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2025年6月10日

理化学研究所

超伝導量子ビットの高速・低誤り率多重読み出しを実現

-超伝導量子コンピュータの性能向上に貢献する新技術-

理化学研究所(理研)量子コンピュータ研究センター 超伝導量子エレクトロニクス研究チームのピーター・スプリング 特別研究員、玉手 修平 研究員、中村 泰信 チームディレクターらの国際共同研究グループは、超伝導量子ビットの高速で誤り率の低い同時多重読み出しを実現しました。

本研究成果は、超伝導量子ビットを用いた誤り耐性量子コンピュータ[1]の実現に貢献すると期待されます。

今回、国際共同研究グループは、量子ビット読み出し回路内に内在型パーセルフィルタ[2]と呼ばれるコンパクトなフィルタ共振器を実装することで、超伝導量子ビットの多重読み出しを非常に高速かつ低誤り率で行うことに成功し、世界最高レベルの性能を示しました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review X Quantum』オンライン版(6月5日付)に掲載されました。

超伝導量子ビットの多重読み出しの概念図の画像

超伝導量子ビットの多重読み出しの概念図

背景

誤り耐性量子コンピュータの実現に向けて、さまざまな量子系において量子ビットの集積化が進められています。超伝導量子ビットは、その中でも有力な実装形態の一つであり、表面符号[3]を用いた量子誤り訂正による論理誤り率の低減が実証されるなど、近年急速に性能が向上しています。

量子コンピュータに誤り訂正機構を実装するためには、量子ビットのゲート操作(演算操作)および状態読み出しをいずれも低誤り率で行うことが必要です。その中でも状態読み出しはゲート操作と比べて誤り率が高く、量子誤り訂正を行う上で大きなボトルネックとなっていました。状態読み出しの誤り率の高さは、主に読み出しの実行速度が遅いことに起因しており、いかにして高速かつ低誤り率の読み出しを実現するかは量子コンピュータの性能向上のための大きな課題の一つでした。

超伝導量子ビットの状態読み出しには、「分散読み出し」と呼ばれる手法が一般的に用いられています。この読み出し手法では、量子ビットと読み出し共振器の結合により、量子ビットの状態に応じて読み出し共振器の共振周波数が変化することを利用します。量子ビットの状態に依存して共振器の応答が変化するため、読み出し共振器からの反射マイクロ波を測定することで、量子ビットの状態を間接的に読み出すことができます。分散読み出しを高速化するためには、量子ビットと読み出し共振器間の結合および読み出し共振器と読み出し配線の結合を大きくすることが必要です。しかしながら、これらの結合を大きくすると、パーセル効果[2]によって量子ビットのエネルギー緩和時間が短くなり、結果として、高速化したにもかかわらず読み出し誤り率が増加してしまうという問題がありました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、内在型パーセルフィルタと呼ばれるフィルタ回路を読み出し回路に用いることで、量子ビットの量子コヒーレンス[4]を保護しながら、量子状態を高速かつ低誤り率で読み出すことに成功しました。

これまで、量子ビットの量子コヒーレンスを保ちながら高速な読み出しを行うためには、パーセル効果を抑制するためのパーセルフィルタ[2]と呼ばれる共振器をバンドパスフィルタ(特定の周波数帯域だけを通過させるフィルタ)として用いて、読み出し共振器以外の周波数のマイクロ波が読み出し配線と結合することを抑制する手法が広く用いられていました。しかしながら、より高速な読み出しを行うためには、読み出し配線の結合を従来よりもさらに大きくする必要があるため、単純なバンドパスフィルタだけでは量子ビットのエネルギー緩和の抑制が十分ではありませんでした。

本研究では、従来のパーセルフィルタで読み出し共振器とフィルタ共振器間の結合として用いられていた電気的な結合を電気磁気的な結合に置き換えました。それによって、量子ビット周波数におけるエネルギー緩和を抑制するノッチフィルタ[5]の機能を結合回路に組み込むことが実現可能になりました。また、各共振器に用いられる伝送線路を平行かつ近接して配置することで、回路面積を増やさない結合回路の実装も可能となりました(図1)。

読み出しとフィルタの共振器間における電気的結合と電気磁気的結合の比較の図

図1 読み出しとフィルタの共振器間における電気的結合と電気磁気的結合の比較

(a)従来の共振器間の結合手法。キャパシタ(蓄電器)を用いて電気的に結合。(b)本研究の共振器間の結合手法による内在型ノッチフィルタ(特定の周波数帯域を除去するフィルタ)の実装。超伝導量子回路における共振器はコプラナ線路などの伝送線路を用いて分布定数回路(回路要素が連続的に分布する形で構成される電気回路)として実装される。共振器の一部の伝送線路を互いに平行かつ近接させて配置することで、電気磁気的な結合が実現できる。(c)量子ビットから外部の読み出し配線への透過特性。近接伝送線路により量子ビット周波数付近のマイクロ波を遮断するノッチフィルタが実現される。

実際に、16個の量子ビットで構成される超伝導量子ビット集積回路チップ上に、4量子ビットごとの周波数多重読み出し回路を実装し、その中に上記のノッチフィルタの回路を搭載しました(図2)。このチップでは、高速読み出しを可能にするために、量子ビットと読み出し回路および読み出し回路と読み出し配線の結合が、それぞれ一般的な超伝導読み出し回路と比べて非常に大きく設計されているにもかかわらず、ノッチフィルタの機能により量子ビットのエネルギー緩和が十分抑制できることを実証しました。

4量子ビットの多重読み出し回路へのノッチフィルタ回路の搭載の図

図2 4量子ビットの多重読み出し回路へのノッチフィルタ回路の搭載

(a)4量子ビットの多重読み出し回路。(b)近接伝送線路による結合回路。読み出し共振器(赤)とフィルタ共振器(青)が近接して配置された伝送線路領域(紫)で電気磁気的に結合する。(c)読み出し配線への接続図。四つの読み出し共振器からの信号は、中央のシリコン貫通ビア(電極)を介して、チップ裏面の読み出し配線用プローブピン(導通検査ピン)に接続される。

また、本デバイスの一つの読み出しポートを通して4量子ビットの周波数多重読み出しを行いました。その結果、読み出し時間56ナノ秒(ns、1nsは10億分の1秒)という非常に高速な読み出しでありながら、平均誤り率0.23%、最低誤り率0.09%という世界最高レベルの読み出し精度を実現しました(図3)。この結果は、これまで報告されている最高精度の読み出しと比べて、最低誤り率を1/2以下に、読み出し時間を1/2程度に改善したことになります。

四つの量子ビット(Q1~Q4)の周波数多重読み出し結果の図

図3 四つの量子ビット(Q1~Q4)の周波数多重読み出し結果

量子ビットを基底状態(|g〉)および励起状態(|e〉)を読み出した際の信号のヒストグラムをそれぞれ青丸・赤丸で示す。黒破線で示すガウス分布(正規分布)状の信号の広がり(雑音)に比べて、それぞれの状態に対する読み出し信号の中心位置が十分に離れており、すべての量子ビットに対して信号対雑音比が十分高い読み出しを実行できている。読み出し信号が負の値の場合を基底状態、正の値の場合を励起状態として判別する。このため、信号が負の領域にある赤丸および信号が正の領域にある青丸が読み出しの誤りに対応する。誤りに対応する信号のカウント数が非常に少なく、低誤り率の測定が実現できている。励起状態はエネルギー緩和により測定中に基底状態に変化してしまうことがあるため、励起状態の誤り確率は基底状態の誤り確率に比べて一般に高くなる。このエネルギー緩和による誤りも内在型パーセルフィルタにより、十分低い確率に抑えられている。

今後の期待

本研究では、読み出し共振器とフィルタ共振器の間の結合にノッチフィルタの機能を内在させることで、超伝導量子ビットの読み出しに必要な回路面積を増加させることなく、非常に高いフィルタ性能を実現しました。これによって、量子ビットの量子コヒーレンスに影響を与えることなく、高速・低誤り率の同時多重読み出しを実現しました。0.1%未満という量子ビット状態読み出しの誤り率は、従来の方法に比べて量子誤り訂正のための閾値(しきいち)を大きく下回ります。このため、超伝導量子ビットのさらなる集積化や量子誤り訂正の高効率化に貢献することが期待されます。

補足説明

  • 1.誤り耐性量子コンピュータ
    量子状態を量子誤り訂正符号により冗長化して保持することで、ゲート操作中に量子状態に生じる物理的な誤りを訂正しながら動作させることができる量子コンピュータ。
  • 2.内在型パーセルフィルタ、パーセル効果、パーセルフィルタ
    パーセル効果は、量子ビットが共振器と結合している系において、共振器から外部(ケーブルや自由空間など)への放射が大きい場合、量子ビットのエネルギーが共振器を介して外部に放出され、量子ビットのエネルギー緩和が加速される現象。パーセルフィルタは、パーセル効果による量子ビットのエネルギー緩和を防ぐために、読み出し共振器と読み出し配線の間に挿入されるマイクロ波フィルタ。読み出し共振器の共振周波数付近のマイクロ波を透過させ、量子ビット周波数のマイクロ波を反射する特性を持つフィルタが用いられる。内在型パーセルフィルタとは、分布定数型の共振器に蓄えられる電磁場が周波数に応じた空間依存性を持つこと利用して、結合回路に周波数フィルタの機能を内在させるパーセルフィルタの実装形態。フィルタ回路実装のための追加の回路要素が必要ないため、回路面積を削減することが可能。
  • 3.表面符号
    一つの量子状態を多数の量子ビット上に冗長化して保持することで、誤り率を低減する量子誤り訂正符号の一つ。2次元格子状に結合した量子ビット配列を用いて実装することが可能なため、超伝導量子ビットなど平面上に集積可能な物理実装と親和性が高い。
  • 4.量子コヒーレンス
    量子ビットが量子的な重ね合わせを維持するために必要な位相情報のこと。量子ビットのエネルギー緩和や位相緩和によって失われる。
  • 5.ノッチフィルタ
    特定の狭い周波数帯域のマイクロ波を遮断し、帯域外の周波数のマイクロ波を透過させるマイクロ波フィルタ。

国際共同研究グループ

理化学研究所 量子コンピュータ研究センター
超伝導量子エレクトロニクス研究チーム
チームディレクター 中村 泰信(ナカムラ・ヤスノブ)
研究員 玉手 修平(タマテ・シュウヘイ)
特別研究員 ピーター・スプリング(Peter Spring)
実習生(研究当時)ルカ・ミラノビッチ(Luka Milanovic)

東京大学 大学院工学系研究科
特別研究員(研究当時)アルヤン・ファン・ルー(Arjan van Loo)

アールト大学(フィンランド)
特別研究員 砂田 佳希(スナダ・ヨシキ)

研究支援

本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「超伝導量子コンピュータの研究開発(研究代表者:中村泰信)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「超伝導回路上の導波路量子電磁力学とその応用(研究代表者:中村泰信)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Peter A. Spring, Luka Milanovic, Yoshiki Sunada, Shiyu Wang, Arjan F. van Loo, Shuhei Tamate, Yasunobu Nakamura, "Fast multiplexed superconducting-qubit readout with intrinsic Purcell filtering using a multiconductor transmission line", Physical Review X Quantum, 10.1103/PRXQuantum.6.020345

発表者

理化学研究所
量子コンピュータ研究センター 超伝導量子エレクトロニクス研究チーム
チームディレクター 中村 泰信(ナカムラ・ヤスノブ)
研究員 玉手 修平(タマテ・シュウヘイ)
特別研究員 ピーター・スプリング(Peter Spring)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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