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研究最前線 2021年9月27日

医療から宇宙まで 研究を支える基盤施設 ーSPring-8とSACLAー

兵庫県佐用町にある理研の播磨地区。ここに、光速近くまで加速した電子の進行方向を曲げたときに発生する「放射光」を利用し、物質の内部や原子レベルでの構造を見ることができる大型放射光施設「SPring-8」と、微小な原子や分子の化学反応など一瞬の動きを観察できるX線自由電子レーザー施設「SACLA」があります。その活用の幅は国内外を問わず、基礎研究だけでなく産業利用も含めて、医療から宇宙研究までますます広がっています。

石川 哲也の写真

石川 哲也(いしかわ てつや)

放射光科学研究センター
センター長
1954年静岡県生まれ。1982年東京大学大学院修了。工学博士。高エネルギー加速器研究機構助手、東大工学部助教授などを経て、1995年理研マイクロ波物理研究室主任研究員。1997年に播磨研究所の発足とともにX線干渉光学研究室主任研究員。2006年から放射光科学総合研究センター長。センター名の改称により2018年から現職。

SPring-8とSACLAが生み出す光

ものを見るには光が必要だ。小さなものを見るには、対象となるものよりも短い波長の光でなければならない。SPring-8やSACLAは0.1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)の波長の光を発生させることができる(図1)ため、原子や分子などのナノの世界を観察できるのだ。SPring-8の電子ビームから生み出される放射光の明るさ(輝度)は太陽の約100万倍もあり、物質の詳細な観察を可能にする。さらに、SACLAのX線レーザーはその10億倍も明るい。このX線レーザーによって、化学反応の過程における原子や分子の一瞬の動きを捉えることができるのがSACLAの強みだ。

SPring-8とSACLAは、産学官の研究開発の基盤となる国内外に広く開かれた特定先端大型研究施設として、利用者は年間延べ約1万7,000人に上る。大学などの研究機関の研究者の利用が大半だが、約2割は産業界だ。利便性向上のため、SPring-8に試料を送ってもらい、施設側で測定してデータを送り返すサービスを行っており、コロナ禍においても研究活動を支える基盤として活動している。

光の種類とその波長の図

図1 光の種類とその波長

光の波長が短くなるほど小さなものが見える。SPring-8が生み出せる放射光の波長領域は幅広く、硬X線から真空紫外線、さらには赤外線にも及ぶ。また、SPring-8に多数設置されているアンジュレータは、電子を何度も繰り返し蛇行させることで、発生した光を重ね合わせて強い光をつくる装置である。SACLAでは、このアンジュレータを何台も一直線に設置し、線型加速器で圧縮・加速した電子ビームがその中を通ることで、X線領域のレーザー光をつくりだすことができる。

SPring-8の活用(1) 「はやぶさ2」

二つの施設の利用領域は、新素材の開発や創薬、宇宙や地球内部の探索、さらには身近な商品の改良など、とても幅広い。利用者とともに試料の特性などに応じた新しい解析法を開発しており、年々、活用法が増えている。SPring-8を例にその活用方法を紹介しよう。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った隕石や微粒子。この隕石や微粒子の中に有機物や含水鉱物が存在する可能性があるが、これらはX線の吸収が弱く、識別が難しい。そこで、複数の非破壊的なマイクロイメージング技術を組み合わせた新たな解析方法によって、隕石中の含水鉱物や炭素物質の分布を観察することに取り組んでいる。

「SPring-8は使い方次第で運用開始時に想定していたよりずっと多くのものを見ることができることが分かりました」と石川哲也センター長は語る。「産学官を問わず多様な問題の本質を見ることができるので、応用の仕方を工夫すればさらに広範な問題解決につながります。SPring-8はSuper Photon ring 8GeVの略称ですが、今ではSolution Providing ring(問題の解決法を提供できるリング)とも言われるようになりました」。SPring-8はさらに前進していく。

SPring-8とSACLAの写真

図2 SPring-8とSACLA

SPring-8とSACLAは、安定した一枚の強固な岩盤の上に建てられている。ナノの世界を観察する上では、わずかな振動でも観察に大きな影響を与えるためだ。さらに、月と太陽の引力による影響も無視できないため、それを相殺するように運転プログラムを調整している。

SPring-8の活用(2)低燃費タイヤやECMOの改良

ナノレベルの解析が社会にどう生かされているのか、具体例を紹介しよう。タイヤメーカーの住友ゴム工業株式会社は、SPring-8でゴムの解析を行い、低燃費タイヤの開発に成功した。タイヤには、スリップしないように路面をしっかり捉えるグリップ性能が欠かせない。だが、グリップ力が強すぎると燃費は悪くなる。ゴムの材料に、グリップ力などを高める補強材として配合されているのがシリカ(二酸化ケイ素)だ。ゴム中のシリカ微粒子の状態をSPring-8で三次元で観察したところ、シリカ同士がぶつかり合うことでグリップ性能が高くなる一方、シリカ部分が発熱して燃費が悪くなることが分かった。そこでシリカの構造を変えて発熱を抑えた結果、グリップ性能と低燃費を両立させながら、耐久性を向上させたタイヤが誕生した。

新型コロナウイルス感染症が重症化し、肺の機能が低下した患者にも使われる体外式膜型人工肺(ECMO)の改良も進行中だ。ECMOには、機械と患者をつなぐ管の中に血栓ができやすいという問題がある。東京大学と九州大学の研究チームは、管の内側の高分子(ポリマー)材料の表面に中間水と呼ばれる水分子が存在すると、ポリマーと緩やかに相互作用して血液の成分が管に付きにくくなり、血栓ができにくいことを突き止めていた。そこで、SPring-8でポリマーと水分子の状態を解析したところ、ポリマーに特定の化学構造があると、それが足場となって中間水が形成されることが分かった。SPring-8でその構造を持つさまざまなポリマーと水分子の作用を分析したことで、より血栓のできにくいポリマー材料の設計に成功した。現在、実用化に向けて企業と共同開発中だ。

放射光科学研究センターの研究者、技術者たちの写真

図3 放射光科学研究センターの研究者、技術者たち

放射光科学研究センターでは約80人の研究者、技術者たちが働いている。前列左から二人目が石川センター長。

SPring-8アップグレード計画

1997年の運用開始からほぼ四半世紀を経たSPring-8。今も最先端の科学に貢献しているが、現在、今の100倍~1,000倍明るい光を発生できるようにするアップグレード計画が進められている。輝度が高くなるほど、同じ時間内に得られる情報が増えるので、ニーズの高まるビッグデータが得られるようになる。

アップグレードによって、消費電力削減も狙う。石川センター長の念頭にあるのは2030年に向けた「持続可能な開発目標(SDGs)」や、温室効果ガスの実質的な排出ゼロを目指す「2050年カーボンニュートラル」だ。2021年8月には「グリーンファシリティ宣言」を行い、一層の省エネルギー化を進める。「日本の創意工夫や技術の粋を集めて完成したSPring-8は、当初、世界の同等の放射光施設の中では各段の省エネを実現していました。やがてそれが世界標準になり、さらに上をいく施設も出てきています。今回のSPring-8のアップグレードでは、再び、新たな世界標準になるものを目指します」

(取材・構成:大岩ゆり/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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