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私の科学道 2021年10月7日

推理小説の謎解きから

田中 克典の写真

田中 克典(たなか かつのり)

開拓研究本部
田中生体機能合成化学研究室
主任研究員
1973年奈良県生まれ。関西学院大学大学院理学研究科化学専攻修了。博士(理学)。バイエル薬品株式会社中央研究所研究員、コロンビア大学博士研究員、大阪大学大学院助教、理研准主任研究員などを経て、2019年より現職。東京工業大学物質理工学院応用化学系教授とのクロスアポイントメント。

たくさん読むため、独自の読書法を考案

「この取材依頼(『RIKEN NEWS』2021年2月号「私の『科学道100冊』」)が来たとき、本はあまり好きではないしどうしよう、と迷いました。ところが親に聞くと、"文字が読めないころから魚や昆虫の図鑑を食い入るように見ていたよ"と言われ、あらためて思い返すと、小学生のときに江戸川乱歩の『怪人二十面相』を読んで推理小説に夢中になり、それ以降もたくさんの本を読んできたことに気付きました」

コナン・ドイルのシャーロック・ホームズのシリーズを読破。エドガー・アラン・ポー、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーンの作品も次々に読んだ。「たくさん読みたいので、独自の読書法を考え出しました。長編は5分の1まで読んだら、最後の5分の1を読み、それから真ん中を読む。犯人が分かっているので、真ん中はサクサク読めます。事件の謎をどのように解明していくか、その方法と手順に興味がありました。この読み方だと、早く読めるだけでなく、作者がどのように文章を展開していくかに集中できます。私は読む人が楽しくなるような論文を書くのが得意なのですが、それには推理小説で学んだ文章展開が役立っていると思います。また、謎を解き明かしていく過程は科学と共通するところがあり、今思えば、推理小説が科学者になったきっかけかもしれません」

音楽の道と有機化学

ギターを弾く田中主任研究員の写真

研究者となった今も、エレキギターは手放さない。指さばき一つにも一方ならぬこだわりがある。
演奏が聴けるKatsunori Tanaka Labのホームページ

中学生になると、辞書を引きながら外国の推理小説を原書で読むようになったが、読書以外にも興味が広がっていった。「小学5年生のとき、担任の先生が音楽の授業でドラムを演奏してくれた姿に憧れ、習い始めたんです。しかしドラムを自宅に置くのは難しいので、エレキギターに変更。夢中になって練習ばかりしていたので、本を読む時間はありませんでした」

関西学院大学理学部化学科に進んでからも、生活の中心はバンドだった。「指さばきでも音色の美しさでも周りの誰にも負けない自信があり、プロでもやっていけると思っていました。音楽事務所からのオファーを母が勝手に断っていたことを知ったのは、有機化学の研究に真剣に取り組もうと決めた後でした」。なぜ有機化学を選んだのか。「有機化学の最初の授業で、有機化合物の複雑な構造や反応にもルールがあることを知りました。それならば、全てを暗記しなくても順にたどっていけば私にも理解できると思えたのです」

自分にしかできない研究を目指して

再び本を読むようになったのは、博士研究員として米国コロンビア大学の中西香爾教授のもとで研究をしていたときだ。「研究室には、いろいろな国の人がいました。相手の国のことを知らないと、会話がうまく進みません。そこで、各国の歴史や政治に関する本を読んだのです。ニコラス・スパークの『The Notebook』(邦題『きみに読む物語』)など恋愛小説にも手を伸ばし、映画や舞台を見たり、美術館に通うようになったのも、文化を知りたかったから。互いの国の歴史や政治、文化を知ることは、国際的な研究ではとても大切です」

化学者の伝記シリーズ『Profiles, Pathways, and Dreams』も読んだ。「自分がその時代にいたとしても同じことはできなかっただろうと先人たちの偉大さを再認識し、先人の功績があったからこそ今の自分の研究があることを忘れてはいけないと思いました」。このシリーズには、恩師である中西教授の『A Wandering Natural Products Chemist』も入っている。

A Wandering Natural Products Chemistの写真

『A Wandering Natural Products Chemist』をめくりながら恩師である中西香爾教授の偉大さを思う。

帰国後、大阪大学助教を経て、2012年に理研へ。「体内で有機化合物をつくることを目指しています。例えば、がん細胞を攻撃する有機化合物を病巣部で合成できれば、その場で治療が可能です。それを、化学反応式を1行見ただけで"田中の仕事だ"と分かるようなオリジナリティーの高い反応で実現したいのです。ギターの演奏でも、最近はAI(人工知能)を搭載したアンプが登場し、誰でも同じようにきれいな音が出せるようになりましたが、昔はその人にしか出せない音があったと思います。そういう自分にしかできない研究を目指しています」

小学生の娘が、生物や人体の本をよく開いているのを見て、思うことがある。「最近は、子どもにも分かりやすく、楽しく学べる本がたくさんあります。しかし、例えば生物であれば、実物を見たり触ったり、体験を通して学ぶことも大切です。科学に興味がある子どもたちには、本から知識を得るだけでなく、実体験も大切にしてほしいですね」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト、撮影:STUDIO CAC)

『RIKEN NEWS』2021年2月号「私の『科学道100冊』」より転載

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