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私の科学道 2021年6月30日

みんなを笑顔にさせる「強い力」

長髪をなびかせて研究棟の長い廊下をさっそうと歩くのは、ヘビーメタルのロックスター?いえいえ、中性子星の中に存在すると考えられているハイペロンという粒子を含む特殊な原子核を研究する、齋藤武彦主任研究員です。その研究スタイルはとてもユニーク。「科学は芸術だと思う」と語る齋藤主任研究員に話を聞きました。

齋藤 武彦の写真

齋藤 武彦(さいとう たけひこ)

開拓研究本部
齋藤高エネルギー原子核研究室
主任研究員
1971年東京都生まれ。1994年、筑波大学大学院にて修士(理学)を取得後、デンマークのコペンハーゲン大学大学院ニールス・ボーア研究所にてPh.D.を取得。米国ブルックヘブン国立研究所、独マックス・プランク研究所、独ヘルムホルツ重イオン科学研究所などを経て、2019年より現職。

知りたいこと、分からないことを真っすぐに追いかけて

幼い頃から負けず嫌いで反骨精神が旺盛なために集団には上手になじめないが、人を惹きつける一面もある。これまでの研究生活を振り返り、「余計なことは考えず、本当に知りたいことだけを追いかけてきた」と言う。だから、すでに分かっていることを学ぶ学校の勉強は大嫌い。大学卒業まで成績は芳しくなかった。

そんな齋藤主任研究員が科学に興味を持ったのは小学生のとき。ある同級生が『相対性理論の世界』という本を手に、「これ、分かるか」と得意げに聞いてきたのだ。悔しくてひそかに読んでみたところ、特殊相対論や原子核の話にすっかり魅了されてしまった。

やがて筑波大学に進学。4年生で配属された研究室で勉強とは違う研究の面白さに触れ、一気にやる気のスイッチが入った。同大学院で修士を取得後、デンマークにある憧れのニールス・ボーア研究所に留学し、博士号を取得。この頃に書いた原子核物理の論文が立て続けに学術雑誌に掲載され、研究者の道を歩み始めた。研究を進める中で、地球には存在しない原子核(ハイパー核)に興味を持ち、狙いを定める。だがすぐには手をつけることができず、ドイツのヘルムホルツ重イオン科学研究所で原子核研究に携わりながら、好機を待った。

科学で東北の子どもたちを楽しませたい

同研究所で順調に研究成果を重ねていた頃のこと。休暇中にハイパー核研究についてのあるアイデアが浮かんだ。さっそく所長に掛け合ったところ、「すごくいいね、やりなさい。ただし研究所からは一切サポートをしない」と言われた。資金集めも人集めも、すべて独りでやることになったが、逆境であればあるほど燃える性格。たった5、6人でスタートした弱小齋藤研究室は、やがて定説を覆す新しい原子核の存在を発表し、世界中の研究者を大騒ぎさせることになる。今や欧米や中国から数々のオファーがある中で、理研の研究環境に魅力を感じ、2019年の冬に23年ぶりに日本に帰ってきた。

2011年の震災の際にはドイツにいて直接的な貢献ができず、歯がゆい思いをした。その思いを胸に、東北の子どもたちに向けて「物質のはじまり」についての特別授業を2012年に始め、すでに400回を超えている。「深い痛みもつらさも経験した子どもたちに世界の広さを知ってもらいたい。世界に羽ばたいていって、世界を変える力になってほしいのです」

「科学は芸術だと思う」と、研究における感性の大切さを強調する。未知のものに向けられる繊細な感性が、周囲の人に向けられれば、思いやりや気配りになるのだろう。ヘルムホルツ重イオン科学研究所で始めた一連の研究は今、実を結びつつある。原子核の解明に大きな進展が見られるかもしれない。

笑顔で話す齋藤主任研究員の写真

長い海外生活でさまざまな地域の人に出会った。料理をつくるのも大好きで、研究をやり遂げたと思う日が来たら、世界のどこかでレストランを開くのが夢だ。

(取材・構成:平塚裕子/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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