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2025年6月9日

理化学研究所
名古屋大学

オールアジンナノリングの合成に成功

-超分子材料やエネルギー貯蔵材料などへの応用に期待-

理化学研究所(理研)開拓研究所 伊丹分子創造研究室の伊丹 健一郎 主任研究員(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム チームディレクター、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)、名古屋大学 大学院理学研究科の八木 亜樹子 教授らの国際共同研究グループは、窒素原子を含む芳香環であるアジン環のみから構成されるオールアジンナノリング[1]の合成に成功しました。

これにより、アジンナノリングの特徴を生かして、超分子材料やエネルギー貯蔵材料などへの展開が行われることが期待されます。また、アジンナノリングは半導体デバイスとしての応用研究が行われている窒素ドープ(添加)されたカーボンナノチューブ[2]の部分構造であることから、本研究は革新的なナノデバイス創製に貢献する可能性があります。

今回の研究では、オールアジンナノリングは長波長領域での吸収と蛍光を示すほか、小さなエネルギーギャップ[3]を持つことが分かりました。また、オールアジンナノリングの合成戦略を生かすことでアジン環[4]ベンゼン環[5]から成る新奇な「部分アジンナノリング」類の合成にも成功しました。さらに、部分アジンナノリングはルイス酸[6]との超分子構造を形成することや高い電気化学的安定性を示すことも明らかにしました。

本研究は、英国科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(6月9日付、日本時間6月9日)に掲載されました。

本研究で開発したオールアジンナノリングの図

本研究で開発したオールアジンナノリング

背景

カーボンナノリング(ナノリング)は、ベンゼン環などの芳香環が環状につながった分子群です。本来平面構造を持つ芳香環が曲げられた構造を持つため、さまざまな特異な性質を示し、光機能性材料やケミカルバイオロジーなど多方面での応用が行われています。ベンゼン環のみから成るシクロパラフェニレン(cycloparaphenylene:CPP、図1)の合成が、伊丹主任研究員らの研究グループを含めた三つの研究グループにより2000年代終盤に達成されて以降注1)、多様な構造から成るナノリングが世界中で合成されてきました。窒素原子(N)を有する芳香環である「アジン環」は、窒素原子に由来した特異な性質を示すため医薬品を含む機能性分子に多く用いられており、アジンのみから構成されるナノリングの合成も長く期待されていました。しかし、窒素原子に由来する配位[7]や反応性の高さに起因した合成の困難さゆえに、オールアジンナノリングの合成はこれまで達成されていませんでした。

シクロパラフェニレン(CPP)の一つの図

図1 シクロパラフェニレン(CPP)の一つ

伊丹主任研究員らが初めて合成したシクロパラフェニレン。ベンゼン環6個から成るものは[6]CPPと表す。

  • 注1)Hiroko Takaba, Haruka Omachi, Yosuke Yamamoto, Jean Bouffard, Kenichiro Itami, "Selective Synthesis of [12]Cycloparaphenylene" Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 6112.

研究手法と成果

国際共同研究グループは、最先端のナノリング合成法と独自のオールアジンナノリング合成戦略を組み合わせることで、世界初のオールアジンナノリング(化合物1)の合成に成功しました。

金錯体を経由したナノリング合成法は2020年に開発された方法であり、効率的なナノリング合成を実現する最先端の手法です注2)。この手法を用いて国際共同研究グループは、六つのピリジン環のみから成るオールアジンナノリングの合成を試みましたが、その合成には至りませんでした(図2A)。原因として、隣接する二つのピリジン環の金属イオンへの高い配位性があると考えられました。そこで、金属イオンへの高い配位性を落とすために、電子求引性の高いアジンであるピラジン環[4]を組み込んだオールアジンユニットを用いて合成を行うことで、標的化合物1の合成を達成しました(図2B)。

オールアジンナノリングの合成の図

図2 オールアジンナノリングの合成

  • (A)はじめに検討を行ったオールアジンナノリングの合成。六つのピリジン環(青色の六角形でハイライトされた分子骨格)から成る分子の合成に挑戦したが、合成には至らなかった。
  • (B)(A)での検討を受けて合成戦略を考え直し、六つのピリジン環と三つのピラジン環(緑色の六角形でハイライトされた分子骨格)を持つオールアジンナノリング(化合物1)を標的に合成を行った。化合物1は黄色の粉末であり、紫外線ランプの照射下において黄緑色の蛍光を示す(右端の写真)。

化合物1の性質を詳細に調査することによって、化合物1の持つ特性が明らかになりました。単結晶X線構造解析[8]により、その結晶構造は量子化学計算[9]によって予測された構造と類似していることが分かりました。また、そのひずみエネルギー[5]は類似リングサイズのCPPに比べて小さく、構造安定性が高いことが示唆されました。CPPに比べて長波長側に吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを持つことから、窒素原子の導入によりエネルギーギャップが縮小していることも推測されます。

化合物1の合成戦略を応用することで、ベンゼン環とアジン環から構成される「部分アジンナノリング」を2種類合成することにも成功しました(図3A)。化合物2はピリジン環を、化合物3はピラジン環を持ち、これらは化合物1と同じ数の芳香環によって構成されています。そのため、化合物1、2、3の構造的・電子的性質を比較することで、アジン環の種類や数がナノリングの性質に与える影響の評価が可能になりました。

化合物2はルイス塩基性であるピリジン環を持つため、ルイス酸分子と錯体を形成することが可能になると予想されました。そこで、ルイス酸分子であるトリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(BCF)との反応を行いました。得られた生成物の性質評価を行うことで、酸-塩基相互作用[10]を鍵とした、ナノリングによる超分子構造が形成されていることが分かりました(図3B)。

部分アジンナノリングである化合物2および化合物3の構造と性質の図

図3 部分アジンナノリングである化合物2および化合物3の構造と性質

  • (A)部分アジンナノリングである化合物2および化合物3の構造。それぞれ黄色の粉末であり、紫外線ランプの照射下において黄緑色の蛍光を示す(右端の写真)。
  • (B)化合物2をルイス塩基、トリス(ペンタフルオロフェニル)ボラン(BCF)をルイス酸として用いて酸-塩基相互作用により超分子構造を形成させた。
  • (C)化合物2に電子を注入し放出させることを示したスキーム。下図は、充放電に伴う溶液の色変化を示した図。

また、化合物2の酸化還元測定により、可逆なサイクリックボルタモグラム[11]が得られました。これに着想を得て、アセトニトリル溶液中において化合物2に電子を注入し放出させる実験を行い、その実験の過程で化合物2が分解することなく電子の出し入れを行う性質を持つことが判明しました(図3C)。

  • 注2)Yoshitaka Tsuchido, Ryota Abe, Tomohito Ide, Kohtaro Osakada, "A Macrocyclic Gold(I)-Biphenylene Complex: Triangular Molecular Structure with Twisted Au2(diphosphine) Corners and Reductive Elimination of [6]Cycloparaphenylene", Angew. Chem., Int. Ed. 2020, 59, 22928.

今後の期待

窒素ドープされたカーボンナノチューブは、半導体デバイスとしての応用が期待されている物質です。アジンナノリング類はその部分構造と見なせることから、ナノチューブ合成の鋳型として用いることで構造が精密に規定された窒素ドープのカーボンナノチューブが創製できる可能性があります。アジンナノリングを用いた超分子構造の形成により、中空構造を有する新奇超分子チューブ材料の創製も期待されます。また、本研究で合成したアジンナノリングは可逆的な電子注入・放出能を持つことから、新たなエネルギー貯蔵材料の創出につながる技術となることも考えられます。

補足説明

  • 1.ナノリング
    芳香環同士が一つの単結合を介して環状に連結された分子群を指す。
  • 2.カーボンナノチューブ
    炭素原子だけから成るチューブ状ナノ物質。単層カーボンナノチューブと、単層カーボンナノチューブが入れ子になった多層カーボンナノチューブがある。
  • 3.エネルギーギャップ
    量子力学系では、エネルギーがとびとびの値を取る。エネルギーギャップは、あるエネルギー状態とすぐ上のエネルギー状態の間のエネルギー幅のこと。
  • 4.アジン環、ピラジン環
    6員環構造上に窒素原子を有するヘテロ芳香環。天然物や農薬、材料科学に広く見られる。ピラジン環は分子式C4H4N2のアジンであり、ベンゼンの1位および4位の炭素が窒素で置換された構造を持つ。
  • 5.ベンゼン環、ひずみエネルギー
    ベンゼンは炭素6原子から成る有機分子。その正六角形の炭素骨格をベンゼン環と呼ぶ。平面構造が最も安定であり、湾曲するとひずみエネルギーを持つ。
  • 6.ルイス酸
    電子対を受け取ることができる化学種のことを指す。ルイス酸の定義は、ルイス塩基の対概念であり、電子対供与体(ルイス塩基)と反応して電子対を受け取る能力を持つ。ルイス酸は、多くの化学反応で重要な役割を果たし、触媒として使用される。
  • 7.配位
    原子やイオンの周囲に他の原子や分子、イオンなどを配置すること。窒素原子はさまざまな金属イオンに配位しやすい性質を持つ。
  • 8.単結晶X線構造解析
    単結晶試料にX線を照射し、その回折現象から原子および分子構造を決定する手法。
  • 9.量子化学計算
    量子力学を化学に応用し、分子が示す性質・現象を解明するための計算手法。近似方法によって多くの手法が存在する。
  • 10.酸-塩基相互作用
    水素イオン(H+)を放出しやすい物質を酸、水素イオンを受け取りやすい物質を塩基と呼ぶ。酸と塩基が共存すると水素イオンの授受が起こり、それによって両者が引き合うようになることを酸-塩基相互作用と呼ぶ。
  • 11.サイクリックボルタモグラム
    サイクリックボルタンメトリー(CV)では、電極電位を直線的にスキャンし応答電流を測定することで物質の酸化還元電位などを調べることができる。CVによって得られる波形をサイクリックボルタモグラムと呼ぶ。

国際共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究所 伊丹分子創造研究室
主任研究員 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム チームディレクター、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)

名古屋大学 大学院理学研究科
教授 八木 亜樹子(ヤギ・アキコ)

ミュンスター大学(ドイツ)
教授 アルミド・ステューダー(Armido Studer)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業特別推進研究「未踏分子ナノカーボンの創製(研究代表者:伊丹健一郎)」、同国際共同研究加速基金(国際先導研究)「動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探究(研究代表者:山口茂弘、研究分担者:八木亜樹子)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Till Drennhaus, Daiki Imoto, Elena S. Horst, Lena Lezius, Hiroki Shudo, Tomoki Kato, Klaus Bergander, Constantin G. Daniliuc, Dirk Leifert, Akiko Yagi, Armido Studer, and Kenichiro Itami, "Cycloparaazine, a full-azine carbon nanoring", Nature Communications, 10.1038/s41467-025-59934-5

発表者

理化学研究所
開拓研究所 伊丹分子創造研究室
主任研究員 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム チームディレクター、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)

名古屋大学 大学院理学研究科
教授 八木 亜樹子(ヤギ・アキコ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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Tel: 052-558-9735 / Fax: 052-788-6272
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