理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター ケミカルバイオロジー・生合成研究チームの淡川 孝義 チームディレクター、全 智揚 研究員らの共同研究グループは、抗生物質の生合成においてメチル化に関わる補酵素[1]のS-アデノシルメチオニン(SAM)[2]の代謝に関係する新規酵素の触媒機構の解明に成功しました。
本研究成果は、酵素工学や合成生物学による有用物質生産に向けた知見の拡大に貢献すると期待されます。
補酵素SAMはメチル基転移酵素[3]のメチル供与体としてよく知られています。その一方、SAMの部分構造3-アミノ-3-カルボキシプロピル(3-ACP)[2]が、RNA修飾、シデロフォア[4]、抗生物質の部分構造として用いられる例が、通常とは異なるSAM代謝の例として知られています。本研究では、β-ラクタム系抗生物質[5]生合成中の3-ACP転移酵素NATに注目し、その構造や機能の解明に取り組みました。NATの酵素単独(アポ構造)、および基質とS-アデノシルホモシステイン(SAH)[2]との複合体構造を含む二つのX線結晶構造[6]を明らかにし、これらを解析した結果、基質認識の構造的基盤を明らかにしました。また、部位特異的変異導入、熱変性解析[7]、分子動力学シミュレーション[8]、QM/MM計算[9]を統合した包括的アプローチにより、SAMのアミノ基が基質の求核性を増強するブレンステッド塩基[10]として機能し、それによってSAMのCγメチレンへの求核置換反応[11]を促進することを明らかにしました。本研究は、3-ACP転移反応の、より精密な理解につながる構造的、生物物理学、計算的解析を提示し、新規β-ラクタム系抗生物質骨格の生合成のための、酵素触媒機構を提示しました。
本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』オンライン版(9月8日付)に掲載されました。

NATの触媒するSAM変換反応
背景
天然物は現在も医薬品資源として重要な役割を果たしています。しかし、古典的な手法による新規化合物の単離数は減少の一途をたどり、新たな物質生産の手法が求められています。その中でも、生合成遺伝子や酵素を用いた新規物質の生産手法が注目を集めています。酵素を用いた物質生産のためには、酵素機能の理解が重要であり、そのためには酵素の構造解析や、動的な構造変化のシミュレーション解析を行い、その触媒機能を精密に理解することが重要となります。
補酵素SAMはメチル基転移酵素のメチル供与体(ドナー)としてよく知られています。その一方で、SAMのメチオニン(必須アミノ酸)部の部分構造3-ACPが、RNA修飾、シデロフォア、抗生物質の部分構造として用いられる例は、通常とは異なるSAM代謝の例として知られています。3-ACP転移酵素は通常のメチル化酵素と類似の構造を持ち、いくつかの酵素について、基質複合体が報告されています。しかし、SAMと3-ACPアクセプター分子との複合体構造は報告されておらず、メチル化酵素と3-ACP転移酵素の触媒を分ける、構造基盤は明らかになっていませんでした。本研究では、β-ラクタム系抗生物質生合成中の3-ACP転移酵素NAT(図1)に注目し、その構造機能解明に取り組ました。

図1 NATが触媒する3-ACP転移反応
メチル基転移反応では求核剤(電子対を供与できる分子)Nuc-が、SAMのメチル基を攻撃する一方、3-ACP転移反応ではSAMのCγ 位を攻撃することで反応生成物を与える。3-ACP転移酵素NATは、基質ノカルジシンGの6'-OHのプロトン(H+)を引き抜き、3-ACP転移反応を触媒し、生成物イソノカルジシンCを与える。
研究手法と成果
まず、NATのX線結晶構造を2種類(酵素単独=アポ(apo)型、基質と反応後生成物に類似する複合体=SAH・ノカルジシンG結合型)で解き明かしました。分解能はそれぞれ1.8オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)および2.1Åで、極めて高精度といえます。解析の結果、NATは二量体として存在し、酵素の前半(N末端領域)は基質(ノカルジシンG)の結合に、後半(C末端領域)はSAMの結合に特化していることが分かりました。特にC末端はSAMを扱う酵素群に共通する「ロスマンフォールド[12]」を持ち、一方N末端は基質ごとに大きく異なる構造を示すことが判明しました。アポ型とSAH・ノカルジシンG結合型を比較すると、基質結合に伴いC末端ヘリックス(らせん)やループ(環)領域が大きく動き、基質とSAMを酵素内部に取り込む「分子の挟み込み」が起きることが確認されました。これにより、反応に最適な立体配置が形成されることが分かりました。
詳細な構造解析から、基質ノカルジシンGが複数のアミノ酸残基と水分子のネットワークを介して酵素に固定される様子が分かりました。特に、基質側のC6'-OH基とSAM側のCγ炭素との距離は3.2Åという近接状態にあり、求核置換反応が進行可能であることを直接示しました(図2)。さらに部位特異的変異実験により、基質結合や触媒反応に必須のアミノ酸残基を特定しました。例えば、リジン60(K60)やトレオニン263(T263)を変異させると活性が90%以上失われ、アルギニン酸228(R228)、グルタミン酸143(E143)の変異ではほぼ完全に活性が消失しました。これらの結果と酵素構造情報により、K60、R228、T263が基質結合、E143が基質活性化の鍵を握る塩基として働いていることが示唆されました。

図2 NATの活性中心構造
NAT酵素の基質ノカルジシンG、SAMアナログSAHの複合体構造。中心に見えるのがSAMの「Cγ」で、3.2Å離れて、右下にノカルジシンGのC6'-OH基が位置している。
続いて、活性を失った変異体が基質を結合できるかどうかを、熱変性解析で調べました。その結果、E143変異体は基質を結合できるにもかかわらず反応が進まないことが明らかとなり、E143は結合ではなく触媒反応に直接関与することが確定しました。一方、K60やアスパラギン酸191(D191)といった残基は結合自体に必須であることも分かり、「基質を捕まえる残基」と「反応を進める残基」の役割分担が明確になりました。
さらに、分子動力学シミュレーションとQM/MM計算を組み合わせ、NATがどのように3-ACP基を転移させるのかを原子レベルで追跡しました。その結果、E143がSAMのCα-アミノ基からプロトン(H+)を受け取り、これによってSAMのアミノ基が強力な塩基として働き、基質ノカルジシンGのC6'-OHを脱プロトン化し、SAMのCγメチレンへの求核置換反応を促進する仕組みが示されました(図3)。この「基質のアミノ基が塩基として機能する」という仕組みは、これまで知られていなかった新しい触媒原理です。シミュレーションでは、遷移状態で6員環様の構造が形成され、活性化エネルギーは15~19kcal/mol程度で反応が自発的に進行可能であることも確認されました。

図3 本研究で明らかになったNATの触媒する3-ACP転移反応メカニズム
E143(Glu143)がSAMのCα-アミノ基からプロトン(H+)を受け取り、これによってSAMのアミノ基が強力な塩基として働き、基質ノカルジシンGのC6'-OHを脱プロトン化し、SAMのCγメチレンへの求核置換反応を促進する。
共同研究グループは、「アミノ基を欠いたSAM(deamino-SAM)」を化学合成し、酵素反応を試みました。その結果、この基質は酵素に結合できるにもかかわらず反応は全く進行せず、アミノ基が反応の必須要素であることを実証しました。同様に、「カルボキシ基を欠いたSAM誘導体(decarboxyl-SAM)」では結合すら起きず、カルボキシ基が基質認識に必須であることも明らかになりました。
今後の期待
本研究により、3-ACP転移酵素NATがどのように抗生物質の活性化修飾を行うか、その分子メカニズムを初めて明らかにしました。特に「SAMのアミノ基が塩基として働く」という発見は、従来の酵素学にはない新原理です。この知見は、抗生物質の設計や新規薬剤の開発に直結します。NATや類似酵素を人工的に改変することで、既存の抗生物質に新しい修飾を導入したり、全く新しい化合物を創出したりできる可能性が広がります。実際に本研究でも、アモキシシリンやセファドロキシルといった市販される抗生物質を基質に用いたところ、微量ながら3-ACP修飾生成物が確認されました。メチル化酵素は、広く存在しており、これらを全て3-ACP転移酵素に変換できれば、多様な非天然型化合物ライブラリーの創出へとつながります。これは、将来的に「酵素を使った抗生物質のカスタム化」へつながる重要な一歩です。
補足説明
- 1.補酵素
酵素が化学反応を触媒する際に必要となる低分子有機化合物で、多くはビタミン由来。基質との間で電子や官能基を授受して反応を助ける役割を担う。 - 2.S-アデノシルメチオニン(SAM)、3-アミノ-3-カルボキシプロピル(3-ACP)、S-アデノシルホモシステイン(SAH)
S-アデノシルメチオニン(SAM)はATPとメチオニンから合成される普遍的な補酵素で、主にメチル基供与体として働き、多様な生体反応(DNA・タンパク質のメチル化、ポリアミン合成、ラジカルSAM反応など)を支える重要な分子。3-アミノ-3-カルボキシプロピル(3-ACP)は、SAMのメチオニン部分から転移される置換基で、多様な生合成反応で利用される官能基。S-アデノシルホモシステイン(SAH)は、SAMがメチル基を供与した後に生成する脱メチル化体で、SAMと異なり供与能を失ったアナログ化合物。 - 3.メチル基転移酵素
SAMを補酵素として利用し、DNA・RNA・タンパク質・小分子にメチル基を付加するとともに、エピジェネティクス制御から代謝、天然物合成に至るまで非常に広範な生命現象に関わる中心的な酵素群。 - 4.シデロフォア
微生物が分泌する鉄キレート化合物で、Fe³⁺を強力に捕捉して細胞内へ取り込み、栄養獲得や病原性に重要な役割を果たす分子群。 - 5.β-ラクタム系抗生物質
β-ラクタム環を持ち、細菌の細胞壁合成を阻害して殺菌作用を示す抗菌薬の総称で、ペニシリン・セフェム・カルバペネム・モノバクタムが代表例。耐性菌問題への対応が重要な研究課題となっている。 - 6.X線結晶構造
X線回折法を用いて結晶中の原子の3次元配置を明らかにした構造のこと。特にタンパク質や低分子化合物の立体構造を決定する代表的な手法として使われる。 - 7.熱変性解析
分子が熱によって構造を失う過程を定量的に測定し、安定性やリガンド結合効果を評価する手法。タンパク質や核酸などの熱による構造変化や安定性を調べるのに使用される。 - 8.分子動力学シミュレーション
分子系を力場で記述し、ニュートン力学に基づいて原子の動きを追跡する計算手法で、タンパク質やリガンドの動態、分子間相互作用、構造の安定性を原子レベルで理解する強力なツール。 - 9.QM/MM計算
分子系を「反応中心=量子力学(QM)」「環境=分子力学(MM)」に分けて扱うハイブリッド計算手法で、巨大な酵素系における化学反応機構の解明や阻害剤設計に広く利用されている。 - 10.ブレンステッド塩基
プロトン(H⁺)を受け取る物質を指す。水酸化物イオン、アンモニアや同様の性質を持つ官能基などが典型例となる。 - 11.求核置換反応
求核剤が電子不足の原子を攻撃し、既存の置換基が離脱基として外れる反応。 - 12.ロスマンフォールド
フォールドは日本語で「折り畳み」を意味する。例えば、タンパク質を構成するアミノ酸配列は単にアミノ酸が連なった「紐(ひも)」であるが、特定の条件(曲げ方)を満たすと「布」になり、さらにそれを「編み込む」ことで、「カゴ」となってモノを運ぶ機能を獲得する。この例のように、フォールドは、単なるアミノ酸配列が特定の構造へと折り畳まれる過程や折り畳まれた後の構造のことを指す。ロスマンフォールドは1970年にロスマン博士によって見つけられた、タンパク質において頻出する典型的なフォールドを指す。
共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター
ケミカルバイオロジー・生合成研究チーム
チームディレクター 淡川 孝義(アワカワ・タカヨシ)
研究員 全 智揚(ゼン・チヨウ)
東京大学
大学院薬学系研究科 天然物化学教室
教授 阿部 郁朗(アベ・イクロウ)
准教授 森 貴裕(モリ・タカヒロ)
大学院農学生命科学研究科 生物情報工学研究室
教授 寺田 透(テラダ・トオル)
特任研究員 唐澤 昌之(カラサワ・マサユキ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「酵素機能発掘と合成生物学による次世代型物質生産系の構築(研究代表者:淡川孝義、課題番号22H05123)」、同基盤研究(B)「生体分子骨格薬用活性化合物の生物合成科学(研究代表者:淡川孝義、課題番号25K02420)」、同若手研究「ゲノム、酵素構造情報に立脚した次世代型活性化合物生物合成系の確立(研究代表者:全智揚、課題番号25K18645)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「補酵素由来新規活性分子の開発(研究代表者:淡川孝義、課題番号JPMJFR2301)」、同先端国際共同研究推進事業ASPIRE「未踏活性天然物群生合成開拓のための国際研究プラットフォームの構築(研究代表者:淡川孝義、課題番号JPMJAP2417)」、日本医療研究開発機構(AMED)創薬基盤推進研究事業「合成生物学による疼痛治療活性低分子化合物ライブラリーの構築(研究代表者:淡川孝義)」、理研内研究ファンド「国際連携ファンド(研究代表者:淡川孝義)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Yaojie Gao, Masayuki Karasawa, Zhiyang Quan, Takahiro Mori, Masahiro Kanaida, Craig A. Townsend, Tohru Terada, Ikuro Abe, Takayoshi Awakawa, "Structural basis for 3-amino-3-carboxypropyl transfer in nocardicin biosynthesis", Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.5c08367
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター ケミカルバイオロジー・生合成研究チーム
チームディレクター 淡川 孝義(アワカワ・タカヨシ)
研究員 全 智揚(ゼン・チヨウ)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
お問い合わせフォーム