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研究最前線 2021年6月24日

基礎研究の意義はどこにあるのか

宇宙はどのように誕生したのか。物質はなぜその物質であり続けるのか。生命の源はどこにあるのか。根本的な問いを追求する基礎研究は、成果が出てもすぐに具体的な実用化につながることが少なく、はたから見ると何をやっているのかよくわからない部分があります。基礎研究とは、いったいどんなことをしているのか、数理創造プログラム(iTHEMS)の初田哲男プログラムディレクター(PD)に聞きました。

初田 哲男の写真

初田 哲男(はつだ てつお)

数理創造プログラム
プログラムディレクター
1958年大阪府生まれ。京都大学大学院理学研究科物理学第二専攻修了。理学博士。2000年東京大学大学院理学系研究科教授。2012年理研仁科加速器研究センター主任研究員、副センター長。2013年理論科学連携研究推進グループ(iTHES)を設立し、ディレクターを兼務。2016年より現職。

誰も知らないことを知りたい

「小学生の頃はエジソン、アインシュタイン、湯川秀樹などの伝記を読むのが好きでした。あと、鉄腕アトムやスター・トレックといったアニメやテレビ番組をよく見ていました。あの頃は、社会全体が科学技術に夢や希望を抱いていた時代でもあり、私も物理学へと興味をひかれていきました」

子どもの頃をこう振り返る初田PDは、その後大学や大学院で物理学を学び、理論物理学者になった。物質の最小単位である素粒子や原子核などの理論を使い、初期の宇宙や天体の内部構造などについての研究を続けている。

最近、特に興味を持っているのが中性子星やブラックホールといった密度が極端に大きな天体だ。どちらも内部構造をはじめ不明な部分が多く謎に包まれている。「観測データは徐々に集まっていますが、これらを系統的に理解する理論的な方法がまだ確立されておらず、0から積み重ねている状態です。人類がまだ誰も理解していない現象を理解するために研究を進めています」

基礎研究は役に立つのか

基礎研究では成果がすぐに具体的な利益を生む例は少ないため、「役に立つ」「役に立たない」という議論がされがちだ。しかし、初田PDは「そのような議論にはあまり意味がない」と語る。「そもそも、『役に立つ』という言葉は、話している人の立場によってその意味合いが変わります。それぞれの立場から、『役に立つ』『役に立たない』という話だけをしても話がかみ合いません」

例えば、アインシュタインが発表した相対性理論。人びとの宇宙観を一変させ、現代物理学の基礎を築いた画期的な理論で、物理学者からみると、基礎科学のさまざまな分野をつなぐとても役に立つ理論だ。ただ、この理論が直接経済効果をもたらすものではないので、例えば、会社を経営するにあたっては、役に立たないものかもしれない。

だが、現代に生きる私たちは知らず知らずのうちに、相対性理論をほとんど毎日活用している。カーナビゲーションシステムやスマートフォンの地図アプリでは、GPS(全地球測位システム)を利用して、自分のいる位置を正確に表示する。このとき、相対性理論の影響を計算しないと、正確な位置を割り出すことはできない。つまり、相対性理論は発表から100年以上の時を経て、人びとの生活を便利にし、企業に利益をもたらしているのだ。

また、現在、世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの解決策として注目されているmRNAワクチンを1年以内という短期間で開発できたのも、地道に基礎研究を続けてきた研究者がいたからだ。初田PDが研究している中性子星やブラックホールに関する知見も、将来、画期的な利用法が開発されるときが来るかもしれない。

多様な研究が人類への貢献につながる

基礎研究は、これまで誰も知らなかったことを明らかにして、新しい知識として蓄積する営み。この活動そのものが人類に大きく貢献している。歴代のノーベル賞受賞者たちも、基礎研究には科学的な価値とともに、既存の技術の限界を打破し大きなイノベーションを創出する可能性があることを指摘してきている。

「研究者は、何かの役に立つから研究するのではありません。とにかく明らかにしたいこと、知りたいことがあるから研究しています。自分の興味に基づいて研究を進めるからこそ、世界で誰も知らないことを明らかにできるのです」と初田PD。

基礎研究の中には、社会を根本から変えてしまうイノベーションにつながるものもある。だが、どの基礎研究から画期的なイノベーションが生まれるのか、それはいつなのかは誰にもわからない。だからこそ、たくさんの研究者が自身の興味や発想をもとにして、さまざまな研究をし続けることが大切になる。

富士山の標高が高いのは、広い裾野があるからだ。多様な研究をしっかりと育み、裾野を広げていくことでしか、世界をリードするような画期的な研究は生まれてこない。「だからこそ、一人一人の研究者の興味からたくさんの基礎研究が進められる土壌をつくる必要があります」

基礎研究を持続させるために

実は今、19世紀から20世紀にかけては資金的に国家に支えられていた基礎研究は世界的に"危機"に瀕している。初田PDは、基礎研究を支えるための新たな仕組みが必要になると考え、そのひとつとしてベンチャー企業設立を提案し、株式会社理研数理の誕生へとつながった。

広報活動にも力を入れている(図1)。基礎研究の営みは、回り回って社会に大きな変革を起こし、人びとの生活を支えているものの、実際にどのような研究が行われているのか、世の中に伝わりにくい。だからこそ、研究者が自らの研究について伝える必要性を感じている。

「私にとっての研究は、散らかった部屋をきちんと整理整頓するように、ものごとを数理的に整理して、統一的に理解していくこと。その結果を論文として発表することで、人類共通の知識となります。しかも知識は、累積して熟成される。こうした蓄積があるからこそ、社会を一変させるような技術が生まれてくるのです。この重要性をより多くの人たちと共有しながら、基礎研究を持続的に進めていくための仕組みも模索し続けたいと考えています」

初田PDと書籍の写真

図1 携わった書籍を傍らに

「知の共有も科学者の仕事」と語る初田PDは、プリンストン大学が出版した『Usefulness of Useless Knowledge』の日本語版監訳のほか、ノーベル賞受賞者・大隅良典東京工業大学栄誉教授や隠岐さや香名古屋大学教授とによる共著『「役に立たない」研究の未来』の上梓の他、講演活動にも力を入れている。

(取材・構成:荒舩良孝/撮影:古末拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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