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私の科学道 2021年10月28日

ものづくりを極める

寺倉 千恵子上級技師の写真

寺倉 千恵子(てらくら ちえこ)

創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
上級技師
1974年兵庫県生まれ。名古屋大学理学部物理学科卒業。金属材料技術研究所重点研究支援協力員、産業技術総合研究所テクニカルスタッフの後2007年理研入所、交差相関物性科学研究グループ・テクニカルスタッフⅠ、2013年より創発物性科学研究センター強相関物性研究グループ技師を経て、2021年より現職。

本棚には幅広いジャンルの蔵書

「理系っぽいねと言われることが多いですね。私の何がそう思わせるのか、自分ではよく分からないのですが」。子どものころの愛読書は、「学研まんが ひみつシリーズ」の『できるできないのひみつ』だった。日本に100階建てのビルを建てられるか?といった子どもたちが知りたいと思うようなことが分かりやすく説明されている。「2018年に電子版として復刻されたと知り、40年ぶりに読んでみました。懐かしいだけでなく、子どものときと同じようにワクワクしました」

「でも」と続ける。「理系の本ばかり読んできたわけではありません。思春期には感情を揺さぶられるような文学作品も好んで読んでいました。家の本棚は、小説やノンフィクション、画集、実用書で埋まっています。私の考え方や雰囲気は、そうした多彩な本から影響を受けているのだと思います」

実験装置にワクワク

子どものころから読書と同じかそれ以上に好きなのが、ものづくりだ。「プラモデル、手芸、料理、ペーパークラフト、ものをつくるのは、それが何であっても好きです。つくる過程が楽しいので、ジグソーパズルは完成したらばらして何度もやり直すほど。大学受験に失敗したら、飛騨高山の家具職人に弟子入りしようと考えていたくらいです」

身の回りにある物の秘密をより深く学びたくて、大学は物理学科へ進んだ。「物質中の電子の性質を研究していましたが、実験を進めるうちに気付いたんです。研究内容そのものより、その研究を可能とする実験装置にもっとワクワクすると。紆余曲折を経て、装置開発の道へ進みました」。圧力をかけると性質が劇的に変わる物質がある。現在は、そうした物性の研究に欠かせない高圧力発生装置を開発している。

技術者目線で共感

新しい本の匂いが好きで、よく書店に行く。「装丁の雰囲気で選ぶジャケ買いも好き。最後まで読み切れないこともありますが、素晴らしい本に巡り会えることも多いんですよ」。例えば、岡部ださくの『世界の駄っ作機』シリーズ。真面目に開発したのに駄作になってしまった戦闘機の数々が紹介されている。「アイデアはいいのに!とか、どうしてこんなことに?そういうこともあるよね、と突っ込んだり共感せずにはいられません。面白いことを思い付いたと突っ走ったり、開発要求を全て実現しようと機能を詰め込んだりすると、結局使えないものができてしまうという、技術者にとって含蓄に富んだ本です」

トーマス・トウェイツの『ゼロからトースターを作ってみた結果』もお気に入りの一冊だ。美術大学の学生が卒業制作として、鉄鉱石を採取するところからトースター製作に挑んだ記録である。「やってみよう、わぁ失敗だ、という試行錯誤の連続ですが、その情熱に引き込まれます。失敗したらその原因を正しく知り、それを解決して一歩進むことが大事であり、その過程こそがものづくりの楽しさだということを、この本を読んで再認識しました」

実験装置の開発は天職だ。「装置の性能を向上させて例えば10倍の圧力をかけられるようになると、物質の新しい性質を捉えられる可能性があります。目標性能に達した瞬間は、研究の新しい世界を拓くことができたと、とてもうれしいです。今はより高い圧力を目指していますが、逆にマイナスの圧力をかけることはできるかといった夢想もします。新しい世界を拓くような実験装置の開発にまず必要なのは、考え続けること。初めのころのアイデアは役に立たないものばかりですが、考え続けていると正しい方向に集約されていくものです。考えて、つくって、試しての繰り返しで、実現までの過程は苦しいのですが、それを楽しんでいる自分がいます」

本を手に持つ寺倉上級技師の写真

名シリーズ『世界の傑作機』のパロディとなる『世界の駄っ作機』を手に。「欠陥機や失敗作には開発者の迷走がしのばれて、ときに傑作機よりも心惹かれます」

読みたい本がたくさんある。その一つが、ダグラス・R・ホフスタッターの『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』だ。知的好奇心を刺激すると米国でベストセラーとなり、1985年に翻訳版が刊行されると日本でも話題になった。「700ページを超える大作です。ずいぶん前に買ったのですが、難解過ぎて1%くらいしか読めていません。今は、サイドテーブルの揺れを抑える重しになっています。でも、読んだ人は面白いと言うし、この本には私の知りたいことが詰まっているような気がするのです。いつの日か必ず完読します」

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト、撮影:STUDIO CAC)

『RIKEN NEWS』2021年3月号「私の『科学道100冊』」より転載

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