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研究最前線 2022年3月22日

物理学と統計学で脳を理解する

脳は私たち人間の思考をつかさどる重要な器官。過去の経験をもとに学習することで、目や耳に入ってくる感覚入力から外の世界の状態を推論し、適切な行動を起こさせます。このとき、脳の内部では何が起こっているのでしょうか?近年注目される脳の理論「自由エネルギー原理」を使って、知覚から行動にいたる神経回路の普遍的な特性の解明を目指すのが磯村拓哉ユニットリーダー(UL)です。

磯村 拓哉の写真

磯村 拓哉(いそむら たくや)

脳神経科学研究センター
脳型知能理論研究ユニット
ユニットリーダー
1988年愛知県生まれ。2017年東京大学大学院新領域創成科学研究科人間環境学専攻博士課程修了。博士(科学)。2017年、理研基礎科学特別研究員、2020年より現職。

二つのアプローチ

高校の物理を習った方はご存知のように、電気回路のふるまいは方程式を解くことで計算できる。同じように、脳を構成する神経細胞のふるまいも電気回路として表せて、方程式により計算できることが知られている。図1の電気回路図と古典的な神経細胞モデルを比較すると、よく似ていることに気付くだろう。電気回路の方程式をエネルギーの式から導くことができるように、神経細胞の方程式もまたポテンシャル関数(位置エネルギーのようなもの)から導くことができる。脳を数理的に理解することを目指し、神経科学の理論研究者たちは、日々このような数式と格闘しているのだ。

神経細胞と電気回路の図

図1 神経細胞は電気回路として説明できる

脳の理論にはもう一つ別の考え方もある。近年の高校の授業では統計や情報がますます重視されているが、私たちの脳自身もまさに統計学によって世界を知覚していると考えられている。例えば、図2のように壁とリンゴがあるとき、私たちはリンゴが壁の形に欠けているとは考えず、リンゴの一部が壁に隠れていると考える。こうした経験に基づいた推論は、統計学の基本定理である「ベイズの定理」により表すことができ、自由エネルギーと呼ばれる式を最小化することで期待値を求めることができる。脳が、この自由エネルギーを最小化することで推論を行っているとする説は「自由エネルギー原理」と呼ばれ、近年多方面から注目されている。しかし、個々の神経細胞がどのように自由エネルギー原理を実装しているのかはまだ分かっていない。

統計的推論、ベイズの定理、自由エネルギーの図

図2 脳は統計学によって世界を知覚している

ブレークスルーに期待!

「神経細胞の方程式と自由エネルギー原理をきれいにつなぐ、新たな方法を見つけたのが私たちの研究」と磯村UL。「ポテンシャル関数を微分して神経細胞の式を導く研究はたくさんあります。でも、古典的な神経細胞の方程式を積分したらどんなポテンシャル関数になるかを考えた人は、めったにいませんでした」。磯村ULらは、古典的な神経細胞のポテンシャル関数と統計学の自由エネルギーの間に美しい等価性があることを、数学を使って明らかにした。「どんな神経細胞も推論を行っていると見なせます。脳の基本単位である神経細胞が自由エネルギー原理に従っていることを示唆する結果です」

脳と心の理解は自然科学の最後のフロンティアとも言われる。今回の成果は大きなブレークスルーを引き起こすのではないかと期待する磯村UL。脳の仕組みや心の病気の理解を深めるだけでなく、人間のように考える人工知能(AI)の開発にもつながるかもしれない。「物理や数学、AIに興味がある方たちには、ぜひ理論神経科学にも触れてみてほしいです。きっと興味を持ってもらえると思います」

理論神経科学のイメージ図

(取材・構成:山田久美/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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