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研究最前線 2022年12月22日

ナトリウムで脱レアメタルの世界を

医薬品や機能性材料などを合成する有機合成化学の分野では、目的の化学反応を効率よく進めるために、リチウム(Li)などのレアメタルが活用されています。浅子 壮美 上級研究員は、高価で入手できなくなるリスクと常に隣り合わせのLiの代わりに、海水をはじめ地球上に豊富に存在するナトリウム(Na)を使うことに成功。化学の歴史に新たな1ページを加えました。

浅子 壮美の写真

浅子 壮美(アサコ・ソウビ)上級研究員

環境資源科学研究センター 機能有機合成化学研究チーム

合成反応で重要な役割を担う金属

目的の分子構造を持った分子を合成するために、まずその分子を部分的に合成し、その分子パーツを結合させていく方法がある。中でも、異なる分子パーツを結合するクロスカップリング反応の場合、結合の組み合わせが増えるため、目的の分子だけを得るのが難しくなる。

例えば、図1の赤丸で示す分子パーツと青丸で示す分子パーツを結合させて新たな分子をつくるために、これらをフラスコの中で混ぜて化学反応をさせる。このとき、目的の分子のほか、赤丸同士や青丸同士で結合(ホモカップリング)したり、反応せずに分子パーツが残ってしまったりすると原料が無駄になり効率が悪い。

合成反応のイメージ図

図1 合成反応のイメージ

赤丸と青丸を結合させる合成反応のイメージ。この場合、投入した原料の40%が目的の分子になっている(収率40%)。

投入した原料は100%目的の分子になるのが理想だ。そこで、赤丸と青丸を効率よく結合させるための工夫をする。一方の分子パーツ(青丸)にハロゲン(X 周期表 第17族の元素)を、もう一方の分子パーツ(赤丸)に何らかの金属(M)を結合させるのだ。ハロゲンは電子を引き寄せやすく、金属は電子を遠ざけたがる。そのため、ハロゲンがついた青丸の電荷は少しプラス(δ+)に、金属がついた赤丸は少しマイナス(δ-)になる。その状態で触媒と一緒に反応させると、赤丸と青丸が結合しやすくなる。

このMに当たる金属の種類や、反応を促進する触媒の組み合わせ次第で反応効率は劇的に向上する。日本人の名がついたクロスカップリング反応も数多く知られており、いわば日本のお家芸なのだ(図2)。

クロスカップリング反応の例の図

図2 クロスカップリング反応の例

根岸 英一 博士、鈴木 章 博士らのクロスカップリング反応は2010年ノーベル化学賞で知られる。学術分野のみならず、医薬品や液晶・有機EL材料など産業利用にも欠かせない。
Mg:マグネシウム、Li:リチウム、Cu:銅、Zn:亜鉛、Al:アルミニウム、Zr:ジルコニウム、Sn:錫、B:ホウ素、Si:ケイ素、Na:ナトリウムFe:鉄、Ni:ニッケル、Pd:パラジウム

分子パーツに金属(M)をつけるには、レアメタルのLiを使うのが確立された手法の一つだ(図3グレー四角内)。そのため、産業利用においてもクロスカップリング反応ではレアメタルのLiが多用されている。

浅子 上級研究員らはクロスカップリング反応をLiを使わずに成功させ(図3下)、図2の表に新たな1行を加えた。分子パーツにつけるハロゲンがClの直接カップリングの場合には、副生成物が安全性の高い塩化ナトリウム(NaCl)であることも特筆すべき点だ。

クロスカップリング反応。確立された反応(上)と浅子上級研究員らの反応(下)の図

図3 クロスカップリング反応。確立された反応(上)と浅子 上級研究員らの反応(下)

確立された3種のクロスカップリング反応をNaで進行できることを見いだした。

  • M:Li、Zn、B
  • X:ハロゲン(周期表第17属の元素)
  • R:アルキル基。R-Liにはブチルリチウムが最もよく使われる。

Naを表舞台に引き上げた金属Na分散体

「Naは精密合成に使えるわけがないと誰もが考えていたのです」という浅子 上級研究員。なぜNaの利用に成功できたのだろうか。きっかけは、ある企業から届いた1通のメール。有害なポリ塩化ビフェニル(PCB)の処理に用いる金属Na分散体(SD)について、新たな使い道を相談された。

通常、Naは金属塊の状態で流通しており、その状態では活性が高すぎて水に触れると激しく発火する、目的の量を精密に量り取りにくいなど取り扱いが難しい。

しかし、Naの微粒子を鉱物油中に分散させたSDは、金属塊Naの扱いづらさを克服していた。分散液はシリンジで目的量を簡単に量り取れる(図4左)。また、金属塊より穏やかに反応し氷水に滴下しても発火しないため、金属Naよりも安全性が高く管理がしやすい(図4右)。 SD中のNaは粒子径0.01mm以下の微粒子のため同じ1グラムを使用したときの表面積が金属塊よりも大きく、反応性に富むだろうと容易に想像がついた。大きな可能性を感じて研究に着手。それは定石を覆す挑戦だった。

金属Na分散体(SD)(左)とSDを氷水中に滴下した様子(右)の図

図4 金属Na分散体(SD)(左)とSDを氷水中に滴下した様子(右)

NaはLiと同じく1価の陽イオン(Na+ Li+)になりやすい。そこで、LiをNaで代替できるかを試した。ゆっくりSDを加える、水が入り込まないように気をつけるなど使いこなしのコツはあったが、SDでNaのついた分子パーツをつくる反応(図3赤四角内)は思いのほか理想的に進んだ。むしろ、Liでは-78℃に冷却する必要があるが、SDなら室温で速いものだと5分もすれば反応が完了した(図3赤枠内A)。

さらに、Naがついた分子パーツ(赤丸)と他の分子パーツ(青丸)との結合をつくるクロスカップリング反応も効率よく進んだ。

しかし、すぐに壁にぶつかってしまった。Liに比べ、Naと結合をつくれる分子パーツの種類が少なかったのだ。

そこで、Naに反応しやすいダミーの分子パーツ(アルキル基、特にネオペンチル基という分子パーツが反応性が良い)をまずつけておいて、目的の分子パーツに交換してみた(図3赤枠内B)。その際、目的の分子パーツには塩素(Cl)の代わりに反応性の高い臭素(Br)を用いて反応が進みやすくなるような工夫もした。すると、目的の分子パーツの種類を格段に増やせた。このダミー分子パーツの塩化物とSDを反応させた化合物(アルキルナトリウム)は、有機合成で最もよく使われ、市販されているブチルリチウムを代替できる。

合成できた分子パーツの中には、80年以上前に「収率が28%と低くNaは合成には使えない」と結論づけられた分子パーツも含まれる。浅子 上級研究員はその分子パーツを99%以上という見事な収率で合成できる手法を発見した。その他にも、Liではうまくいかなくても、Naであれば進む反応も見つかっている。

学会で「Naを使った合成反応、頑張っているよね。ブチルリチウムが最近、手に入りにくいので、詳しい話を聞かせてほしい」と言われることもある。浅子 上級研究員は「Naは合成反応には使えない」という常識を変えられたと実感している。

すべてのLi反応をNaで置き換えたい

「豊富な資源の活用は、奪い合いのない世界の実現に役立つはず」という浅子 上級研究員は、Liを使う種々の合成反応をNaで代替する反応を次々に見いだしている。「Liを使う反応を全てNaに置き換えたいですね。原料の脱レアメタル化は達成しましたが、今はまだ、クロスカップリング反応の触媒にパラジウム(Pd)というレアメタルを使っています。私は学生時代から鉄など豊富に存在する金属の触媒も研究してきました。その経験を生かし、触媒の脱レアメタル化も進めています。成功例もいくつか出てきています」と語る。表に、また新たな1行が加わる日も近そうだ。

(取材・構成:大石 かおり/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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