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2025年12月4日

理化学研究所

精子形成に伴う細胞小器官の構造変化

-ミクロな細胞内構造を、拡大して、可視化する-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 配偶子形成研究チームの竹田 穣 基礎科学特別研究員、梶川 絵理子 テクニカルスタッフⅠ、澁谷 大輝 チームディレクターらの国際共同研究チームは、精子形成に伴う中心小体の特殊な構造変化を発見し、精子の尻尾(べん毛[1])の形成機構の一端を明らかにしました。

本研究成果は、精子の運動不全に起因する男性不妊のメカニズムの理解や診断法の開発に貢献することが期待されます。

中心小体は、多くの生物の細胞に共通して存在するミクロな円筒型構造体で、細胞分裂やシグナル受容などさまざまな生命現象に寄与します。興味深いことに、中心小体は雄性生殖細胞[2]においてその構造を大きく変化させ、精子の運動をつかさどるべん毛の形成起点としての役割に特化します。しかしながら、この過程で生じる中心小体内部構造の変化やその分子メカニズムはほとんど分かっていませんでした。

今回、国際共同研究チームは、細胞を物理的に拡大する膨張顕微鏡法[3]をオスマウスの生殖細胞に適用するためのプロトコル(手順)を確立し、精子形成の過程で起こる中心小体内部構造の時空間的変化を高解像度で観察することに成功しました。さらに、遺伝子改変マウスを用いた解析から、中心小体内部に存在する内側足場構造[4]と呼ばれる部分の脆弱(ぜいじゃく)性が、べん毛形成の異常や雄性不妊の一因になることを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(12月3日付:日本時間12月4日)に掲載されます。

背景

中心小体は、私たちヒトを含む多くの生物の細胞に共通して存在する、直径200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)、高さ500nm程度の小さな円筒型構造体で、細胞分裂やシグナル受容、精子運動などさまざまな生命現象を制御します。通常の体細胞[2]における中心小体の構造や機能に関する理解は近年急速に進んでいますが、生殖細胞における中心小体の制御には未解明な点が多く残されています。特に、オスの生殖細胞の中心小体は、精子の運動をつかさどるべん毛の形成起点として機能するため、その構造と制御機構の解明は、基礎生物学のみならず臨床医学においても極めて重要です。

ヒトやマウスをはじめとする哺乳類では、オスの生殖細胞が精母細胞[5]から精子細胞[5]へと分化する過程で、二つの中心小体がそれぞれ遠位中心小体[6]近位中心小体[6]という特殊な構造に変化することが知られていました注)。この過程で、遠位中心小体は末端が扇状に広がり、激しく運動するべん毛の基底部としての役割に特化します。一方、近位中心小体は精子の頭部(核)に接続することでべん毛を固定する役割を持ちます。過去の電子顕微鏡観察に基づいて記述されたこれらの構造変化は、中心小体の内部構造や分子構成が精子細胞において劇的に再構築される可能性を示唆しています。しかしながら、中心小体自体の小ささ故に、従来の観察手法では、その内部構造や分子構成の時空間的変化を捉えることは困難でした(図1)。

精子形成に伴う中心小体の構造変化の図

図1 精子形成に伴う中心小体の構造変化

精原細胞から分化した精母細胞は、減数分裂を経て精子細胞となる。精子細胞は、円型から精子特有の伸長型へと形態変化し、べん毛を形成する。この過程で、べん毛の基底部に当たる中心小体も劇的に構造変化する。遠位中心小体は末端が扇状に広がり、近位中心小体は核に接続して先端に付属構造を獲得する。

研究手法と成果

国際共同研究チームは、精子形成過程の中心小体を高解像度で観察するために、オスマウスの生殖細胞に特化した膨張顕微鏡法のプロトコルを確立しました(図2)。膨張顕微鏡法は、細胞を構成するタンパク質を、位置情報を保ったままゲルに包埋(ほうまい)し、ゲルごと膨張させて観察する手法です。本手法を用いた結果、従来の手法では点状でしか捉えられなかった精母細胞内の中心小体を、本来の円筒型構造として観察することに成功しました。また、精子細胞においては、従来の手法ではべん毛に埋もれて観察が困難だった遠位中心小体と近位中心小体が、それぞれ鮮明に観察されました(図2)。

オスマウスの生殖細胞に特化した膨張顕微鏡法の確立の図

図2 オスマウスの生殖細胞に特化した膨張顕微鏡法の確立

精巣から採取した細胞に対して低張処理(細胞を膨らませる処理)を施し、その細胞を懸濁した(液体などの流体の中に個体が分散している状態)固定液をカバーガラスに滴下する。乾燥によってカバーガラスに細胞を固着させた後、吸水性のゲルに包埋し、水中でゲルごと等方的に拡大した。その結果、精母細胞においては、従来の観察法では点状でしか見えなかった中心小体が、本来の円筒型構造として捉えられた。一方、精子細胞においては、従来の観察法ではべん毛に埋もれて観察が困難だった遠位中心小体と近位中心小体が、それぞれ鮮明に観察された。

国際共同研究チームはこの膨張顕微鏡法を用いて、雄性生殖細胞の中心小体を構成するタンパク質の局在パターンを、減数分裂[5]期から精子形成過程にかけて詳細に観察しました。まず、中心小体の基本骨格である微小管[7]を観察したところ、減数分裂期の精母細胞では長さ、幅が共に通常の体細胞に類似した構造でした。一方、精子細胞では遠位中心小体が、べん毛の形成起点としての役割に特化する過程で、短縮と側方拡大を伴う大きな構造変化を示すことが明らかとなりました。また、近位中心小体の先端には、核への接続に寄与すると考えられる付属構造が形成される様子が観察できました。また、構造的な変化に加えて、精母細胞から精子細胞への分化過程において、遠位中心小体と近位中心小体の位置関係が入れ替わる現象が新たに明らかになりました(図3)。

続いて、中心小体の内部構造を構成するタンパク質を網羅的に観察しました。その結果、遠位中心小体、近位中心小体は共に、先端のチップ構造[8]が離脱していました(図3)。チップ構造の離脱は、べん毛に類似した構造である繊毛[1]の形成時には見られない現象であり、生理的な条件下での観測はこれまで報告がないものでした。さらに、遠位中心小体では、内側足場構造が特異的に増強していることが確認されました(図3)。これは、内側足場構造がべん毛形成において何らかの重要な役割を果たしている可能性を強く示唆しています。

精子形成に伴って中心小体内部で生じる構造変化の図

図3 精子形成に伴って中心小体内部で生じる構造変化

膨張顕微鏡法による観察で明らかになった雄性生殖細胞における中心小体のダイナミクス。減数分裂期に当たる精母細胞とその後の精子細胞では、中心小体の構造や構成タンパク質が劇的に変化する。

この可能性を検証するため、国際共同研究チームは内側足場構造の主要な構成タンパク質であるPOC5の機能を破壊した遺伝子改変マウスを作製しました。この遺伝子改変マウスは正常に生まれ、成長しましたが、オスのみが完全な不妊を示しました。次に、この遺伝子改変マウスから採取した精母細胞と精子細胞の中心小体をそれぞれ膨張顕微鏡法で観察しました。その結果、精母細胞においては中心小体の全体構造や機能は正常なままで、減数分裂も問題なく進行していました。一方、その後の精子細胞では、遠位中心小体が劇的な構造破綻を示し、ほとんどの細胞でべん毛が形成できていませんでした(図4)。以上の結果から、内側足場構造は精子形成に伴う遠位中心小体の構造変化に重要であり、この破綻が精子べん毛の形成不全やオスマウスの不妊につながることが示唆されました。

精子べん毛形成における中心小体内側足場構造の必要性の図

図4 精子べん毛形成における中心小体内側足場構造の必要性

遺伝子改変により内側足場構造(赤)を破壊したマウスでは、精子細胞の遠位中心小体が構造破綻し、精子べん毛の形成不全によるオスの不妊が確認された。

今後の期待

中心小体の構造や機能は、これまで培養細胞株をはじめとした体細胞モデルを用いて盛んに研究されてきましたが、本研究を皮切りに、生殖細胞における特殊な中心小体制御に関する研究が大きく進展することが期待されます。特に、今回見つかった内側足場構造の破綻に起因するべん毛の形成不全は、ヒトにおいても男性不妊の一因となっている可能性が高く、基礎から臨床応用まで幅広い展開が期待されます。

また、本研究が確立した生殖細胞に対する膨張顕微鏡法のプロトコルを応用することで、中心小体にとどまらず、生殖細胞に特化した多様な細胞内構造の高解像度での観察が可能となります。精子形成の過程では、次世代へ遺伝情報や細胞内小器官を伝達するために、さまざまな細胞内構造の再構築や解体が起こることが知られており、本手法を適用することでこれらの背後に潜む分子ダイナミクスの理解につながることが期待されます。

補足説明

  • 1.べん毛、繊毛
    中心小体を起点に形成され、細胞外へと突き出た毛のような構造。精子のものをべん毛、それ以外の体細胞で観察されるものを繊毛と呼ぶ。精子はべん毛の生み出す推進力によって卵子に到達し、受精することが可能となる。
  • 2.生殖細胞、体細胞
    親の遺伝情報を子に伝える役割を持つ細胞を生殖細胞と呼ぶ。精子(雄性配偶子)や卵子(雌性配偶子)などがこれに当たる。生殖細胞以外の細胞を体細胞と呼ぶ。
  • 3.膨張顕微鏡法
    位置情報を保ったまま細胞や組織などのサンプルをゲルに封入し、ゲルごと等方的に膨張させて観察する手法。
  • 4.内側足場構造
    中心小体の基本骨格の内側に存在する円筒型の構造。CentrinやPOC5など複数のタンパク質により構成される。
  • 5.精母細胞、精子細胞、減数分裂
    精母細胞は、生殖細胞に特化した細胞分裂様式である減数分裂を経て、染色体数が半減した精子細胞となる。精子細胞はべん毛の形成やDNAの凝縮といった劇的な形態変化を伴い、成熟した精子へと変化する。
  • 6.遠位中心小体、近位中心小体
    精子細胞内の二つの中心小体は、核との位置関係からそれぞれ遠位、近位と定義される。遠位中心小体は末端が扇状に広がり、べん毛の形成起点として機能する。一方、近位中心小体は核に接続し、先端から一時的な付属構造を伸長する。
  • 7.微小管
    細胞内で骨組みとして振る舞う細い管状の構造。微小管の機能は多岐にわたり、細胞内での物質輸送のレールや、細胞分裂の際に染色体を分配する装置として働く。中心小体の基本骨格は、微小管が円筒形に集まることで形作られている。
  • 8.チップ構造
    中心小体の基本骨格の先端に存在する構造。CentrinやSFI1など複数のタンパク質により構成される。

国際共同研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター 配偶子形成研究チーム
基礎科学特別研究員 竹田 穣(タケダ・ユタカ)
テクニカルスタッフⅠ 梶川 絵理子(カジカワ・エリコ)
研修生 セイブン・オウ(Jingwen Wang)
研究員 石田 森衛(イシダ・モリエ)
チームディレクター 澁谷 大輝(シブヤ・ヒロキ)

ヴュルツブルク大学(ドイツ)
教授 マンフレート・アルスハイマー(Manfred Alsheimer)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「減数分裂と体細胞分裂の違いを決定する中心体の分子制御(研究代表者:澁谷大輝)」、同若手研究「精子形成過程でみられる中心小体の構造転換メカニズム(研究代表者:竹田穣)」、同研究活動スタート支援「精子運動を司るべん毛の基底部形成メカニズム(研究代表者:竹田穣)」、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「雄性減数分裂期における中心小体の制御(研究代表者:澁谷大輝)」、理化学研究所基礎科学特別研究員研究費(研究代表者:竹田穣)、ドイツ研究振興協会による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yutaka Takeda, Eriko Kajikawa, Jingwen Wang, Morié Ishida, Manfred Alsheimer, and Hiroki Shibuya, "Centrin-POC5 inner scaffold provides distal centriole integrity for sperm flagellar assembly", Science Advances, 10.1126/sciadv.aea4045

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 配偶子形成研究チーム
基礎科学特別研究員 竹田 穣(タケダ・ユタカ)
テクニカルスタッフⅠ 梶川 絵理子(カジカワ・エリコ)
チームディレクター 澁谷 大輝(シブヤ・ヒロキ)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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