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2025年2月3日

理化学研究所
名古屋大学
九州大学

チオフェン縮環ナノベルトの合成に成功

-光電子デバイスや極性材料などの応用に期待-

理化学研究所(理研)開拓研究本部 伊丹分子創造研究室の伊丹 健一郎 主任研究員(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所の八木 亜樹子 特任准教授、名古屋大学 大学院理学研究科の周戸 大季 博士後期課程学生(研究当時)、九州大学 大学院工学研究院の君塚 信夫 主幹教授らの国際共同研究グループは、チオフェン[1]を骨格内に組み込んだ芳香族ナノベルト[2]であるチオフェン縮環[3]ナノベルト(チオフェンベルト)の合成に初めて成功しました。

チオフェンベルトは、結晶中で同一方向かつ柱状に積層する一方、金属表面では2次元状に単層を形成します。さらに、チオフェン骨格の導入効果により低温でリン光発光を示しました。

このようなチオフェンベルトのユニークな性質は、光電子デバイスや極性材料など、さまざまな応用につながるものと期待されます。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(2月3日付:日本時間2月3日)に掲載されました。

本研究で開発したチオフェン縮環ナノベルトの図

本研究で開発したチオフェン縮環ナノベルト

背景

芳香族ナノベルトは、短いカーボンナノチューブ[4]と見なせる構造をしており、70年近くにわたって理論化学者だけでなく合成化学者や物理化学者の関心を集めてきた化合物群です。伊丹主任研究員らが2017年にカーボンナノベルトの合成を報告した注1)ことを皮切りに、今や多くの研究グループがさまざまなカーボンナノベルトや関連する芳香族ナノベルトを報告しています。これら芳香族ナノベルトは有機エレクトロニクスや超分子化学などの分野で応用が期待されており、近年ではナノベルト類が単分子デバイスとしての機能を持つことも明らかになってきました注2)。また、有機エレクトロニクス分野において縮環チオフェンはp型有機半導体[5]、分子性導体、発光材料の基本骨格として広く用いられています。従って、芳香族ナノベルトと縮環チオフェンを融合したチオフェン縮環ナノベルト(チオフェンベルト)は、まさに次世代材料としての機能が期待される分子です。

伊丹主任研究員らは、独自に開発したカーボンナノリング[2]である部分フッ素化シクロパラフェニレン注3)の炭素-フッ素結合に対して1段階の硫黄架橋反応(硫黄原子が結合して橋を架けるような分子内反応)を施すことで一挙にチオフェン骨格を組み込めると考え、設計、合成、物性測定に挑みました。

  • 注1)"Synthesis of a carbon nanobelt" Guillaume Povie, Yasutomo Segawa, Taishi Nishihara, Yuhei Miyauchi, Kenichiro Itami, Science 2017, 356, 172-175.
  • 注2)"Highly efficient charge transport across carbon nanobelts" Junfeng Lin, Shengda Wang, Fan Zhang, Bowen Yang, Pingwu Du, Chuanfeng Chen,Yaping Zang, Daoben Zhu, Sci. Adv. 2022, 8, eade4692.
  • 注3)"Half-substituted fluorocycloparaphenylenes with high symmetry: synthesis, properties and derivatization to densely substituted carbon nanorings" Hiroki Shudo, Motonobu Kuwayama, Yasutomo Segawa, Akiko Yagi, Kenichiro Itami, Chem. Commun. 2023, 59, 13494-13497.

研究手法と成果

チオフェンベルトを実際に合成する前に、設計したチオフェンベルトの構造と「ひずみエネルギー」(平らなベンゼン環[6]を曲げることで生じるエネルギー)を自然科学研究機構岡崎共通研究施設計算科学研究センターを利用して計算科学的解析によってシミュレーションしました(図1A)。チオフェンベルトの構造はベンゼン環とチオフェン環が縮環した繰り返し構造によって構成されますが、この構成ユニット数(n)によって形状が変化することが分かりました。nが大きくなるにつれて、順にコーン型(円すいを輪切りにした形)、フラット型、サドル型へと形状が変化することが予測されました。またコーン型からフラット型への変化に伴って、ひずみエネルギーが徐々に小さくなり、サドル型ではわずかに大きくなることが分かりました。今回の研究では、このコーン型形状のチオフェンベルトの合成を試みました。

伊丹主任研究員らは、独自に開発した「部分フッ素化シクロパラフェニレン(F16[8]CPP、F18[9]CPP)」を前駆体として合成し、これらの炭素-フッ素結合に対して硫黄架橋反応を施すことで構成ユニット数8個および9個から成るチオフェンベルトを効率的かつ短段階で合成しました(図1B)。

チオフェンベルトのひずみエネルギーと合成の図

図1 チオフェンベルトのひずみエネルギーと合成

  • (A)計算科学的解析でシミュレーションしたチオフェンベルトにおける「ひずみエネルギー」と構造。サイズ(構成ユニット数(n))によって、コーン型、フラット型、サドル型と異なる形状が予測され、今回はコーン型の合成を行った。ユニット数(n)は「[n]チオフェンベルト」のように表記される。
  • (B)チオフェンベルトの合成スキーム。テトラフルオロビフェニルを出発物質にして、ニッケル(Ni)および金(Au)錯体を触媒として、ナノリングである部分フッ素化シクロパラフェニレンをつくり、それを硫黄架橋反応でチオフェンベルトを作製する。

X線結晶構造解析[7]によってチオフェンベルトの構造決定を行った結果、その構造に由来して大きな双極子モーメント[8]を持つことが明らかになりました(図2A、B)。また、図2Cにある通り、チオフェンベルトは、結晶中で分子が全て同じ向きに配列して柱状構造を構築する興味深い性質を持つことが分かりました。いくつかの溶媒を用いて結晶化を検討したところ、結晶化した全ての溶媒で類似した分子配列となり、1分子で双極子を持つチオフェンベルトが向きをそろえて分子配列した極性結晶であることが示唆されました。

加えて、チオフェンベルトの光物性について調査すると、チオフェンベルトの剛直性を反映した光の吸収、蛍光、および-196°Cの低温下でリン光発光の性質を持つことが分かりました。君塚主幹教授らによる時間分解リン光測定によって、低温下でのリン光が長寿命であることが明らかとなりました。

チオフェンベルトの構造的特徴の図

図2 チオフェンベルトの構造的特徴

  • (A)X線結晶構造解析によって明らかになったチオフェンベルトの構造。炭素原子(灰色)、硫黄原子(黄色)、水素原子(白色)で表す。
  • (B)計算科学によって明らかになったチオフェンベルトの静電ポテンシャルマップと双極子モーメント。双極子モーメントは、分子の上側のみに集まった硫黄原子の効果によるもので、1分子としては大きな値である。「デバイ」は双極子モーメントの単位。赤色が濃い部分ほどマイナスの電荷が集まっており、分子の上下で赤色と青色に分かれて(分極して)いる。
  • (C)チオフェンベルトの結晶中における分子配列。全てのチオフェンベルトが同じ向きにそろって柱状に配列しており、結晶自体が極性を持つ。

チオフェンベルトは硫黄原子を上側のみに集めた特殊な構造であり、金属表面との相互作用を知るため、ミュンスター大学のハリー・メーニッヒ教授らと共に走査型トンネル顕微鏡[9]を使って金属表面上での配列挙動を調べました。金属は金(Au(111)面:(111)はミラー指数と呼ばれ、金属原子をある方向に揃えて切り出した表面であることを示す)および銅(Cu(111)面)を用いました。チオフェンベルトは、金表面にできた段差に対して1次元(線)状に配列した状態、銅表面では2次元状に集合した厚さ1分子のシートのような状態が、それぞれ観察できました(図3左)。

また、ハイデルベルク大学のサイード・アミルジャレイヤー教授らによる顕微鏡像のシミュレーションを利用することで、チオフェンベルトは、金表面では硫黄原子を下向きにして段差部分に集合した状態、銅表面では硫黄原子を上側に向けて集合した状態、がいずれも安定していました(図3右)。

チオフェンベルトの金属表面での配列とシミュレーションによる配列イメージの図

図3 チオフェンベルトの金属表面での配列とシミュレーションによる配列イメージ

  • (A)走査型トンネル顕微鏡による金属表面でのチオフェンベルトの配列。ドーナッツのように見えるのがチオフェンベルト。金表面では段差に1次元(線)状に配列し、銅表面では2次元状に広がって並んでいる。
  • (B)計算科学によってシミュレートされたチオフェンベルトの配列イメージ。炭素原子(灰色)、硫黄原子(黄色)と水素原子(白色)から成るチオフェンベルトは、金や銅の表面上にあり(左)、黒っぽい輪(中)や白い輪(右)に見える。また、金表面では1次元かつ硫黄を下向きにして並び、銅表面では2次元かつ硫黄を上向きにして分子が配列していることが分かる。

今後の期待

本研究で、チオフェン骨格を組み込んだユニークな構造を持つチオフェンベルトを効率的かつ短段階で合成しました。このチオフェンベルトの特徴として、(1)X線結晶構造解析によって、結晶構造を持ちその結晶中でユニークな柱状の分子配列パターンを有し、極性があること、(2)分光学測定により長寿命のリン光を発光すること、(3)チオフェンベルトにおける金および銅の金属表面上で異なる配列パターンがあること、を明らかにしました。

このような特徴を持つチオフェンベルトは、極性材料としての応用の可能性を秘めているだけでなく、有機エレクトロニクス分野において広く用いられている縮環チオフェンを含むことから光電子デバイスとしても今後の応用が期待されます。

補足説明

  • 1.チオフェン
    硫黄原子を一つ含む五角形の構造(5員環という)を有する有機分子。ベンゼン環([6]参照)と同様のπ電子数を有する6π電子系の芳香族化合物。
  • 2.芳香族ナノベルト、ナノリング
    芳香環が筒状につながった分子であり、剛直な構造を持つ。2017年に伊丹主任研究員らが合成したカーボンナノベルトも芳香族ナノベルトに含まれる。ナノリングは芳香環同士が一つの単結合を介して環状に連結された分子群を指す。
  • 3.縮環
    環式化合物において一つの環を構成する2個以上の原子が、同時に別の環の構成原子になっているような場合を指す。チオフェンベルトの場合、ベンゼン環とチオフェン環が2個の炭素原子(構造式では六角形と五角形の辺)を共有してつながっている。
  • 4.カーボンナノチューブ
    ナノカーボンと呼ばれる炭素物質の一種で、ナノメートル(10億分の1メートル)サイズの直径を持つ筒状の化合物。1991年に飯島澄男博士らにより発見された。
  • 5.p型有機半導体
    半導体の中でも、正孔を輸送するものはp型として知られている。有機分子を用いたp型有機半導体は、機械的に柔軟かつ軽量な材料として注目されている。
  • 6.ベンゼン環
    ベンゼンは炭素6原子から成る有機分子。その正六角形の炭素骨格をベンゼン環と呼ぶ。平面構造が最も安定であり、湾曲するとひずみエネルギーを持つ。
  • 7.X線結晶構造解析
    単結晶にX線を当て、その回折パターンを解析することで、単結晶中の分子構造やその配列を明らかにする手法。
  • 8.双極子モーメント
    硫黄原子と炭素原子のように電気陰性度が異なると、分子内に分極が生じ、これを双極子と呼ぶ。分極の度合いは双極子モーメントによって表される。
  • 9.走査型トンネル顕微鏡
    探針を試料に接近させて微弱なトンネル電流(トンネル効果によって流れる電流)を検出するタイプの顕微鏡。今回のように1分子を計測することができるほどの分解能を持つ。

国際共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 伊丹分子創造研究室
主任研究員 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)

名古屋大学
トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)
特任准教授 八木 亜樹子(ヤギ・アキコ)
大学院理学研究科
博士後期課程学生(研究当時)周戸 大季(シュウド・ヒロキ)
(現 琉球大学 日本学術振興会(JSPS)特別研究員)
博士後期課程学生 井本 大貴(イモト・ダイキ)

九州大学 大学院工学研究院
主幹教授 君塚 信夫(キミヅカ・ノブオ)
特任助教(研究当時)水上 輝市(ミズカミ・キイチ)
(現 理化学研究所 創発物性科学研究センター 特別研究員)

ハイデルベルク大学(ドイツ)
サイエンティフィック・コンピューティング学際センター
教授 サイード・アミルジャレイヤー(Saeed Amirjalayer)

ミュンスター大学(ドイツ)
物理学研究所
教授 ハリー・メーニッヒ(Harry Mönig)
博士後期課程学生 フィリップ・ヴィースナー(Philipp Wiesener)
有機化学研究所
教授 バート・ヤン・ラヴォー(Bart Jan Ravoo)
特任研究員 ヘニング・クラーセン(Henning Klaasen)

ミュンヘン工科大学(ドイツ)自然科学研究科
博士後期課程学生 エレナ・コロジェイスキー(Elena Kolodzeiski)

京都大学 物質-細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)
特定講師 坂本 裕俊(サカモト・ヒロトシ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業特別推進研究「未踏分子ナノカーボンの創製(研究代表者:伊丹健一郎)」、同国際共同研究加速基金(国際先導研究)「動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探究(研究代表者:山口茂弘、研究分担者:八木亜樹子)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Hiroki Shudo, Philipp Wiesener, Elena Kolodzeiski, Kiichi Mizukami, Daiki Imoto, Harry Mönig, Saeed Amirjalayer, Hirotoshi Sakamoto, Henning Klaasen, Bart Jan Ravoo, Nobuo Kimizuka, Akiko Yagi, Kenichiro Itami, "Thiophene-fused aromatic belts", Nature Communications, 10.1038/s41467-025-55896-w

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 伊丹分子創造研究室
主任研究員 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)

名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)
特任准教授 八木 亜樹子(ヤギ・アキコ)

名古屋大学 大学院理学研究科
博士後期課程学生(研究当時)周戸 大季(シュウド・ヒロキ)

九州大学 大学院工学研究院
主幹教授 君塚 信夫(キミヅカ・ノブオ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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名古屋大学 総務部広報課
Tel: 052-558-9735 / Fax: 052-788-6272
Email: nu_research [at] t.mail.nagoya-u.ac.jp

九州大学 広報課
Tel: 092-802-2130
Email: koho [at] jimu.kyushu-u.ac.jp

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名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)
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