2025年7月1日
理化学研究所
東京大学
東北公益文科大学
神戸大学
マックス・プランク天体物理学研究所
フラットアイアン研究所計算天体物理学センター
AIで実現する高解像度銀河シミュレーション
-銀河進化の計算を6カ月短縮し約2カ月で完了-
理化学研究所(理研)数理創造研究センター 数理基礎部門の平島 敬也 基礎科学特別研究員、東京大学 大学院理学系研究科の藤井 通子 准教授、森脇 可奈 助教、東北公益文科大学 公益学部 公益学科の平居 悠 講師、神戸大学 大学院理学研究科の斎藤 貴之 准教授、牧野 淳一郎 特命教授、マックス・プランク天体物理学研究所のウーリッヒ・フィリップ・ステインワンデル 博士研究員、フラットアイアン研究所 計算天体物理学センターのシャーリー・ホー グループリーダーの国際共同研究グループは、人工知能(AI)の深層学習[1]を用いて超新星爆発[2]の複雑な物理過程を予測するサロゲート・モデル[3]を開発し、これを銀河形成シミュレーション[4]コードに初めて統合しました。
本研究成果は、シミュレーション中にリアルタイムで深層学習の推論を行い、従来実現が難しかった一つ一つの星を直接扱う「星ごと(star-by-star)」の高分解能銀河シミュレーションを加速した最初の例です。今回開発された手法は、われわれの住む天の川銀河の形成と進化[5]における超新星フィードバックの詳細な解析に貢献すると期待されます。
従来、超新星爆発の衝撃波によるガスの膨張の再現(超新星フィードバック)がシミュレーションを進める上でボトルネックとなっていましたが、国際共同研究グループが今回開発したAIモデルがこのプロセスを高速かつ精度よく予測することで、この課題を解決しました。その結果、従来8カ月程度かかっていた銀河進化の計算を、6カ月短縮して約2カ月で完了できるようになりました。
本研究は、科学雑誌『The Astrophysical Journal』オンライン版(7月1日付:日本時間7月1日)に掲載されます。

矮小(わいしょう)銀河シミュレーションのガスと星の分布(©平島 敬也)
背景
銀河は主にダークマター(暗黒物質)、星、ガスという三つの主要な成分から構成されています。これらの成分が相互作用しながら、銀河の形成や進化という複雑なプロセスが進んでいきます。特に、大質量の星が一生を終えるときに起こす超新星爆発によって放出される膨大なエネルギーは、周囲のガスを加熱・かく乱する超新星フィードバックを通じて、銀河の進化に大きな影響を与えます(図1)。これらの相互作用は非常に複雑であり、単純な方程式のみを用いた解析は困難であるため、これまで数値シミュレーションを用いた研究が盛んに行われてきました。しかし、銀河スケール(約10万光年)のシミュレーションで一つ一つの星や超新星爆発(約100光年)の非常に詳細な影響までを分解して計算するのは、計算時間や効率の観点から従来手法では現実的に困難でした。

図1 銀河内でのガスの循環
銀河内の冷たく高密度な領域では星が誕生し、そのうちの大質量星は短い一生の末に超新星爆発を起こす。この爆発によって、酸素や炭素など生命の起源にも関わる元素が放出され、銀河全体の金属量(重い元素の量)を増加させていく。さらに、超新星爆発の莫大なエネルギーは、銀河外へのガスの噴き出し(アウトフロー)や、銀河内のガスの乱流を引き起こし、星間物質の循環を駆動する重要なエンジンとして機能している。K(ケルビン):絶対温度の単位。背景画像は© The Hubble Heritage Team(AURA/STScI/NASA)、星形成領域の画像は©NASA、ESA、CSA、and STScI
研究手法と成果
上記の課題を克服するため、国際共同研究グループはAI技術を活用した新たなシミュレーション手法の開発に取り組みました。この手法では、計算負荷が特に高い超新星爆発後のプロセスをAIのサロゲート・モデルにより高速かつ正確に予測し、従来8カ月程度かかっていた銀河進化の計算を、6カ月短縮して約2カ月で完了することに成功しました。これにより、「星ごと(star-by-star)」の高分解能銀河シミュレーションが高速化され、銀河の形成と進化に関する詳細な研究が可能となりました。具体的には次の通りです。
本研究では、星スケールの微細な現象であり局所的に大量のエネルギーを放出する超新星爆発が、銀河全体の進化に与える影響に関して数値シミュレーションを用いた解析を試みました。従来の銀河シミュレーションでは、超新星爆発のモデル化において、ボトルネックを回避するために、物理的な仮定を用いて計算を簡略化した「サブグリッド・モデル[6]」を利用してきました。サブグリッド・モデルは温度や運動量などの統計量はよく再現できる反面、球対称などを仮定しているため、詳細な非一様なガスの相互作用などが無視されてしまう問題がありました。
本研究では、星形成[7]領域の非一様なガスの分布や高密度ガスのフィラメント(細長い帯状の構造)の影響を考慮するために、深層学習を用いました。銀河シミュレーションにおける超新星爆発の物理過程を高速かつ正確に予測するため、AIを用いた新たなサロゲート・モデルを開発しました。このサロゲート・モデルには、画像処理のための深層学習モデルを応用しており、超新星爆発により生じた衝撃波と周辺ガスの相互作用の3次元シミュレーションの結果を学習データとして利用しました。学習データの生成や実際の計算は、理研のスーパーコンピュータ「富岳」や米国のフラットアイアン研究所のスーパーコンピュータ「ポパイ(Popeye)」などで行われました。
従来、銀河に対して非常に小さな物理スケールの超新星爆発後に起こるガスの密度、温度、速度場の変化を正確に計算するのは、計算効率の悪化を招くため、銀河全体のシミュレーションと同時には不可能でした。本研究のAIモデルは、この密度、温度、速度場の変化プロセスを約1秒以内という極めて短時間で予測でき、従来の手法に比べて計算速度を100倍以上高速化しました注)。
さらに、このAIサロゲート・モデルを従来の大規模銀河シミュレーションに初めて統合することに成功しました(図2)。特に、計算負荷の高い高密度領域での超新星爆発に対してのみAIサロゲート・モデルを適用することで、個々の星を直接扱えるほどの高解像度シミュレーションを実現しました。このようにして一つ一つの星まで解像することで、各星が引き起こす超新星爆発や超新星フィードバックの影響も、それぞれ個別に再現・解析できるようになります。その結果、全体の計算時間から約半年分を削減し、従来の約4分の1(約2カ月分に相当)まで短縮できました。また、AIを用いても、超新星爆発によるガスのバブル構造が形成されることを確認しました(図3)。

図2 本研究で開発したAIを統合した新しいシミュレーションコードのフレームワーク
銀河シミュレーション中で発生する多数の超新星のうち、特に高密度領域で発生する爆発のみを検出し、別の計算ノード(pool node)へと送信する。そこでAIサロゲート・モデルが未来の状態を高速に予測し、その結果をmain nodeへ返送して取り込むことで、従来の逐次的な高解像度計算に比べて最大で20倍程度の高速化を実現している。銀河の画像は© NASA/JPL-Caltech/R. Hurt(SSC/Caltech)

図3 銀河シミュレーション開始1億年後のスナップショット
従来の数値シミュレーション(左)とAIサロゲート・モデルを用いた新手法(右)の比較を示しており、いずれも銀河円盤のガスの柱密度(視線方向に沿って積分された単位面積当たりの物質の質量)分布を色で表している。右図では、AIを用いた場合でも、左図に見られるような超新星爆発による大規模なバブル構造が再現されており、新手法の妥当性が確認できる。©平島 敬也
各超新星爆発がどのように星形成やアウトフロー[8]を変化させるかを、定量的に評価することは、銀河進化において非常に重要です。しかしながら、一般に、銀河は複雑な相互作用により進化が進んでいくため、結果の「正解」が明らかでないことが多いです。今回利用した矮小銀河の初期条件のモデルは、これまで複数のシミュレーションコードで数値計算が行われており、結果の比較が容易でした。国際共同研究グループの今回の計算結果と比較した場合、これまでの研究で示唆されてきた通り、超新星爆発により加熱された超音速のガスのみが銀河の外側までアウトフローを通して噴き出している様子が再現されました。これにより、AIサロゲート・モデルを利用した場合でも、バブルの生成や星形成の抑制、アウトフローの駆動など、超新星爆発による銀河内のガス循環の駆動がよく再現され、国際共同研究グループの新しいAIを用いた計算手法において高速化と精度の両立が可能であることを実証しました。
- 注)2023年10月23日東京大学プレスリリース「AIが描く超新星爆発の広がり」
今後の期待
本研究により、従来は現実的な計算時間では困難とされてきた、一つ一つの星を直接扱う「星ごと(star-by-star)」の高分解能銀河シミュレーションが可能になりました。今回の成果では、比較的小規模な矮小銀河を対象としましたが、現在はその約100倍の質量を持つ、私たちの住む天の川銀河と同程度のサイズの銀河を対象に、同様のシミュレーションを進めています。これにより、天の川銀河において、星の質量ごとに異なる運動や、生成・放出される元素の種類や量の違いなどを、より詳細に捉えることが可能になります。
これまでは、一つの粒子が複数の星を代表するという近似により、統計的にその運動や元素組成を扱ってきましたが、本研究はその制約を超えるものになります。
今後は、シミュレーション内で太陽に近い質量や元素組成を持つ星を特定し、観測データとのより精密な比較を通じて、天の川銀河の化学的かつ力学的な進化の理解が一層進むことが期待されます。
補足説明
- 1.深層学習
AIの一分野で、大量のデータを使って多層構造のニューラルネットワークを訓練する技術。人間の脳の仕組みを模倣したモデルを用いることで、画像認識や自然言語処理など、さまざまな分野で高い精度を実現している。 - 2.超新星爆発
大質量の星が一生を終えるときに起こる壮大な爆発現象。この爆発によって星の内部でつくられた重い元素が宇宙空間に放出され、新たな星や惑星の材料となる。こうして生まれた元素が銀河の進化を促し、多様な天体の形成を支えている。 - 3.サロゲート・モデル
複雑で計算コストの高いシミュレーションや実験を、高速かつ簡易に代替するための数学的モデルまたは機械学習モデル。大量のデータから学習し、本来の計算結果を素早く予測できるよう設計されている。これにより、シミュレーションや最適化の効率を大幅に高める。 - 4.銀河形成シミュレーション
宇宙の初期条件から現在までの銀河の進化を数値的に再現するアプローチ。重力や流体の相互作用、星形成・超新星爆発、放射などの多様な物理現象を取り入れ、銀河がどのように形づくられ成長してきたかを明らかにする。これにより、観測データと理論モデルを比較し、宇宙の成り立ちに関する課題に迫る。 - 5.銀河の形成と進化
初期宇宙では、ダークマターの密度揺らぎが時間とともに成長し、密度勾配が次第に大きくなっていったと考えられている。こうした高密度領域にガスが引き寄せられ、ガス雲が形成され、やがて星が生まれるまでの過程を銀河形成と呼ぶ。その後、星形成が活発になり、星の質量分布や星から放出される金属量の分布が時間とともに変化していく。このような銀河内部の性質や構造の変化を銀河進化と呼ぶ。 - 6.サブグリッド・モデル
銀河などのシミュレーションでは正確に計算するのが困難な星の誕生や超新星爆発のような非常に小さな現象を、物理や観測に基づいた簡略化されたルールによって近似的に扱うモデル。これにより、計算コストを大幅に抑えながらも、天体や銀河の進化に重要な効果を統計的に取り入れることが可能になる。 - 7.星形成
星間ガス(主に水素から成るガス)から星がつくられる現象。 - 8.アウトフロー
銀河内部で発生した超新星爆発や星形成活動によって駆動されるガスの流出現象。高温で高速なガスが銀河の重力を振り切って宇宙空間へと放出され、銀河の成長や星形成を抑制する役割を果たす。この過程は、銀河の進化や周囲の宇宙環境に大きな影響を与える重要なメカニズムと考えられている。
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「星一つ一つを分解したシミュレーションで探る大質量星団形成過程(研究代表者:藤井通子、23K22530)」「銀河系初期世代星の窒素組成で探る大質量星の進化・元素合成と初期の銀河化学進化(研究代表者:青木和光、25K01046)」、同基盤研究(C)「球状星団の元素組成異常の起源の解明(研究代表者:斎藤貴之、21K03614)」「次世代広域観測に向けた銀河形成モデルの研究(研究代表者:森脇可奈、23K03446)」「銀震学:衛星銀河はどのように天の川銀河を震わせ、星をつくったのか?(研究代表者:馬場淳一、24K07095)」、同特別研究員奨励費「銀河形成シミュレーションとすばる望遠鏡PFSで探る銀河の化学動力学進化史(研究代表者:平居悠、22KJ0157)」「深層学習による映像予測を用いた銀河形成シミュレーションの高解像度化の研究(研究代表者:平島敬也、22KJ1153)」、同国際共同研究加速基金(国際先導研究)「超伝導工学・大規模数値計算・データ科学で解明する宇宙最初期の重元素生成過程(研究代表者:河野孝太郎、23K20035)」「宇宙における天体と構造の形成史の統一的理解(研究代表者:宮崎聡、(研究代表者:宮崎聡、22K21349)」、同特別推進研究「集積超伝導分光器技術とデータ科学で切り拓くサブミリ波輝線強度マッピングの新展開(研究代表者:河野孝太郎、24H00004)」、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションとAIの融合で解明する宇宙の構造と進化」(JPMXP1020230406; Project ID: hp230204、hp240219)による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Keiya Hirashima, Kana Moriwaki, Michiko S. Fujii, Yutaka Hirai, Takayuki R. Saitoh, Junichiro Makino, Ulrich P. Steinwandel, and Shirley Ho, "ASURA-FDPS-ML: Star-by-star Galaxy Simulations Accelerated by Surrogate Modeling for Supernova Feedback", The Astrophysical Journal, 10.3847/1538-4357/add689
発表者
理化学研究所
数理創造研究センター 数理基礎部門
基礎科学特別研究員 平島 敬也(ヒラシマ・ケイヤ)
東京大学 大学院理学系研究科
准教授 藤井 通子(フジイ・ミチコ)
助教 森脇 可奈(モリワキ・カナ)
東北公益文科大学 公益学部公益学科
講師 平居 悠(ヒライ・ユタカ)
神戸大学 大学院理学研究科
准教授 斎藤 貴之(サイトウ・タカユキ)
特命教授 牧野 淳一郎(マキノ・ジュンイチロウ)
マックス・プランク天体物理学研究所(ドイツ)
博士研究員 ウーリッヒ・フィリップ・ステインワンデル(Ulrich Philip Steinwandel)
フラットアイアン研究所 計算天体物理学センター(米国)
グループリーダー シャーリー・ホー (Shirley Ho)
発表者のコメント
宇宙物理学では、さまざまなスケールの現象が関わり合っており、その解明は理論的にも計算的にもとても難しい課題です。今回、AIを活用することで、これまでより大規模で高精度なシミュレーションが可能になりました。こうした手法を通じて、新しい形のシミュレーション天文学を切り開いていきたいと考えています。(平島 敬也)

報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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