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研究最前線 2022年12月15日

医師ならではの視点で難病に挑む!

全身性エリテマトーデス(SLE)という病気をご存じでしょうか。20~40代女性に多い自己免疫疾患で、皮膚や関節、腎臓などのさまざまな臓器に炎症が起きる病気です。発症の仕組みは解明されておらず、さまざまな症状を引き起こすため効果的な治療薬が少ない難病です。中野 正博 特別研究員は、そんなSLEの病態解明につながる遺伝子の活動の特定に成功しました。その裏側には、医師から転身した研究者ならではの視点がありました。

藤澤 茂義の写真

中野 正博(ナカノ・マサヒロ)

生命医科学研究センター 自己免疫疾患研究チーム 特別研究員

ショックを受けた研修医時代

中野特別研究員には今も忘れられない出来事がある。「研修医時代に、当時の私と同い年だった女性のSLE患者さんを受け持ちました。初めての妊娠をきっかけに発症したのですが、腎炎を伴う重症で、結局お子さんを断念せざるを得なくなってしまったのです。それが担当医としてもかなりショックで。この出来事をきっかけに、SLEの病態を解明したいと強く思うようになりました」

SLEは、本来は自分の体を感染症やがん細胞などから守るための免疫システムが暴走し、自分自身の組織や細胞を攻撃してしまう自己免疫疾患の一つである。発症すると体中のさまざまな臓器に炎症が起きるのがSLEの特徴だ。20~40代の女性が発症することが多い病気で、紫外線(日光)やストレス、女性ホルモンの変化、妊娠などによって発症のリスクが高まる。一度発症してしまうと完治は難しく、症状が収まる「寛解」と、再び悪化する「増悪」を繰り返す。一生付き合わなければならない慢性疾患である。

免疫細胞を細かく分けて遺伝子を解析

SLEの発症や寛解、増悪の仕組みは、よく分かっていないが、100個以上の遺伝子が関係していると考えられており、非常に複雑だ。患者によって、どの遺伝子の活動(発現)が活発になるかも少しずつ異なると考えられている。それが症状の多様性につながっており、皮膚や関節、腎臓、神経など、患者によってさまざまな場所に炎症が起きる。

「多くの患者さんの診療に携わる中で、症状によって、活性化している免疫細胞の種類が違うのではないかと感じていました。そこで免疫細胞を種類ごとにしっかり分けてから、遺伝子の活動状況を調べることにしたのです」。今回の研究では、さまざまな症状のSLE患者136人と健常者89人に血液を提供してもらい、それらの血液から免疫細胞を27種類に分けて取り出した(図1)。

解析に用いたサンプルの図

図1 解析に用いたサンプル

さまざまな症状のSLE患者と健常者、合計225人から採取した血液から免疫細胞を取り出し、27種類に分けた。その結果、免疫細胞のサンプル数は合計6,386に上った。SLE研究としては過去最大規模であり、しかもこれほど細かく免疫細胞の種類を区別して解析したのは世界初だ。

免疫細胞の種類ごとに遺伝子の発現量の変化を調べた結果、予想通り症状によって異なる免疫細胞が活性化していた。さらには、発症と増悪では異なる遺伝子が関係している可能性が高いことも初めて分かった。病態解明や治療薬の開発につながる事実が、いくつも明らかになったのだ。

患者一人一人に協力を依頼

多様な症状のSLE患者から血液を提供してもらうことが、今回の研究では成功の鍵を握っていた。理研生命医科学研究センター(IMS)と東京大学大学院 医学系研究科 アレルギー・リウマチ学の共同研究だったことも大きい。「たくさんの患者さんが集まる東大病院との連携だったからこそ、実現できたように思います」

SLE患者一人一人に声をかけて協力を直接依頼した。「研究内容が複雑なので説明には時間がかかりましたが、症例解明の役に立つならと、皆さん快く協力してくださいました。本当に感謝しています」。SLE患者の割合は人口3,000人当たり1人程度であり、決して患者数は多くない。十分な血液サンプルを集めるまでに、4年近くかかったという。

理研の遺伝子解析技術を習得

中野特別研究員は、2021年4月に理研に籍を移す前は、東大病院で医師として診療も行いながらSLEを研究していた。今回の研究成果は、その頃から粘り強く続けてきた研究が実を結んだものだ。

「数年前まで、遺伝子発現の解析のやり方など、ほとんど知りませんでした」。そこで解析手法について指導を仰いだのが、遺伝子解析技術で大きな成果を上げていた、IMSヒト免疫遺伝研究チームの石垣 和慶 チームリーダーと自己免疫疾患研究チームも率いる山本 一彦 IMSセンター長だ。石垣チームリーダーらとデータ解析を進めて得られた結果をまとめた論文は高く評価され、著名な科学雑誌『Cell』に掲載された。

臨床現場に還元できる研究を

「今回、T細胞やB細胞といったリンパ球系の細胞に加えて、骨髄球系の細胞である単球や好中球が、いくつかの症状に重要な役割を果たしている可能性が示されました(図2)。新しい治療薬の開発につながると期待しています」。この研究で得られたデータは、論文として誰でも閲覧できる形で公開されている。そのため、世界中の幅広い研究者が力を合わせてSLEの病態解明や治療薬開発に取り組むことができる。

各症状に対する免疫細胞の貢献度の図

図2 各症状に対する免疫細胞の貢献度

それぞれの臓器の症状に対する免疫細胞種ごとの貢献度を示したグラフ。皮膚の症状にはT細胞の一種、筋肉や骨に関する症状には単球、腎臓の症状には好中球が特に強く関与していることが明らかになった(黄色で示している箇所)。

「医師が臨床現場で感じた疑問を、研究に落とし込んでいくことはとても重要です。私がSLEの患者さんを診療しながら感じた『症状ごとに活性化している免疫細胞は違うのではないか』といった疑問は、やはり医師ならではの発想だと思います。医師としての経験や感覚を、今後の研究でも大事にしていきたいです」

「臨床現場に還元できる研究」を続けていきたいと話す中野特別研究員。今後は、血液からSLEの発症リスクや増悪リスクを事前に予測できるような手法の開発などを行う予定だ。ちなみに、冒頭で紹介した「研修医時代に受け持った同い年の女性の患者さん」は、その後症状が落ち着き、新たな妊娠を経て無事に出産することができたそうだ。

(取材・構成:福田 伊佐央/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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