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2025年3月20日

理化学研究所
京都大学

「ひねり」のきいた超伝導

-超伝導状態を制御する新手法-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チームの成塚 政裕 研究員、町田 理 上級研究員、花栗 哲郎 チームリーダー、京都大学 大学院理学研究科の淺野 舜 大学院生、栁瀬 陽一 教授の共同研究チームは、原子レベルの薄さの超伝導体のシートを他の原子シートと積み重ね、さらに結晶軸にひねりを加えることで、超伝導の性質を制御できることを発見しました。

近年、原子数個分の厚さしかないシート状物質の作製が可能になり、関心を集めています。このような原子シートには、金属、磁性体、超伝導体など、さまざまな物性を示す数多くの種類がありますが、複数のシートを積層すると、さらに新しい物性が現れます。積層する際にシートを互いにひねると物性に劇的な変化が現れることがあります。しかし、積層やひねりが電子状態に与える影響、特に超伝導に対する効果は実験的に調べることが難しく、これまでほとんど分かっていませんでした。

今回の研究では、原子シート超伝導体NbSe2(二セレン化ニオブ)を炭素原子シートであるグラフェン[1]の上に積み重ねてひねり、超伝導状態がひねりによってどのように変化するのかを走査型トンネル顕微鏡法・分光法(STM/STS)[2]を用いて詳しく調べました。その結果、特定のひねり角において、通常は電子が存在できないエネルギー領域に電子状態が現れ、それが特徴的な空間パターンを示すことを発見しました。電子状態を解析することで、この現象は、それぞれの原子層で運動する電子が、ひねりによって特別な関係を満たしたときに現れることを明らかにしました。これらの成果は、原子シートの超伝導に対する理解を深めるだけでなく、ひねりで超伝導状態を制御するという全く新たな手法につながることが期待されます。

本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(3月20日付:日本時間3月20日)に掲載されました。

ひねり積層での超伝導状態の図

ひねり積層での超伝導状態(イメージ図)

背景

臨界温度以下で物質の電気抵抗が完全に消失する超伝導は、固体内の電子が示す最も劇的な量子現象の一つであり、磁気共鳴画像法(MRI)検査やリニアモーターカーに必要な強力な電磁石に利用されています。近年では、超伝導の持つ量子力学的な性質に着目した量子コンピュータの基本素子などへの応用も盛んです。これらの超伝導の応用は、多様な超伝導体の中から目的に応じた特性を持つ物質を選びだすことで実現されていますが、もし超伝導特性を人工的に設計・制御することができれば、超伝導の応用範囲はさらに広がります。

一般に物性の制御は、磁場・電場・圧力といった何らかの外場を印加したり、物質を構成する元素の組成を変化させたりすることで実現されます。一方、物質の構造を人工的に操作することで物性を制御する手法が最近脚光を浴びています。そのプラットフォームは、ファンデルワールス層状物質[3]と呼ばれる一連の原子シート物質群です。これらは、たかだか数原子層の厚さの原子シートが積み重なった構造を持ち、金属、磁性体、超伝導体など、多様な物性を示します。興味深いことに、この原子シート1枚だけを取り出すと、元々のバルク形態とは異なる特性が現れることがあります。異なる種類の原子シートを積み重ねたり、積層する際にシートをひねったりすることで、自然界には存在しない新しい構造を人工的に作り出すことも可能です。

原子シート超伝導体をベースとして、積層・ひねりを利用すれば、超伝導特性の人工制御ができる可能性があります。しかし、原子シート超伝導体を積み重ねてひねるには高度な技術が必要です。超伝導状態の変化を調べるためには、電子状態を直接観測する電子分光[4]とよばれる実験手法の適用が不可欠ですが、原子シート超伝導体の臨界温度はたかだか数ケルビン(K)[5]しかないため、超低温で実験を行わなければなりません。これらの技術的な困難さから、原子シート超伝導体の理解はこれまで進んでいませんでした。

研究手法と成果

共同研究チームは、原子シート超伝導体NbSe2(二セレン化ニオブ)と炭素の原子シートとして知られるグラフェンを積み重ねてひねり、さまざまなエネルギーを持った電子の空間分布を描き出すことができる走査型トンネル顕微鏡法・分光法(STM/STS)を用いて、超伝導状態に対するひねりの影響を詳しく調べることにしました。理研では、超低温環境で動作する走査型トンネル顕微鏡を独自開発し、安定したSTM/STSが可能な装置としては世界最低温度となる0.09K以下を達成しています。これは、原子シート超伝導体NbSe2の臨界温度である1~2Kよりも十分に低く、超伝導状態の本質的な性質を調べることができます。

STM/STSは、試料表面の電子状態を調べる手法のため、NbSe2とグラフェンの積層構造の表面は原子レベルで清浄でなければなりません。共同研究チームは、積層構造の基板としてシリコンと炭素の化合物であるSiC(シリコンカーバイド)を採用し、真空中で加熱することでシリコンを脱離させて基板表面にグラフェンを作製しました。次に、同じ真空容器内で分子線エピタキシー法[6]と呼ばれる高品質薄膜を作製する手法を用いて、グラフェン上にNbSe2の単層原子シートを成長させました。この際、成長温度を精密に制御すると、グラフェンの結晶軸とNbSe2の結晶軸がずれた「ひねり積層」が作製できました(図1)。

グラフェン上のNbSe2のひねり積層の図

図1 グラフェン上のNbSe2のひねり積層

黒矢印と青矢印は、それぞれグラフェンとNbSe2の結晶軸を表す。θはグラフェンとNbSe2の結晶軸のずれ。

試料を装置間で運搬する際に試料表面を大気中に暴露させると、空気中の酸素などと表面が反応して、たちどころに汚染されてしまいます。そこで、宇宙空間に匹敵する超高真空環境を保持できる「超高真空スーツケース」を利用して、試料を全く大気にさらすことなく移送することができました。これらのさまざまな技術開発によって、今回の実験が初めて可能になりました。

超伝導は、電子が2個ずつ対(クーパー対[7])になることで発現します。クーパー対をバラバラにして通常の電子に戻すためにはエネルギーが必要なので、超伝導状態では低エネルギー領域に電子は存在できません。このエネルギー領域は超伝導ギャップと呼ばれています。STM/STSは通常の電子を観測する手法なので、超伝導ギャップ内のエネルギーで実験を行っても何も観測されないはずです。さまざまなひねり角を持つNbSe2とグラフェンの積層構造の電子状態分布を調べたところ、ひねり角が0°の場合は、確かに超伝導ギャップ内には電子状態がありませんでした。ところが、ひねり角が24°と28°の積層構造では、超伝導ギャップ内のエネルギーにもわずかに電子状態が現れ、それがさざ波状の空間パターンを示しました(図2)。

ひねり積層の電子状態分布と超伝導ギャップ内のエネルギーでの空間パターンの図

図2 ひねり積層の電子状態分布と超伝導ギャップ内のエネルギーでの空間パターン

  • (左)ひねり角が24°の試料の電子状態数のエネルギー依存性。電子状態数の落ち込みが超伝導ギャップを表すが、その底(エネルギー0meV)においても有限の状態が残っている。meV:ミリ電子ボルト。
  • (右)超伝導ギャップ内の電子状態数が示すさざ波状の空間パターン。結晶格子より大きな数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の周期を持つ空間パターンが見られる。

フーリエ変換[8]と呼ばれる数学的方法を使って、観測された空間パターンがどのような波長成分を含み、それがどの方向に現れるのか解析したところ、NbSe2の結晶軸からもグラフェンの結晶軸からもずれた、ねじれた方向に波の成分が現れていました(図3)。

観測された波状の空間パターンは、電子が量子力学的な波としての性質を持っていることを反映します。結晶の中では周期的に並んだ原子核の影響によって、電子の波長や進行方向が制限されます。この波長や進行方向は、原子核の並び方に依存するために物質ごとに異なります。従って、NbSe2とグラフェンの電子はそれぞれ異なる波長や進行方向を持ちます。

しかし、理論的に計算されたNbSe2とグラフェンの電子状態を解析したところ、それぞれの電子の一部が同じ波長、同じ進行方向を持つ積層のひねり角度が存在することが明らかになりました。実際、実験で得られたひねり積層における波長と進行方向は、理論的に計算されたものと完全に一致します(図3)。この結果は、超伝導ではないグラフェンの電子がNbSe2の超伝導に影響を与え、波長と進行方向が一致する電子が形成するクーパー対を選択的に抑制していることを示唆します。この結果は、電子の波長や進行方向を指定した新しい超伝導制御の手法を提供するものです。

超伝導ギャップ内の電子状態数の波状パターンと電子の持つ波長と進行方向の図

図3 超伝導ギャップ内の電子状態数の波状パターンと電子の持つ波長と進行方向

  • (左)フーリエ解析で成分ごとに分解した超伝導ギャップ内の電子状態数の波状パターン。水色、赤、緑の矢印で示した信号は、座標軸qxqyで示すNbSe2の結晶軸の方向とずれている。qは電子の散乱波数(散乱の波長の逆数)を表す。
  • (右)エネルギーが0meVの電子がどのような波長と進行方向を持つかを示す図。kxkyは、波数(波長の逆数)ベクトルの成分を表す。青・赤線はNbSe2の電子、黒丸はグラフェンの電子の分布を表す。両者が重なる領域を結ぶベクトルが、左図に示す実験で観測された信号をよく説明する。

今後の期待

本研究では、「ひねり」によって電子の波長と進行方向を選択して超伝導の特性を制御するという全く新しいコンセプトを提案しました。これは、新しい機能を持った超伝導材料やデバイスの可能性を切り開く成果です。

今回の知見は、NbSe2とグラフェンの積層構造以外にも適用できます。磁性体など他の機能を持った原子シートを利用することで、特定の波長や進行方向の電子のみが磁性を持つようなユニークな素子ができるかもしれません。また、試料作製技術をさらに発展させ、ひねり積層を2枚、3枚と増やして複雑で高度な積層構造を実現できれば、これまでに知られていない新奇な超伝導現象やトポロジカル量子現象[9]の発見につながると期待されます。

補足説明

  • 1.グラフェン
    炭素原子が六角形格子上に配列した厚さ1原子層のシート状材料。黒鉛(グラファイト)の層を1枚剝離するなどして得られるもので、非常に高い電気伝導性、機械的強度、熱伝導性を持つ。本研究では、その原子レベルでの平滑さから基板として着目した。
  • 2.走査型トンネル顕微鏡法・分光法(STM/STS)
    物質表面の原子レベルの構造や電子状態を調べるための実験手法。走査型トンネル顕微鏡法(STM)では、原子レベルで鋭利な金属の針(探針)を物質表面に近づけ、探針と表面の間に流れる量子力学的なトンネル電流を測定する。このトンネル電流は探針と表面間の距離や電子状態に依存するため、高い空間分解能で表面構造を可視化できる。さらに、STMを用いたトンネル分光(STS)では、トンネル電流を電圧の関数として測定することで、物質中の特定の位置における電子のエネルギー状態の密度を得ることができる。
  • 3.ファンデルワールス層状物質
    共有結合やイオン結合により2次元的に結びついた原子シートが、シート間では弱いファンデルワールス力のみによって積層する物質。代表的な例として、黒鉛や遷移金属ダイカルコゲナイドが挙げられる。
  • 4.電子分光
    光や電子を物質に入射し、放出・散乱された電子の特性を計測することで、物質の電子構造を明らかにする実験手法の総称。代表例として、光を物質に照射して放出される光電子のエネルギーと運動量を測定する角度分解光電子分光(ARPES)、電流を流して電子を出し入れするトンネル分光(STS)、電子のエネルギー損失を計測する電子エネルギー損失分光(EELS)などが挙げられる。物質のバンド構造やフェルミ面、電子励起や局所的な化学状態の解析に活用される。
  • 5.ケルビン(K)
    ケルビン(Kelvin、記号:K)は、国際単位系(SI)における温度の基本単位。物質の内部エネルギーが最小となる絶対零度を基準とし、これを0ケルビンと定義する。日常的に使われるセルシウス温度(℃)とケルビンの1度の温度間隔は等しく、0Kはセルシウス温度の-273.15℃に対応する。
  • 6.分子線エピタキシー法
    超高真空環境下で原子や分子のビームを基板上に照射し、薄膜を原子・分子層単位で精密に成長させる成膜手法。高い制御性により、半導体や量子材料の作製に広く用いられる。
  • 7.クーパー対
    超伝導状態で形成される、電子が対を成した量子状態を示す。通常反発し合う電子が、ある温度以下では、電子間の間接的な相互作用によって束縛され、ペアを形成する。具体的な電子相互作用としては、格子振動(フォノン)が最も一般的で、この対形成によってフェルミエネルギー近傍の状態密度スペクトルに超伝導ギャップが開く。超伝導理論であるBCS理論の基盤となる概念であり、その提唱者の1人である物理学者レオン・クーパーにちなんで名付けられた。
  • 8.フーリエ変換
    時間や空間に依存する信号を、それを構成する異なる周波数成分の和として表現する数学的手法。
  • 9.トポロジカル量子現象
    物質の量子状態がトポロジー(形状や位相)の性質によって特徴付けられる現象を指す。これらの性質は外部のかく乱や欠陥に対して頑健で、物質の電気伝導や磁気特性に特異な影響を与える。代表的な例として、量子ホール効果やスキルミオン、トポロジカル絶縁体などが挙げられる。これらの現象は、電子のバンド構造のトポロジカルな位相を考えることで理解され、次世代への量子技術への応用が期待される。

研究支援

本研究は、理研TRIP事業「多電子集団」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の精密計測(研究代表者:花栗哲郎)」、同挑戦的研究(萌芽)「超低温走査型トンネル顕微鏡を用いたボトムアップ相関電子系の作製と物性探索(研究代表者:花栗哲郎)」「量子幾何が誘起する量子凝縮相の解明(研究代表者:栁瀬陽一)」、同研究活動スタート支援「NbSe2原子層の超伝導状態に現れる非従来性(研究代表者:成塚政裕)」、同若手研究「遷移金属カルコゲナイド原子層薄膜の新奇超伝導状態(研究代表者:成塚政裕)」、同基盤研究(B)「イジング超伝導体上の磁性原子鎖における超伝導トポロジー制御(研究代表者:町田理)」「次元性、対称性、トポロジーによるエキゾチック超伝導の解明と新機能性開拓(研究代表者:栁瀬陽一)」、同基盤研究(S)「ウランも含む強相関トポロジカルスピン三重項超伝導の物理(研究代表者:青木大)」、同挑戦的研究(開拓)「スピン計測技術を基軸とするトポロジカル超伝導とマヨラナ励起状態の探索(研究代表者:白石誠司)」「超伝導ダイオード効果の機構解明と不揮発性超伝導ダイオード素子の創出(研究代表者:小野輝男)」、同特別推進研究「超伝導と磁性の融合による新物質・新物性開拓(研究代表者:小野輝男)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Masahiro Naritsuka, Tadashi Machida, Shun Asano, Youichi Yanase, and Tetsuo Hanaguri, "Superconductivity controlled by twist angle in monolayer NbSe2 on graphene", Nature Physics, 10.1038/s41567-025-02828-6

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発物性計測研究チーム
研究員 成塚 政裕(ナリツカ・マサヒロ)
上級研究員 町田 理(マチダ・タダシ)
チームリーダー 花栗 哲郎(ハナグリ・テツオ)

京都大学 大学院理学研究科
大学院生 淺野 舜(アサノ・シュン)
教授 栁瀬 陽一(ヤナセ・ヨウイチ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
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