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2023年2月2日

理化学研究所

細胞死を引き起こすサヨナラ遺伝子

-存在しないと考えられていた遺伝子の発見-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センタ ー動的恒常性研究チームのユ・サガン チームリーダー(理研 開拓研究本部 Yoo生理遺伝学研究室 主任研究員)、池川 優子 大学院生リサーチ・アソシエイトらの国際共同研究グループは、過去20年以上にわたってショウジョウバエ[1]には存在しないと考えられていた細胞死[2]を引き起こす遺伝子[3]を発見し、「サヨナラ遺伝子」と命名しました。

本研究成果は、従来の定説を覆す発見であり、細胞死の制御機構の普遍性について新たな概念を提示するものです。

細胞死の代表的なものとして、アポトーシス(細胞の自殺)[2]があります。アポトーシスについては従来、線虫[4]・ショウジョウバエ・哺乳類(マウス・ヒト)を用いた研究によりそのメカニズムが解明されてきました。その結果、線虫・ショウジョウバエ・哺乳類で、アポトーシスの起こる仕組みは非常によく似ている一方で、なぜかショウジョウバエだけに存在しない種類の遺伝子があることが大きな謎とされてきました。

今回、国際共同研究グループは、ショウジョウバエにおいて従来存在しないと考えられていたアポトーシス関連遺伝子を発見し、サヨナラ(sayonara)と命名しました。サヨナラ遺伝子は、これまでの定説とは異なり、哺乳類や線虫と同じ仕組みのアポトーシス制御に関わる重要な遺伝子であることが分かりました。

本研究は、科学雑誌『The EMBO Journal』オンライン版(2月2日付)に掲載されました。

ショウジョウバエの羽で発現させたサヨナラ遺伝子が引き起こしたアポトーシス(赤紫)の図

ショウジョウバエの羽で発現させたサヨナラ遺伝子が引き起こしたアポトーシス(赤紫)

背景

動物の体を構成する細胞には、組織の維持・形成や細胞のがん化などを防ぐ仕組みとして、「細胞死」という現象が知られています。細胞の自殺を意味する「アポトーシス」は細胞死の一つであり、アポトーシスが正常に機能しなければ、個体は生きていけません。

これまで、線虫・ショウジョウバエ・哺乳類(マウス・ヒト)を用いた研究によって、アポトーシスの分子機構の解明が進められてきました。その結果、線虫・ショウジョウバエ・哺乳類では、アポトーシスの起こる仕組みは基本的に似ているものの、ショウジョウバエにだけは「BH3オンリータンパク質[5]」と呼ばれるアポトーシス関連因子をコードする[3]遺伝子が見つからないことが指摘されていました。

BH3オンリータンパク質は、細胞外からのストレスを感知して細胞にアポトーシスを引き起こすという重要な役割を担っています。にもかかわらず、20年以上前にこのタイプの遺伝子が線虫・哺乳類で発見されて以降、ショウジョウバエでは発見されていませんでした。そのため現在では、ショウジョウバエにはBH3オンリータンパク質が存在しないということが定説となっており、ショウジョウバエを含む昆虫では、線虫や哺乳類とは異なるアポトーシスの仕組みが独自に進化した可能性も議論されてきました。そこで本研究では、この定説が本当に正しいのか調べました。

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、ヒトやマウスのBH3オンリータンパク質に似た遺伝子がショウジョウバエのゲノム[6]上にないか、コンピュータを用いて探索しました。20年以上前に、世界中の研究グループがショウジョウバエのBH3オンリータンパク質を探索したときには見つからず、それが定説になっていました。BH3オンリータンパク質を特徴づける配列は種ごとに多様であるため、そもそもその遺伝子を発見するのが難しいことが知られています。しかし、現在、ショウジョウバエのゲノム情報は昔に比べてより正確で、また、探索手法も多様化しているため、国際共同研究グループはもう一度探索する価値があると考えました。そしてゲノム情報を注意深く探索した結果、ヒトのBH3オンリータンパク質と部分的に似たアミノ酸配列をコードする遺伝子が見つかりました(図1)。

ヒトのBH3オンリータンパク質とハエの未知遺伝子のアミノ酸配列の図

図1 ヒトのBH3オンリータンパク質とハエの未知遺伝子のアミノ酸配列

ヒトのBH3オンリータンパク質の一部のアミノ酸配列と似た配列をコードする遺伝子が、ショウジョウバエのゲノムから見つかった。アルファベットはアミノ酸を示し、同じアミノ酸を縦線でつないだ。左端のロイシン(L)からピンクのマーカーで示したリジン(K)までの13個が、性質の似たアミノ酸が周期的に現れるBH3モチーフ(アミノ酸配列)を示す。左端の57と112は、それぞれのタンパク質全長での位置(アミノ酸末端側からの順番)を示す。

発見した未知遺伝子は378個のアミノ酸から成るタンパク質をコードすることが推定されるものの、その機能は知られていません。そこで、この遺伝子をショウジョウバエの羽の細胞で強制的に発現させたところ、実際にアポトーシスが観察されました(図2)。

未知遺伝子の強制発現により誘導されたアポトーシスの図

図2 未知遺伝子の強制発現により誘導されたアポトーシス

ヒトBH3オンリータンパク質の配列をもとに探索されたショウジョウバエの未知遺伝子を羽に強制的に発現させると、細胞はアポトーシスを起こし、羽の形が異常になった。青は羽を構成する全ての細胞の核を示し、緑~水色は遺伝子を強制発現させた細胞。赤紫はアポトーシスを起こしている細胞を示す。白線のスケールバーは100マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)、黒線のスケールバーは500μm。

これらの実験により、この遺伝子が従来ショウジョウバエでは長らく存在しないといわれてきた種類の遺伝子である可能性があり、国際共同研究グループはこの遺伝子を「サヨナラ(sayonara)遺伝子」と命名しました。

哺乳類や線虫のBH3オンリータンパク質が担うアポトーシスの制御機能には、BH3モチーフという特定の領域(図1、図3)が重要であることが分かっています。そこで、BH3モチーフの配列を除去したサヨナラ遺伝子を羽に強制発現させたところ、アポトーシスは起きないことを確認できました。また、BH3オンリータンパク質とアポトーシス関連因子のBCL-2ファミリータンパク質[7]は、協調的に働くと考えられています。サヨナラ遺伝子によって作られる「サヨナラタンパク質」もBCL-2ファミリータンパク質と協調的に働くことが、遺伝学的な解析から確認できました。さらに、BCL-2ファミリータンパク質とサヨナラタンパク質はBH3モチーフを介して結合していることも、光クロスリンク法[8]を用いた解析から示されました。

これらの実験から、サヨナラ遺伝子が、ショウジョウバエで存在しないとされてきたBH3オンリータンパク質をコードする遺伝子であることが証明されました。

サヨナラ遺伝子によって作られるサヨナラタンパク質の立体構造の図

図3 サヨナラ遺伝子によって作られるサヨナラタンパク質の立体構造

BH3オンリータンパク質の機能に必須のBH3モチーフ領域は、アポトーシス関連因子であるBCL-2ファミリータンパク質との相互作用部位の一つであることが示された。

今後の期待

本研究成果の最大の意義は従来の定説を覆し、ショウジョウバエ・線虫・哺乳類でアポトーシスの起こる仕組みが、予想されていた以上に似ていることを示したことであり、現在教科書に書かれている細胞死の記述を書き換える学術的発見です。

これまでショウジョウバエ・線虫・哺乳類での研究が、細胞死の仕組みの理解につながってきたように、今回発見されたサヨナラ遺伝子の機能をさらに詳細に解析していくことで、将来、哺乳類を含めた普遍的な細胞死の分子機構の解明につながるものと期待できます。

補足説明

  • 1.ショウジョウバエ
    さまざまな研究分野でよく使用されるモデル生物であり、体長2~3mm前後の大きさで、飼育が容易であり、遺伝学的な解析に優れている。
  • 2.細胞死、アポトーシス(細胞の自殺)
    多細胞生物を構成する細胞には、他の細胞に影響を与えないような死に方をする仕組みが備わっており、これを細胞死と総称する。アポトーシスはその一つで、「プログラムされた細胞死」とも呼ばれ、細胞の除去に重要な役割を果たす。シドニー・ブレナー博士らによるアポトーシスの研究に対して、2002年のノーベル生理学医学賞が与えられている。アポトーシスの名は、「(枯葉などが)離れて落ちる」という意味のギリシャ語に由来する。
  • 3.遺伝子、コードする
    遺伝子の本体は、デオキシリボ核酸(DNA)と呼ばれる直鎖状の高分子である。DNAの配列が酵素などのタンパク質を作るアミノ酸の配列情報を持つことを、しばしば「コードする」と表現する。
  • 4.線虫
    ショウジョウバエと並び、発生や細胞死の研究によく使われるモデル生物であり、遺伝学的解析に優れている。アポトーシスの分子機構の解明も、線虫を用いた研究により切り開かれた。
  • 5.BH3オンリータンパク質
    BH3は、アポトーシス関連因子であるBCL-2ファミリータンパク質が共通して持つアミノ酸配列(モチーフ)の一つで、タンパク質間の相互作用に関わる領域。BH3はBCL-2 homology 3の略。
  • 6.ゲノム
    遺伝子を含めたDNA上の全ての遺伝情報のこと。
  • 7.BCL-2ファミリータンパク質
    線虫・ショウジョウバエ・哺乳類に存在し、アポトーシスを引き起こすのに重要なタンパク質ファミリー。BCL-2はB cell lymphoma-2の略。BCL-2ファミリータンパク質は大きく二つに分けられ、一つはBH3以外にも共通モチーフを複数持ち、同じ祖先遺伝子から進化したもの。もう一つは、BH3モチーフのみを共通して持つBH3オンリータンパク質(BH3-only protein)。サヨナラ遺伝子は、BH3オンリータンパク質の一つ。
  • 8.光クロスリンク法
    タンパク質の任意の部位に非天然アミノ酸であるパラベンゾイルフェニルアラニン(BPA)を導入し、BPAの持つ光架橋特性を用いて、タンパク質間の特定部位における相互作用を解析する方法。

国際共同研究グループ

理化学研究所 生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チーム
チームリーダー ユ・サガン(Sa Kan Yoo)
(理研 開拓研究本部 Yoo生理遺伝学研究室 主任研究員)
大学院生リサーチ・アソシエイト 池川 優子(イケガワ・ユウコ)
(京都大学大学院 生命科学研究科)

リヨン癌研究所(フランス)
研究員 クリストフ・コムベット(Christophe Combet)
大学院生 サバリナ・サファー・ラマリ(Sabrina Safar-Remali)

リヨン第一大学(フランス)
教授 マシュー・グロウシン(Mathieu Groussin)
教授 ヴィンセント・ナヴラティル(Vincent Navratil)

モンペリエ大学(フランス)
教授 アブデル・アオウチェリア(Abdel Aouacheria)

宮崎大学 キャリアマネジメント推進機構 テニュアトラック推進室
准教授 塩田 拓也(シオタ・タクヤ)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究、開拓研究)で実施し、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域における研究開発課題「老化の遺伝学的・非遺伝学的分子基盤の解明(研究代表者:兪史幹)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究(A)「個体レベルでの物理的損傷に対する応答・修復メカニズムの解明(研究代表者:兪史幹)」、同基盤研究(B)「老化中の恒常性破綻機構の解明(研究代表者:兪史幹)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「エレボーシスを切り口とした腸恒常性維持機構の解明」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yuko Ikegawa, Christophe Combet, Mathieu Groussin, Vincent Navratil, Sabrina Safar-Remali, Takuya Shiota, Abdel Aouacheria, Sa Kan Yoo, "Evidence for existence of an apoptosis-inducing BH3-only protein, sayonara, in Drosophila", The EMBO journal, 10.15252/embj.2021110454

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 動的恒常性研究チーム
チームリーダー ユ・サガン(Sa Kan Yoo)
(理研 開拓研究本部 Yoo生理遺伝学研究室 主任研究員)
大学院生リサーチ・アソシエイト 池川 優子(イケガワ・ユウコ)

ユ・サガンチームリーダーと池川 優子大学院生リサーチ・アソシエイトの写真 ユ・サガン(左)、池川 優子(右)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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