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研究最前線 2023年1月11日

細胞製剤でがんの免疫療法を実現へ

理研で誕生した、がんの免疫療法を目指す細胞製剤について、白血病患者を対象にした臨床治験で良好な結果が報告されました。生まれた時から備わっている自然免疫と、後天的な仕組みである獲得免疫の両方を活性化させる世界初の薬剤です。白血病ばかりでなく、血液がん以外の固形がんの治療にも効果が見込まれます。細胞製剤の発案から作製までを手がけ、安全性や有効性の試験を重ねて製薬会社にバトンを渡すまで、一貫してリードしてきた研究者の道のりを紹介します。

藤井 眞一郎の写真

藤井 眞一郎(フジイ・シンイチロウ)

生命医科学研究センター 免疫細胞治療研究チーム チームリーダー

白血病治療に効果を実証

人工的に作製した細胞製剤「人工アジュバントベクター細胞(aAVC:エーベック)」(図1)によるがんの免疫療法に向けて、藤井 眞一郎 チームリーダーが2007年に提言し、基礎から手がけてきた研究は、2022年、大きな一歩をしるした。急性骨髄性白血病患者に対する5年にわたる第I相試験(ヒトを対象とした最初の臨床試験)を終えて、その効果が実証されたのだ。

人工アジュバントベクター細胞(aAVC)の図

図1 人工アジュバントベクター細胞(aAVC)

再発または治療効果が認められない患者9人を対象に、細胞製剤を1カ月間隔で2回静脈内に投与したところ、免疫細胞のナチュラルキラーT(NKT)細胞とナチュラルキラー(NK)細胞の数が増え、患者の生存期間の中央値は、ほかの治療を行った場合の4カ月半から12カ月まで延長した。白血病細胞数の明らかな減少も認められた。免疫細胞の増加効果が1年たっても残存していたことも注目される。

二つの経路で免疫を活性化

がんの免疫療法のアイデアと試みは、1980年代から多くの研究者が提案し、また実際に行われてきた。今世紀に入ってからも、患者自身の細胞を体外に取り出して培養し、樹状細胞を誘導したうえで戻す方法や、免疫チェックポイント阻害剤によってT細胞の働きを回復させる方法が注目された。だが、決定打は出ていない。

これまでの研究から見えてきた課題を克服するには、「免疫機能をフル動員する必要がある」と藤井 チームリーダーは考えた。自然免疫、獲得免疫、記憶免疫を合わせて働かせれば、がん細胞を排除し、さらに再発も防止できる可能性がある。こうした機能を備え、医薬品のように使える細胞製剤をつくれれば使いやすい。そこで考案したのが次のような戦略だった。

患者自身の細胞ではない他家細胞を使い、これにがん抗原(がん細胞に存在する特有のタンパク質)のmRNAを入れておく。がん抗原は獲得免疫であるキラーT細胞を誘導する。また、異物である他家細胞が体内に入ることで自然免疫が動き出す。自然免疫を担うNKT細胞とNK細胞を活性化する働きが知られる糖脂質を細胞表面につけておけば、目標に近づく。さらに、複合体をつくって糖脂質の活性化を助けるタンパク質のmRNAも導入。試行錯誤を重ねて2009年に具体化したのがエーベックだった(図2・図3)。

人工細胞aAVC(エーベック)のつくり方と創薬のイメージ図

図2 人工細胞aAVC(エーベック)のつくり方と創薬のイメージ

がん抗原のmRNAを他家細胞に導入し、細胞表面にNKT細胞などを活性化する糖脂質をつける。これを培養してエーベックをつくり、ロットごとに凍結保存して、使用の際に溶解して投与する。

aAVC(エーベック)療法のメカニズムの図

図3 aAVC(エーベック)療法のメカニズム

エーベックを投与すると、NKT細胞とNK細胞が活性化し、エーベックを殺傷する。樹状細胞が死んだエーベックを取り込む。がん抗原を取り込んで成熟した樹状細胞は、がん抗原をT細胞へ、エーベック細胞表面の糖脂質をNKT細胞へ提示する。これによって獲得免疫の誘導と自然免疫の増幅が起こる。一部のキラーT細胞は記憶細胞として長く残る。

「死の谷」を越え「橋渡し」を重ねて

藤井 チームリーダーは、開発までの道のりを振り返って、特に苦労した点を四つ挙げた。①エーベックにたどり着くまでの人工細胞作製の試行錯誤、②マウスや大動物での動物実験と臨床実験のプロセス、③臨床における投与量の見極め、④規制当局による審査への対応だ。

とりわけ基礎研究を臨床研究につなげるまでの6年間は、創薬において「死の谷」と呼ばれるプロセスだった。細胞品質の管理、安全性のチェック、動物実験など、基礎研究と臨床研究のはざまに置かれた試験には研究費がつきにくい。スタッフのモチベーション維持も課題になる。

2019年、理研はアステラス製薬株式会社と細胞製剤の研究開発と商業化についてグローバルライセンス契約を締結した。「死の谷」を越え、基礎研究を臨床につなげる「橋渡し」をようやく達成した瞬間だった。

ここに至るには、医薬品の承認を行う医薬品医療機器総合機構(PMDA)との真摯な調整が必要だった。日本で開発された細胞製剤の初めての臨床研究に対して、審査は極めて慎重に行われ、効果を示す十分なデータと厳しい品質基準が繰り返し求められた。製剤としてつくり上げ、必要とする患者に届けるために、製薬企業とは1年以上に及ぶ協議を重ね、安定した品質の細胞製剤をつくる道筋が整った。

何段階ものこうした橋渡しを一貫して手がけてきた藤井 チームリーダーは、「基礎から全部やってきたのでブラックボックスがなかった」と、充実感をうかがわせた。今後、この手法をさまざまな固形がんにも積極的に使いたいと考えている。細胞製剤に入れるがん抗原を換えて、一つ一つ完成させていく意向だ。手術後の再発予防など、他の治療法を組み合わせて効果を上げ、患者のQOLを高める効果を期待している。

効果的な新型コロナワクチンの可能性も

エーベックはウイルス感染症にも効果を発揮しそうだ。新型コロナウイルスに対しても使いやすいワクチンがつくれる、と藤井 チームリーダーは意欲を示す。現在広く使われているワクチンに比べて、はるかに少ない量のmRNAでNKT細胞をより強く誘導し、予防効果の持続期間も、現在のワクチンの倍以上の1年程度が期待できる。

このように、エーベックによる免疫治療は、自然免疫と獲得免疫の両方を活性化し、記憶免疫によって長期にわたる効果が期待できること、免疫細胞を体外に取り出し、手を加えて戻す操作がいらない製剤として投与できること、細胞の中に入れる抗原次第でさまざまながんや感染症などにも対応できること、の三つの利点を持つ。

臨床医から研究の道へ転身して約25年。藤井 チームリーダーは、この革新的な細胞治療について、基礎研究から臨床治験まで一貫して理研を軸に展開できたことに感慨をかみしめている。

急性骨髄性白血病と骨髄異形成症候群を対象に、がん抗原WT1を組み込んだ製剤で具体的な用法・用量を探る第II相臨床研究も2021年から始まった。細胞製剤を使ったがんの免疫療法は、実現を目指して着実に歩んでいる。

(取材・構成:古郡 悦子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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