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  3. 研究成果(プレスリリース)2023

2023年8月4日

理化学研究所
株式会社オーガンテック

新たな生体リズムを毛の形態形成モデルから解明

-加齢による毛質変化の解明やその予防法の確立に期待-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 器官誘導研究チームの辻 孝 チームリーダー、武尾 真 上級研究員、小川 美帆 客員研究員(研究当時 株式会社オーガンテクノロジーズ 研究員、現 株式会社オーガンテック 代表取締役)らの共同研究チームは、特殊な毛の形態形成モデルから新たな生体リズムの機構を解析し、毛を生み出す器官である毛包[1]毛乳頭細胞[2]が作るマイクロニッチ[3]毛母細胞[4]の時間的空間的な変化により、毛包特異的なリズムが生み出されることを解明しました。

本研究成果は、生体リズム[5]が関与する発生現象の理解に貢献するとともに、毛質に個人差が生じる仕組みや、生体リズムの乱れを伴う加齢メカニズムの解明、加齢による毛質変化に対する予防法の確立につながると期待できます。

生命現象には固有の生体リズムがあり、動物では睡眠や性周期などの生理現象に関わるほか、発生過程では、体節形成や器官形態形成、体の模様作りなど、さまざまな発生現象に関わる特異的な生体リズムが知られています。

今回、共同研究チームは、マウス体毛の約70%を占めるジグザグ毛の毛幹[6]が左右に3回変曲する形態に着目し、出生後の形態形成をつかさどる新しい生体リズムのモデルとして、その解明に取り組みました。ライブイメージング[7]による細胞動態解析[8]によって、毛包の毛乳頭細胞が作るマイクロニッチと呼ばれる微小環境と毛母細胞の組み合わせが3日に1度切り替わり、毛母細胞集団の状態が変化するという新たな生体リズムを明らかにするとともに、加齢によってこのリズムに乱れが生じることを明らかにしました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(8月4日付)に掲載されました。

マウス毛球部の蛍光顕微鏡像、毛母細胞(赤)と毛乳頭マイクロニッチ(青系)の画像

左はマウス毛球部の蛍光顕微鏡像、右は毛母細胞(赤)と毛乳頭マイクロニッチ(青系)の画像

背景

生体リズムは、生物の発生から死に至るまでのほとんど全ての生命現象に重要な役割を果たしています。発生過程での器官の形態形成では、生体リズムは胚発生における体節形成や指骨発生など、分節構造を持つ組織形態の繰り返しパターンを形作る際に重要な役割を担い、器官が効率的かつ適正な機能を発揮する上で重要です。一方、出生後の恒常性(生体が一定の状態を保とうとする働き)の維持や身体活動にも生体リズムは密接に関与しており、生命現象は数秒から年単位まで、多様な長さのリズムにより調節されていると考えられています。

そのため、老化やストレスなどによって引き起こされる生体リズムの乱れは、睡眠障害やうつ病などの病気を誘発し、生理学的現象や身体活動に影響を与えます。これまでの出生後の恒常性維持機構に関わる研究は、1日単位の概日リズムや月経周期のような長日周期がよく知られています。しかし、それらは睡眠や性周期など生理学的現象に注目したものが多く、出生後にどのようなメカニズムにより生体リズムが生み出され、形態的な繰り返しパターンが維持されるかの多くは明らかになっていませんでした。

哺乳類において、毛を作り出す器官である毛包(図1)は生涯にわたって周期的に退縮と再生を繰り返し、この周期に合わせて毛が生え替わります。ヒトでは頭髪や体毛、まつ毛、性毛など、さまざまな形態や長さの毛が存在し、部位によって異なる周期で制御されています。マウス体毛には、形態的に識別される複数の種類があり、そのうち約70%を占めるジグザグ毛という毛種は、体温調節や体表の保護に重要な機能を持ち、一定の位置で必ず左右に3回曲がる(変曲する)という形態パターン(生物の基本構造をなす繰り返し構造)を示します(図2a)。

今回、共同研究チームはこのマウスジグザグ毛をモデルに、特に変曲点形成過程に着目することにより、出生後の形態形成の生体リズムが維持されるメカニズムを明らかにすることを試みました。

毛包の構造の図

図1 毛包の構造

研究手法と成果

  • 1)変曲点形成時期の特定

    まず共同研究チームは、ジグザグ毛の変曲点がいつどのようにして形成されるかを決定するために、マウス毛幹の形態学的特徴を詳細に解析しました。成体マウスのジグザグ毛を顕微鏡で観察すると、変曲点では他の部位と比較して毛の幅が細くなり、さらに色素細胞が含まれる毛髄[6]構造(メデュラ)の間隔が広くなります(図2a)。

    若齢(7~8週齢)の成体マウスのジグザグ毛における、各変曲点間の距離や変曲点の角度を計測したところ、ほぼ一定であり、毛並みに光沢のある様子が観察されました(図2b)。一方、老齢マウス(86週齢)では、変曲点間の間隔と変曲角度にばらつきがあり、結果として毛幹の3次元形態に大きなばらつきが生じ、体毛の光沢が失われていました(図2b)。ジグザグ毛の成長期間と成長速度はほぼ一定であることから、これらの結果は、変曲点を形成するリズムが老化に伴い乱れる可能性を示しています。

    マウスジグザグ毛の形態解析の図

    図2 マウスジグザグ毛の形態解析

    • a)マウスジグザグ毛の実体顕微鏡写真。毛先から根元に向かって、第一、第二、第三の三つの変曲点が見られる。右図は左図の四角で囲んだi、ii、iiiの拡大図。変曲点(ii)では毛幹が細くなり、メデュラ間隔(毛の中心部の黒く見える部分の間隔)が広くなる。スケールバーは500マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)。
    • b)7週齢および86週齢マウスの毛幹の2次元プロット(左)および実体写真(右)。7週齢マウスの変曲点はy軸の0.2、0.35、0.5cmあたりに見られ、その間隔は1.5~1.8mm、変曲角度は約160度でほぼ一定している(左図緑色線)。一方、86週齢マウスではこれらの数値が乱れ、ジグザグ毛の形態がばらつく傾向にある(左図灰色線)。また、7週齢マウスでは毛並みに光沢が見られるが、86週齢マウスには見られない。スケールバーは5cm。

    そこで、変曲点が形成されるタイミングを詳しく調べたところ、毛幹の形成が誘導されてから9.0日後、12.3日後、15.8日後に、それぞれ第一、第二、第三の変曲点が形成されることが分かりました。すなわち、これまでに報告のない「約3日周期」という生体リズムによって変曲点が形成され、このリズムが老化によって乱れる(不調和)ことが分かりました。

  • 2)変曲点形成時期における細胞動態解析

    毛は、毛包の根元にある毛球部で作られます。変曲点形成の細胞機構を明らかにするために、第二変曲点形成期の毛球部における毛乳頭細胞と、毛乳頭細胞と相互作用する毛母細胞の細胞動態を解析しました。過去の研究から注1)、毛乳頭細胞はC1~C4の4種類の細胞群(クラスター)で構成され、それぞれ異なるマイクロニッチと呼ばれる微小環境を作っていることが分かっています(図3a)。

    解析の結果、3日間の変曲点形成過程において、1日に1回の周期で、毛乳頭を挟んで常に同じ側で左右非対称に、毛母細胞の一部に増殖停止領域が形成されること、この増殖停止領域が、変曲点形成3日間のうち、1日目と2日目では毛乳頭マイクロニッチのC2クラスターのみに面するのに対し、変曲点が形成される3日目にはC2とC3クラスターの両方に接するように切り替わることが明らかになりました(図3b)。また、C2とC3クラスターに接するように形成された毛母の増殖停止領域は、毛幹の成長に合わせて毛包上部へと移動するとともに肥大化することによって毛幹を押しつぶし、変曲点が形成されることも明らかになりました。この結果は、細胞の存在する領域のマイクロニッチが動くという事実を初めて示したものであり、細胞動態が生体リズムの形成に関与するという新たな概念をもたらすものです。

    変曲点形成過程における細胞動態解析の図

    図3 変曲点形成過程における細胞動態解析

    • a)マウス毛球部の模式図。毛乳頭はC1~C4の四つのマイクロニッチから構成されている。
    • b)毛球部の蛍光顕微鏡像(上段)、表面プロット(中段)、および模式図(下段)。変曲点形成過程を通して、1日に1回、毛母細胞の増殖停止領域(青丸で囲んだ赤の細胞)が毛球部の片側にだけ形成される。変曲点形成3日目に、毛乳頭細胞の再編成が生じ、増殖を停止した毛母細胞(赤の細胞群)が毛乳頭マイクロニッチのC2(青)とC3(水色)の両方に面するようになる(赤矢尻)。スケールバーは10μm。
    • 注1)Yang, H., Adam, R. C., Ge, Y., Hua, Z. L. & Fuchs, E. Epithelial-Mesenchymal Micro-niches Govern Stem Cell Lineage Choices. Cell 169, 483-496 e413, doi:10.1016/j.cell.2017.03.038 (2017).
  • 3)変曲点形成時期における網羅的遺伝子発現解析

    変曲点形成の分子機構を明らかにするために、変曲点形成過程の毛球部における遺伝子発現の変化を解析しました。その結果、細胞の挙動と複数の器官の上皮間葉相互作用の調節に関与する成長因子(分泌因子)であるプレイオトロフィン遺伝子(Ptn)と、複数の生物学的プロセスに関与する転写因子[9]であるALF転写伸長因子3遺伝子(Aff3)が、変曲点形成期に発現量が有意に増加することが分かりました(図4a)。

    次に、時間的空間的な遺伝子発現解析から、変曲点形成期間の2日目と3日目において、Ptnは毛母細胞の増殖停止領域で発現し、一方、Aff3は毛乳頭マイクロニッチC3において強く発現することが明らかになりました(図4b)。これらの結果から、PtnAff3が変曲点形成において重要な役割を果たしていると予想されました。

    変曲点形成過程における遺伝子発現解析の図

    図4 変曲点形成過程における遺伝子発現解析

    • a)リアルタイムqPCRによる遺伝子発現解析。β-アクチン遺伝子(Actb)を対照としたときの相対的発現量の変化を調べた。変曲点形成期間3日目において、PtnAff3の発現量が有意に上昇している。
    • b)ホールマウントin situハイブリダイゼーションによる時間的空間的遺伝子発現解析。矢尻は遺伝子が発現している場所を示す。Ptnは毛母細胞の増殖停止領域で、Aff3は毛乳頭マイクロニッチC3で発現している。スケールバーは10μm。
  • 4)PtnおよびAff3の変曲点形成における機能解析

    そこで、変曲点形成におけるPtnAff3の機能を調べるために、これらの遺伝子発現の人為的抑制、または人為的過剰発現を施した細胞で再構成した毛包(再生毛包原基)を用いて、ジグザグ毛の変曲に及ぼす影響を調べました。遺伝子改変した毛を調べると、正常群では変曲点が3回形成されているのに対し、PtnもしくはAff3の発現を抑制した系では変曲形成のタイミングがばらついたり、変曲点回数が減少していました(図5a)。さらに、これらの発現抑制系では毛母細胞の増殖停止領域の形成のタイミングが正常群とは異なることや、Aff3の発現抑制系においてはマイクロニッチの切り替えが阻害されることが明らかになりました。またPtnおよびAff3を過剰発現させると、変曲点回数に変化が生じることが明らかになりました(図5b)。

    これらの結果から、Ptnは1日に1度の毛母細胞の増殖停止領域形成に関与しており、Aff3が3日に1度のマイクロニッチの切り替えを制御することによって、変曲点形成の適切なリズムを維持する役割を果たしていることが示唆されました(図5c)。

    PtnおよびAff3の変曲点形成における機能解析の図

    図5 PtnおよびAff3の変曲点形成における機能解析

    • a)PtnおよびAff3の発現抑制(KO)をした再生毛包原基から再生した毛幹の実体顕微鏡像。変曲点間隔の乱れや変曲点回数の減少など、変曲点形成リズムの乱れが認められる。スケールバーは500μm。
    • b)PtnおよびAff3を過剰発現させた再生毛包原基から再生した毛幹の実体顕微鏡像。Ptnの過剰発現では変曲点回数が減少し、Aff3の過剰発現では変曲点回数が増加するなど、変曲点形成リズムの乱れが認められる。スケールバーは500μm。
    • c)マウスジグザグ毛における変曲点形成過程の細胞/分子機構の模式図。約3日周期の変曲点形成リズムにおいて、Ptnが関与する毛母細胞の非対称的な増殖停止領域(G1-HM、赤の細胞群)が1日に1度形成される。さらに、毛乳頭マイクロニッチC3に発現するAff3によって3日に1度のG1-HMと毛乳頭マイクロニッチの組み合わせの切り替わりにより、変曲点が形成されると考えられる。

今後の期待

本研究では、出生後に形態形成を行う毛をモデルにすることにより、出生後の形態形成パターンにも生体リズムが関与し、毛母細胞の増殖停止領域と毛乳頭マイクロニッチの組み合わせが周期的に変化することによって、約3日周期という生体リズムが制御されていることが明らかになりました。さらに老化個体では、この形態形成パターンが乱れることが明らかになりました。本研究成果は、これまでの生体リズム研究と併せて、生物のライフサイクルにおいて重要な役割を果たしていることが示され、幅広い生命研究に貢献すると考えられます。

ヒトにおいてはさまざまな毛種があることに加え、毛種および個人間における毛の形態(ドレープやくせ毛)の違いなど、それぞれの制御機構にも違いがあることが予測されます。また、老化現象が、生体リズムの乱れに起因する形態形成パターンの秩序性低下であることから、ヒトの加齢における毛質の変化が生体リズムの変調によることが考えられ、加齢医学研究への貢献に加え、毛質の改善に向けて新たなアプローチを提供できる可能性が示されました。

今後、生体リズムを作り出す、より上位の分子機構の解明とともに、加齢による毛の形態形成パターンのかく乱メカニズムの解明と、その予防法の確立につながるものと期待できます。

補足説明

  • 1.毛包
    皮膚器官系に属する微細器官であり、毛や皮脂を体表面に放出する機能に加え、体表面の保護、体温調節、社会的機能といった動物の基本的機能を持つ。
  • 2.毛乳頭細胞
    毛髪を作り出す器官である毛包の根元に位置する毛球部にある間葉性の細胞。毛母細胞と相互作用することで、毛髪や毛包の一部を作り出す。
  • 3.マイクロニッチ
    生体内で幹細胞がその性質を維持するために必要な微小環境。サイトカインや細胞外基質を介して周囲の細胞と相互作用することにより、分化状態が決定される。
  • 4.毛母細胞
    毛髪を作り出す器官である毛包の根元に位置する毛球部にある上皮性の細胞。角化して毛髪を作り出すほか、毛包の一部となる。
  • 5.生体リズム
    睡眠周期などの約24時間の概日リズムや、数秒から数時間の周期を持つ超日リズムなどに代表される、全ての生命が持っている生命現象の周期的な変化。
  • 6.毛幹、毛髄
    毛の構造のうち、皮膚外に露出している部分を毛幹と呼ぶ。毛髄は、毛幹の中心部を形成する部分。
  • 7.ライブイメージング
    共焦点レーザー顕微鏡システムなどを用いて、生体内や組織内の細胞を生きた状態でタイムラプス撮影する手法。細胞の動きを直接観察することにより、細胞の挙動を可視化できる。
  • 8.細胞動態解析
    ライブイメージングにより可視化された細胞挙動を、時間軸に沿った連続的な動きとして解析する方法。
  • 9.転写因子
    遺伝子の発現を制御するタンパク質で、ゲノムDNA上の特定の配列を認識し、そこに直接結合することで、近傍の遺伝子の発現を調節する。

共同研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター 器官誘導研究チーム
チームリーダー 辻 孝(ツジ・タカシ)
上級研究員 武尾 真(タケオ・マコト)
客員研究員(研究当時)豊島 公栄(トヨシマ・コウエイ)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時)伊賀 朋世(イガ・トモヨ)
テクニカルスタッフⅠ 高瀬 美樹(タカセ・ミキ)
客員研究員 小川 美帆(オガワ・ミホ)
(研究当時 株式会社オーガンテクノロジーズ 研究員、現 株式会社オーガンテック 代表取締役)

関西学院大学大学院 理工学研究科
大学院生(研究当時)藤本 理歩(フジモト・リホ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(C)「三次元器官の生体外構築を目指した哺乳類成体器官における形態形成メカニズムの解明」(21K12678、研究代表者:武尾真)、公益財団法人大隅基礎科学創成財団 第6期研究助成 基礎科学(一般)「ニッチスイッチングによる新たな形態リズム創出メカニズムの解明」(研究代表者:武尾真)、公益財団法人 小柳財団 2019年度研究助成「マウス体毛の周期的形態変化を生み出す細胞動態の解明」(研究代表者:武尾真)、株式会社オーガンテックによる共同研究費、および理化学研究所募集特定寄附金「次世代器官再生医療に向けた基礎・応用化研究支援寄附金」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Makoto Takeo, Koh-ei Toyoshima, Riho Fujimoto, Tomoyo Iga, Miki Takase, Miho Ogawa, and Takashi Tsuji, "Cyclical dermal micro-niche switching governs the morphological infradian rhythm of mouse zigzag hair", Nature Communications, 10.1038/s41467-023-39605-z

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 器官誘導研究チーム
チームリーダー 辻 孝(ツジ・タカシ)
上級研究員 武尾 真(タケオ・マコト)
客員研究員 小川 美帆(オガワ・ミホ)
(研究当時 株式会社オーガンテクノロジーズ 研究員、現 株式会社オーガンテック 代表取締役)

辻 孝の写真 辻 孝
武尾 真の写真 武尾 真
小川 美帆の写真 小川 美帆

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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Tel: 03-6664-9022
Email: info [at] organ-tech.jp

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