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研究最前線 2022年10月3日

オポッサムから探る心筋再生の秘密

世界の死因第1位は心疾患だ。傷ついた心臓を再生できれば治療の可能性が広がるはずだが、哺乳類の心筋細胞は生後すぐに再生能力を失ってしまう。木村航チームリーダー(TL)は、オポッサムの赤ちゃん(新生仔)が、生後2週間以上にわたり心筋細胞の再生能力を維持し続けることを発見した。この「哺乳類最長の心臓再生可能期間」の謎を解き明かし、将来、治療に繋げたいと考えている。

木村 航の写真

木村 航(キムラ・ワタル)

生命機能科学研究センター
心臓再生研究チーム
チームリーダー

心筋再生のメカニズムに迫りたい

心筋梗塞など、心臓にダメージを受けて亡くなる人は多い。心臓の治療の限界は、損傷した細胞が再生できないことに関係している。一方で、ヒトを含めて多くの哺乳類の新生仔には、心筋細胞を再生する能力が備わっていることが知られているが、この能力は生後、わずか数日以内には失われてしまう。そこで木村TLは「新生仔が心筋細胞を再生させるメカニズムを明らかにして、それをヒトで呼び起こすことができないか」と考えるようになった。

どうしてオポッサムなのか?

木村TLには一つ気がかりがあった。新生仔は誕生を境に、自分で呼吸し口から栄養を摂取するようになり、周囲の環境も母胎内のように安定したものではなくなる。「この劇的な環境の変化に適応するため、新生仔の体内ではさまざまな事象が起こります。その中から心筋細胞の再生に関わる要因を割り出すのは難しいと思いました」

そこで"誕生"と"心筋細胞の再生能力を失う時期"が大きくずれている動物を探し、オポッサム(ハイイロジネズミオポッサム)に目を付けた(図1)。有袋類であるオポッサムは超未熟仔で生まれ、母親の乳房にしがみついて離乳期まで過ごす。「未成熟で生まれるならば、器官形成を終えるまで心臓の再生能力が失われないのではないか」と予想したのだ。

遺伝子改変したハイイロジネズミオポッサムの図

図1 遺伝子改変したハイイロジネズミオポッサム

成体の体長は15cmほど。理研の生体モデル開発チームで有袋類のモデル生物として飼育されており、昨年はゲノム編集技術を用いた遺伝子改変に世界で初めて成功した。

この予想は見事に的中。オポッサムの新生仔は、2週間以上にわたり心筋細胞の再生能力を維持していた(図2)。そこで、新生仔の心筋細胞で働いている遺伝子を詳しく調べたところ、再生能力を失う時期に、細胞のエネルギー産生に関わるシグナル伝達経路である「AMPKシグナル」が活性化していることが分かった。さらにマウスとオポッサムで、人為的にAMPKシグナルを抑制したところ、どちらも心筋細胞の再生可能期間が延びたのだ。

「AMPKシグナルには代謝に関わるさまざまな働きが知られています。それに加えて"心筋細胞をつくらせないスイッチ"を押す働きがあったのです」

マウスとオポッサムの新生仔の心筋細胞の細胞分裂の図

図2 マウスとオポッサムの新生仔の心筋細胞の細胞分裂

オポッサムの新生仔は、生後2週間を超えても心筋が細胞分裂している。

使命感と好奇心を両輪に

今回の発見から木村TLは、大人の心臓でも心筋細胞を再生できる可能性があり、将来は経口薬で心臓を再生させる治療ができないかと考えている。一方、哺乳類以外の動物に目を向けると、「有尾両生類のイモリは、腕や足ばかりか、心臓や目、脳まで再生できる能力を持っています。どうして人間にはこのような再生能がないのでしょうか。心臓が再生能力を失ったことは、陸上生活で心臓が高いポンプ機能を持ったこととのトレードオフだったのではないかとする説があります。この謎を明らかにしたいのです」。生命への飽くなき好奇心が、研究へのもう一つのモチベーションだ。

(取材・構成:池田亜希子/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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