理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 植物化学遺伝学研究チームの岡本 昌憲 チームディレクター、片桐 壮太郎 特別研究員、藤山 敬介 基礎科学特別研究員らの共同研究グループは、アフリカで甚大な農業被害をもたらす根寄生雑草ストライガ[1]が特異的に持つ寄生戦略に必要な遺伝子変異を特定しました。
本研究成果により、ストライガの弱体化・防除のための新たな研究開発が進むことが期待されます。
ストライガは、乾燥地における作物栽培に甚大な被害をもたらす根寄生雑草です。乾燥環境に適応したストライガは、気孔(きこう)が大きく開口し、盛んな蒸散流[2]を維持することで、その流れを利用して宿主から効率的に栄養分と水分(養水分)を奪います。このストライガの特異な形質は、通常であれば気孔閉鎖を誘導して蒸散を抑制する植物ホルモン「アブシシン酸(ABA)[3]」に対する感受性が著しく低いためと考えられています。
本研究では、その原因とされるShPP2C1[4]のアミノ酸配列を詳細に解析し、他の寄生植物の相同遺伝子[5]と比較して、ストライガ特異的な変異が存在することを明らかにしました。さらに、その中から気孔閉鎖の阻害に関与する重要なアミノ酸変異を特定しました。
本研究は、科学雑誌『Journal of Experimental Botany』オンライン版(9月18日付)に掲載されました。
背景
根寄生雑草ストライガ(Striga hermonthica)はサハラ以南アフリカの半乾燥地を中心に分布し、同地域の食糧生産を深刻に脅かす最大級の生物的要因です。「魔女の雑草(Witchweed)」とも呼ばれるストライガは、宿主作物の生育を著しく阻害し、養水分を吸い上げて収量を壊滅的に低下させます。ストライガが養水分を効率的に奪う戦略の一つは、植物ホルモンのアブシシン酸(ABA)による気孔閉鎖シグナルに対して極めて鈍感である点にあります。乾燥条件下でも気孔を閉じず蒸散流を維持することで、寄生先の宿主から継続的に養水分を引き込みます。
共同研究グループは、ストライガのABA感受性低下に関与する原因遺伝子ShPP2C1に着目し、同遺伝子がどのような分子メカニズムで気孔閉鎖シグナルを阻害するのかを解明する研究を進めてきました。
研究手法と成果
植物ホルモンのABAは植物が乾燥を感知すると合成され、気孔を閉鎖させることで、水分損失を抑制する生理作用を持っています。植物の細胞内において、ABAが受容体PYL[6]によって認識されると、PYLはタンパク質脱リン酸化酵素PP2C[4]を抑制します。PP2Cは普段ABAのシグナルを止めるブレーキの役割を担っていますが、ABAとPYLの働きによってPP2Cが抑制(=ブレーキの解除)されることで、ABAへの応答が始まります(図1)。
しかしながら、ストライガが持つPP2Cの一つShPP2C1は、高濃度のABAとPYLによっても抑制されないため、ストライガではABAのシグナルが止まり続けることで、気孔の閉鎖が誘導できなくなっています(図1)。

図1 乾燥地で特に被害を出すストライガ
ストライガは乾燥条件下でも気孔を開いたまま蒸散を行う。一方、宿主となった作物ではABAのシグナルにより気孔が閉じる。それにより、蒸散流の流れがストライガ側に向き、宿主から養水分を奪う。この戦略は特に、蒸散の差を利用できる乾燥条件下で深刻な被害をもたらす。
今回の研究では、ストライガのABA感受性低下に関与する原因遺伝子 ShPP2C1に着目し、立体構造の予測モデルを用いた解析と酵素活性試験の結果、ShPP2C1がPYLと結合しない原因は、立体構造を変化させる複数のアミノ酸置換にあることが判明しました。さらに系統解析により同様の変異はストライガ(Striga)属が持つPP2Cに特異的であることが示され、ストライガ属で独自に獲得した遺伝子変異であることを発見しました(図2)。さらに、ストライガ属の中での保存性も確認できるため、ストライガの寄生戦略に密接に関連することを裏付けています。

図2 ストライガが属するハマウツボ科とモデル植物が持つPP2Cのアミノ酸配列
下側三つの種がストライガ属のStriga asiatica、Striga gesnerioides、Striga hermonthicaが持つPP2C。これらのPP2Cのみが特異的に変異している。
加えて、ストライガのShPP2C1が持つアミノ酸変異のうち、ABA感受性を低下させるのに重要なアミノ酸を特定し、シロイヌナズナ[7]に導入することで、蒸散速度の向上が見られました(図3)。

図3 ストライガのShPP2C1のABA感受性を低下させる原因となる変異
- (A)ストライガとシロイヌナズナのPP2Cの配列の比較。
- (B)PP2Cの活性阻害に必要なABA濃度。PP2CとABA受容体PYLを混合し、異なる濃度のABAを加えた際のPP2Cの活性を測定した。シロイヌナズナのPP2Cに比べて、ストライガのShPP2C1や、シロイヌナズナのPP2Cの298番目のイソロイシン(I)をストライガ型のメチオニン(M)に変化させると、より高いABA濃度においても活性を保つ。1アミノ酸の置換で、約100倍にABA濃度を上げないと、活性を抑制できない。nM:nmol/L(ナノ(10億分の1)モル毎リットル)
- (C)シロイヌナズナのPP2Cのアミノ酸を、ストライガのPP2C型に置き換えた際の葉の様子(右)と葉面温度(左)。ストライガが持つPP2Cのアミノ酸配列のうち、ABAシグナル伝達を阻害するのに重要なアミノ酸を特定し、シロイヌナズナのPP2Cに同様の変異を入れて、遺伝子導入実験を行った。葉面温度は蒸散速度が速くなると気化熱によって低下するため、温度が低いほど気孔が開いており、蒸散が盛んである。アミノ酸の置き換えが増えるほど気孔が開いていることが分かる。
今後の期待
本研究成果は、ストライガが進化の過程で獲得したABA低感受性の形質を解明するものです。本研究で解析したストライガのShPP2C1はABAによってはほとんど抑制されませんが、予測された立体構造を手掛かりに、ABAの類縁体を用いたストライガの弱体化・防除に向けた新たな研究開発の進展が期待されます。
加えて、ストライガのShPP2C1が持つアミノ酸変異をシロイヌナズナに導入することで、気孔が開き蒸散速度が向上しました。PP2Cは植物に共通した遺伝子であるため、今回解明されたShPP2C1におけるアミノ酸変異を作物に導入することで、より気孔を開き、二酸化炭素の吸収を促すことで光合成の促進を目指す育種への応用も期待できます。
本研究は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[8]」のうち「2.飢餓をゼロに」と「15.陸の豊かさも守ろう」への貢献が期待される成果です。
補足説明
- 1.ストライガ
サハラ砂漠以南のアフリカに広く分布する寄生植物の一種。これらの地域の主要作物であるソルガム、トウモロコシ、パールミレットなどの根に寄生し、収量を大幅に低下させる。ハマウツボ科に分類される。ストライガ属は乾燥地において寄生生活を行う。「魔女の雑草」とも呼ばれ、いったん耕作地に侵入すると駆除することは極めて困難である。アフリカの食糧生産を阻害する最大の生物的要因であり、被害が拡大しており、防除方法の確立が喫緊の課題となっている。 - 2.蒸散流
植物体内の水分が気孔と呼ばれる小さな穴(数µm(マイクロメートル、1µmは100万分の1メートル)程度)から水蒸気として排出される現象。植物体内の水の約90%は、この小さな穴を通じて失われる。これにより植物の根から地上部に向けての水の流れが形成され、根が土壌から水分を吸収する際の推進力となる。 - 3.アブシシン酸(ABA)
植物が乾燥時に生合成する植物ホルモンの一種。種子や芽の休眠、蒸散の抑制など、植物の環境ストレスに対する耐性を高める作用を有する。陸上植物はABAの生合成酵素群および、ABAを認識してその情報を細胞内で伝達するタンパク質を保有している。従って、植物が陸上進出時に乾燥ストレスへの適応のために必須となった植物ホルモンであると考えられている。ABAはabscisic acidの略。 - 4.ShPP2C1、タンパク質脱リン酸化酵素PP2C
ShPP2C1はタンパク質からリン酸基を取り除く反応(脱リン酸化)を触媒する酵素群の一つ。一部のタンパク質は「リン酸化-脱リン酸化」によって機能が調節されることから、脱リン酸化酵素はタンパク質のスイッチとしての役割を持つ。ABAの情報伝達に関わるPP2Cはシグナル伝達経路における下流のABA情報伝達因子を脱リン酸化することで機能を抑制する。ShPP2C1はストライガの学名Striga hermonthicaのイニシャルShと、四つ見つかったストライガのPP2Cのうちの1番目であることから命名されている。 - 5.相同遺伝子
進化的に由来が同じ遺伝子。祖先の種から共通して持っている遺伝子で、種が分化した後にも翻訳されたタンパク質が、同じ機能や構造を持っている。 - 6.PYL
植物のABA受容体タンパク質。ABAを受容することで構造が変化し、PP2Cと結合してその活性を抑制する。PYLはpyrabactin resistance like proteinの略。 - 7.シロイヌナズナ
植物研究において最も広く用いられているモデル植物。遺伝子組換えによって外来の遺伝子を導入する方法が確立されているため、他の植物の遺伝子を組み込んで、植物体内でどのような機能を持つのか調べる際に用いることができる。 - 8.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された、2016年から2030年までの15年間で達成する国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。SDGsはsustainable development goalsの略。
共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物化学遺伝学研究チーム
チームディレクター 岡本 昌憲(オカモト・マサノリ)
特別研究員 片桐 壮太郎(カタギリ・ソウタロウ)
基礎科学特別研究員 藤山 敬介(フジヤマ・ケイスケ)
宇都宮大学 大学院地域創生科学研究科
修士課程学生(研究当時)福原 大晶(フクハラ・ダイスケ)
神戸大学 大学院農学研究科
名誉教授 杉本 幸裕(スギモト・ユキヒロ)
博士課程学生(研究当時)藤岡 聖(フジオカ・ヒジリ)
研究支援
本研究は、公益財団法人住友財団基礎科学研究助成「難防除雑草ストライガのアブシシン酸シグナル伝達因子の機能解析(研究代表者:岡本昌憲、200047)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Sotaro Katagiri, Daisuke Fukuhara, Keisuke Fujiyama, Hijiri Fujioka, Yukihiro Sugimoto, Masanori Okamoto, "Evolutionary and Functional Significance of ShPP2C1 in the Parasitic Life Strategy of Striga", Journal of Experimental Botany, 10.1093/jxb/eraf412
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物化学遺伝学研究チーム
チームディレクター 岡本 昌憲(オカモト・マサノリ)
特別研究員 片桐 壮太郎(カタギリ・ソウタロウ)
基礎科学特別研究員 藤山 敬介(フジヤマ・ケイスケ)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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