算による反応障壁。
  • g)酸素種と末端アルキニル基との間の電荷移動。小さい赤丸は酸素原子、赤と青で示した領域はそれぞれ電荷が溜まっている部分と減少している部分を示す。

今後の期待

本研究では、分子系に酸素を導入することで、末端アルキンの表面上の反応経路をC-CカップリングからC-H活性化へと高い選択性で誘導できることを系統的に実証しました。また、気体分子とあらかじめ吸着した表面との反応機構に関する基礎的な知見を提供し、これらは部分酸化やエポキシ化など、多くの重要な界面化学プロセスの理解に道を開くものです。

本研究で明らかになった酸素種の触媒性能と反応機構は、分子系に気体分子を導入することで表面上の特定の反応経路を選択的に制御し、高度に加速するための有望な戦略を提供すると期待できます。また、気体分子が関与する界面化学反応過程の基礎的な理解にも有用であると考えられます。

補足説明

  • 1.エポキシ化
    炭素-炭素二重結合に酸素が付加して,1,2-エポキシドが生成する反応。置換アルケンのエポキシ化は、ファインケミカル産業で広く利用されている。
  • 2.C-Cカップリング
    有機化学においてC-Cカップリング反応は、二つの有機分子が金属触媒の助けを借りて結合し、新しい共有結合C-C結合を形成する反応。
  • 3.C-H活性化、ラジカル
    金属表面でのC-H活性化とは、C-H結合が開裂し、脱水素化したラジカルが下地の金属基質に直接結合すること指す。ラジカルとは一般的に、不対電子を持つために反応性が高く、短時間しか存在しえない不安定な化学種である。多くのラジカルは自発的に二量化する。
  • 4.走査型トンネル顕微鏡(STM)
    先端を尖がらせた金属針(探針)を、試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を観測する顕微鏡。探針と試料間に流れるトンネル電流を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化する。STMはScanning Tunneling Microscopeの略。
  • 5.密度汎関数理論(DFT)計算
    密度汎関数理論は物理や化学の分野で、原子、分子、凝集系などの多体電子系の電子状態を調べるために用いられる量子力学の手法である。実験が困難な極限状況における物質の性質を予測できるという特長がある。しかし膨大な計算を要するため、高性能のスーパーコンピュータの助けが不可欠である。DFTはDensity Functional Theoryの略。
  • 6.テンプレート効果
    表面科学の分野では、基板は表面上での分子の自己組織化、反応、構造形成などを決定する2次元テンプレートとして機能する。例えば分子構造は、表面格子の特定の方向に沿って成長する傾向がある。このような効果が、基板のテンプレート効果である。
  • 7.アドアトム
    金属表面の第一層には、通常、段差などの表面の欠陥に由来する表面アドアトム(表面に吸着した自由な金属原子)が多く存在する。このような表面アドアトムは、表面上を自由に拡散することができる。

研究チーム

理化学研究所 開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室
基礎科学特別研究員(研究当時) チー・ジャン(Chi Zhang)
研究員(研究当時) 數間 惠弥子(カズマ・エミコ)
(現 同客員研究員、東京大学 大学院工学系研究科 准教授)
主任研究員 金 有洙(キム・ユウス)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「走査トンネル顕微鏡で拓く微小極限の光科学(研究代表者:金有洙)」、同学術変革領域研究(A)「単分子表面分光手法を用いた塵表面における反応素過程の分子レベル解明(研究代表者:今田裕)」、理化学研究所基礎科学特別研究員制度(研究代表者:Chi Zhang)、RIKEN's Incentive Research Projects(研究代表者:Chi Zhang)、Fundamental Research Funds for the Central Universities in China(研究代表者:Chi Zhang)による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Chi Zhang, Emiko Kazuma, Yousoo Kim, "Steering the Reaction Pathways of Terminal Alkynes by Introducing Oxygen Species: From C-C Coupling to C-H Activation", Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.2c01026

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室
基礎科学特別研究員(研究当時) チー・ジャン(Chi Zhang)
研究員(研究当時) 數間 惠弥子(カズマ・エミコ)
主任研究員 金 有洙(キム・ユウス)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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