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研究最前線 2021年10月4日

宇宙探索の新たな扉を開くX線観測

20年前、理研の採用面接で「私がX線偏光観測を実現します」と大きな野望を宣言した玉川徹主任研究員。宇宙をX線で観測するX線天文学の中でも、波の規則性を表す"偏光"を捉えるX線偏光観測は格段に難しく、「最後のフロンティア」と呼ばれてきました。20年の研究を経て今、X線偏光観測衛星の打ち上げ最終テストが行われています。間接的な証拠から想像で語られてきた宇宙の姿を、観測から明らかにしようとしているのです。

玉川 徹の写真

玉川 徹(たまがわ とおる)

開拓研究本部
玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員
1970年兵庫県生まれ。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。2000年理研宇宙放射線研究室協力研究員、牧島宇宙放射線研究室専任研究員などを経て、2009年より准主任研究員として玉川高エネルギー宇宙物理研究室を主宰。2018年より現職。

宇宙空間に出てX線で宇宙を見る

太陽や星から降り注ぐ光。人類は、その光から天体の存在を知り、その性質を解き明かしてきた。可視光よりも高いエネルギーを持つX線も地球に向けて飛んでくるが、X線は地球をとりまく大気で遮られて地上には届かない。そのため、天体からのX線を捉えるには宇宙に出て観測する必要がある。

玉川主任研究員は人工衛星にX線観測装置を載せ、宇宙を探究している。「星の爆発のような激しいイベントが起こると、X線が放出されます。地上からでは何の変化も捉えることができませんが、宇宙に出てX線観測をすると初めて見えてくる現象がたくさんあります」と玉川主任研究員。

地球の周りを90分で回る国際宇宙ステーション(ISS)の船外でも、X線観測が行われている。理研が開発し、ISSに搭載された「全天X線監視装置(MAXI)」は、宇宙の四方八方を観測することができ、現在までに14個のブラックホール、17個の中性子星などの新天体を発見してきた。MAXIは2022年3月から、同じくISSに搭載されている米国航空宇宙局(NASA)のX線観測器「NICER」と連携する計画が進んでいる。

気軽に宇宙実験ができる時代をつくる

「わずか5年前と比べても、宇宙へのアクセスはかなり身近になりました。宇宙実験も大型プロジェクトに頼らず推進できるはず」と話す玉川主任研究員は、榎戸輝揚理研白眉研究チームリーダーと共同で超小型観測衛星「NinjaSat」(図1)の開発プロジェクトにも力を注ぐ。

大型衛星の場合、研究プロジェクトが開始されても、実際の宇宙での観測は10年先というのが常だ。その点、NinjaSatは素早く実現でき、観測計画も自由に決めることができる。例えば、ISSでMAXIが明るい天体を見つけたら、すぐにNinjaSatの観測をその方角へ切り替えることも可能だ。というのも、MAXIは90分で地球を1周しながら観測する装置で、何か強いX線を捉えても、次にその方角を観測できるのは90分後だ。一瞬強いX線を捉えても、90分後には鳴りを潜めてしまった現象も数多い。NinjaSatなら、MAXIの89分間の空白を埋めることが可能だ。

NinjaSatは小型X線検出器(図2)を搭載し、2023年に打ち上げが予定されている。将来的には理研が持つ横のつながりを活かして、化学・生物分野などへの「超小型宇宙実験室」の提供を目指している。

NinjaSatのイメージの写真

図1 NinjaSatのイメージ

長辺が30cmと小型。開発期間も短く、早ければプロジェクト開始から1年後には宇宙での研究データが得られる。「X線で好きなブラックホールを観測してみよう」といった一般市民に向けた公開観望会も企画している。最新情報はNinjaSatの公式Twitterで発信中。

超小型人工衛星に搭載する小型X線検出器の写真

図2 超小型人工衛星に搭載する小型X線検出器

最後のフロンティア、X線偏光観測の幕開け

1962年から始まったX線天文学には、「最後のフロンティア」と呼ばれる未開の分野がある。X線偏光観測だ。玉川主任研究員は、研究者になりたてのころにX線偏光観測への挑戦を決意した。「難しくても、まだ誰も取り組んでおらず、やがて大きくブレークする分野に挑戦しようと考えたのです。博士課程での原子核研究から得た、観測装置のアイデアもありました」

X線偏光観測で分かるのはどんなことか。例えば、ブラックホールに吸い込まれるガスが放出するX線にはあらゆる方向に振動するX線が混在している。これまでのX線天文学は、この混在しているX線の全体のみを捉えていた。しかし、ブラックホールの周囲で明るく輝く降着円盤(図3)から放出されるX線は、振動がある一方向に揃った「偏光情報」を持っている。このX線偏光を取り出すと、天体が何千光年離れていても、小さな降着円盤の形が分かるのだ。また、X線偏光は可視光よりエネルギーが高いため、ブラックホールの中心からわずか100kmほどの、降着円盤の一番内側の情報も知ることができる。ブラックホールの近くでは時空が歪むと予想されているが、その真偽を確かめることも可能だ。

ブラックホールに伴星から物質が流れ込むイメージの図

図3 ブラックホールに伴星から物質が流れ込むイメージ

伴星からブラックホールに落ち込むガスで降着円盤がつくられる。
画像提供: NASA/CXC/M.Weiss

ところが、X線偏光を感度良く捉える観測装置がなかった。可視光と違って、天体からのX線は飛んでくる量も少ない。これを確実に捉える仕掛けを開発しなくてはならない。

そこで、飛んできたX線の持つ偏光の情報を十分な感度で取り出すための「ガス電子増幅フォイル(GEM)」(図4左)を開発した。X線偏光観測の心臓部であり、「これだけ増幅性能が高く、振動や熱といった宇宙での過酷な使用環境に耐えるGEMをつくれるのは世界中で我々だけです」と胸を張る。その言葉を裏付けるように、GEMは世界初の高感度X線偏光観測衛星「IXPE」(図4右)を開発するイタリアとNASAによるチームから提供を要請された。2021年末からいよいよ宇宙でX線偏光観測が始まる予定だ。

「従来のX線天文学の延長ではなく、まったく次元の異なる観測が始まります。次々に新たな知見が得られるはずです」

NASAで最終テスト中のIXPE衛星(右)とGEMの写真

図4 NASAで最終テスト中のIXPE衛星(右)とGEM

衛星の下部に玉川主任研究員が提供したGEMが納められている。15mm角、厚さ0.05mmの「液晶ポリマー」と呼ばれる特殊なプラスチックを銅箔で挟んだもの。この板に0.05mmごとに直径0.03mmの孔を均等に開けてある。この孔に1箇所でも欠陥があると、偏光情報は正確に取り出せない。この精度の高さこそ理研の特許技術の賜物だ。
写真提供(IXPE衛星):Ball Aerospace

宇宙は観測したいことであふれている

X線偏光観測で確かめたいことは山ほどある。星が爆発した後に残される中性子星には地上で到達できる最高磁場の1億倍、100億テスラの強い磁場を持つものがあり、量子電磁力学という理論から真空が歪むと予想されている。地上では検証できない理論だが、中性子星から放出されるX線偏光を使えば検証が可能だ。「X線偏光という観測手段を手に入れたら、ぜひ、世界で初めての検証を手掛けたい。その夢が現実味を帯びてきています」と玉川主任研究員。「"理論家の予想とは違う"結果が出るのが、実験家としては一番楽しみですね」といたずらっぽく笑った。

「近い将来、月に住めるようになったら人工衛星を使わずに、月の庭からX線偏光の観測ができる」「宇宙の果てまで見通せるほどX線観測の感度を上げて、ビッグバン後に最初に誕生した一番星からの情報を観測したい。そうすれば宇宙の始まりが明らかになります。でも時間が足りるかな」と夢は尽きない。宇宙は観測したいことであふれている。

(取材・構成:大石かおり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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