理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 統合発生工学研究開発室の越後貫 成美 専任技師、井上 貴美子 室長、小倉 淳郎 研究員(バイオリソース研究センター 副センター長)らの国際共同研究グループは、減数分裂[1]が停止した雄性生殖細胞を卵子に顕微授精[2]することで、卵子が肩代わりして雄性生殖細胞の減数分裂を進行させ、産子(さんし:分娩で生まれる子)までの発生が可能なことを明らかにしました。
本研究成果は、雄性生殖細胞の減数分裂停止による男性不妊の治療に貢献することが期待されます。
本研究では、さまざまな無精子症[3]の遺伝子変異マウスを使い、減数分裂を停止した雄性生殖細胞が卵子内で減数分裂を再開するか、確認を行いました。その結果、減数分裂直前の、準備がほぼ完了した段階(ディプロテン期[4])の停止であれば、卵子内で正常に減数分裂が進行し、産子まで発生することを明らかにしました。
本研究は、科学雑誌『Human Reproduction Open』オンライン版(11月18日付)に掲載されました。
一次精母細胞顕微授精における雄性生殖細胞発生ステージと産子作出能の関係
背景
近年、生殖補助医療(ART)[5]の発展により、日本で生まれた子どもの約9人に1人がARTで出生していることが報告されています注1)。ただ現在ARTで対応できるのは男性に減数分裂が終了した精子・精子細胞[6]がある場合に限定されます。一方、精子・精子細胞を持たない無精子症男性の一部には減数分裂前の一次精母細胞[7]が存在していることが知られているため、一次精母細胞を用いた治療法の開発は意義のある研究課題です。
マウスでは、一次精母細胞を用いた顕微授精による産子作出が20年以上前にすでに報告されています注2)が、わずか数パーセントという低い産子率でした。その原因として、顕微授精後に卵子内で染色体分離異常が高頻度に生じることが報告されていましたが、その改善方法は見つかっていませんでした。
越後貫専任技師らは、先行研究において、顕微授精に用いる卵子の細胞質サイズを人為的に小さくすることで、この染色体分離異常を大幅に改善し、産子率を20%まで向上させることに成功しました注3)。また、これまで一般的に、哺乳類の雄と雌の減数分裂には異なる分子メカニズムが関与していることが知られていました。この先行研究で、減数分裂前の段階である精母細胞の卵子への顕微授精で正常に産子が得られたという結果より、少なくとも雄の減数分裂の一部の過程は雌の減数分裂機構で代用できることが、明らかになりました。しかしながら、一次精母細胞のどのステージ(段階)であれば卵子内で正常に減数分裂を再開できるのか、これまで明らかになっていませんでした。
- 注1)『日本産婦人科学会2023年ARTデータブック』(日本産科婦人科学会)p.4参照。
- 注2)Ogura et al., Development of normal mice from metaphase I oocytes fertilized with primary spermatocytes, Proc Nat Acad Sci USA, 1998.
- 注3)Ogonuki et al., Birth of mice from meiotically arrested spermatocytes following biparental meiosis in halved oocytes, EMBO reports, 2022.
研究手法と成果
国際共同研究グループは、雄の減数分裂再開を雌が代用できる一次精母細胞のステージを明らかにするため、さまざまな無精子症の遺伝子改変マウス[8]9系統を用いて実験を行いました。
はじめに、各マウス系統の一次精母細胞の染色体標本を作製し、発生段階を確認しました。その結果、クラス1:ディプロテン後期までの発生が認められる(4系統)、クラス2:ディプロテン前期までの発生が認められる(2系統)、クラス3:ディプロテン期までの発生が認められない、あるいはディプロテン期細胞の染色体異常が確認される(3系統)の3クラスに分類されました(図1)。
図1 無精子症マウスの精子発生ステージの判別
無精子症マウスの精巣細胞の細胞塗抹(とまつ)標本を作製し、抗体染色による一次精母細胞の発生ステージの判別を行った。一次精母細胞の染色体の染色パターンから発生段階を確認したところ、ディプロテン後期までの発生が認められる(クラス1)、ディプロテン前期までの発生が認められる(クラス2)、ディプロテン期までの発生が認められない、あるいはディプロテン期細胞の染色体異常が確認される(クラス3)の3クラスに分類された。
次に、各マウス系統の一次精母細胞を減数分裂前の卵子へ顕微授精し、産子作出を試みました(図2)。
図2 一次精母細胞の顕微授精法
細胞質を2分の1程度に減らした卵子に一次精母細胞を顕微授精し体外培養(4nから2n)する。卵細胞質を新しい卵子に交換して活性化処理し、染色体を半分放出させて半数体nにする。胚としては二倍体(2n)胚となる。胚培養して翌日発生した胚をレシピエントマウス(仮親マウス)の卵管内に移植する。nは染色体数を示す。
その結果、クラス1の4系統全て、およびクラス2の1系統から、産子を得ることができました。一方、クラス3では産子を獲得できず、着床も認められませんでした。これらの結果より、雄性生殖細胞が少なくとも正常にディプロテン期まで発生していれば、顕微授精後に卵子内で減数分裂が進行し、産子まで発生することが明らかになりました(図3)。
図3 各系統の雌雄生殖細胞発生ステージと産子作出能の関係(本結果より推定)
一次精母細胞の顕微授精の結果、クラス1の4系統全て、およびクラス2の1系統から、産子が得られた。一方、クラス3では産子が得られず、着床も認められなかった。
系統名太字:産子が得られた系統。ピンク矢印:雌生殖細胞の発生ステージ。青矢印:雄生殖細胞の発生ステージ。矢印の先に縦棒があるのは生殖細胞の発生停止を表す。
顕微授精に用いる卵子は、すでにディプロテン期を終えています。よって、そのステージに近いディプロテン期にある一次精母細胞は、減数分裂が正常に再開する可能性が高いと考えられます。一方、クラス3におけるディプロテン期の前ステージであるパキテン期[4]一次精母細胞では、卵子とのステージが離れ過ぎているため、染色体の異常が生じることが考えられます。特にパキテン期は、相同染色体[9]間での染色体断片の交換(交叉(こうさ))や性染色体の転写抑制[10]の発動、染色体組換えの状態などのチェックといった、重要な染色体の動きが生じます。このため、パキテン期の精母細胞の減数分裂を卵子内で強制的に進行させると、染色体分離のエラーが生じ、その結果、得られた受精卵における染色体異常が増加すると考えられます。このため、受精卵の発生が停止し、胚の着床も得られなかったと考えられます。
なお、今回得られた産子28匹は全て正常に発育し、子孫もつくりました。また、クラス1の「ccna1」欠損マウス由来産子の染色体の正常性を確認したところ、全ての個体が正常であることが明らかになりました(図4)。
図4 マウスの正常性の確認
クラス1の「ccna1」欠損マウス由来産子の染色体を確認したところ、全ての個体で正常であった。
今後の期待
今回の研究で、無精子症モデルマウスを用いて、減数分裂直前のディプロテン期以降の一次精母細胞における発生停止であれば、卵子に顕微授精することで卵子の分裂機構が一次精母細胞の減数分裂を進行させ、産子まで発生することを明らかにしました。これにより、将来、男性における減数分裂停止による無精子症が治療できる可能性が示されましたが、まだ多くの染色体の異常が残ることも分かっています。今後、染色体異常をさらに減らす技術およびディプロテン期よりも前のステージで発生停止する精母細胞の減数分裂を進行させる技術の開発が待たれます。
補足説明
- 1.減数分裂
真核生物の生殖細胞で見られる細胞分裂様式。2回の分裂を経て染色体数を半分に減らすことで、配偶子(精子と卵子)をつくる。 - 2.顕微授精
顕微鏡下で、細いガラス針を用いて精子を卵子に注入する受精補助技術。運動能を持たない精子や、精子細胞([6]参照)などの未成熟精子を用いた受精も可能にする。 - 3.無精子症
雄の個体において、精液中に精子が存在しない症状。ヒトでは男性の1%程度に認められる。 - 4.ディプロテン期、パキテン期
パキテン期は、減数分裂の段階の一つで、相同染色体([9]参照)が完全に対合する。ディプロテン期は、パキテン期の一つ後のステージで、相同染色体が分離し始める時期。哺乳動物の卵子はこの段階で停止していて、思春期になると減数分裂の残りの段階を再開する。 - 5.生殖補助医療(ART)
体外受精をはじめ、顕微授精、精子・卵子あるいは受精卵の凍結保存、融解移植など、受精から妊娠に関わる事象を人為的に補助する技術。ARTはassisted reproductive technologyの略。 - 6.精子細胞
精子形成過程において、精母細胞から2回の減数分裂を完了した精子の前段階の雄性生殖細胞。精子と同様の半数体(n)だが、形態や運動能などは未成熟な段階である。 - 7.一次精母細胞
精子の発生過程において、精祖(精原)細胞が分化して生じる雄性生殖細胞で、染色体数(n)が4倍である精母細胞(4n)。減数分裂の進行過程に伴う相同染色体の状態によってレプトテン期、ザイゴテン期、パキテン期、ディプロテン期の四つのステージに分類される。2回の減数分裂を経て最終的に精子(n)と成る。 - 8.遺伝子改変マウス
マウスの遺伝子を人工的に操作して、本来持っていない遺伝子を導入したり、欠損させて、目的遺伝子の生体における機能を確認したり、ヒトの病気のモデルをつくる目的で作製したマウスを示す。 - 9.相同染色体
多くの生物において存在する、父親由来と母親由来の同じ染色体同士のこと。減数分裂では、ペアになっている相同染色体がディプロテン期以降に分離を開始する。 - 10.性染色体の転写抑制
減数分裂進行過程において、性染色体が常染色体とともに転写されることを防ぐため、パキテン期にX染色体とY染色体が対合しXY bodyと呼ばれるクロマチン凝集体が形成される。この機構により、精母細胞では性染色体の遺伝子発現が特異的に抑制され、正常な精子形成が保証される。
国際共同研究グループ
理化学研究所 バイオリソース研究センター
統合発生工学研究開発室
専任技師 越後貫 成美(オゴヌキ・ナルミ)
室長 井上 貴美子(イノウエ・キミコ)
(筑波大学 理工情報生命学術院 生命地球科学研究群 准教授)
研究員 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
(バイオリソース研究センター 副センター長)
マウス表現型研究開発室
室長 田村 勝(タムラ・マサル)
上級研究員 古瀬 民生(フルセ・タミオ)
旭川医科大学 医学部 生物学教室
准教授 日野 敏昭(ヒノ・トシアキ)
東京大学 定量生命科学研究所 病理発生制御研究分野
助教(研究当時)藤原 靖浩(フジワラ・ヤスヒロ)
教授 岡田 由紀(オカダ・ユキ)
筑波大学 医学医療系 実験動物学研究室
大学院生(研究当時)大澤 優生(オオサワ・ユキ)
教授 水野 聖哉(ミズノ・セイヤ)
特命教授 杉山 文博(スギヤマ・フミヒロ)
岡山大学 大学院環境生命自然科学研究科
特命教授 国枝 哲夫(クニエダ・テツオ)
英ウィメンズクリニック
研究開発部門 大月 純子(オオツキ・ジュンコ)
大阪大学 微生物研究所 遺伝子機能解析分野
特任研究員 大浦 聖矢(オオウラ・セイヤ)
教授 伊川 正人(イカワ・マサヒト)
カスティーリャ・ラ・マンチャ大学(スペイン)
アルバセテ生物医学研究所 薬学部
教授 エレナ・デ・ラ・カサエスペロン
(Elena de la Casa-Esperon)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「マウス核移植技術の開発による正常クローン胚・胎盤の構築(研究代表者:小倉淳郎)」、同学術変革領域研究(A)「ミトコンドリア機能不全マウスから探る宇宙環境への適応と次世代影響(研究代表者:吉田圭介、研究分担者:越後貫成美)」、同基盤研究(C)「発生工学技術および顕微授精技術を利用した野生由来マウスの効率的な産仔作出(研究代表者:越後貫成美)」、理研奨励課題「Understanding the mechanisms of meiosis by assisted fertilization technology using spermatocytes in mice(研究代表者:越後貫成美)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Narumi Ogonuki, Toshiaki Hino, Yasuhiro Fujiwara, Yuki Osawa, Seiya Mizuno, Fumihiro Sugiyama, Tetsuo Kunieda, Junko Otsuki, Seiya Oura, Tamio Furuse, Yuki Okada, Masaru Tamura, Elena de la Casa-Esperon, Masahito Ikawa,Kimiko Inoue, Atsuo Ogura, "Spermatocyte injection into meiotic oocytes rescues diplotene, but not pachytene, arrest in azoospermic mutant mice", Human Reproduction Open, 10.1093/hropen/hoaf067
発表者
理化学研究所
バイオリソース研究センター 統合発生工学研究開発室
専任技師 越後貫 成美(オゴヌキ・ナルミ)
室長 井上 貴美子(イノウエ・キミコ)
研究員 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
(バイオリソース研究センター 副センター長)
越後貫 成美
小倉 淳郎
発表者のコメント
減数分裂前の雄性生殖細胞を用いた顕微授精技術の確立は、私自身の長年の夢であると同時に、不妊で悩む方にとっても念願の技術です。また、雄の肩代わりを雌がやってくれることは、本技術の確立によって明らかになった現象で、生命の大胆さに感動しました。3日間ぶっ続けの実験で、肉体的にも精神的にも大変ですが、産子が得られたときの喜びは何ものにも代え難いです。(越後貫 成美)
一次精母細胞からマウス産子が得られることは1998年に報告しましたが、27年もの歳月を経て、このような結果にたどり着くとは想像もしていませんでした。感慨無量です。(小倉 淳郎)
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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